地獄の黙示録っていったい何が言いたいんでしょうか?何回も見てますが、何を伝えようとしてるのかいまいち解りません。

A 回答 (5件)

何が言いたいのかわからないのはそもそもあの映画が正に「黙示録」だから。

黙示とは黙して示す、つまり、「暗示」しているわけですね。あの映画は全て暗号で組み立てられていると言っても過言ではない。その暗号構造が極めて「芸術的」であると言えるでしょう。

芸術性実現を理由として「暗示」的な構成になっているわけですが、暗示的な構成をもつ、もうひとつの大義名分として映画が「米国批判」な内容であるという事実があります。まあ、大して目くじら立てるほどのもんじゃないんですが(何しろアメリカは言論自由の国)、そういう「言論できない」という悲劇性をあの映画は付帯させているという図式があります。つまり、まともに「ベトナム戦争はおかしい」と発言したら米国批判になるので、暗号でものを言わざるをえなかったという感じですね。目くじらたてるほどの物ではないというのは今となってはであって当時(アイデアは戦中に生まれた)はベトナム戦争批判は大変なことであった。事実この映画は米軍全面非協力のうきめにあい、ヘリコプターなどはフィリピン軍から借用せざるを得なかった。

さて、その暗号ですが、どういう暗号かというと、ジェシー・ウェストンの「儀式からロマンスへ」とフレイザーの「金枝篇」という中世伝説(アーサー王などの物語)の2冊の本を読んでいなければならないという性質のもので、この2冊は教養のある西欧人なら普通はたしなんでいるものなのだそうです。その2冊がキーだというのを示すように映画の中でカーツの机の上にこの2冊が置いてあり、意味ありげに一瞬アップになるらしい。ですので日本人にはこの時点で地獄の黙示録を深い意味で理解する基礎知識が欠けているのです。

さてその暗号「2冊の本」を使って何を言おうとしているかというと、ベトナム戦争をしているアメリカ、或いは戦争をする人間というものを「病める王と王が病めるゆえ雨が降らず荒地となっている国土を聖杯探しにより救う」という中世伝説になぞらえて解釈して救済されようという事を描いています。
たとえば「病める王」はアメリカ大統領の事で、あの映画のボートの乗組員の一人ランスが大統領を意味しています。その暗示の仕方はランスの姓がジョンソンで、受け取る郵便物で分かるのですが、ミドルネームのイニシャルがBで「L・B・ジョンソン」であり、L・B・ジョンソンといえば当時の米大統領のジョンソン大統領の名前なんだそうです。ランスはあのキルゴアに気に入られるサーファーですが、要はベトナムを何も知らないカリフォルニアのサーファー青年(=ジョンソン大統領)がベトナムに入ってゆき狂気に陥り、ベトナム戦争の決着を見、ウィラードという勇者に手をひかれて救済されるという図式です。ラストの雨は「救いの雨」であります。
又中世伝説にのっとれば、病める王は殺され、その暗殺者が新たな王となる。つまり、ウィラードが新たな王です。原住民はその図式に従い、カーツを殺したウィラードを王とあがめたが、ウィラードは最初の指令として武器を捨てる事を部下に示し、それに従い、みな武器を捨てる。つまり、救済され、ベトナム戦争を辞めようというメッセージです。

この映画はエリオットの「荒地」と言う詩集からの引用もベースになっている。これも西欧人なら普通誰でも知っているようなものらしいです。

上記は暗示の一例ですが、このようにこの映画は膨大な暗示によって構成されているのです。ただ、コッポラ自身「この映画は単なる戦争スペクタクルという見方から、深く読もうと思えばどこまでも深く読む事ができる」と語っているように何が言いたいのかは無限に議論できるようなのです。

尚、戦争スペクタクル的なものは初期の段階であっさりできあがっているが、その「深い映画」を完成させるのにコッポラは5年間も深い葛藤と戦い文字通り地獄の苦しみを味わったという事実があります。そのことからこの映画を「よくわかんねーからつまんねえ」の一言で片付けられない気持と又逆に安易に「わかる」とも言いがたい気持ちがあります。私は。
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この回答へのお礼

ふかいですね。こんなに深いものだと思いませんでした。

お礼日時:2003/10/19 11:49

ちょっとマニアックですがとても詳しい解説サイトがありますのでご紹介します。


http://www002.upp.so-net.ne.jp/harapeko/apocalyp …
私個人としては、一言で言ってとても美しい映画であると思っています。
その美しい映像(ナパームの赤とジャングルの緑のコントラストなど)を通じて戦争のむなしさであるとか狂気といったものを浮き彫りにしているところがあの作品の類まれな個性であると思っています。
醜いものを醜く表現するのは簡単ですから。

参考URL:http://www002.upp.so-net.ne.jp/harapeko/apocalyp …
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戦争そのもののバカバカしさを表現したかったように思いますよ


真実はコッポラ監督の知る所ですが、現場の人間(兵士)とそれを動かす政治家、政治家の望む内容を実現しようと損害に構わず(現場に居ないから安易に)作戦を立案してしまう滑稽さを表現したかったのでは?
ん?ナンだか「踊る大捜査線」みたいですね(^▽^笑)

初回作の方ビデオで購入(当時は高かったですョ)して何年かに1回思い出しては観てましたが、最近公開された新しいカットを含めた作品を観ると「ウィラード大尉」がスゲー悪人に見えるんですが・・・・。(≧∇≦)/ ハハハ
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随分前に見た映画なので細かい点は忘れていますが、一言で言えば反戦映画でしょう。

この映画の製作された当時(1979年)の世界の世論、特にアメリカの世論を念頭に作られているはずなので、ベトナム戦争を知らない世代には理解しにくい映画かもしれません。ベトナム戦争は1960年代初頭から1975年4月まで ベトナムの地で繰り広げられた、南ベトナムと北ベトナムとの戦争ですが、戦争の実体は南ベトナムをアメリカが、北ベトナムをソ連と中国が支援した代理戦争でした。

戦争は人を狂気に駆り立てるといわれますが、マーロン・ブランドの演じたのが気の触れた大佐役です。戦争はまた国家が国民にウソをつく場でもあります。映画や小説はこのような戦争の特質をいろいろな手法で描いています。長引いたベトナム戦争が終わりアメリカ国民が反省期にあるときに、コッポラ監督は当時としてできるだけの反戦映画を作ろうとしたのでしょう。映画の中のひとつひとつのエピソードは物語の進行上、監督が必要と思った場面であり、エピソードそのものに深い意味はないと思います。

これを機会に私ももう一度ビデオを借りて見ようと思います。
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戦争の狂気と伝えたかったと思います。


相手の大佐?は軍人としは優秀だったはずですし、味方の攻撃の中でサーフィンのために攻撃したり。
それ以上は忘れました。
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