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宗教に詳しい人教えてください。
ほとんどの宗教の神は自分とは全く違う存在で全く別次元のもののような扱いですが
自分の祖先を神として崇め親を神とし次の神は自分だという宗教はありますか?

A 回答 (10件)

仏教、神道がなゆらはが思っている愚かな宗教、

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中国の関羽がそれに近いです。

美髯公(びぜんこう。髭綺麗な人)とも云われ、商売の神とも称されています。
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失礼ながら、その宗教は偽りの宗教、偽の宗教ですね。

関わらないことです!
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「人間は神の子」と言われる様に、「人間そのもの」が、神ですね。



ですから、私も貴方も、あの人もこの人も「皆」神なのです。

人間の表面に現れるものは、罪を犯したりする場合もありますが、

元の元は、人は神の子ですから

私たちは皆、神なのです。

それを教えてる宗教は日本の中にあります。
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ないことの確認というのは難しいですが、推定は可能です。



「神は人間の畏怖や脅威から生まれて、信仰の対象となったもの」という認識は結構一般化が可能です。日本だと、氏神、山の神、川の神、田の神、雷神、風神、あるいはトイレの神や賭け事の神、かまどの神、火の神、商売繁盛の神、安産の神、ほぼなんだって神になれるようですが、近所のおじさんおばさん子どもやじいさんばあさんが死んでそれらみんなが神となって信仰や祈願を受け付けているとか、恐怖や驚異をもたらすものとして恐れられているなどはないでしょう。 他人は死んでも神はならないが、自分の血族だけは全員神になっているなどいう信仰をもっていてこれは私の血統では宗教となっていると名乗っているものもないと思います。
国を支配する王が「神の末裔である」と自称する、あるいは周囲に「王は神の末裔である」と喧伝させることはしばしば見られることですが、歴代の王がそれぞれ神であったり、すべての王が死後神になったということを一般化していう宗教もないと思います。
もちろん、「自分は神である,神と同様である」のようにいう王や権力者、「自分は神である」という確信を持っている市井の人も、時々は発生します。 しかし、すべての王や権力者がいうことはないし、ある一家が数代にわたって「自分は神である」or「死後には神になる」と信じて疑わなかったということもないです。
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祖霊と言うわけではありませんが、北欧神話の神々の現在の解釈も参考になると思います。


北欧神話は、その神話地域がキリスト教で教化された時に神としての地位を失いました。
ギリシャなどは、そのような事情で、キリスト教教化の際に神としては廃されました。
しかし、北欧においては、キリスト教化のもとでも、北欧神話の神々を残す為に、北欧神話の神々は、古代の偉人だと言う風に読み替えを行い、キリスト教との整合性をとりました。
そういう意味では、北欧での祖霊と言う立場になったわけです。
実を言えば、大日本帝国においての国家神道も、宗教と言う位置づけでは無かったので、一部の学者は、日本書紀や古事記などの神話は、古代の偉人の歴史書であるとの見解を述べた書物を出版していました。
この場合は、国家神道の天皇は、国家の祖霊として扱われる事を意味します。
日本における神の概念は、アブラハムの宗教の唯一神とは違いますから、国民心情としては、そのように理解するのは、自然な考えと言えます。
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自分の祖先を神として崇め親を神とし次の神は自分だという宗教はありますか?


聞いたことも見たことも無い。
ただ、自らはいずれかは神になりうる存在だとおっしゃられる私からすれば頭のおかしい人間はいます。
もちろん、福音書(聖書)から引用した頭がおかしいひとの言葉です。
神に成れる?私やお前のようなくだらない人間が。狂っているとしか言いようが無い。
分からないのならば危ないですよ。
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神道ですね 死ぬと誰でも神です


  経典とか 論理的裏付け等ありません
  日本古来の宗教です ・・・ 神社
  皇族は今 神道に元ずく儀式を行う
 

キリスト教では神は一人だけ
  聖書を元に 神と人間  自然と人間
  教徒と異教徒 はっきり分ける 2原論的
  この世は一度だけ
  

仏教での神は働きの事
 私も貴方も善い神の働きも 悪い神の働きもする
 仏教では悟れば誰でも仏になれる(最高の人間) 
 注・・・(死んだ人を仏とは言いいません)
  釈迦の経典を元に 簡単なものから 深いものまで
  膨大にある   ・・・・お寺
  何度でも生まれ変わる


余談ですが
  これらをミックスした エセ宗教が花盛り
  これらの宗教を商売道具にしている 聖職者 多過ぎ


又々余談


内村鑑三は
 経済の背後に政治がある 政治の背後に社会がある 
社会の背後に道徳がある 道徳の背後に宗教がある
と述べています

初詣は神社 結婚式は教会 葬式は仏教
クリスマスのバカ騒ぎ
無宗教のだらしなさは あきれる
内村鑑三は嘆いている事でしょう

すなわち 宗教が分からないのです
だから 原始宗教のような
占い 霊 お告げ お払い 等の単純な宗教に
エセ宗教に騙されるのです

霊 占い http://rokusann.sakura.ne.jp/newpage10.html


私たち大量の情報を受け入れても
哲学 宗教がないと 又偏った哲学 宗教を持つと
好き嫌い 損得 のみで判断する人間になります
判断の基準が道理 理性 義 不変性 でなければならないのです

ちなみに 宗教と哲学は 同じです

トルストイは人間は宗教なしでは生きられない理由を
 第一に 宗教のみが善悪の決定を与えるからだ
 第二に 宗教なしでは人間は自分のしていることが善いか悪いかを
     知ることが決してできないからである
 第三に ただ宗教のみが利己主義をほろぼすからである
 第四に 宗教のみが死の恐怖を打ち消すからである
 第五に 宗教のみが人間に生の意義を与えるからである
 第六に 宗教のみが人間の平等を樹立するからである
 と言っています

キリスト教には当てはまらないかも

仏教 キリスト
http://rokusann.sakura.ne.jp/newpage31.htm

一口に宗教 哲学と言っても 千差万別
高い 低い 浅い 深い 間違った 邪悪なものまであります

私達が求めるのは
 高い 深い 正しい 結果の出る 宗教 哲学でなければなりません
それを見定める基準があるのです

人間を 「強く 善く 賢く」 できるか できないか です



またまた余談

量子論で語る あの世 おもしろいよ
変な宗教より 信じられる
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日本の神道は


亡くなると神になります

神道のお葬式では
亡くなった人が神になったことを
悲しむのではなく
お祝いとして葬式を行います
(もっとも、儀式を正式に葬式というのかどうかは不明ですが)

ですから神道のお葬式は
一般の葬式と違ってなかなか面白いですよ
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祖霊崇拝と言うのは、それ自体が宗教になりがたい面があります。


これは、祖霊がその家族単独のものなので、一般に広まりにくいからです。
ただし、その習俗は、日本でもあるわけで、それは仏教などと結合して、本来の仏教行事とは離れた形で息づいていると言えるでしょう。
お彼岸に祖霊を迎えるというのは、本来の仏教ではあり得ないわけです。(成仏したならば、彼岸に行ってしまうので、戻る事は無いでしょう)
そのような、民間習俗としての祖霊崇拝と言うのは、一般的に成り立っていると言えるのでは無いでしょうか?
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