カテゴリーをどこにしようか迷いましたが、ここにしました。
 映画「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」の中で、高倉健が武田鉄矢に言うのと、「三年B組金八先生」の第一シリーズ(鶴見辰吾、杉田かおるらの)で、海援隊のコンサートに行く回で、本人役の武田鉄矢がコンサートの中のトークで言うのがあります。
 「お前らみたいなのを、俺たちの方(九州)では、『草野球のキャッチャー』と言うんだ。意味が分かるか。『ミットもない』ということだ。」
 映画が公開されたのは1977年、ドラマが放映されたのは1979年で、映画の方が先ですが、ドラマの中では、海援隊のコンサートの中のせりふということで、海援隊のコンサートでは、映画より先に言われていたのかもしれないという可能性があります。海援隊の「母に捧げるバラード」がヒットしたのが1974年頃です。
 つまり、
・海援隊(武田鉄矢)らのネタを山田洋次監督ら(映画の脚本にも山田監督が加わっていると思います)がパクったのか、
・映画の中の高倉健のせりふを、武田鉄矢らがパクったのか、
どちらなのでしょうか。一つの目安として、映画が公開されるより前から武田鉄矢が言っていたとすれば映画の方がパクリでしょうし、映画が公開される前には武田鉄矢が言っていなかったのなら、武田鉄矢の方が映画のせりふをパクった、ということが言えると思います。海援隊に詳しい方など、ご存知の方、ご教示願います。

A 回答 (1件)

どうもこんにちは!




海援隊のライヴステージでは、『母に捧げるバラード』のレコーディングバージョン以外にも、様々なセリフのバージョンが存在していました。
その中に「ミットもない」のエピソードもあったように思います。

つまり、元ネタは海援隊だと思われますが、山田洋次監督がパクったというよりも、武田鉄矢公認で使ったエピソードということでしょう。
いつもは母親に言われる言葉を、勇さん(高倉健)の口から言わせるという演出だったと思いますよ。


ご参考まで
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この回答へのお礼

 ご回答ありがとうございます。
 映画より前から、海援隊が言っていたのですね。その事実を確かめたかったのです。

>元ネタは海援隊だと思われますが、山田洋次監督がパクったというよりも、武田鉄矢公認で使ったエピソードということでしょう。
>いつもは母親に言われる言葉を、勇さん(高倉健)の口から言わせるという演出だったと思いますよ。

 なるほど、うまく言い当てていらっしゃると思います。すると、武田鉄矢は、山田監督の脚本にも影響を及ぼすほどのネタを持っていた、ということですよね。高倉健に言わせるとは、すごい。
(高倉健があのせりふを言うところには、少し違和感を覚えましたが)
 ありがとうございました。大変参考になりました。

お礼日時:2007/12/23 16:30

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