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 古い話で恐縮ですが、遙か昔、「月刊アウト」という伝説の雑誌がありました。
 その中で「伝説巨人イデオン」について、東大在籍中(卒業していた?)南田操さん(字があっているか自信ありません)(今何をしているのでしょうか?)が、「イデオンはアニメで初めて哲学を語った(大意)」というように評していました。当時、高校生だったと思いますが、はっきりとはその意味が分かりませんでした。
 もし今、このことについて分かる人がいたならば、是非教えて欲しいです。お願いします。

gooドクター

A 回答 (2件)

あまり上手に回答出来ないかも知れません。


「イデオン」の「イデ」とは、倫理社会や哲学の中で
「意識」という意味で使われているそうです。(他に
も意味があるようですが)
そして、「イデオン」は物語の中で第六文明人が開発
した「人の意識をエネルギーに転化」するイデオナイ
トという金属から作られているという設定です。
イデオンと付随する戦艦・ソロシップにはその人為的
コントロールに失敗した第六文明人の意思が封じ込め
られています。
その”意思”は自分達がかつて生きた証として地球と
バッフクランという同じような星と人類を発生させ、
将来的にはこの2つの人類を接触させ、和合させること
で何らかの利を得ようとしていたようです。
ところがその思惑は失敗し、2つの人類は戦うことにな
ってしまった。最終的にはお互いを潰させ合って、
その魂に自分達の”意思”を盛り込み、思惑を達成よ
うとする・・・ 
「イデオン」というネーミングもさることながら、ス
トーリーの中に「なぜ戦うのか?」「輪廻転生」など
といったテーマが盛り込まれていることから、哲学と
の関連が指摘されたのだと思います。

「イデオン」はソノラマ文庫から全3巻で出てました。
一度復刻版が出ましたが、まだ発売されてるかな?
これには詳しく書かれてますが。
当方も「イデオン」大好きです。この回答も文庫と、
上映当時の映画のパンフレットを参考にしました。
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この回答へのお礼

gc-arashiさん、ありがとうございます。

 確かに「イデ」、「無限力」、「業」、「輪廻転生」とかは哲学的、宗教的な言葉ですよね。意味深な言葉を使って物語に奥行きを付けたのは、エヴァンゲリオンの元になっていますよね。だけど、エヴァは「哲学」という世界に足を踏み入れていたのでしょうか?エヴァは、結局分かり難くて、特に映画版ラスト10分は何を言っているのかが殆ど分かりませんでした。その点、イデオンはしっかりと富野監督の伝えたいことは感じることができます。

 南田さんの当時の言葉(うろ覚えですが)で、「セリフで説明したのではなくて、ストーリーそのもので哲学を語った」と書いていたように思います。ますます謎が深まります。

 イデオンは好きで、今も気が向けば年に1~2回ほどビデオを見直します。最近の富野監督の作品もいいけど、やっぱり僕はイデオンが富野監督にとってのベスト1だと思っています。

お礼日時:2004/09/14 00:19

南田操です。


全く偶然でしたが、この問いを見つけて、驚いたとともに大変嬉しく思いました。
イデオンは、今もって日本のアニメが到達した一つの頂点であると思っています。「哲学」のアニメとは、作品としての語ったことが、一つの「思想」ではなく、考え続けること、問い続けることであったからです。何かを信じることから始まる「思想」や「宗教」ではなく、最後まで問い続けることが「哲学」なのです。その意味で、作品としては最後に「再生」を信じることを告白してしまいましたが、アニメとしては白眉といえる作品だと思います。参考になればと思い、99年2月刊の双葉社好奇心ムック「あのシーンを忘れない」に寄稿したイデオンについての小論を掲載します。
(この本は傑作アニメ100作品について、名セリフとその評価を集めたムックでした。ちなみに僕は「イデオン」の他に「ダイターン3」と「ベルサイユのバラ」を書いています。)


「伝説巨神イデオン」より

「みんな星になればいいのよ!」カーシャ


次々に人が死ぬ。
そして生き延びるためには、次々に人を殺さなければならない。
地球から遠く離れた植民星で偶然発見された先史高度文明人の遺跡。無限力を持つと言われた巨大ロボットを奪おうと襲い来る異星人。生き残った少年少女達はその巨大ロボットイデオンと宇宙船ソロシップを手に入れるも、母なる地球にも見捨てられ孤立無縁のまま、もう一つの人類帝国バッフ・クランとの絶望的な戦いを強いられる。戦いは凄惨を究め、人々を蹂躪し「イデオン」の物語は血を吸い続けた。
戦いの中、イデオンの操縦者の一人、気丈な美少女だったイムホフ・カーシャが、ついに魂の叫びを発する。
「みんな星になればいいのよ!」と。

「伝説巨神イデオン」は、近年、「哲学したアニメ」として評価が高まりつつあるが、昭和57年に僕がこの「イデオン」を「哲学のアニメ」と月刊OUT誌上で評価した真意は、この物語の根源が、「なぜ死ぬ?」「なぜ生きる?」という“問い掛け”をギリギリのところまで貫こうとしたところにあるからだった。
「イデオン」のあらゆる修飾を取り払ったとき、そこには、世界に二人のヒトがいて、出会い、二人の間に “何か”が生まれて人間となるのか、あるいはお互いを滅ぼし合って終わるのか、という選択の構造が残る。
イデが象徴するものは何か? 無限力。純粋防衛。そしてイデは人知の集合と語られる。“人知の集合”とは、そのまま表せば人類のことである。そこにあるものは、無限力……。そして一人一人の人間が持つ本能の根源は、純粋防衛・・・。
イデという存在が、「人間」を表象していることは明らかである。
種としての人間は、滅びねばならないかもしれない。情け無い“人間”。どうしようもない“人間”。その滅びの地平〔とき〕へ思いを馳せたとき、ただ一つ、それでもやはり人間と言うあまりにも弱く愛らしい存在への想いだけは残るのではないだろうか。
人間を滅ぼすのは“イデ”、すなわち“人智の集合”何物にも他ならぬ“人類”という集合のことだと物語は語っているのだ。
人間は、人間を生かし、滅ぼす。
人間が生きていくこと、愛することは道化芝居にすぎないのかもしれない。けれど、だからこそ、限り無く愛らしく想いを寄せることができるのだ。
それが人間でなのである。
もう少しうまく生きることができたら……ね、と。

もちろん「イデオン」という作品は、アニメとしての技術面でも大きな足跡を残した。
ワープしかなかった恒星間航行に、デス・ドライブという亜空間航法を導入し、緊迫感あふれる戦闘シーンを展開した功績も指摘したい。また、今見ると意外感はないだろうが、登場メカの大きさへのこだわりと描写力も価値あるものだった。イデオンからソロシップ、圧倒的なガンドロワ、そしてバイラルジン。そして極めて合理的にクールに設定を膨らませ、バッフ・クランの物量主義を徹底して見せた見事さが、この作品にアメリカ映画のSF大作に近い、作品の奥行きを与えているのである。

この物語を理解するには、エンディングテーマとして流れた「コスモスに君と」を改めて聞くのがいいだろう。
アニメソングの中でこれほどまでに「テーマ」ソングであったものはない。
物語の大きなメッセージをその歌詞に歌い込み、そして節目となるその場面のバックに効果的に流されたのだ。それは、古代の人々が讃えた、「詞」の力を確信させるセリフ以上のセリフでもあった。
ただ1回のエピソードに登場した青い髪、青い瞳の美少女キッチ・キッチン。主人公コスモと恋と呼ぶにはあまりにも淡い憧憬を抱いた直後に、物語は、彼女を突き放し冷徹に殺す。その場面に流れる詞。---死んだ後でも/いつか見つかる/生き続けたら/君は悲しい……。
苦難の旅を終え、ソロシップは、ようやく地球に戻った。だが、地球は彼らを見放した。
そのとき、ソロシップクルーの見つめる中スクリーンに映る、あまりにも美しい……地球。---たった一つの/星に捨てられ……。
ソロシップの代表者ジョーダン・ベスは、苦悩の末、父母が生きる社会と離れて行く。だがそれは老いた父母にとっては、ベス以上の苦渋と哀惜に満ちたものであったであろう。年老いた二人は、もはやその生きる社会を離れることはできないのだ。老夫婦が手を取り合い歩く姿に流れる曲。---別れてみたら/きっと楽だよ……。

ロボット物でも、SFでも、アクションでもないのである。
「イデオン」は、人間の、悲しいまでに人間の物語なのである。
なぜ戦う? なぜ死ぬ? という問いは、我々自身を戦慄させずにはおかない「人はなぜ愛する?」「なぜ生きる?」という恐るべき「問い」を内包しているのだ。
観ている我々もそしてカーシャも、その問いの重さから逃げだそうとする。
その一瞬の根源からの叫びが、「みんな星になればいいのよ!」だったのだ。
けれどどんなに悲しくても、そのときも人は、生きている。
あまりにも重い、真実であった……。

イデ=イデア( 理想) 。バッフ・クラン=バッフ族。ソロシップに現れるイデオンゲージは、現れる順にギリシア文字で読むと「防衛」とういう意味になった。
ダイターン3 のコロスはギリシア演劇における物語の語り部=コロスから来ていた。
そして、「どんな哀しみの時も、人は生きている」という人間の真実を歴史上初めて描いたのはギリシア悲劇と呼ばれる物語群である。
「哲学のアニメ」として評価し、富野監督のギリシア趣味を楽しく見ていたが、結果として「イデオン」は、間違いなく現代アニメが奇蹟的に生んだその後継者であったと言えるだろう。
例えアニメのすべてが千年後に失われるときが来たとしても、唯一歴史が選び残すとすればこの「イデオン」であると預言しよう。
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この回答へのお礼

 まさか、南田操さんご本人からご返事がいただけるとは思いもよりませんでした。なんという光栄でしょう。ありがとうございます。ご返事をいただけたことで、ガンダムよりもイデオンに、アニメージュよりもOUTに熱中していた高校時代のあの時の感覚が、パッと蘇ってきました。

 「考え続けること」、「生きていること問い続けること」が哲学であるならば、確かにイデオンは哲学だったと思います。地球人とバッフクラン人の出会いを布置することで「イデ」は「どう生きるのか」ということを突きつけていました。イデオンの中の登場人物だけではなく、怒り、憎しみ、悲しみを持ったTVの前の僕も、実際そういうことを考えていたと思います。

 「私たちは、なぜ生きてきたの!」、「みんな星になればいいのよ!(この後、カーシャが見つめたはずの星の輝きが、メカの噴射光になってしまうのは辛かったです)」というカーシャの叫び、「なぜ殺す!、なぜ戦う!」、「こんな甲斐のない生き方なんぞ、認めない!たとえ、それがイデの力によろうともな!」というコスモの叫びは、TVのストーリーを知っていて初めて伝わってくるものだと思います。見続けているうちに、謎解きを楽しみとするのではなく、同じように生きることを考えるようになっていったということが、「ストーリーで哲学を語った」という南田操さんの言葉の意味の一部だったのかと今は思えるようになりました。

 しかし、イデオンのすごさは、今持ってこの問いが自分の中に生き続けているということです。

 南田さんご自身から回答が得られて本当にうれしかったです。ありがとうございました。これからも頑張って下さい。

お礼日時:2004/10/12 23:14

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