「池」「水」「忍」という三つの文字が読み込まれている俳句だったか、和歌だったかを聞いたことがあるのですが、どなたかご存知ありませんか。できれば、作者も教えて下さい。

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A 回答 (1件)

俳句の一覧表(?)なんですけど、この中にないですか?



参考URL:http://www.ipc.shizuoka.ac.jp/~ektsasa/haiku6.ht …
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Q和歌の作者と和歌を教えてください

先日安部首相がトランプタワーを訪れた歳、内部を写真で公開してましたが、
絢爛豪華で昔の武将が詠んだ唄を思い出しました。
記憶が曖昧でなのですが、
「自分の人生は満月の様に欠ける所が無い」
と言うような人生、まさにに春を唄った武将の名前と和歌を教えてください。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

過去ログ
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/1526097.html

Q和歌と俳句について

 日本語を勉強中の中国人です。友人のおかげで、和歌と俳句に興味を持ち出しました。お伺いしたいのですが、和歌と俳句の基本的な風格とはどんな風格でしょうか。和歌と俳句は風格によって、各流派に分けられるのでしょうか。たとえば、豪放派や婉約派や。各流派の代表的の人物はどなたでしょうか。知りたいことがいっぱいで、すみませんでした。

 漢詩と宋詞もある程度知っていますので、それと対照して説明していただければ一番理解しやすいかもしれませんが、漢詩と宋詞と対照して説明していただかなくてもかまいませんので、よろしくお願いいたします。

 また、質問文に不自然な日本語がありましたら、それについてもご指摘いただければありがたく思います。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

またお目にかかります。m(__)m

こちらの内容は私にはちょっと難しいですが、判る範囲でお答えしてみます。

和歌ではあまり「風格」という類別はしないんじゃないかと思います。

まず、判り易い所で
いわゆるラブレターである「恋歌」、この類で失恋を歌ったり、相手を取られたり振られたりした悲しさや悔しさを歌った物。

普通の手紙を和歌にしてやり取りした物。

旅の情景などを歌った物。

何かの行事の際に歌った物。

日々の暮らしを歌った物。

などに分類できましょうか。
基本的に何を歌ってもいいわけですので。

なお、これによる流派や技巧の伝承というのは多分ないのではないかと思います。

自分でテーマを決めていくつも歌を作っていった作品集にしてもテーマも作風も自由で、誰の技巧を取り入れるという事もなく、過去に出てきた技巧は、興味があれば誰でも真似して使いました。
例えばこんな技法もあります。

からころも   (唐衣)
きつつなれにし (きつつ慣れにし)
つましあれば  (妻子あれば)
はるばるきぬる (はるばる来ぬる)
たびをしぞおもふ(旅をしぞ思ふ)

2行目の「きつつ」は、旅の「来つつ」と衣の「着つつ」をかけています。

この歌、左側に全部ひらがなで書きましたが、一番左端の文字を縦に読むと「かきつばた」となります。
この歌は、旅の途中、川を船で下っている時、岸にカキツバタの花が咲いているのを目にして読んだ歌です。
この技法は「隠し題」といいますが、取り立てて、何流の技法というわけではありません。

俳句の方はあまり勉強してないのですが、俳句については、風刺系の内容の作品も大変多いように感じます。
小林一茶(こばやしいっさ)、松尾芭蕉(まつおばしょう)といった人が有名です。
松尾芭蕉は奥の細道(おくのほそみち)という旅紀行のような俳句集をまとめています。

またお目にかかります。m(__)m

こちらの内容は私にはちょっと難しいですが、判る範囲でお答えしてみます。

和歌ではあまり「風格」という類別はしないんじゃないかと思います。

まず、判り易い所で
いわゆるラブレターである「恋歌」、この類で失恋を歌ったり、相手を取られたり振られたりした悲しさや悔しさを歌った物。

普通の手紙を和歌にしてやり取りした物。

旅の情景などを歌った物。

何かの行事の際に歌った物。

日々の暮らしを歌った物。

などに分類できましょうか。
基本的に...続きを読む

Q比喩法や擬人化を上手に使われた和歌や俳句をを紹介していただけないでしょうか

 日本語を勉強中の中国人です。先日、「比喩法や擬人化で有名な日本の詩句を紹介していただけないでしょうか」という質問をいたしましたが、日本近代詩の例文をたくさんいただきました。その時は、「和歌」と「俳句」という言い方を知りませんでしたので、「詩句」という大雑把な書き方にいたしました。実は、あの時、和歌と俳句では、優れた比喩法や擬人化が使われた文を知りたかったのですが、うまく書けませんでした。

 ということで、再度質問をさせてください。比喩法や擬人化が上手に使われた和歌や俳句を知りたいのですが、紹介していただけないでしょうか。恐れ入りますが、古典がよく判らないものですので、お挙げになった例文の現代語訳も書いていただけないでしょうか。難しい単語に読み方も振っていただければ助かります。
 
 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それについてもご指摘いただければありがたく思います。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

初めに
短歌形式の歌のうち、近世以前(江戸時代より前)のものを和歌、近代以降(明治時代よりあと)のものを短歌といいます。その違いは、単に時代の違いであり、近代の短歌も、文語で書き表すのが常です(口語の歌が出てきたのはごく最近のことです)。
ただし、和歌(特に最盛期の平安~鎌倉時代の歌)は、我々にとっても語学的に理解が困難なものです。
そこで、ここでは、和歌=短歌入門編として、近代短歌(以下「短歌」と表す)の中から、比喩が巧みに用いられている作品をいくつか紹介してみます。
なお、短歌本文は歴史的仮名遣い、( )内の読み仮名は現代仮名遣いで記します。

向日葵(ひまわり)は金の油を身にあびてゆらりと高し日のちひささよ            前田夕暮

訳 向日葵は金の油を身に浴びたように輝いて、ゆらりと高く立っている。それに比べて、後ろに見える太陽のなんと小さいことか。

説明「金の油を身にあびて」に比喩が用いられています。「身にあびて」は擬人的表現。「金の油」を日光の隠喩ととらえる説と、単に光り輝く向日葵を形容した表現ととる説よがあります。いずれにしろ比喩にはちがいありません。いうまでもありませんが、この歌の主題は「向日葵」の大きさにあるのであって、「日のちひささ」にあるのではありません。
なお、この作者は自然主義的な作風で知られており、また、この作品は、絵画の印象派の影響を受けています。「風格」といえるかどうかわかりませんが、日本の歌、俳句にも「流派」というものがあり、それぞれに個性を主張し合っています。


金色(こんじき)のちひさき鳥のかたちして銀杏(いちょう)散るなり夕日の丘に      与謝野晶子

訳 金色の小さな鳥のような形をしながら、いちょうの葉が散っていることだ。夕日が差すこの丘に。

説明「かたちして」で直喩を表した珍しい作品。文語の直喩は「ごとし」で表されることが多いようです。また、訳をご覧になればおわかりのとおり、倒置法が用いられています。
この作者は、浪漫(ろまん・ろうまん)主義の代表的歌人です。浪漫主義は、上記の自然主義とは対極にある流派です。この作品も絵画的(自然描写的)なものではありますが、実景の写実ではなく、作者の心象を描写したものといわれています。


見てあれば一葉(ひとは)先づ(まず)落ちまた落ちぬ何おもふとや夕日の大樹(おおき)   若山牧水

訳 見ていると、一枚の葉が落ち、続いてまた一枚の葉が落ちた。何を思ってこうして葉を落とし続けるのだろう。夕日の当たる丘に立つこの大樹は

説明 「何おもふとや夕日の大樹」に擬人法と体言止めが使われています。


病(やまい)のごと
思郷(しきょう)のこころ湧く日なり
目にあをぞらの煙かなしも        石川啄木

訳 まるで病気になったように、故郷を思う気持ちが胸にわいてくる一日だ。青空に立ち上る煙もなんと私の目には悲しく見えることか。

説明 「病のごと」は直喩。「ごと」は「ごとくに」の意味。初句が六音で字余り。

※以上の四首のうち三首に「夕日・日」が出てきますが、それは偶然です。特に好まれる題材というわけではありません。

俳句について
ご存じのとおり俳句は十七音を定型とする非常に短い詩です。よって、直喩で説明的に叙述するよりも、隠喩や象徴的な表現の方が多くみられるようです。
また、俳句でポイントになるのはなんと言っても、季語と切れ字です。
よって、短歌に比べて、俳句は比喩などの技法を手がかりに読解する重要性は低いと考えます。
そこで、俳句に関しては、次に何句かを挙げるだけにさせていただきます。
直喩
去年今年貫く棒の如きもの(こぞことしつらぬくぼうのごときもの)             高浜虚子
ところてん煙の如く沈み居り(しずみおり)日野草城
擬人法
啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々(きつつきやおちばをいそぐまきのきぎ)          水原秋桜子
海に出て木枯(こがらし)帰るところなし 山口誓子


このほかにも、いくらでも例があげられますが、きりがありません。ご自分で学習することをおすすめしますが、初めのうちは、丁寧で詳しい説明のついた、中学生から高校生向けの学習書を読むといいでしょう。
「教科書にでてくる短歌の解釈」東京美術発行
「現代短歌」「現代俳句」いずれも學燈社発行

最後にこちらから質問です。日本では、擬人法を比喩の一種と考える説が有力ですが、中国ではどうなんでしょう。また、日本の短歌、俳句では倒置、体言止めが多用されますが、中国ではいかがですか。そもそも日本のように、中国では今でも漢詩が作られていますか。

初めに
短歌形式の歌のうち、近世以前(江戸時代より前)のものを和歌、近代以降(明治時代よりあと)のものを短歌といいます。その違いは、単に時代の違いであり、近代の短歌も、文語で書き表すのが常です(口語の歌が出てきたのはごく最近のことです)。
ただし、和歌(特に最盛期の平安~鎌倉時代の歌)は、我々にとっても語学的に理解が困難なものです。
そこで、ここでは、和歌=短歌入門編として、近代短歌(以下「短歌」と表す)の中から、比喩が巧みに用いられている作品をいくつか紹介してみます。
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Q永遠を詠った俳句や和歌

タイトルの通りなのですが、使っている言葉は違っていても内容的に永遠と考えられるのものごとを対象に詠っているものを何かご存知でしょうか?

Aベストアンサー

古今和歌集には下記の歌があります。

343 わがきみは 千代にましませ さざれ石の
   巌(いわほ)となりて 苔のむすまで
◆千年も万年もあなたは、長生きをしてくださいという意味ですね。

353 古(いにしえ)に ありきあらずは 知らねども
   千歳のためし 君にはじめむ
◆千年も長寿の人はあったか、なかったかは知りませんが、
あなた様がはじめということにしましょう。

900 老いぬれば さらぬ別れの ありといへば 
   いよいよ見まく ほしき君かな
◆いずれ永遠のお別れの時が来ますが、今はあなたに会いたくてたまりません。

901 世の中に さらぬ別れの なくもがな 
   千代ともなげく 人の子のため
◆別れなどなければいいと思います。子のために千年も長く生きてください。

1083 美作や 久米の皿山 さらさらに 
    わが名は立てじ 万代までに
◆美作にある久米の皿山ではないが、永久まで浮き名をさらすことはさらさらない。

1085 君の世は かぎりもあらじ 長浜の 
    真砂のかずは よみつくすとも
◆帝の世は、永遠に続くでしょう。たとえ長浜の砂を数え尽くすことがありましたとしても。

古今和歌集には下記の歌があります。

343 わがきみは 千代にましませ さざれ石の
   巌(いわほ)となりて 苔のむすまで
◆千年も万年もあなたは、長生きをしてくださいという意味ですね。

353 古(いにしえ)に ありきあらずは 知らねども
   千歳のためし 君にはじめむ
◆千年も長寿の人はあったか、なかったかは知りませんが、
あなた様がはじめということにしましょう。

900 老いぬれば さらぬ別れの ありといへば 
   いよいよ見まく ほしき君かな
◆いずれ永遠のお別れ...続きを読む

Q「和歌」、「俳句」、「百人一首」の関係

 日本語を勉強中の中国人です。日本の昔の詩歌を読みたいので、調べてみました。すると、「和歌」、「俳句」、「百人一首」などの用語が見つかりました。それぞれの意味を辞書で確認したのですが、やはりいまひとつよく分かりません。「俳句」は和歌に属していますか。「百人一首」は和歌ですか。俳句ですか。「和歌」、「俳句」、「百人一首」のお互いの関係を易しく説明していただけないでしょうか。

 また、中国人は小学校に入る前に、漢詩を少し暗誦しますが、日本の方は小学校に入る前には、何を暗誦するのでしょうか。「和歌」ですか。「俳句」ですか。「百人一首」ですか。中国の詩歌と言うと、中国人は漢詩をすぐ浮かび上がります。それほど中国人の心に、重要な地位を占めているのだと思います。それと同じように、日本の方にとって、日本の詩歌と言うと、すぐ浮かび上がるのは、一番誇りに思うのは、何でしょうか。とても読みたいです。よろしくお願いいたします。

 質問文に不自然な日本語がありましたら、それについてもご指摘いただければ大変ありがたく思います。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

 和歌というのは、和の歌、つまり、日本の詩歌ということです。日本の詩歌・文学は、中国の詩、つまり漢詩に大きな影響を受けてきました。その漢詩に対する概念として、「和歌」という総称があります。
 和歌には主に、長歌といって(5・7・5・7・5・7・5・7・・・・・5・7・7)のように、ずっと57とくり返して、最後だけ577となるもの、短歌といって(5・7・5・7・7)の形式のもの、旋頭歌といって、(5・7・7・5・7・7)の形式のもの、仏足石歌体といって(5・7・5・7・7・7)というものがあります。
 このように、和歌といっても様々な形式があり、和歌というのは日本の詩歌の総称です。ただし、短歌の形式が断然多く、和歌=短歌と見られがちです。

 俳句というのは、もとをたどると連歌に行き当たります。複数の人で行うゲームのようなものです。第一番目の人が575を詠む。2番目の人がそれに関連づけながら77を詠む。3番目の人が575、4番目のひとが77というように進んでいきます。
 そのなかで1番目の人が詠んだ575を発句といって、これを独立した文学として「俳諧」とジャンルができました。このジャンルを確立したのが松尾芭蕉といわれています。そしてそれに「俳句」と名を付けたのが、正岡子規です。
 俳句が和歌かと問われたら、日本の歌なので、先ほどの理屈から言えば和歌だと言えますが、俳句のことを和歌というふうにはあまり言わないように思います。

 百人一首は、鎌倉時代に藤原定家という人が、奈良時代から鎌倉に至るまでの優れた歌を選定したものです。しかし、定家の主観や、鎌倉時代の特徴である「幽玄」という思潮が強いので、他の見方でいくと、もっと優れたものがあるとも言えます。

 日本で小学校以前に暗唱する詩ってあまりないんじゃないですかね。日本て外国と違って、詩に対する考え方が低いというか、詩人に対する世間の地位からしても違うんじゃないかなと。
 でもそれだけ、日本にとっては詩というものがそれこそ庶民でも作れる風土ってのはめずらしいかもしれません。
 話が少しずれましたが、日本の幼少期においては、やはり俳句なんかはなじみやすいのかもしれません。

 和歌というのは、和の歌、つまり、日本の詩歌ということです。日本の詩歌・文学は、中国の詩、つまり漢詩に大きな影響を受けてきました。その漢詩に対する概念として、「和歌」という総称があります。
 和歌には主に、長歌といって(5・7・5・7・5・7・5・7・・・・・5・7・7)のように、ずっと57とくり返して、最後だけ577となるもの、短歌といって(5・7・5・7・7)の形式のもの、旋頭歌といって、(5・7・7・5・7・7)の形式のもの、仏足石歌体といって(5・7・5・7・7・...続きを読む


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