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イスラエルやスイスの国民皆兵と大日本帝国の徴兵制は何がおもな違いになりますか

A 回答 (3件)

国民皆兵は義務教育の延長上にあります。


一定の兵役を終えても、いつでも出兵の義務があります。

大日本帝国の徴兵制は男子対象で、兵役検査基準がありました。
最後には、片道切符の特攻兵にそんなことも言ってられないようでしたが…
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旧軍時代の徴兵では、戸主たる男子は対象にならなかった


まぁ末期になり兵力不足が明らかになると、そんな余裕は無くなったけど

スイスやイスラエルの場合、長男だろうが関係無い
基礎的な訓練を行って、後は予備役として登録し通常の社会生活を送る
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国民皆兵は男女の差はありません。


大日本帝国の徴兵制は男子のみです。
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Q戦国時代に鉄砲が大量にあったのに、なぜ国民皆兵は実現しなかったのか?

戦国時代には日本は既に鉄砲の所有量がヨーロッパを超えていたそうです。そして鉄砲の特徴は、誰でも簡単に敵を倒せるようになることです。
「農民に銃をもたせて短期間訓練すれば、幼少より鍛錬を積んだ武士階級でも敵わない」→「じゃあ武士階級要らないよね。わざわざ武士を養わなくても、武力は徴兵した農民でいいじゃん。」
以上のような考えによって、四民平等・国民皆兵制度になっても良さそうな気がするんですが、日本は結局明治時代になるまでそれを実現できませんでした。なぜ鉄砲がたくさんあっても、武士階級を廃して国民皆兵制に移行しなかったのでしょうか?

Aベストアンサー

人間社会の本質をつく、鋭い質問だと思います。

なぜ国民皆兵にならなかったのか、それは土地の所有権が関係しています。

日本の土地の所有権の基本は「墾田永年私財法」にあります。これにより貴族が荘園を作り、その荘園を守った武士たちが力をつけ、やがて武士自身の私田(自分で開墾した土地)の権利を守るために自分たちの幕府である鎌倉幕府を開くに至りました。

日本は異民族との戦争が基本的にありませんので、日本における戦争とは「自分の土地を守る戦い」であったわけです。ですので、自分の領地が危ないとなると、個人の単位・小さな村の単位・庄屋が纏める地域の単位・国家領主の単位とそれぞれの立場で「自分の土地を守る」戦いの準備をしたのです。

このとき、もちろん戦の号令は国家の領主が命令し、家臣の領地とそこにいるそれぞれの自作農がそれぞれ参加します。小さな村の農民なら具足だけそろえて足軽として、庄屋クラスなら馬数頭と家人数名など供出する人員や物資が決まっていたわけです。また命令指揮系統はあらかじめ地域ごとに決まっていましたから、それに従って出陣し戦争をしてくるわけです。

太閤秀吉の時代に刀狩りをしたのは「秀吉が全国を統一して監督するので、今後は自分たちで戦わなくても役所に願い出れば紛争処理する。だから安心して刀を差し出せ」ということで、刀狩=土地の権利化(権利として国などの組織で保護する)ようになったからです。

逆をいえば国民皆兵というのは「国がみんなの生活を守るから、税金と兵役をやってね」ということなのです。ですから、7世紀の口分田の頃は租庸調でむしろ今の法律にちかく、税金と徴兵があり「武士のような私兵」は個人が用心棒として雇うことはあっても、国家としては徴兵制で行なわれていたわけです。

国民と徴兵に関しては、古代から例があります。たとえば共和制の頃のローマはローマ市民=徴兵=選挙権でした。国の政策として戦争を行なうときに、その決定する人(男性のみ)と戦争に参加する人は同じだったのです。これも土地そのものは私有であったものの、税や登記システムなどによって、個人の土地や財産が守られるから兵役に参加できたわけです。兵隊として死亡しても、相続人がちゃんと相続できるから、国民皆兵が成り立ったと言えます。

逆に王様が支配している国では「土地はすべて王様のもの」です。農民はそこを借りて収穫し、一部を税金=借り賃として国に納めるわけです。このような国の場合、農民は兵として徴用されることはあまりなく、王が自前で傭兵を集めました。軍人としてお金で参加する人々がたくさんいたからです。日本では「傭兵」という感覚があまりないのは「戦争に行くのは自分の土地を守るため」という意識が通念としてあるからで、逆にフランスなどは傭兵部隊をいまでももっていますし、逆に国民皆兵制をしくスイスは兵役のあと職業軍人となって、傭兵になる人もたくさんいます(彼らはフランスの傭兵部隊などに雇われていますが、スイスが危機になれば帰ってきて国民兵になります)

兵隊になって死ぬかもしれない、死ななくても怪我で元の生活に戻れなくなるかもしれない、というのは誰しも嫌なものです。昔だってそうです。ですから鉄砲があっても「死ぬかもしれない兵隊になる理由」が必要であると言えます。そういう点では、戦国時代はまだ兵農が未分化でしたから、村々から足軽を出すこともあり、太閤時代や江戸時代よりは国民皆兵に近い状態であったといえます。

逆に四民平等と国民皆兵は、資本主義と民主主義が影響しています。民主主義を成り立たせるためには、封建的な農本主義では無理があり(そのためローマも共和制から皇帝制に移行した)自由資本と自由経済が必要になります。自由資本と自由経済が成り立つためには「国家が資本=財産を保護し、自由にそれを投下できる環境を整える」必要があり、それを利用する市民も階級差別があると自由経済が成り立たないために、平等が強く求められるようになったのです。その代わり、国家同士の戦争には「自分の国のシステムを守ること=自分の財産を守ること」になりますので「徴兵制が認められる」ということになったのです。

つまり、兵隊をどのように集めるかというのは国家制度特に「財産の保障」に大きく関わっており、財産を自分で守るしかない時代(国家が守る仕組みを持っていない時代や国)ではどれだけ兵器が進んでいても国民皆兵になることはない、のです。

人間社会の本質をつく、鋭い質問だと思います。

なぜ国民皆兵にならなかったのか、それは土地の所有権が関係しています。

日本の土地の所有権の基本は「墾田永年私財法」にあります。これにより貴族が荘園を作り、その荘園を守った武士たちが力をつけ、やがて武士自身の私田(自分で開墾した土地)の権利を守るために自分たちの幕府である鎌倉幕府を開くに至りました。

日本は異民族との戦争が基本的にありませんので、日本における戦争とは「自分の土地を守る戦い」であったわけです。ですので、自分の領地が...続きを読む


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