今回、1960年代の音楽ついてプレゼンすることになり、↓の様に大まかに(大まかすぎてすみません^^:)調べたのですが、各ジャンルに代表されるミュージシャン、その他これは付け加えた方が…っというような事を教えて頂きたいです!それと同時に、60年代の洋画についてもご存知の方がいらっしゃいましたら、そちらについても教えて頂きたいです。宜しくお願いします。

1960-1963:R&R全盛期(ビートルズ・ローリングストーンズなど)

1964-1966:フォークロック流行(ボブディラン?)

1967-1969:サイケデリック・サウンド流行(?)

A 回答 (7件)

NO.5です。

質問者の方に参考になるかと思い、No.6の方のブルース論に、一言付け加えたいと思います。

50年代のプレスリーにせよ、ビートルズにせよ、黒人音楽をベースに、黒人音楽を激変させたという意味で、60年代音楽とは、黒人音楽の時代です。

ですがブルースは60年代音楽の根底やスパイスではありますが、幹ではないと思ってます。

理由は以下の通りです。
・ビートルズが他のアーティストと一線を画したポイントは、採用時にも語られた「単なるビート・グループじゃない。カントリー&ウェスタンですらある。」というように、ブルースブルースしてなかったから。
・イギリスのブルースを基調としたグループは、実はヒットする時はブルース色を消している場合が多い。ストーンズやマンフレッド・マン、ザ・フー、ヤードバーズ。ブルースはアルバムに収められやすい。

質問者がどのアプローチで書かれるかは分かりませんが、芸術は常に発信者と受け手の両方がいて成り立つ者ですので、発信する側がブルースを根底にしていても、受け手が選んだ曲はブルース性の低い曲だったというのは大事かと思ってます。

よって、ヒッピーやサイケが枝葉というのは賛成ですが、受け手がヒッピーや学生運動者だったりしたということは、60年代音楽を総観した時には主要要素だと思ったり。

70年代ロックから振り返ると、60年代のブルースの重要性は異様に高いですが(←70年代に活躍した人が60年代にブルース好きだったから)、50年代からの流れを見ると、白人音楽の白人らしさ(ビーチ・ボーイズやゲイリー・ルイス、アソシエイションetc)が登場したことも充分画期的で、特徴的。←彼らは70年代にいないからな~。
しかも、逆に黒人による白人音楽らしさが輝いたのも60年代の大事な特徴。フィフス・ディメンション、ファウンデイションズ、アンソニー&インペリアルズ。

では60年代音楽の幹は何かと言われると、ビートルズ後にほぼ限定した言い方ですが、ミュージシャンがアーティストになった時代だと思います。
・スタジオ・ワークでアピールする面が、ライヴやコンサートよりも増えてきた。圧倒的にライヴに傾いていたアピール性を、相当スタジオに持って行った。
・アーティストの、レコード会社に対して発言できる範囲が増えた。アルバムの曲順とか。

特に、60年代後半~70年代以降、“音楽で社会が変わる”という動きが相当程度出ましたが、その分、純粋に“音”のみと向かい合った、最後の時代(ソフトロックなど)とも言えるかもしれません。

(uraryoushi様、基本は全面賛成です!根底に、という点にこだわり、表層面についてブルースの受け止められ方や、70年代に生き残れない非ブルース性についてなんぞと思ってください。)

この回答への補足

皆さんのおかげで、プレゼン成功できました!!
ありがとうございました!

補足日時:2006/01/25 03:05
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この回答へのお礼

お返事遅れてしまってすみません。。
すごく参考になりました☆
ありがとうございました!!

お礼日時:2006/01/16 22:21

どうも、ブルースバカです。



どうも60年代というとサイケデリックとフラワームーブメント、ヒッピーといった枝葉の部分にばかり触れている人が多いですが、実は根底にはブルースがあることはあまり知られていません。

ビートルズもストーンズもディランもデビューはさほど変わらない時期なのですが、彼らに大きな影響を与えたのが50年代のロックンロールの神様 チャック・ベリー で、彼を見出してデビューさせたのがシカゴ・ブルースの父 マディ・ウォーターズ(芸名でピンのミュージシャン) です。マディの影響でブルースにのめり込んでいったのがキース・リチャーズ、ブライアン・ジョーンズ(ローリング・ストーンズ)、ピ-ト・タウンシェント(ザ・フー)、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ(70年代以降レッド・ツェッペリンを結成)…と多くのミュージシャンが影響を受けました。
というのも1960年にマディ・ウォーターズはロンドンで講演を行い大きな「ブルース・ムーブメント」がロンドンで巻き起こったのです。その時ビートルズはリバプールの片田舎にいたうえハンブルグに巡業に行っていたためブームに乗り遅れてしまったのです。言ってみれば後にアメリカを席巻する「ブリティッシュ・ロック・ムーブメント」はマディ・ウォーターズによって用意されたと言って過言ではないでしょう。

この頃アメリカでは南部を中心に公然と人種差別が行われており、時のスーパースター エルビス・プレスリー は軍隊に入隊、チャック・ベリーなどの黒人ミュージシャンは軒並み逮捕や事故死などで活動停止、最もセクシーと言われた黒人R&Rスター リトル・リチャード は飛行機事故に遭うも奇跡的に無傷で助かり改宗し牧師になってしまい完全にR&Rは死んでしまいました。
この背景には「罪深い」黒人に対する差別と、黒人音楽への弾圧がありました。辛うじて生き残ったマッディ・ウォーターズやハウリン・ウルフといったブルース・ミュージシャンはヨーロッパに活動の拠点を移すことになったのです。

ビートルズがアメリカを席巻するのが1964年、それまではポール・アンカ等のかったるいキャンディ・ポップスやベンチャーズなどのインスト、せいぜいがビーチ・ボーイズのサーフ・ミュージックくらいしかありませんでした。これは白人による最も健全な音楽としてラジオ局(当時はテレビより普及していた)で積極的に流されていた影響によるもので、今ではごく一部が聞かれるに留まっています。
これだけかったるいポップスの中にあってビートルズはセンセーショナルなものとして映り、ご存知の通り「ビートルマニア」という現象が全米を席巻しました。
その後ビートルズに続けとばかりにローリング・ストーンズ、アニマルズ、ヤードバーズ(初代ギタリストはエリック・クラプトン、70年代にレッド・ツェッペリンと改名)、ザ・フーなどがアメリカに上陸、一台センセーションを巻き起こします。
全米がブリティッシュ1色かと思ったら、反面フォーク(プロテスタント・ソング)界に貴公子と呼ばれる男がデビューしました。これがボブ・ディランで「白人が黒人の歌を歌うなんてケシカラン」という保守的な白人層を取り込んで人気が爆発しました。元々プロテスタント・ソングは白人のブルースなので時代の流れの中で当然多くの支持を得ることになります。

60年代の音楽が大きく動くのはディランがエレキ・ギター(黒のフェンダー・ストラトキャスター)を持った時からです。元々ロックンローラー志望だった彼は一時衰退したR&Rに夢を諦めプロテスタント・ソングの道を選んだのですが、ブリティッシュロックの対等に触発されスタイルを変えて行ったと言われています。
この変化が黒人音楽のR&R、R&Bと白人音楽のフォークソングを融合した フォーク・ロック というスタイルにつながり、HIGHWAI61 REVISITED(邦題:追憶のハイウェイ61)~BROND ON BROND という世界初の「トータル・コンセプト・アルバム」へと続きます。

1965年になるとアニマルズはドラッグ不法所持で逮捕が連発・解散、ヤードバーズはクラプトンがアイドル路線に嫌気が指し仲たがい(後にクラプトンは脱退、後釜に天下ごめんの天才ジェフ・ベックが加入)、と変化が現れます。アメリカではアイドルでデビューしたビートルズは当初はダイアナ・ロス&ザ・シュープリームスなどに代表される モータウン・サウンド とチャック・ベリーなどのロックンロールのパクリバンドでしかなかったのですが、ディランの方向性に触発されて RUBBER SOUL あたりから音楽性を重視したバンドへと熟成していきます。
ビートルズの最初のトータルコンセプトアルバム REVOLVER が発売される頃(1966年)にローリング・ストーンズは AFTERMATH というトータルコンセプトアルバムを発表し、ザ・フーはライブ・バンドとして精力的にツアーを組み、イギリス組みの勝ち残りはこの3つのバンドとなっていきます。

1967年にはそれまでの混沌とした音楽界にひとつの結論がでます。1966年に一切のライブ活動を停止したビートルズが最高傑作と称される SGT.PEPPER’S LONLEY HEARTS CLUB BAND を発表。タダのアイドルがミュージシャンとして開花した瞬間でした。反面ローリング・ストーンズの中枢である ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、ブライアン・ジョーンズ がドラッグ不法所持で逮捕、事実上の活動休止に追いやられてしまいました。ディランは突然活動を休止、まるで申し合わせたようにそれまでの流れが変わってしまいました。
この年ヤードバーズを脱退したエリック・クラプトンはジンジャー・ベイカー、ジャック・ブルースとともに新バンド クリーム を結成、ホワイト・ブルース と呼ばれる新しいスタイルが受け入れられるようになります。この頃からクラプトンの早弾きを「スローハンド」と称されるようになります。
またアニマルズの元メンバーがとてつもない天才を見つけたと黒人ギタリストをレコードデビューに持っていきます。この黒人の名は ジミ・ヘンドリックス。史上最高のライブ・バンドと称されるようになったザ・フーの出演する モンタレー・ロックフェスティバル でギターを燃やすというパフォーマンスでセンセーショナルなデビューを果たします。またアメリカ中部の片田舎から出てきたヒッピーの少女が独特なハスキーボイスでセンセーショナルなデビューを果たしたのもこの頃で、この少女こそ ジャニス・ジョップリン。1967年はヴェトナム反戦運動と新しいスターの出現で新たな方向へと動いていくのです。

ブルースを基盤にして様々なミュージシャンが輩出された60年代に唯一ブルースの影響を受けなかったバンドがデビューしたのがこの頃で、カリフォルニア出身の彼らはネイティブ・アメリカンの音楽にインスパイアされたという特殊なものでした。これが ドアーズ です。1968年はヘンドリックス、ジョップリン、ドアーズというメイド・イン・USAのミュージシャンが台頭していきます。

しかし面白くないのは黒人で、言ってみれば「白人にブルースを奪われた」わけで、それも「罪深い音楽でケシカラン」といっていた連中に奪われただけに「ざけんな、man」なわけです。さらに LOVE&PEACE なムーブメントから BLACK IS BEAUTIFUL と黒人の自我が目覚めた年といわれる時期に入り、白人に取られたブルースを演奏しなくなりファンクやソウル(オーティス・レディング、スライ&ザ・ファミリーストーン、リトル・スティービー・ワンダーなど)という新しいブラック・ミュージックが生まれていくのです。アフロ・ヘアが生まれたのがこの時期で、元々縮れ毛の黒人はそれまで白人の文化慣習に習ってポマードなどで強制的に直毛にすることを強要されてきましたが、「黒人はこれが自然で美しい」という主張として縮れた毛を伸ばしたアフロ・ヘアが流行したのです。

ビートルズはこの頃になるとポール・マッカートニー対ジョン・レノン、ジョージ・ハリスンの冷戦が深刻化していました。この年通称ホワイトアルバムを発表するも「ひとつひとつの楽曲はいいんだけどアルバムとしてのまとまりがない」と酷評を受けます。加えてハリスンのソロアルバム発表、レノンがオノ・ヨーコと平和活動に本腰を入れるなどグループとしての活動よりそれぞれが勝手に活動して「ビートルズ解散説」が巷を駆け巡るようになります。
反面ストーンズは67年に発表した THEIR SATANIC MAGESTIES で「ビートルズの質の悪い亜流」と酷評されサイケデリックから徹底的に軌道修正を行い名盤 BEGGAR’S BANQUET をリリースし完全復活します。現在CMで流れている JUMPIN’JACK FLASH はもともとこのアルバムに入れる予定でしたがレコード会社側の催促で急遽シングルカットして先行リリースしたと言う逸話が残っています。

そんな激動の60年代は68年のショッキングな事件から崩れていきます。67年の逮捕以降露骨に薬物依存が進行していたストーンズのブライアン・ジョーンズが自宅プールで変死体で発見されたのです。それに続くかのようにジミ・ヘンドリックスが自宅のベッドで、ジャニス・ジョップリンが、ドアーズのジム・モリスンが立て続けに変死体で発見されたのです。当時キング牧師やロバート・ケネディ上院議員の暗殺の記憶が新しかっただけに影響力の強い彼らはまとめてCIAに暗殺されたというまことしやかな噂が囁かれたほどです(もちろん証拠はありませんが)。
ニューヨーク郊外のボブ・ディランの広大な家の敷地内で行われたロックフェスティバル ウッドストック・フェスティバル は現在でも語り継がれる伝説のフェスティバルです。参加した聴衆は「輝かしい70年代」を確信しただけにここで STARS AND STRIPES BUNNER(星条旗よ永遠なれ) を演奏したヘンドリックスの変死はショッキングなものでした。
さらに追い討ちをかけるようにカリフォルニア州オルタモントで開催されたストーンズ主催のロック・フェスティバル(これは当初「西海岸のウッドストック」と期待されていた)で警備に当たった暴走族・ヘルス・エンジェルスのメンバーが観客の黒人を刺殺するというショッキングな事件で幕を閉じます。この時アメリカでは「夢は終わった」と、フラワームーブメントの終焉を迎えることになるのです。

…と長くなりましたが、60年代は「黒人音楽と白人音楽の融合」が根源にあり、様々な音楽的実験が行われた時代だったのです。ここでは書ききれませんでしたが ハービー・ハンコック や マイルス・デイビス などのジャズ・ミュージシャンがロックを取り入れた ジャズ・ロック というスタイルを確立したのもこの時期です。
ここではざっと(?)ミュージシャンと音楽の流れを追ってみましたが、当時の事件(ケネディ大統領暗殺、マルコムXやKKKなど)や時代背景(アメリカのヴェトナム戦争泥沼化)等を照らし合わせていくといいプレゼンができると思いますよ。

追記として、ロック・フェスティバルはその後 ライブ・エイド や最近行われた ライブ・エイト として受け継がれ、黒人の人権確立のきっかけになるなど、実は今でも夢は終わってなかったりするのです。

長くてごめんなさいね。
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この回答へのお礼

お返事遅くなってすみません。。
いえいえ、すごく詳しく書いてくださって、本当に参考になりました!!というか、私自身すごく音楽に興味があるので、大変興味深かったです!
これを気に、少しそういう関係の本などを読もうかな、っと思います。
アドバイス、ありがとうございました。

お礼日時:2006/01/16 22:17

年代の切り方のアドバイスです。



ロックンロールは60年を待たずにほぼ(主要人物の事故や逮捕で)自滅します。50年代ロックンローラーで61、2年まで生き残るのはエヴァリー・ブラザーズやプレスリー、リック・ネルソンくらいです。

60年~ビートルズのアメリカ上陸、64年2月まで全盛期だったのは、ティーン・ポップやガール・ポップです。ドゥ・ワップも復権。

あえて、この時にロックを頑張ったと言えるのは西海岸のサーフ・ミュージックです。

64年がブリティッシュ・インベイションで、イギリス人気。

モータウンの黒人音楽が全盛期を迎えるのもこの辺り(64年より前からですね。)

フォーク・ロックの登場は65年の夏です。ボブ・ディランがエレキを握ったり、バーズやラヴィン・スプーンフルの登場もこの年。暮れにはサイモン&ガーファンクルも。

(この辺まで、下のブログで学びました。)

66年にアルバムが激変。サイケはこの頃から。『ペット・サウンズ』『ブロンド・オン・ブロンド』

67年はヒッピーも登場し、フラワー・ムーヴメントです。フラワー時代はサイケと繋がると見て良いです。
ピンク・フロイドのようなプログレも登場して、アルバム時代が固まりだす。

68、69年は様々な様相が出て、語りづらくなります。
・ビートルズ解散、スプリームズ解散、ビーチ・ボーイズ失墜、フォー・シーズンズ失墜。フォーク・ロック勢もあらかた消える。70年にはサイモン&ガーファンクルも消え、60年代トップ・アーティストが変化。
・レッド・ツェペリンの登場で、ハード・ロックに可能性。キング・クリムゾンのように、プログレ系も増える。
・一方で、日本で言うところのソフトロックや、一発シングル・ヒットのみのバブルガム系もこの時期で、スタジオ・オタクのような凝った技術が出る。

参考URL:http://blog.goo.ne.jp/fenbu/
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この回答へのお礼

お返事遅くなってすみません。。
年代ごとに順々に発表しようと思っていたので、すごく助かりました☆
ありがとうございました。

お礼日時:2006/01/16 22:10

すみませんNo3です。



サイケデリックサウンドに関係する映画を挙げるのを忘れてました。
以下、クスリとスピード(バイクと暴力)、あるいは性的堕落を扱った映画です。

「白昼の幻想」
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=1 …

「ワイルドエンジェル」
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=2 …

「CCライダー」
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=9 …

「地獄の天使」
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=9 …

「セックス・オブ・エンジェル」
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=1 …

「欲情の島」
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=2 …

「ロリータ」
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=2 …

ニューシネマはこの本が詳しいです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4845980 …

あとTVに対抗した大型スクリーンの超大作もたくさん作られているのでお忘れ無く。
69年までの映画史は下記が見やすいですよ。
http://www.geocities.jp/h2o_classic/index.html
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この回答へのお礼

お返事遅くなってすみません。。
こんなにたくさんのリンク、ありがとうございました☆
いろいろと調べてみようと思います!!
ありがとうございました。

お礼日時:2006/01/16 22:04

60年代の映画の変遷は、娯楽の王道だったアメリカ製西部劇が徐々に衰退し、マカロニウエスタンの登場でその座を奪われたことが、まずあります。



参考HP
http://userwww.aimnet.ne.jp/user/django-kill/j_i …
http://www.syu-wa.co.jp/macaronitop.htm

60年代後半になるとベトナム戦争が激化し「暴力」を全面に押し出した映画が台頭してきます。
「俺たちに明日はない」や「イージーライダー」、「真夜中のカーボーイ」などのニューシネマです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1% …

映画の音楽もこれまでは映画音楽家と呼ばれる作曲家に依頼したものが多かったのですが、ニルソンやバーズ、ステッペンウルフなどの既成曲が主題歌に取り入れられました。


イギリスではアラン・シリトーの小説を元に「怒れる若者たち」と呼ばれ社会の秩序の矛盾に抵抗する青年を主人公とした映画(「土曜の夜と日曜の朝」「長距離ランナーの孤独」など)が作られました。
代表的な監督にはトニーリチャードソン、カレル・ライスらがいます。

また一方、スウィンギン・ロンドンに繋がるモッブ系のおしゃれな映画も作られています。
ビートルズの映画「HELP」で知られるリチャードレスターの「ナック」がその代表作です。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=1 …

「ナック」の音楽は007で有名なジョンバリーですが、バリーは「バリーズ7」というロック系のエレキバンド出身です。当時の奥さんはのちにセルジュ・ゲンズブールと出来ちゃうジェーンバーキン。

バーキンとゲンズブールはロックには登場しませんけど、性交中の喘ぎ?を曲に取り入れた「ジュテームノンモアプリュ」などでセンセイションを起こし(当然発売中止、いまは聴けますけど)、フランスポッププの一翼を担っていたと思います。

あまり長くなるとなんですので、ロック史は音楽出版社の「ロッククロニクル」を参考にしてはどうでしょうか?VOL3がビートルズやディランを扱っています。
http://www.cdjournal.com/Company/products/mook.p …

「ロック・ムービー・クロニクル」というのもありますよ。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4900340 …


60年代の米英仏の映画は政治や社会の変遷から登場したメッセージ色の強い作品が多いです。
参考著書は多すぎるのと高いので図書館で調べるのがいいと思います。
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○洋画について


60年代という時代を象徴する洋画として、私なりには、
・俺たちに明日はない(1967)
・2001年宇宙の旅(1968)
・イージーライダー(1969)
の3本を推薦したいと思います。ストーリー等詳細については、3本とも名作ですので、映画のタイトル名でいくらでも検索できると思います。

○音楽について
 60年代の音楽というと、ベトナム戦争とヒッピームーブメントの影響の濃さだと思います。
その象徴的イベントとして、
・モンタレーポップフェスティバル(1967)
・ウッドストック(1969)
の2つの音楽フェスティバルが上げておきます。どちらもCD、ビデオ、DVDで発売されていると思います
 それから、あと、60年代で特筆しておきたいミュージシャンですが
・Jimi Hendrix
・Miles Davis
・Joan Baez
・Otis Redding
・Simon & Garfunkel
・Beach Boys
と言ったところですかね。細かく言えば、他にもいろんなミュージシャンがいました。
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この回答へのお礼

ご紹介してくださった、映画、ミュージシャン、イベント、詳しく調べてみようと思います。
ご回答ありがとうございました!

お礼日時:2006/01/12 01:37

間違ってはいないけれども違和感があるのはなぜかと考えていました。



まず、年代の括りはご自身でおやりになったのでしょうか。63年をR&R「全盛期」とするなら、代表格はなんといってもエルヴィスですね。ビートルズはデビュー・アルバムを発表したのが63年ですし、ストーンズに至っては結成自体が63年を待たないといけませんので、代表としては、かなり無理があると思います。

また、年代によって、ロック・バンドが廃れてフォーク歌手が台頭したとかいうわけではなく、ロックもフォークも常に存在していて、それぞれが音楽性を変えていったわけです。例えば、ビートルズひとつとっても、初めはエルヴィスのようにリーゼントにしていたのが、反戦フォーク歌手と似たようなメッセージを打ち出すようになり、やがてサイケな音楽を作るようになりました。その間に、モッズというスタイルが入りますけどね。それからモータウンも頑張っていた時代です。

いずれにしても、60年代というのは、公民権運動やベトナム戦争と切っても切れません。流行音楽・洋画といったサブカルチャーなら尚更です。具体的には、それまでの堅苦しい風習に疲れた人々がエルヴィスの腰振りに惹かれ、政府の横暴を非難するバンドたちを支持し、戦争で傷ついた心をドラッグで埋めようとしたわけです。もちろん、それとは別に、もっと無難なポップスというか歌謡曲も常にありましたので、「音楽」を「洋楽」ととるか、更に「欧米の音楽」に限るかによっても変わります。

データベースは何か愛用していらっしゃるのでしょうか。私は洋楽については英語のサイトを使っているのですが、Discographyの項は活躍した年代を知るための参考になります。
http://www.allmusic.com/

さて、映画ですが、『気狂いピエロ』に代表されるヌーヴェル・ヴァーグの台頭が60年代の特徴と言えましょう。ただし、音楽と関連づけるなら、エルヴィスやビートルズの映画もたくさん作られましたよね。データベースは下記のものが英語版ともリンクしていて便利です。
http://www.allcinema.net/prog/index2.php

ところで、せっかくビートルズ、ストーンズ、ディランといった名前を挙げていらっしゃるので申しますと、彼らのいずれかのバイオグラフィーを一冊でいいから飛ばし読みすると、かなり、60年代が見えてくると思いますよ。
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この回答へのお礼

なるほど!詳しい回答ありがとうございました。
年代の絞りは、日本語サイトで検索して絞りました。教えて頂いたサイト、少し拝見させて頂きましたが詳しく載っていて参考になります!
あとで、じっくり読もうと思います。
ありがとうございました!

お礼日時:2006/01/12 01:29

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