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『素晴らしき日々』で札幌五輪の話題は登場した?

1960年代終盤から1970年代初頭の米国を舞台にしたドラマ
『素晴らしき日々』(The Wonder Years)についての質問です。

このドラマでは1972年2月に行われた札幌オリンピックについては
話題として触れられているのでしょうか?

海外ドラマに詳しい方、お願いします。

A 回答 (4件)

もうやめようと思っていたんですが、音楽の話を出されたからには引き下がれません(笑)。

BGMでもおわかりのように、WYはむしろ、「ポスト・ビートルズ」の時代なんですよね。ジャック夫妻なんかはぎりぎりビーチ・ボーイズ世代に引っかかっていて、そのあとにビートルズ旋風が巻き起こったわけですが、カレンの世代はすでにジミ・ヘンドリックスやボブ・ディランの世代に移ってしまっているんです。そんなヒッピー・ムーヴメントに押されて“虚構”のビートルズは解散したのであり、一方でビートルズ現役世代は、ジョン&ヨーコを忌み嫌っていたのです。映画『フロスト&ニクソン』にも登場するテレビ番組「デヴィッド・フロスト・ショー」で、ヨーコと客席のビートルズ・ファンがやりやっていたのを思い出します。(ちなみに私は音楽的に言うと、そのまた次の“ミック・テイラー”世代ですから、念のため。)

そうそう、前回でもちょっと触れましたが、まさしくカレンは学生運動世代で鼻持ちなりませんよね。今になって振り返ってみると、あの若者世代が声高に叫んでいた反戦や社会主義が、坊っちゃんお譲ちゃんの空論だったことに気づかされるわけで(反戦や社会主義自体が悪いのではなく、あくまでもあの当時の運動がね)、そんな矛盾がカレンという登場人物やそのとりまきを通して描かれているのが結構笑えます。

そしてエピソードの端々からは、おそらくジャックもそれなりの“若者世代”を経てきたというのが想像でき、一方ではカレンもしまいには、“経済”と“家庭”を理由にアラスカへ旅立っていきます。この父娘の、性差と世代ゆえの葛藤が、5年間のドラマの軸になっているわけですが、“スカートを履いたかわいい娘”という幻想から抜けきれないジャックが、学生時代のカレンに対して、自分自身が家を出る時に使ったキャンバス地のバックパックをプレゼントして接点を見出そうとする場面は印象的です。

ああ、もうさすがにこのへんで。で、五輪に関しては、ミュンヘンのテロとマーク・スピッツがあまりに目立っていたんで、ただでさえ地味な冬季五輪は、アメリカでは、やや霞んでいたのです。とにかくDVD化もしくは再放送を祈りましょう!

この回答への補足

いやあ、ucokさん、本当にWYが好きなんですね~!!!
(ものすごく伝わってきます。いや、実はオイラも大好き。汗)
まさにWYの時代にアメリカ暮らしをしていたなら
それは無理はないかもしれません。

札幌五輪という本題から逸れまくりなのに、
「このQ&Aは参考になった」に7件も!
ファンにとってはucokさんの証言はたまらないでしょう!!

登場人物が自分と重なると、親近感を持って、
そのドラマのファンになってしまうのが人情なのでしょうか?
米国ドラマとは関係ないですが、
NHKの朝ドラ『瞳』(2008年前期、栄倉奈々さん主演)は、
札幌から上京した二十歳のヒロインが東京都の里親になる話でしたが、
瞳ちゃんと同じくらいの若さで札幌から上京した人間にとっては、
このドラマにとても親近感を持った人は多いかもしれません。
それと同じでしょうね。

さて、私も最後に少しだけ。

>そんなヒッピー・ムーヴメントに押されて“虚構”のビートルズは解散したのであり、一方でビートルズ現役世代は、ジョン&ヨーコを忌み嫌っていたのです。

なるほど。そうだったんですね。

ビートルズは英国国内と、米国や日本などの外国とでは、
再流行した時期に若干のズレがあるんでしょうかね?

>まさしくカレンは学生運動世代で鼻持ちなりませんよね。今になって振り返ってみると、あの若者世代が声高に叫んでいた反戦や社会主義が、坊っちゃんお譲ちゃんの空論だったことに気づかされるわけで(反戦や社会主義自体が悪いのではなく、あくまでもあの当時の運動がね)、

はい、そうですね。
前回も書きましたが、私は日本の学生運動をしていた連中に、
激しい嫌悪感と怒りを持っている現代20代の一人です。

一方で、現代の米国人が「ヒッピー」という言葉を聞くと、
どのようなイメージを持つのでしょうかね?

今から10年近くも前の話ですがね、
米国から日本の某大学に留学か何かで来ていた
18,9くらいの女性とお話したことがあります。
彼女の両親は大学教授らしいんですが、
「両親は昔ヒッピーだった。」と自慢げに語っていました。
それがちょっと不思議でした。
日本で昔学生運動をしていた連中というと、
正直あまりいいイメージは持たれていないと思うので、
自慢げに話す彼女を余計に不思議に思いました。

ucokさんくらいの世代の米国人の中には、
あの時代を古き良き時代(良き古き日々)と形容する人が、
今でも結構いると聞きましたね。

>とにかくDVD化もしくは再放送を祈りましょう!

そうですね。待ち遠しいです。^^

いやあ、正直に言いますと・・・ですね。
日本でNHKが放送した米国ドラマの中では、
私は『アルフ』の次に、『素晴らしき日々』が好きです。

私は所ジョージさんや所さんの声が大好きなもので、
『アルフ』も大好きです。
本当によくあの容貌やキャラと所さんの声は合っています。
でも『アルフ』は2008年秋からまた再放送されてして、
現在DVDレコーダーとワンセグ機器(ウォークマン)で
録画しているところです。
しかもDVDも発売され始めています。

しかし『素晴らしき日々』が再放送される可能性は、
残念ながら極めて少ないかもしれませんね。
97年からの再放送も放送権の関係で後半のみだったし。
挿入音楽の著作権の関係でDVD化も難しいらしく、
97年度のNHKの放送を録画したVHSテープは、
実は宝物のように実家の押入れにしまっています。^^;;

世代が違う上、米国に行ったことすらなく、
メディアを通してでしかアメリカを知らないはずなのですが、
私はWYのビデオをどうしても捨てられません。

再放送のあった97年度は、私もケビンと同じ高校生でした。
だから、思わずケビンに感情移入しながら見てしまいましたが、
最終回でケビンが車で家を飛び出したシーンは、
(米国では州によっては16歳で免許が取れるそうな)
芝居のクサさに思わず目を覆ってしまいました。
「こんなことする訳ないだろ!!」って言いそうになったし、
見ているほうが恥ずかしくなってきました。ww

でも、実は最終回が一番好きです。
ケビンの父親が二年後に他界したという話と、
ケビンとウィニーは結局は結婚することなく、
ケビンは別の女性と結婚したという事実を伝える
ナレーションが忘れられません。
ちょっとショックでした。w
(ダニエル・スターンのナレーションは迫力がありますね。)

話が1973年の独立記念日で終わっていて、
ウィニーがパリ留学が帰って来た8年後(=81年)に、
8ヶ月の息子を連れて自分の奥さんと空港に迎えに行ったとか・・。
(ちなみに僕は81年生まれです。)

ucokさん、本当にありあがとうございました!!

補足日時:2010/07/10 18:50
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この回答へのお礼

ごめんなさい。
上の補足の文章の最後(末尾5行)が何か変ですね。

→ドラマの最終回の話が1973年の独立記念日で終わっていて、
→ウィニーがパリ留学が帰って来た8年後(=81年)に、
→ケビンは8ヶ月になる自分の息子と奥さんと連れて、
→帰国した元恋人のウィニーを空港まで迎えに行ったとか・・。
→(ちなみに僕は81年生まれです。)

→ucokさん、本当にありがとうございました!!

これが正しいですね。

         ***

改めて4度にも渡る回答に感謝申し上げます。
いつの間にか「このQ&Aは参考になった」が22件になっていて、
私もビックリしました。
意外とファンは多いのかも知れませんね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%A0%E6%99%B4% …

個人のサイトは勝手にリンクしたくないので、
Wikipediaの『素晴らしき日々』のページを閲覧者のためにも
リンクしておきます。

ちなみに私の母親はケビンと同い年(数ヶ月だけ年下)、
私はケビンの息子と同い年(数ヶ月だけ年下)みたいですね(笑)

母は当時、札幌オリンピックを見に行ったらしいですが(市民でした)、
母はピッピーという言葉は知らないようです。
(フーテンなら知ってると思うけど。w)

1970年前後は、どんな時代だったのでしょうか?
日本にとっても米国にとっても古き良き時代だったのかもしれませんね。
1981年生まれの私にとって、1960年代と1970年代前半は、
タイムマシーンがあれば一番行ってみたいと思う時代です。

私はフランス・ドイツのパンク音楽ばかり聴いています。
1960年代に流行したフランスギャルはみんな知っていますが、
現代の仏独のパンク音楽は、なぜは日本では全く流行りません。
(言語の関係でしょうか?)
私が好きなのは、日本では誰も知らないようなグループばかりです。

でもビートルズとビーチボーイズの曲もたまに聴くといいですね。
両グループの曲には不思議な魅力がありますね。

ucokさん、またお話しする機会があったらよろしくお願いします。
(以前に「国鉄→JR」の話でもお世話になりました。)

お礼日時:2010/08/01 23:09

Q&Aの趣旨を逸脱しない程度にレスいたします。



WYのビデオと、在米当時に親が購読していたライフ・マガジンは、お金よりも大事な私の宝物です(だってお金は、また稼げるもんね)。当時は確かに今ほど帰国子女が一般的ではなかったしインターネットもなかったので、共感し合える人が少なかったですね。

そして当時は米国が一番いい時だったのではないかと思うんですよ。だからwonder years。ちょうど公民権運動が一段落し、報道の近代化のおかげでベトナム戦争の“嘘”が次々と暴かれ、ゆえにケヴィンの姉ちゃんみたいな人たちがラヴ&ピースを謳うようになったのもさることながら、国自体が危機感を抱いて、本格的に人種差別や貧富の差を撤廃する政策を施行していたんです。

私も急激に増えつつあった外国籍住民の一員だったわけですが、当時は外国から来た転校生一人につき、必ずクラスの中から世話役が選ばれて、その世話役が手とり足とり、外国人児童をアシストしていました。ですから、いじめる者がいても、その世話役が必ず味方になったし、勉強に関しても国語(英語)の時間には外国人児童だけが別室で、初歩の英語を教わり、2学年混合のクラスもあったりして、できるだけ無理なく社会に溶け込めるよう、工夫がなされていました。これは私が暮らしていたロサンゼルスに限らず、東部など、いたるところで同じシステムが導入されていたようです。

家の玄関は常に開けっ放し。道を歩けば知らない人同士でも挨拶し合う。リベラル対保守の政治的闘争はありましたが、一般市民の暮らしは至って穏やかでしたね。それだけにカレンたちの“闘争”が、年上世代からは甘っちょろく映ったに違いありません。もちろん、ケヴィン世代以下の者たちにとっては、あの自由さが憧れの対象だったわけですが。

人種に関しても、1970年に、黒人地区の児童生徒と白人地区のそれを混ぜる政策が施行され、半数の児童生徒はスクールバスでわざわざ遠くの学校に通わされるようになったので、私たちはごく自然に違う人種や国籍の人と親友同士になっていました。それまでは白人が多く住む地域では、必然的に白人ばかりが集まり、ゆえに学校も大半が白人だったのです。ケヴィンたちが暮らす地域は、そんな白人地域だったのでしょう。今は組合の関係で、ドラマの登場人物には必ず有色人種を入れなければいけないようですが、現実としては、白人が集まるところには自然と(良きにつけ悪しきにつけ)白人の交友関係が広がるもので、それは日本在住の白人社会を見てもわかると思います。

ただしWYにも、人種を話題にしたシーンがいくつかはありましたよね。“クール”な新任の先生が、黒人解放運動活動家を彷彿とさせるシーン。スウェーデンからの留学生がエキゾチックで美人だったが、よく知り合ってみたら頭空っぽだったというエピソードなどです。もともとWYは『大上段に構える70年代の社会をよそに、平々凡々に暮らす庶民の話』なわけですが、こうした“異文化”の流入を、さりげなく取り入れつつ、さらりと交わしているところが、このドラマの面白いところだと思います。「ママ、ポールはイタリア系だけどウチは何系?」と問うケヴィンに、ノーマが国籍を5つ6つ連ねてわけわからなくなるシーンもありましたが、アーノルド家の“混血”加減は、それを象徴しています。

そうした人種間の自然な交流が、今では考えられないという住民もいれば、いや、今も平穏な地域はいくらでもあるという住民もいます。ただ、70年代初期には“お客さん”として迎えられていた外国人たちが、徐々に増え、徐々に力を得るに従って“脅威”に代わっていったのは否めないと思います。それでもなお、『フリーダム・ライターズ』のような成功例も未だにあります。外国籍住民が増えつつある日本はちょうど80年代くらいの米国西海岸のようです。日本にもかなり差別や貧富の差はありますよ。今、きちんと官民ともに支援をする必要性を感じます。

ところで、「細かい日付」云々に関しては、英語のデータベースに「Goofs(ボケ)」という面白いコーナーがあります。とはいえWYに関しては挙げるとキリがないのか、2つばかりに留まっていますが。
http://www.imdb.com/title/tt0094582/goofs

>黄色人種は加齢で急激に声が低くなることはさほどないと思います。

んん、子役などは別として、私が現実に知っている人は皆、日本人なのですけどね。まあ、男の人の声帯(生態?)についてはあまり詳しくありません。

この回答への補足

またお返事をもらえてとてもうれしいです。
URLもありがとうございました。
文字数が限られているので、話題のうち、
いくつかを選んで触れさせていただきます。

>Q&Aの趣旨を逸脱しない程度にレスいたします。

お気遣いありがとうございます。
本題から逸れないように(サポートに目をつけられないように)、
かなり強引ではありますが、ww
札幌オリンピックの話題と結び付けようと思います。

あの時代の日本は高度経済成長期の真っ只中でしたね。
私は80年代初頭の生まれなので詳しく知りませんが、
札幌オリンピックは結構な大イベントだったようです。
1972年2月の札幌オリンピックに合わせるかのように、
前年71年末には札幌には地下鉄が開通しました。
日本中がアジア初の冬季オリンピックに熱狂したらしいですね。

当時は夏季と冬季のオリンピックが同年に行われていました。
1972年の夏にはミュンヘンオリンピックが開催されました。
札幌市はミュンヘン市と姉妹都市ですが、
公式発表では、姉妹都市提携がされたのは、
オリンピックを同年に開催したことが
そのきっかけであるということになっています。
現在、札幌市とミュンヘン市(ドイツ)は姉妹都市で、
締結30周年に当たる2002年からは毎年11~12月には
大通公園でドイツ式のクリスマス市が催されています。

一方、米国は米国で忙しい時期だったと思います。
詳しくは割愛しますが、政治的にかなり慌しい時期でしたよね。

当時は日本も米国も自国内のことで忙しかった上、
今みたいにネットが発達した情報社会ではなかったため、
日本でも米国の国内事情については
さほど気に留められることもなかったようですが、
米国でも札幌オリンピックについては
大きなイベントとは認識されていなかったようですね。
(日本人としてはちょっと残念ですね。
 そういう意味では、ucokさんは貴重な体験をされたようですね。
 うらやましいです・・・・。)

補足日時:2010/07/10 05:50
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この回答へのお礼

【続き】

とはいえ、日本と米国で共通に流行っていたものがあるようです。
それは音楽文化ですね。
ビートルズはものすごい影響力を持っていたことが伺えます。

『素晴らしき日々』のビデオを見てみると、
(第何回目かは忘れましたが、)モリケンの回顧ナレーションで、
たしか「ビートルズ世代」という表現が使われていました。
(原語版でもビートルズの曲題を用いた表現が使われていた。)
あの時代は本当にビートルズの力は大きかったようですね。

私もロック音楽は好きです。
正直、欧州大陸のパンク音楽が好きなので、
英米系はさほど詳しくないのですが、
あの当時、米国では国内にビーチボーイズ(The Beach Boys)
というバンドが活躍していました。
サーフィンやクルマの歌で有名ですね。
歌詞はなんというか・・・やや低俗な感じはしますが、w
私もビーチボーイズの曲のセンスはとても好きです。
ところが、米国内でも外国(英国)のグループであるビートルズが、
ビーチボーイズにとっては驚異的なライバルであったようですね。

私が以前に勤めていた職場の人(50代男性)で、
ジョンとヨーコに街(日本国内)で出会った人がいまいた。
彼も熱狂的なビートルズやビーチボーイズのファンで、
当時、彼はジョンにこっそりサインを求めたそうです。
そうしたら隣にいたヨーコさんに、
「ごめんなさい。プライベートなので。」
とやんわり断られたそうです。

私はビートルズの曲の美しさは好きです。
ただ、私の生まれる前で自分が知らないはずのヒッピーに対しては、
どうしても嫌悪感を抱いてしまう側面があるのです。
その理由については、説明すると長くなるため割愛します。

でも、私がヒッピーに対して持っている苦手意識と同じものを、
ドラマを通じて皮肉を交えて表したものがあります。
同じ米国ドラマで、日本では所ジョージさんの吹き替えで有名な
ホームコメディドラマ『アルフ』です。
第60回目『屋根裏は青春がいっぱい』をご覧になっていただければ、
私がなぜヒッピーが苦手かをおわかりいただけると思います。

それは日本の1960~70年代に起こった学生運動に対する
嫌悪感と若干似ています。
もちろん米国のヒッピーと日本の左翼学生は違いますが、
真っ赤に染まって「平和だ!人権だ!平等だ!」と叫んでいた
エリート大学の学生たちは今、社会でそれなりの地位を手にした途端、
昔の思想を忘れたかのように自分たちの「既得権益の保持」に
躍起になってしまっています。
そのせいで若者が踏み台にされている気がしてならないのです。
日本的終身雇用が崩壊したのに、年功序列と新卒採用慣行だけが残り、
一度新卒で入った会社を辞めたり、新卒時に景気が悪かった若者が、
正社員のレールに戻れずかなりひどい目に合っています。
若者が使い捨てライターのようにされている気がします。
(私自身が現代の若者なので、被害妄想は入っているかもしれません。)

その点、若者の理想は大切とはいえ、
私は1960~70年代の左翼的運動をしていた当時の若者達に対して、
20代の私はどうしても反発心を抱いてしまいます。
(いや、別にucokさんに反発心があるわけではないですよ^^;;)

>日本にもかなり差別や貧富の差はありますよ。今、きちんと官民ともに支援をする必要性を感じます。

まさにそうですね。
これから格差社会になっていくでしょうから(米国並みになりかねない)、
単なる理想にとどまらない運動が必要になっていくでしょう。

どうも最近の日本では、貧しい環境で育った人間ほど、
平和主義とか、過剰な人権主義とか(非行少年の過剰保護など)、
左翼的思想に反発を抱いているような気がしてなりませんね。


・・・・それにしても貴重なお話をお聞かせいただきました。
ucokさんがうらやましいです。
ありがとうございました。

お礼日時:2010/07/10 06:00

うわ、長いレス、恐縮です。



私(♀)は1969年初頭から73年半ばまでアメリカに住んでいたのですよ。そして、はい、まさしく「大きくなったらヒッピーになろう」と思っていました。で、大きくなってみたら、ヒッピーはいなくなっていたのでした。てか、残っているのは冴えなくなりました。大きくなったら市電の運転手になろうと思っていたのに、大きくなってみたら市電がなくなっていた人の気持ちがよくわかります。リアルタイムでヒッピーを知らない人に、ヒッピーが嫌いだとは言わせない。あはは。

このドラマ、主人公はケヴィンですが、本当はお姉ちゃんの物語なんだと思うんですよね。お姉ちゃんが大人になるところで完結する。だから、つい、感情移入しちゃってねえ。音楽や映像がいちいちリアルタイムで懐かしかったのも言うまでもありません。懐かしかったと同時に、「あの時、あそこで、私はケヴィンやカレンのようにしたかった」という喉から手が出るような思いがあったりして。何せ、当時は私、小学生だったんで。

クサいことは確かにクサいけど、昨今のテレビドラマのほうが、別な意味でよっぽどクサく感じられ、ああいう、笑わせて、伏線つけて、最後にはホッコリさせる作り方、私は好きなんですよ。村上龍の(映画版ではなく小説版の!)『69』みたいな作りね。NHKで観ていた頃の私は、8ミリフィルム映像の中のノーマくらいの年齢でした。スカパー放送も観ましたよ。全エピソードを8ミリビデオに録ってあります。

ちなみに20年で声って、あんなに低くならないものなんですか?? 私の友人たちは、結構、18歳から38歳にかけてあの程度には低くなっていましたが、あれはカッコつけてただけなんでしょうか?? でも、ダニエル・スターンさんのナレーションの、いい感じの余韻が私は好きでした。反面、モリケンはちょっと熱血青春しすぎていて、私は歯がゆかったです。

実際の米国は本当にあんな感じでしたよ。エキストラの猫背かげんまで70年前後っぽくて、芸が細かいなあと思ったものです。ついでに言うと「誰それの姉ちゃんがスチュワーデスで、ローリング・ストーンズのキースに誘われた」ってのも、ストーンズ・ファンとしてすごくリアリティ感じます。あのドラマが公式DVD化(今はブルーレイ??)されないのは、本当に文化をドブに捨てているようなものですね。

ちなみに、もういっこのご質問ねえ、WYのことだから史実にないものを盛り込むとは思えないんだけど、それって本当に71年3月の物語でした? エピソードの順番から言うと、もっとあとかなあと思ってね。

この回答への補足

わあ、お返事ありがとうございます。
本当にうれしいです。

また私にも語らせてください!!

>私(♀)は1969年初頭から73年半ばまでアメリカに住んでいたのですよ。

ええええ??本当ですか?
すごいですね。ケビンの時代そのものじゃないですか?
それではucokさんにとって、WYは「バイブル」であってもおかしくありませんね。

WYも73年の半ば(7月4日,独立記念日)で終わっています。
本当にWYの時代はucokさんのアメリカ生活の時代そのものですね!!
WYのビデオはucokさんにとって宝物ではありませんか?

いやあ、まさかここで当時の米国で育った日本人に出会えるとは、
夢にも思っていませんでしたよ。^^
当時は帰国子女ってかなり珍しい存在ですよね?
かなり限られた家庭の子女しかいなかったと聞いています。
(その希少性がちょっとうらやましいです。^^)

>音楽や映像がいちいちリアルタイムで懐かしかったのも言うまでもありません。

そうですね。WYの音楽挿入はうまいなと思います。
ただこの音楽がDVD発売を困難にしているらしいですね。
著作権の問題が絡んでくるので。

>私の友人たちは、結構、18歳から38歳にかけてあの程度には低くなっていましたが、あれはカッコつけてただけなんでしょうか??

それは米国の方ですか?アジア人と白人や黒人でも声の質は違いますからね。
黄色人種は加齢で急激に声が低くなることはさほどないと思います。

>でも、ダニエル・スターンさんのナレーションの、いい感じの余韻が私は好きでした。反面、モリケンはちょっと熱血青春しすぎていて、私は歯がゆかったです。

ああ、ダニエル・スターンさんでしたね!!
確かに声の低さには多少違和感は感じましたが、彼の声は実は好きなんですよ。
あの余韻は迫力がありますよね。
私は帰国子女でも米国出身でもないので、通常、吹き替えしか見ないのですが、
WYに限っては逆に原語版の方で見ていて、モリケンの方は最終回しか見ていません。
今度モリケンの声で最初から見てみたいです。
いやあ、しかしあれが今の千葉県知事の声だとは!!

>ちなみに、もういっこのご質問ねえ、WYのことだから史実にないものを盛り込むとは思えないんだけど、それって本当に71年3月の物語でした?

ごめんなさい。1972年か73年の3月だったかも知れません。
たしか3月21日辺りだったと思います。
でも70年代前半の3月下旬に米国で皆既日食は無かったと思います。

史実に忠実でも、ドラマなので細かい日付の数字を変えることはありますよね?

例えばNHK連続テレビ小説『瞳』ではこうなっていました。
舞台が東京・月島となっており、月島は実在する地名ですが、
瞳が住む場所は月島5丁目という設定でした。
実際には月島は4丁目までしかありません。
登場した「月島東小学校」と「月島南中学校」も架空の中学名です。
でもなぜか、月島南中学校の校舎ロケに使われたのは、
月島の北側の方面に実在する「佃中学校」でした。
なお、ドラマに東京した住吉神社の例大祭は実在するものです。

>実際の米国は本当にあんな感じでしたよ。

そうなんですかあ。
私は実際の米国を全く知りません。

正直、あまりいい国ではないと言う人も数多くいますよね。
人種差別や貧富の差は激しいし。

それに、米国のドラマは人種の比率が現実と違ったり、
白人がやけに多かったりするようで、
米国内でも違和感を感じる人が少なくないそうですね。
(昔、ABCニュースかなんかの特集でその話題が出ていました。)

他のドラマと違ってWYは、芝居のクサさは別としても、
社会背景に関しては、概して米国の実情をあまり美化し過ぎずに
映し出しているような印象は受けますけどね。

実際の学校の風景はあんな感じなんですね・・・。

補足日時:2010/06/30 23:22
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この回答へのお礼

ucokさん、半年ぶりです。
(今は12月9日の13時代です。)

米国は今ごろジョン・レノンの死没(射殺)から
30周年に当たる12月8日を迎えていますね。
さいたま市にあるジョン・レノン・ミュージアムは、
今年の9月30日で閉館してしまったことを、
昨日初めて知りました。
私が関東地方に来たのは2000年ですが、
結局あのミュージアムがあった10年の間、
一度も入館しませんでした。残念です。
ucokさんは行きましたか?

私はピッピー(特に彼らの反戦運動)が苦手と書きましたが、
(よりによって12月8日は日本時間で真珠湾攻撃の日)
ウッドストックで3日間行われたコンサートって、
実際どんなものだったのでしょうね?
会場ではドラッグや犯罪が蔓延していたという話も聞きます。

ビートルズの歌『with a little help from my friends』を、
ジョー・コッカーがウッドストックで
カバーして歌っていましたね。
ジョー・コッカーによるカバーは、
WYのテーマ曲にもなっています。

この前、YouTubeでこんなパロディを見つけて大爆発しました。
ピッピーだった人達が見たら何て思うでしょうね…。
実際、このオジサン、ろれつが回っていないのか、
何て言っているかよくわからない箇所もありますよね?
http://www.youtube.com/watch?v=3xJWxPE8G2c

あまり関係ないけど【爆笑空耳】といえばこれも。
http://www.youtube.com/watch?v=-0jCWkM15ag

無理やり「wonder」と「札幌」で
質問本題と結びつけてみました。(笑)

ではよいお年を。また来年以降もお話してください。

お礼日時:2010/12/09 13:33

ジャネット・リンの映像がまったく使われていなかったかというと、手元の録画を丁寧に調べないとわかりませんが、話題としては触れられていません。

日本においては五輪や万博がビッグ・イベントだったと思いますが、72年はアメリカ国内の出来事だけでもじゅうぶんに劇的な年だったなので。

しばらく前までは詳しいファン・サイトがいくつかありましたが、今、調べてみたらなくなっていました。各放送内容については英文データベースでご確認ください。私にとって『ワンダー・イヤーズ』はバイブルです。

参考URL:http://www.imdb.com/title/tt0094582/episodes
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
以前に別IDでお話しています。
ucokさんって米国帰国子女の方でしたよね?

『ワンダー・イヤーズ』は、ucokさんのバイブルなんですかー。
どういうところが好きなのか教えていただけると助かります。

いや、実は僕も好きですけど、
あのちょっとクサい芝居は見ている側が恥ずかしくなります(笑)
エミー賞を受賞している作品ですが、
“The Wonder Years”って
他の某米国コメディードラマ(原語版)で
臭い芝居の代名詞みたいな感じで使われていたのが印象的でした。

たしか日本で『素晴らしき日々』が放送されたのは
94~96年くらいで、
再放送が97~98年くらいでしたよね?
再放送はNHKの放送権の関係で途中からでした。
私は再放送の途中からしか見ていませんが、
ビデオに撮っています。
私はヒッピーが嫌いなのですが、
何だかんだ言って毎週見てしまいましたね。

ちょうど日本で『素晴らしき日々』が放送された1990年代の半ばころ、
私はちょっと少年ケビンの年頃でした。
(今は28歳。)

本番米国では1968~1973年の物語を、
ちょうど20年後の1988~1993年に
大人になったケビンが20年前を回想する形で放送されたそうですね。
(あれからまた20年が経ちましたね。)
大人になったケビンの声を担当した俳優さんの名前を忘れましたが、
たしかホームアローンで泥棒役をやっていた方だったと思います。
「二十年でこんなに声が低くなる訳ないだろ!!」
って笑ってしまいました。
まぁ、わざとらしいところがこの芝居の魅力でもありますけど。

一方、日本語版の大人になったケビンは、
なかなか素敵な声ですが、なんと森田健作氏による吹き替え。
あの当時はまさか彼が千葉県知事になるなんて、
夢にも思っていませんでした。w
というか、あの声が今の千葉県知事だということは、
私も今月になってようやく気がつきました。

…なんだかんだ言って色々語ってしまいました。
(案外好きなのかも…。)

いや、私はあのドラマを10代の頃で見まして、
私は米国人でもないし、米国には行ったことすらないのに、
なぜか不思議な懐かしさを感じさせる「素晴らしき」演出なんですよね。

実際の米国が本当にあんな感じだとは思いませんが、
あのドラマの学校の風景は他のドラマよりも本物に近いでしょうか?

お礼日時:2010/06/27 21:02

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