『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

今再編問題でよく野球のOBの方やコメンテーターの方が”昔は国民全員が関心を持っていた”や、CMでは”誰もが野球選手になりたかった”とあり、私は10代で最近まであまり野球のことを知らなかった(というかスポーツ自体にそんな興味が無かった)ので昔はそれほどだったのかと驚いてちょっと視聴率を調べてみたんですが
http://www.videor.co.jp/data/ratedata/program/07 …
ここに載っている限りでは平均の最高でも27.1%と私が想像していた視聴率としてはちょっと低い感じがしました。
もちろんあれだけ試合数があって最高27.1%はすごいと思いますが、国民全員がとかそこまでではないような気がします。
”昔”というのはやはり王選手とか長嶋選手の現役のころのことなんでしょうか?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (5件)

昔というのは、王・長嶋の時代よりもっと前だと思います。



三十年以上前の私が子供の頃も「昔はプロ野球があこがれだった」という話があり、必ずそこで出てきた合言葉が「川上の赤バット、大下の青バット」でした。野球を全く知らない筈の私の母でさえ、「シベリア抑留から帰還した水原茂」の話や「物干し竿」藤村富美男の話をしてくれたことがありました。

敗戦の年、1945年の11月に日本プロ野球は東西対抗で早くも復活を遂げました。そこで、本塁打を放ち、鮮烈なデビューを飾ったのが、上記の大下弘です。戦後の焼け跡、何もないところから日本が立ち直ろうとしていたときに、プロ野球選手の活躍は日本の国民を大いに元気付けてくれたことでしょう。

川上哲治は1958年、大下は翌59年に引退してますから、野球が国民的スポーツで、プロ野球も広範な人々の関心を集めたというのはテレビ放送が普及する以前の話だと思います。

ちなみに、テレビは1959年の皇太子殿下(現在の天皇陛下)ご成婚をきっかけに一般家庭への普及が始まり、1964年の東京オリンピックでカラーテレビの普及が始まったといいます。(私の家には、テレビが入ったのも、カラーテレビが入ったのもずっと後でしたが。)

王・長嶋の時代は、私自身リアルタイムで経験していますが、あの頃は球場も今よりもっと閑散としていたし、巨人の日本シリーズの切符も簡単にとれました。だから、既に「昔は・・・」という話が出ていたのだと思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

王・長嶋の時代は、私自身リアルタイムで経験していますが、あの頃は球場も今よりもっと閑散としていたし、巨人の日本シリーズの切符も簡単にとれました。だから、既に「昔は・・・」という話が出ていたのだと思います。

そうだったんですか!?
かなり意外でした。
とても参考になりましたありがとうございました

お礼日時:2004/09/25 13:07

hosanaさんは北野たけしさんの子供時代のドラマを見たことありませんか?(NHKでやってた、たけしくん、ハイ!とか)



プロ野球OBの人たちの言う「昔」というのはまさにこの頃のことをいっているのではないでしょうか?今から45年以上前の話です。視聴率も何もない時代ですよ。
ちなみに我が家にはテレビも電話もありませんでした。

その頃は六大学野球の方がプロ野球より人気があったらしいです。(微妙ですけど人気がプロの方へ流れ始めた頃かな?)

長嶋さんが巨人へ入ったのが確か1958年だったと思いますが、当時の町中(空き地や原っぱ)で野球以外のスポーツ(運動)をやっている子供はほとんどいませんでした。(私は未だ小さくて野球好きな兄のあとにくっついていただけでしたけど)
だいたい男の子は野球で、女の子はゴム飛び(ゴムダンとも言ったかな?)とか鞠つきだったり(10代の人には、なんじゃ?それ、という感じでしょ?)

我が家にテレビが来たのが1959年か60年頃でしたが、父が見る番組はナイターかプロレスか相撲でした。

国民全員というのは言葉のあやでしょ。女の人はあまり関心が無かったと思いますから。
でも男の子に「大きくなったら何になりたい?」と聞けば、ほとんどの子供は「野球の選手」と答えてたと思います。
この頃に今のような視聴率調査をしていれば、たぶん40%ぐらいは稼いでいたんじゃないかな?と思います。(まったく根拠はありませんが・・・)

スポーツが多様化(?)したのは1964年の東京オリンピック以降だと思います。恥ずかしながら、私はこの時まで、世の中にサッカーというスポーツが存在することすら知りませんでした。(マジで)

質問の中にあるURLを見たところ1965年からの数字ですね。今とは視聴率の算出方法も違うでしょうけど、65年から5年間ぐらいの数字にはサッカー人気の影響が少しあるかもしれません。前年の東京五輪から次回のメキシコ五輪(1968年、銅メダル)ぐらいまである意味サッカーブームでした。
(女の子の間ではバレーボールブームだったような気がします。東洋の魔女の影響ですね)

そのあと73年まで視聴率が低いのは、どうせまた巨人が優勝するんだろ、という感じでファンが強すぎる巨人に飽きてきたんです。(私もそうでした)
またこの頃は川上哲治さんが監督で、野球そのものがつまらなかったような気がします。アメリカのベースボールとは違うスポーツ(ちょっと大げさに言えば)への道を歩き始めた頃かな?

またテレビドラマの「青春とはなんだ」というのがあって、これが1965年から10年ぐらいタイトルを微妙に変えながらヒットするんです。(確か日曜のゴールデンタイムだったと思います)
これが今から思うとクサい青春ドラマなんですが、かなり視聴率がよかったんじゃないかな?と思います。そしてこの中では、必ずラグビー部かサッカー部が主体なんですね。決して野球部じゃないんです。
この頃すでに野球人気に翳りがあったんじゃないかな?と思ったりしてます。
ちなみに「青春とはなんだ」の原作はアノ石原慎太郎さんです。それ以後のシリーズは関係ありませんけど・・・。

長くなって論点がボケちゃいましたね、すみません。
わたしが思うに「昔」というのは東京五輪以前のことではないかな?
    • good
    • 0
この回答へのお礼

今野球界での知名度調査したら多分松井、イチローより、長嶋がトップだと思うんです。
だからてっきり長嶋時代が絶頂だと思っていたんですがそうでもないんですね。
正直川上さん今まで知りませんでした。
その頃の映像が少ないからでしょうかね?

とても参考になりました ありがとうございました

お礼日時:2004/09/25 13:19

私は長嶋が立教大学で活躍していた頃も知ってるし、王が早稲田実業高校で甲子園を沸かせた事も憶えている年代です。


もちろんプロ野球での活躍も見つめてきました。
長嶋、王を筆頭に個性的な選手が多く自由奔放に感じました。そんなところに多くの支持を得、共感を得てきたように思います。
単純明快で面白かった。
「打者は打ち投手は投げる」これくらいの知識しかない人達も結構楽しんでいたように思います。
技術論、駆け引きなどまで理解が必要になかったのです。
テレビは一家一台の時代でなく、むしろテレビの無い家庭が多かった時代です。
テレビのある家庭には近所の人達が集まり一緒に見させてもらっていた時代です。(その頃の試聴率と単純比較には無理があります)
ちょっと話はそれますが、この頃はプロレスの方がテレビでの人気が多かったように思います。

現代のテレビの時代になって、私はプロ野球を殆んど見なくなりました。
面白くないんです。
個性のある選手は少なく、管理された組織野球のような気がして、会社でサラリーマンとして管理された自分が家庭に帰って管理社会から開放されたとき、そんな野球をみてもつまらないのです。
どうしても許せないのが技術論ばかり説明する解説者です。そんな屁理屈(私にはそう聞こえます)を聞きながらプロ野球をテレビで見てもちっとも面白くないのです。
屁理屈は会社の上司から聞くだけで充分です。

注1 エモやんの解説はこの限りでない。
注2 球場での観戦は、また違った周りの雰囲気が味わえるのでこの限りでない。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

参考になりました。
ありがとうございました。

お礼日時:2004/09/25 13:20

王、長嶋時代TVにかじりついていた世代です。


国民全員が関心を持っていたというのはいささか大袈裟ですが、当時はプロ野球、プロレス、大相撲がスポーツ御三家でした。
そのなかでもプロ野球の人気は頭抜けていて、現在の少年誌の巻頭グラビアを水着アイドルが飾るが如く王、長嶋が独占していました。
勿論、男子小学生の夢は10人中9人がプロ野球選手だったと思います。
視聴率に関してですが、あの頃私の住む地方は民放が1局しかなく(なんとTBS系)、ナイター中継も週に1回か2回でした。
私の地方も視聴率の対象になっていたかは存じませんが、視たくても視れない人が大勢いたのも事実です。
それでもやはり国民的にいちばん盛り上がったのは、TV中継が始まった王、長嶋時代だはないでしょうか。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

住まいによって感じ方が違うようですね。
とても参考になりました。
ありがとうございました。

お礼日時:2004/09/25 13:24

私もその時代には生まれていなかったのですが、


1965~1973年が、王、長島の時代に当たるはずですが、
それでも、20%前後でそれほど高くないように思われます。

ですがその時代のテレビは普及期のはずで、
今のように独り一台どころか、
家庭に一台ないこともあったと思います。

つまりテレビを持ってる家庭で何%の人が見ていたかの割合で、
街頭のテレビや、知人の家で見ていた方は視聴率には
カウントされないと思います。

またラジオも廃れておらずラジオで聞いて観戦していた人も多いはずです。

巨人の星とか見るとどんな感じか分かると思います。
(フィクションなので脚色もあるかもしれませんが。)
    • good
    • 0
この回答へのお礼

長嶋時代ってもっと昔かと思ってました。
ちょうどカウントされはじめた頃がそうなんですね。
失礼しました。

今一応普及率調べてみたんですがちょうど1965年に都市世帯の普及率9割を超えたそうです
ただおそらく地方などはおっしゃるとおりラジオが主流だったんだと思いますので合わせると、それなりに行ったと思うんですが、長嶋さんが引退するまで数字が下降ぎみなんですよね・・
数年たてばテレビの普及率は相当上がると思うので、外で見てる人(←これは10%もいかないと思います)とラジオ合わせても国民的、つまり紅白くらいはいってないような気がするのですがどうでしょうか?

長くてすいません

お礼日時:2004/09/13 01:44

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!


人気Q&Aランキング