太平洋戦争アナタは侵略戦争だったか、それとも自衛のための戦争だったか?どちらだと思いますか?意見と根拠をお聞かせ下さい

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A 回答 (13件中1~10件)

すべての戦争は「自衛のための戦争」です。

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お礼日時:2017/09/23 23:44

当時の価値観で言えば、「石油、鉄鋼の輸入を禁じたABCD包囲網を回避するため」であれば、オランダ領東インド諸島への侵攻は自衛だったと思います。



その原因となった中華民国への侵攻、傀儡政権の樹立は、今の価値観では侵略ですが、当時は帝国主義乱立で植民地獲得が普通のことであったので、侵略といえば侵略、侵略には当たらないといえば侵略には当たりません。

ABCD包囲網は実態はともかく連合を組んでの外圧ですから、オランダ領東インド諸島への侵攻=オランダへの宣戦=オランダと連合を組むアメリカ、イギリス、中華民国への宣戦であった訳です。

米英に宣戦布告をせずとも、「オランダへの侵攻は米英による日本への宣戦布告を招く」と当時の日本が思っても不思議ではなく、そうであれば先に宣戦を布告するというのもおかしな行動ではありません。実際にはそこまでの結束は米英中蘭にはなかったのですが、あの時代では把握できなかったのだと思います。

個々の戦域では明らかに遣りすぎな統治もあり(例えば、準備不足が招いた比国捕虜移送による大量死とか、香港、昭南島での中国系市民の弾圧とか)、その側面では、もはや侵略でしか評価しえないものもあります。後追いで進駐を認めさせたタイに対する遣り方もまずいですし、阿呆な参謀の独断専行、無能な将軍の私腹こやしとかしか思えない行いは「お前、何か勘違いしとりゃせんか?」としか言えません。

しかしながら、開戦に至るまでの国家の活動は、①当時は一般的な帝国主義的膨張策、②普通の行動に対する経済封鎖と、それを打破するための戦争までは、自衛戦争と位置づけられる内容かと思います。それが戦域や軍団単位で腐っていき、戦時の兵員教育も腐っていった挙句、随所で侵略行為に変質していった部分がある、と考えるのが一番しっくりきます。
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お礼日時:2017/09/21 00:55

当時の価値観で考えるのか、現在の価値観で考えるのかをはっきりさせる必要がまずあるでしょう。



個人的には、どんなものであり歴史の事実は「当時の価値観で考えるべき」だと思いますので、当時の価値観で答えます。
自衛戦争だったといえるでしょう。

そもそも、日本の周辺には国家がありませんでした、清は末期的な症状で各地に軍部ができ、それも共産系と民主主義系に分かれて大喧嘩、日本は朝鮮を併合して、其れに対してロシアがモンゴルに社会主義的圧力を強化して南下の意思を示し、満州国と対立することになったわけです。

実際問題として、当時はヨーロッパ本土以外はすべて「植民地での争い」であって、日本だけが大陸で戦っていたわけではない、ということに留意が必要です。
 第一次大戦当時は、租界に侵入してくる中国兵を日本軍が阻止し、イギリスやフランスなどから賞賛を受けています。これらのように、そもそもアジアにはヨーロッパの軍隊が相当いた、ということを忘れてはなりません。

結局 日本は「島国である本土を防衛するため」アジア大陸の深くまで侵攻することになります。これと同時にアメリカと海で戦っているのですから、どう考えても無謀であったことは事実と言えるでしょう。

でも、自衛なのか侵略なのか、といえば「当時は侵略も自衛だった」といえます。そもそもヨーロッパ人が植民地を作りS子を守ることを「自衛」と呼んでいた事実を考える必要があります。

ただ、戦略的に無謀過ぎました。アメリカと開戦したのは無謀過ぎたんです。だから、コテンパンに負けて、日本人は「敗戦」を受け入れたのです。そこから「戦争はいけない、あれはしんりゃくだったんだ」という意識を刷り込まれた、ともいえますが、実際には日本人の中に「無謀過ぎた戦争」という反省があったから「侵略戦争」と言う定義を受け入れたといえます。
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コメントありがとうございます!歴史、価値観を含めて詳しく書き込みありがとうございます

お礼日時:2017/09/20 11:52

中国大陸に侵略して来た日本軍と戦った、中国政府の自衛の戦い、パールハーバー奇襲作戦宣戦布告無しで襲い掛かった日本海軍の狼藉、アメリカ政府の自衛の戦い、旧日本政府の侵略戦争、原爆投下2個はやり過ぎ、東京空襲の時皇居だけを爆撃すれば昭和17年で戦争は終わっていた、米政府は日本民族を皆殺しにしたかった、アメリカ政府にまんまとはめられた。

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この回答へのお礼

コメントありがとうございます!
あの頃は、植民地支配と侵略戦争は当たり前でしたから

お礼日時:2017/09/20 11:58

自衛と言う奴の気が知れない、中国が日本の領土か?アメリカが日本の領土化か?自衛とは日本の領土で戦うこと、今でも見境のないあほが多すぎる、サンキュー23こんなあほな質問するな!自衛と言う奴は戦犯と同類、絞首刑にする必要。

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お礼日時:2017/09/18 12:28

自衛ですぷん アジア諸国も守りましたぷん

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お礼日時:2017/09/17 19:39

太平洋戦争は自衛のための戦争。

 ただしそれに先立つ日中戦争は侵略戦争。
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お礼日時:2017/09/17 16:41

ある意味では侵略、ある意味では自衛。



領土の獲得、資源の獲得という点からいえば侵略です。

しかし…。

戦争に関する展示で、戦時中は兵器を作るために一般人は鍋や釜などを供出し紙や陶器などで代用品を作って凌いでいたというものがあります。
展示した人の意図は『こんな貧しい思いをするのだから戦争はダメ』というものだと思うのですが…。

ABCD包囲網のうえで突きつけられたハルノートを受け入れていたらそんな生活がずっと続き、いずれはジリ貧になって日本は滅ぶことになります。
そういう意味では、資源獲得や領土獲得もひっくるめて日本が近代国家としてやっていくための自衛といえます。

非暴力のいじめを受けていた子が腕力で抵抗。
喧嘩には負け、さらに『先に手を出した』ということでこっちが悪いことにされる。
でも気概を示すことで『屈服させるには高くつく』と相手にわからせいじめを終結させる。
そんな構図に近いと思うのですよ。
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます!
でも戦争は、当事者でなければ軍需産業にとってはメチャクチャに儲かるんデス!
日本も、第一次世界大戦の時と朝鮮戦争の時経済が急成長しています。

お礼日時:2017/09/17 16:40

私は自衛戦争だと思います



ソ連 中国の迫りくる共産主義から対応するために力をつけていたのがアメリカには変にみられていたのだと思います
ですが関東軍のように連携のとれていなくて進軍とかもあったりして侵略と見られても仕方のないぶぶんは...
ですが戦後にマッカッサーが上院の公聴会で「日本は自衛戦争だ。」といったのは有名ですよね

間違いがあれば教えてください
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この回答へのお礼

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お礼日時:2017/09/17 08:44

誤:戦争の目的は土地の取り合い


正:戦争の目的(勝利)は自国の要求を相手国に承認させる事。
 (目的=土地 とは限らない→戦争中の「戦闘」が土地の取り合いになるに過ぎない)

当時は国際法では「侵略」の定義がなかったのは事実。
戦争=犯罪ではない というのも事実。

戦争は国家の行為であり権利である→戦争自体は犯罪ではなく、戦争の指導者に国際法上の責任は発生しない。

軍事裁判=対象は条約に定められた戦争中の国際法違反の行為(≠「戦争そのもの」を裁くのではない)

それなのに日本は東京裁判で「侵略」をしたという屁理屈で裁かれ、戦争指導者が処刑されたのも事実。



>どちらだと思いますか?意見と根拠をお聞かせ下さい

現実については、とりあえず「侵略戦争」ではないと思います。

アメリカとの開戦の理由は「講和条約」によってアメリカに資源の禁輸を解除させ、日中戦争に勝利する為です(≠アメリカへの侵略)
そして、日中戦争の勝利=満州地方に侵略しないという約束をさせる事(中国への侵略)です。



このような質問は過去に何でも出ており、そこでは↓の主張もよくされていました。
大東亜戦争前に日本は侵略を受けていない→攻めた日本の方が侵略国

しかし、以下の中国側の行為は侵略ではないのでしょうか。

日本は日露戦争の勝利により、ロシアから満州鉄道を譲り受け、旅順、大連の租借権を得ました。
同時に、これらの防衛や現地邦人保護のため、満州へ軍隊を置く権利も得ています。
(当時の満州は、清国の政策に拠って住人のいない空白地帯で、更にモンゴルの領有権は中国ソ連も主張しており、日本は国防上の理由から満州を放置できませんでした。)

一方で、当時の中国には清が滅亡し複数の政権(馬賊や地方軍閥など)が争っている内乱状態で、彼等にはまともな行政・司法・警察等の能力は無く、国際条約の知識や理解も薄く、それらの遵守は期待できませんでした。(実際何度も一方的に破棄されています。)
共産党が勢力を伸ばしていることも、世界から危惧されていました。
そして、当時の世界では、外国人の生命・財産の安全を保証できない国は、それにより被害にあった国が保護監督下におくのも仕方が無いと言う認識をされていました。

それらの軍閥は満州地域にも侵入して、破壊活動やテロを行っており、日本人も犠牲になっていました。その為に現場の緊張は極限状態に達していました。

当時の中国(というか元清国領)には、多くの国が投資していました。
当然、日本人以外にも外国人が多数住んでおり、日本政府は彼等の保護を中国に要請してもいました。

↑への対策として、日本は満州を独立させました
その目的は、以上のような国防と南満州鉄道を守る為でした。

満州国を傀儡政権とかいう意見もありますが、中国に乱立していた自称清国の後継政権の統治は圧政と略奪でしかありませんでした。
一方で、満州国は日本軍が統治によって、治安が回復し周辺から人が流入し反映していました。

しかし、それに対しても中国によるテロ活動が起りました。
日本軍は前回と同様、領土内で対応していましたが、そうすると彼らは中国内に逃げて、その後また侵入して同じ事を繰り返しました。

これらに対して、日本は中国奥地にある彼等の本拠地(南京、重慶)を叩かなければ、根本的な解決にならないと判断し、中国領内に攻めていき、これが日中戦争に発展しました。


国民党の蒋介石は、これを日本の侵略と世界に語りました。
アメリカは、中国の利権欲しさと欧州戦線に参戦する為にこれを支持し、中国に支援をする一方で日本には以下の過酷な制裁をしています。

1938年 航空機の対日輸出に同義的禁輸を実行
1939年 通商条約の半年後の失効を通告
1940年 多くの対日輸出に統制を行う
1941年 米国人が蒋介石の政治顧問になる。フライングタイガース派遣。
1941年7月26日 日本人の在米資産凍結。


↑に対してローガン弁護人(東京裁判での日本の弁護人)は以下の主張をしています。

【これらの政策は、交戦状態にある他国に対する「中立国」の行為として公平なものではない。
これらの制裁は武力による戦争行為とかわらず、むしろより激烈なものである。
以上から、その時点でアメリカは宣戦布告もせずに日本に戦争を仕掛けている。】


そして パル氏(東京裁判の判事)↓のように語っています。
(東京裁判の判事で国際法の専門家はパル判事だけでした。)

【国際法の基本原則によれば、もし一国が、武力紛争の一方の当事国に対して、武器、軍需品の積み出しを禁止し、他の当事国に対して、その積み出しを許容するとすれば、その国は必然的に、この紛争に軍事干渉をすることになるものであり、宣戦の有無にかかわらず、戦争の当事国となるのである】

「太平洋戦争アナタは侵略戦争だったか、それ」の回答画像4
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この回答へのお礼

詳しくコメントありがとうございます

お礼日時:2017/09/17 08:50

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