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私は、最近学校で日本の昔のことについて、個人的にしらべています。それで、気になったことなんですけど、「昔のの人はどのようにSEXをしていたのでしょうか?」
昔の人はもちろん着物を着ています。
ですからもし男の武将が姫様の着物を脱がせるとしたらその着物はどこにあるのでしょう?そのほかに、昔の人はフェラ等をしていたのか?
ほかにも、挿入するときに声を出したら、周りの部屋で寝ている人に気ずかれてしまって、誰かがSEXしている部屋に来るくるかもしれません。

このようなことを

A 回答 (7件)

江戸時代の人の方こそSEXにおおっぴらであったと思います。

それが、明治になり欧米の文化が入ってきて昭和のようになったと。
あと女性にパンツはないのですぐできると思います。

昭和時代の人は子供達と一緒に寝ていますから、それに祖父母とも暮らしていますので、横になって挿入して服は全部脱がずにしていたとか聞きましたけど。
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みなさん少し勘違いされているところもあるのですが、フェラは今から20年くらい前までは尺八という言い方が一般的で、風俗嬢がやるものでした。

一般の女性はそんなみっともないことはやるものではなかったんですよ。ちなみに大ヒットした大人のエロ小説「失楽園」では一度だけフェラのシーンが出てきます。主人公の中年男性はいきなり相手の女性がそんな大胆な行為に及んだことに驚く描写があります。
明治時代に日露戦争で有名になった乃木将軍の奥さんが女性の心得みたいな本を書き大ヒットしました。今でいう「女性の品格」みたいな本です。それによると、日本の女性というもの床の中では夫に身をゆだね、男性に抱きつくとか声をあげるというような「みっともないこと」は娼婦じゃないんだからやるんじゃないとキッパリと書いておられます。
大正時代、与謝野晶子が「みだれ髪」を出して世間は賛否両論の大騒ぎとなります。題が意味するところは「セックスして乱れた」という意味で「みだれ髪」だったのです。さらに、それには「髪が乱れるほど激しかったわん」という意味もあったんです。そんなことを堂々と書いたものだから与謝野晶子は当時の良識ある人たちから大変非難されました。

現代人の私たちから見ると大変につまらないセックスに思えるかもしれませんが、当時は本当に刺激のない時代です。田舎には文字通りラジオも何もありませんでした。楽しいことといえば夫婦のセックスくらいしかなかったんです。しかも、性に関する情報は全く入りません。だから、本人達が「こんなもの」と思えばそれはそれで充分満足だったのです。
春画(浮世絵)には様々な体位が描かれていますが、それは相手が遊女です。いってみればこれはソーププレイみたいなものです。一般の女性は普通マットプレイとかやりませんよね。それと同じで様々な体位は「プロの技」だったんです。今でもアメリカのいくつかの保守的な町ではいわゆる市条例で「正常位以外の体位の禁止」を掲げているそうです。

昔のアメリカンジョークでこんなのがありました。「おいスティーブ、お前ダッチワイフを使ったことあるかい?」「うーん、ダッチワイフはないけど日本の女を抱いたことはあるぜ」
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今ほど性に対して卑しいものだとかとやかく言わなかったと思います。


遊郭というものが存在していたので。

ウィキの「アナルセックス」の項目では、アナルセックスしてる(男×男だったかな?)浮世絵(だったと思う)が掲載されてたし・・・。

子供を作るという神聖な創造行為であるSEXはシーラカンス以上の化石なんですよ!
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浮世絵でセックスの体位を紹介したもので四十八手(17世紀)というのが


あります。それを見ると
「雁が首」=フェラ
「逆巴」「椋鳥」=シックスナイン
「せみかがり」=駅弁
「仏壇返し」=立ちバック
などあるので、今のAVの技はほとんど完成されていたと思われます。
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まず女性ですが、和服ではパンツを穿きません、下着は腰巻ですから今のようにトイレでパンツを下ろしてという面倒な動作は無く、しゃがめばすぐに用を足せます。


SEXも感覚的にはノーパンで浴衣を着て寝ますから、今より楽ではないかな。
着物は衣文掛けに掛けますし、江戸よりもっと古い時代は着物が掛け布団代わりになります。
SEXに対しては割りと大らかで、祭りが独身男女の出会いの場という村も多くて、その夜は青カンということもあったのでしょうね。
後家さんもけっこう大らかで、夜這いなども受け入れていたようで、今のようにそれをとやかく言う方は少ないです。
徳川将軍は側室と寝るときは二人だけではなく、少し離れた位置にお坊主(女性ですよ)や女中が寝て、睦事に聞き耳を立てています。
これは側室が将軍に身内を高い地位にするように頼んだりすることを防ぐためで、朝になるとお年寄りに報告がいきます。
身分の高い方はそういう習慣ですから、全く気にならなかったと思います。
参考までに、フランス王室は出産を公開する仕来りで、マリーアントワネットなども衆人観衆の中で下半身をさらして赤ちゃんを産み落としていますから、感覚が違います。

話を戻すと、性というものは現在のような陰湿では無いので、あの声を聞かれても関係ないという一面もあったのではないかな。
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回答する前に、ちょっと質問内容が幼いように思うので年齢コードに引っかからないですか?念のため!


また、このコーナーに該当するのかも少々疑問ですが、当時のことを知りたいのなら、図書館や古本屋さんに行き、浮世絵等をご覧になってはいかがでしょうか?
当時の銭湯は混浴が一般的でしたし、時代劇に出てくる船宿は、今で言うラブホテルですし、遊郭と言うソープランドが政府公認で運営されていました。
将軍の場合、大奥が厳選した娘(処女)を抱くのですが、将軍を満足させられなかった場合、かなりきついお仕置きがあったようです。つまり感じていなくても、感じているふりをして大きな声を上げないと大変なことになっていたのかもしれないと推測します。
もちろん部屋の周りには、何十人もの警護の女性たちが居たことは、言うまでもありません。
また、武将はどんなに身分が低くても一国一城の主ですから、その城に勤務すると言うことは主に仕えるということなので、勤務する女性全てとSEXしてもかまわなかったわけです。ちょっと乱暴な言い方ですけどね!自分の妻を差し出せと主に言われた場合、差し出さないと大変なことになった訳です。
また、庶民の間でもお祭りは乱交日のような意味合いを持っていましたし、元服(今で言う成人式)は、村や地域の女性が「筆おろし」(男性の初体験)の相手をしたという記録があちらこちらに残っています。
調べていくと面白いですよ!!
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すっごいアバウトですが、昔は着物だったために女性は帯の結び目が後ろにあるため、脱がせずにやる場合は着物を捲し上げて、バックでするのが多かったと聞いたことがあります(そう言う理由ならたぶん対面座位とかも多そうですね)。



漫画の「あずみ」で見ましたが、その中にはフェラをしているシーンがありました。江戸時代です。

声に関しては、まずいと思えば着物を噛んだりしていたんじゃないですかねぇ。今と同じように
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