よろしくお願いします。

モーツァルトをよく聴く方に、お尋ねしたいのですが、演奏を聴いて満足されているのでしょうか?  私にも素晴らしいと思う演奏がありますが、どんな演奏でも、何か違う、何か足りないと感じてしまうことがよくあります。

他の作曲家では、あまりこういうことがありません。 例えば、ベートーヴェンなら、フルトヴェングラーやトスカニーニ(30年代の演奏)で、感動します(私の場合)。 

唯一、近いのがベートーヴェンのピアノソナタ第29番でしょうか、どんな演奏を聴いても、もっと作品は素晴らしいと感じてしまいます。 

それが、モーツァルトに関しては、ほぼ全作品に渡って、そういうふうに感じてしまうんです。

いつ聴いても、完璧な満足感、感動が無いのです。 それが原因で、モーツァルトを聴くのがストレスになることもあります。 聴きたいのに、聴くとかえってモヤモヤするといった感じです。

本当は、もっと素晴らしいはずだと・・・。 心の中で思ってしまうんです。

ハッキリ言って、モーツァルト自身の演奏でないと、万人を納得させることはできないでしょうが、みなさんはどういうふうに折り合いをつけていらっしゃるのでしょうか? 参考意見で結構ですので、お聞かせください。

また、特にお勧めの演奏等ありましたら、教えてください。 (ちなみにカラヤンは、私的好みではありません。)

それでは、よろしくお願いします。

よろしくお願いします。

A 回答 (7件)

モーツァルト好きです。


確かに彼の音楽の演奏で満足するのは難しいですね。
僕は満足できる演奏を求めて飽くなき
「自分的名演奏探し」
の真っ最中です。
とはいえ、「自分的名演」にめぐり合える確立は高いとは言えず、
折り合いは付けていかないといけない(涙)わけですが、
そこで僕自身が心がけているのは

・妥協点はある程度明確にしておくこと
・演奏者の知名度にはこだわらないこと
・自分の感性やモーツァルト観はとりあえず信じること
 (でも凝り固まってもいけない)
・評論家の言うことは半分にして聞くこと

というところでしょうか。
お気に入りの演奏に関してはどうしても「自分的名演」なもので、
推薦するのは甚だ心許ないので一つだけ、
「ペーター・ノイマン」
という人の指揮による宗教曲の録音はどれもオススメです。

以上、簡単に綴ってみました。
参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなり申し訳ありません。

>演奏者の知名度にはこだわらないこと

これは、良いアドバイスをいただいたような気がします。 やはり今まで、名盤と言われるものを中心に聴いてきました。(まぁ、それだけでも、相当な数になるんですよね。)

先入観に捕われることなく、探していきたいと思います。

ペーター・ノイマン 聴いてみます。

お礼日時:2009/01/04 15:07

#5さんへ・・・#2です。



簡潔でありながらも実に本質的なところを突いています。
そして散文的な推薦曲の羅列!
また、その中にみずみずしさを失わない感受性の豊かさを感じました。

そう、モーツァルトは決して深刻であってはならない・・・あくまでかろやかに、楽しくね!笑
理屈じゃないんだ音楽って!でも彼の音楽は本当は最高に数学的で知的なのだよ。ウィットや洒落が分からない輩ははなからオミット!(失礼)
そのあたりを微塵にも表に出さないところがやはり凄い!実のところ本人はそのあたりを分かってたのか、はたまた無邪気にも分かっていなかった?多分、人前でポーズをとる分、しっかり分かっていたとは思うけれど・・・まったく、神の申し子で小悪魔。やっぱり大天才!

>ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団
>ネヴィル・マリナー指揮セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ
すっかり忘れてましたよ、彼らの存在を。38、39、40番、いいですよね。当時、私もすっかりツボにハマっちゃってましたもの!

そして中でも特に大好きなピアコン。
実は私、先の回答で曲と演奏者の組み合わせに若干間違いがあったのでこの場を借りて訂正します。(特にこだわりあり!笑)
20はリリー・クラウスでどうでしょう?
21はグルダで決まり(アバド/ウィーンフィル)
22はシフかな?(ヴェーグ指揮カメラータ・アカデミカ・ザルツブルク)
23はバレンボイムがイギリス室内を弾き振りしたもので。
24はハスキルか。ならば25にカサドシュ。
26はペライア。(27もいいけど)
そして27。ギレリスがベームの指揮で演奏したものも決して悪くはないけれど(強靭なベートーヴェンやブラームス弾きのイメージが強すぎるけど、唯一ベームと組んだこの演奏は素晴らしい)、最近にわかにCDが売れているカーゾンがブリテンの指揮で弾いた演奏もため息が出る程美しい。(実はLPも持ってる)

ヴァイオリン・ソナタ・・・ハスキルとグリュミオーは定番中の定番ですが、ヘブラーとシェリング、バレンボイムとパールマンもいいです。
そうそう、ピリスとデュメイもなかなか。

うーん、やはりオペラは好みが分かれるところで・・・

やはり、ウィーン国立歌劇場管弦楽団(言わずと知れたウィーンフィルの母体)のあの響きがいいのですね。特にドイツオペラ。
歌手もそれぞれにご贔屓があるでしょうし・・・
指揮者・・・ベームはとても厳しくて性格もかなり悪かったようですねぇ。でも、最晩年の楽団員とのあ・うんの呼吸での指揮ぶりは見事!(本人よぼよぼでも当時G・ヘッツェル以下団員がしっかり彼の音楽を継承していた)

クレンペラーは無類の女好きで、或る時、演奏旅行中にかねてから目をつけていた?主役のソプラノ歌手と夜こっそり滞在中のホテルを抜け出し、何と翌日朝帰り。そのまま涼しい顔で何事も無かったようにいつもどおり練習を始めたという・・・(唖然)

カラヤンは何と言ってもキャスト選びが華やか(歌手でも器楽のソリストでも)。それが彼のセンスであり哲学。そして、天下のヴィルトーゾ軍団ベルリンフィルを最高にゴージャスこの上なく響かせた指揮者を彼以外には知りません。しかし、オールマイティとは云えずモーツァルトに於ける選曲・演奏もかなり偏りはありました。ピアノ協奏曲は殆ど無いし、交響曲も優雅さとはほど遠い。オペラは芯が強いし。しかし、LPやCDといったメディアを通じて商品として捉え、聴く限り、確かにある種のブランドや魅力を感じるのは彼が自他共に認めた不世出の真のカリスマ(帝王とも)の成せる業(わざ)とでも思えるのですね。
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モーツァルトという現象は、ほとんど自然に近い。

自然現象ではないかと思うほどです。

もちろん彼には肉体があった。喜怒哀楽もあったし、切実な生活もあった。
けれどもそこから彼の音楽を探ろうとしても何も期待できそうにありません。

樹々のこずえを風がわたり、夕べの空に星があらわれる。
いくら魅惑的なものがあるとしても、われわれは手をこまねいて見守っているしかない場合があります。
プラトンのイデア論のようなものかもしれません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/イデア論

岸田衿子さんに、こんな四行詩があります。(詩集『ソナチネの木』または編詩集『たいせつな一日』に所収)

 なぜ 花はいつも
 こたえの形をしているのだろう
 なぜ 問いばかり
 天から ふり注ぐのだろう


聴きはじめはブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団でした(レコード)。
39番はテンポが少し乱れたりするものの、低弦を強調した、とっても温かい演奏。
40番も微笑みを忘れない。当時の典型的モーツァルト像を具現していたと思います。

オットー・クレンペラー指揮の25番、29番、33番などもよく聴きました。
ネヴィル・マリナー指揮セント・マーティン・イン・ザ・フィールズの38番はソフィスティケイトされきった演奏でした。

カサドッシュとジョージ・セルの組みあわせによる23番、27番のピアノ協奏曲。
ジェフリー・テイトの指揮する9番、17番。バレンボイムの25番は演奏がいいのか曲が好きなだけなのか??
アルフレート・ブレンデル、フリードリヒ・グルダ、いや、それより前にギーゼキング、クララ・ハスキル。

ハスキルとアルチュール・グリュミオーのデュオによるヴァイオリン・ソナタ(K.378など)。
グリュミオーは「弦楽三重奏のためのディヴェルティメントK.563」も忘れがたいです。

やはりピアノで、イングリット・ヘブラーの「ピアノと管楽器のための五重奏曲」も印象に残っています。
マリア・ジョアン・ピレシュ(ピリス)は好みが分かれるところですがやっぱりいいと思います。
クリスティアン・ツィマーマン(ジメルマン)は演奏スタイルも含めて好きです。

ウィリー・ボスコフスキーの「ハフナー・セレナード」は逸品と思います。哀歓があります。
セレナードやディヴェルティメントにある管楽合奏曲はおとなしいアンサンブルよりは個性溢れる人たちが競いあったものが断然いいですね。ウィーン・フィルの管楽器奏者たちとか、それこそSP時代のウエストミンスター盤にある演奏(ウラッハなどと同じくCD化されています)など。

弦四はアマデウス、イタリア、スメタナ、アルバン・ベルク。それぞれいいんじゃないでしょうか。
弦楽四重奏団そのものが、大切に見守りたい一つ一つの「楽器」ですよね。

オペラはそれこそ一長一短、あちらが立てばこちらが、で。
「ドン・ジョヴァンニ」はカルロ・マリア・ジュリーニ指揮フィルハーモニア管弦楽団・合唱団、
ドンナ・エルヴィラ役を先年物故したソプラノのシュヴァルツコップが歌った盤はよく聴いてました。

クリスティーナ・ドイテコムの「魔笛」夜の女王は、憤怒の情を表現し尽くしたものです。
ペーター・シュライヤー、男でさえうっとりさせるテノールでしたね。「魔笛」のタミーノ役など。
グンドラ・ヤノヴィッツ、気品に満ちたソプラノ。「フィガロ」伯爵夫人など。
フィッシャー=ディースカウ、同じくアルマヴィーヴァ伯爵。
クリスタ・ルートヴィヒ、メゾソプラノ。「コジ」のドラベルラ役など。

宗教曲は、あまり好きともいえないアーノンクールの四枚組CDと、その他二三枚を持っているばかりです。
戴冠式ミサ曲もハ短調ミサ曲も好きですが、レクイエムだけはどうも苦手です。

以上とりとめもなく羅列してみました。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなり申し訳ありません。

すてきな回答に、どう答えていいか分からず、そのままにしてしまいました。

ご紹介いただいたイデア論も、読ませていただきました。岸田衿子の詩も素敵ですね。

紹介いただいた録音も、聴いていないものは、順次探していきたいと思います。

ありがとうございました。

お礼日時:2009/01/04 15:02

なぜモーツアルト作品の演奏に共感や感動が持てにくいのかを考えてみると、聴く側の演奏者への期待・要求が大きいから、そして演奏者にとって、モーツアルトはとても難しいからの二つではないだろうかと思います。



私は若い頃モーツアルトが嫌いでした。なぜならつまらないから。その頃は曲(作品)がつまらないからだと思っていました。でも30歳を過ぎるあたりから、作品の素晴らしさがやっと分かるようになって来ました。そして演奏するのがほとんど不可能なくらいに難しいということに気がつきました。表面的(技術的とも言えますが)には簡単なのに、音楽的には限りなく難しい。それは楽曲として推敲し尽くされたベートーヴェンの作品の対極に位置します。推敲し尽くされた作品の意味を読み解く、というアプローチでは演奏が成り立たないし、全く音楽にならないということでしょう。感性の問題とも言えますね。しかしこの感性が聴く人の感性と共鳴すると深い感動が得られるのですが。私は今は50代の半ばですが、モーツアルトを聴くときは演奏者への期待を極力持たないようにしています。しかしこれが難しい!

しかしそれにしてもつまらないモーツアルトの演奏がたくさんありすぎるのも困ったものですね。「演奏」を聴かず、音楽を自分の頭(心)の中で自分の好きなように聴くということが出来れば、少しはストレスも減ります。私の実感です。音楽を真剣に聴くクラシックファンにとってBGM的に聞き流すというのは出来ることではありませんものね。どうしても「演奏」を聴いてしまいますよね。これではmadvally88さんの質問への回答になりませんね。

演奏者として期待するのは20年後のアンスネスというところかな?
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

とにかく演奏者にとっては、モーツァルトは難しいみたいですね。 往年の巨匠も、こぞってモーツァルトの難しさをコメントしています。

>音楽を自分の頭(心)の中で自分の好きなように聴くということが出来れば、少しはストレスも減ります。

わたしも、スコアを見て、自分の頭の中で音楽を鳴らせたら、どれだけ幸せだろうと思ったこともあります。

> モーツアルトを聴くときは演奏者への期待を極力持たないようにしています。

これは、私も同じです。(笑) 

お礼日時:2008/12/16 19:41

私なりのモーツァルト観があり,それを基準に(勝手な)評価をしています。



以前,カール・ベームの人気が高かった頃は,私にはモーツァルトなら
カール・ベームという考え,安心感のようなものがありましたが,
次第にカール・ベームの覇気の無さに不満を感じるようになりました。
全面的に不満を感じるようになったわけではありませんが,
評価が「良い」から「無難」という程度に下がっています。
歌手の力が大きいと思いますが,ベームの指揮では,
ドン・ジョバンニ 第1番 イントロダクション(プラハ国立歌劇場)1967や,
魔笛 夜の女王のアリア(ベルリン・フィル)1964は,
今のところ他の指揮者(歌手)の演奏よりも好きです。

カラヤンについては熱烈なカラヤン・ファンかと思われるほど,
いろいろ好きな演奏がありますが,モーツァルトについては好きでは
ありません。私が思うモーツァルトには,力強すぎるからです。
もっと,か弱さ,繊細さがほしいです。響きが重厚で,たくまし過ぎます。
安定し過ぎているとも思えます。

美しいけれど,その美しさのベールの下には絶望的な悲しみが潜んでいる
というような何か不安な要因や,綱渡り的な不安定要素も期待するので
ガッチリと安定した演奏は好きではありません。

私のモーツァルト観は特異だろうと思いますが,明るく楽しく美しく装っているのに,
その奥に,不安,悲しみ,不吉なものが感じられたとき,とても好きになります。
そんな自分勝手な(特異な好みの)注文があるので,100%満足な演奏には
なかなか出会えません。良い演奏だと思うものはいくつかありますが…。
100%でなくても,自分の求めているものと共通点がひとつでもあれば,
「好きな演奏」と判断しています。
反対に,厳しく絶対に譲れない点もあり,ディミヌエンドの処理にはこだわります。
すうっと消えるように美しく終わるべきフレーズの最後のところで,力が入っている
演奏は,他の部分が良くても好きにはなれません。この点で,前述の魔笛の
夜の女王のアリアの演奏は好きです。

もうひとつ,私の特異なモーツァルト観に「悪ふざけが好き」というものがあります。
これは,周囲の人に話しても誰も同意してもらえないので,かなり特異なのだろうと
思いますが,この感覚を満たしてくれた演奏家が一人います。
既に他の方の回答に出ていますが,ピアニストのワルター・クリーンです。
この人の演奏(CD)は今では安く簡単に入手できますが,私は入手するのに
2年ほどかかりました。上品なモーツァルトですが,真面目だけではなく,
装飾音や左手の音の処理に,ところどころ冗談好き,いたずら好きな一面を感じます。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/258196

http://www.hmv.co.jp/product/detail/56836

他人が「おいしい」と勧めたものが,自分にとってもおいしいとは限りませんが,
各2枚組で値も安いので,もし,よければお試しください。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

私も、hikipapaさんのモーツァルト観に共感するところがあります。

モーツァルトは、とっつきやすくて、しかし、飽きることなく、聴けば聴くほど、その奥深さに魅了される作曲家です。

多くのモーツァルト演奏は、私にとっては音楽的に重厚すぎます。
もっと軽やかで、喜びと悲しみに満ちた演奏を聴きたいのです。

まったく個人的意見ですが、モーツァルト作品の演奏には、過度に演奏家の意図が見えてしまうと、ダメなような気がします。

演奏したら、音楽になりました。 そんな演奏家を探しています。(笑)

それこそ、モーツァルト自身でしょう。無いものねだりなんですね。

>ワルター・クリーン

知ってます。ピアノ協奏曲に素敵な演奏を残してくれてますね。 

ソナタも何曲かは聴いていますが、全集が手に入るなら、購入してみます。

しかし、モーツァルトのピアノソナタは、コンチェルトに比べるとより演奏の難度が上がる気がするのですが、どうしてなんでしょう。

コンチェルトの名演を探すより、ソナタの名演を探す方が、より困難だと思っています。

お礼日時:2008/12/16 10:44

まず、今一度伺いますが、ご質問の主旨はモーツァルトの作品自体ではなくて演奏のことでしょうか?



仰せのベートーヴェンでフルトヴェングラーやトスカニーニの演奏というと概ね交響曲でしょうか。あと、ハンマークラヴィーア・ソナタでは作品自体が素晴らしいと。(確かに長大な作品で哲学的でもあります)
前者はその演奏を、後者では作品をお褒めですので・・・

さて、私はというと・・・勿論、モーツァルトは大好きです。
彼の書いた600余曲全てを聴いてはいませんが主要な作品は大体網羅しています。交響曲、協奏曲(ピアノ、ヴァイオリン、ヴァイオリン&ビオラ、各管楽器:フルート、オーボエ、クラリネット、ホルン、フルート&ハープ、ファゴット)、ソナタ(ピアノ、ヴァイオリン)、ディヴェルティメント(弦楽三重奏、弦楽四重奏、Ob.Hrnを加えた弦楽合奏、管楽器のための、)、セレナーデ、ヴァイオリン&ビオラの二重奏曲、弦楽四重奏曲、弦楽五重奏曲、管楽器を加えたもの(フルート四重奏曲、オーボエ四重奏曲、クラリネット五重奏曲、)、ピアノ四重奏曲、舞曲、歌曲、歌劇、宗教音楽(モテット、レクイエム)、等々・・・

確かにモーツァルト自身はピアノやヴァイオリンの名手でしたから特にその楽器のための曲を彼自身の演奏で聴ければ言う事はありませんが。
(勿論無理な話ですが、あくまで参考として)
しかしながら、作曲家というのは自身が直接的に楽器演奏が出来なくてもよいわけで、要は演奏家や歌手のために魅力ある曲を書ければその目的は達成されているのです。
幸いなことにテキスト(楽譜)が残っているので彼らの語法は数百年の時代を超えてもほぼ忠実に演奏によって再現出来ます。元々演奏(家)というものは先生(師匠)から生徒(弟子)へとそのスタイルや流派も当時から伝統的・正統的に脈々と受け継がれているものですし。

さて、彼ほどに各ジャンルのそれも様々な楽器のためにそれぞれが超一級の作品を珠玉の如く次々に書いた作曲家が他にいるでしょうか?しかもそのどれもが自然で気負いが無くまさに湧き上がる泉の如く楽想やメロディが次々と生まれるのは天賦の才以外の何ものでもない。それは誰にでも書けそうでしかし実は決して誰も真似することなど出来ない至上・天上の最上級の音楽・・・まさに神が人の手を借りて書かせたとしか思えないのですね。

そういえば、かつてウィーンフィルを指揮して数々の名演・名盤を残したオーストリアの名指揮者カール・ベームがこんなことを言ってました。
「もしも、私の前にベートーヴェンが現れたら最大限の敬意を表し丁重に深々と頭を下げ御挨拶申し上げることでしょう。しかし、モーツァルトだったら・・・私はその瞬間、おそらく気絶してしまうに違いありません」
その言葉から、いかにモーツァルトが凄いか、そして最大限に尊敬していたかをうかがい知ることができます。

お奨めの演奏は枚挙に暇が無いほどあります。
例えば・・・
・交響曲ならやはりベーム/ベルリンフィル/ウィーンフィルや新しいところではレヴァイン指揮のウィ-ンフィル。
・ピアノ協奏曲はグルダ(Nr,20、21)、シフ(Nr,22)、バレンボイム(Nr,23)、カーゾン(Nr,24)、カサドシュ(Nr,26)、ギレリス(Nr,27)等。
・ヴァイオリン協奏曲(Nr,3、4、5)は定番のグリュミオーや現代的なスターンも。
・ピアノソナタは生粋のウィーン育ちのワルター・クリーンの端正で清潔感のある解釈と演奏がお奨め。
・弦楽四重奏曲はバリリやアマデウス。ジュリアードやアルバン・ベルクも。
・弦楽五重奏曲はブダペスト+トランプラー(Vla)。
・クラリネット五重奏曲はこれまた定番のウラッハ/ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団もいいけどプリンツ/ウィーン室内合奏団が音もよく優雅で素敵な演奏。
・モテットなど宗教音楽にも意外に名曲は多く晩年の有名な「レクイエム」「アヴェ・ヴェルム・コルプス」や若い頃の作品(K,100番台)にも「エクスルターテ・ユビラーテ」をはじめ、他にもいい曲があります。エマ・カークビー(S)が本来のこの曲想に合った濁りのない天使のような歌声で素晴らしい演奏をしています。
・そして、歌劇はまさに「歌(心)の作曲家」モーツァルトの独壇場とでも。
「フィガロの結婚」「コシファントッテ」「ドン・ジョバンニ」「魔笛」の所謂4大オペラの指揮はベームやレヴァインは勿論、モーツァルトと同郷のカラヤンも決して見逃せません。やはり上手くそこからはセンスの良い音楽が終始薫ってきます。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

私の拙い表現で、ご迷惑をおかけしました。 申し訳ありません。

>まず、今一度伺いますが、ご質問の主旨はモーツァルトの作品自体ではなくて演奏のことでしょうか?

もちろん、そうです。 もう一度、別の表現でいうと、他の作曲家には、決定的な演奏、演奏家がいるのに(私個人のことです。) モーツァルトに限って、どうしても、そういう演奏家、録音に出会えていないのです。 

ご紹介いただいた録音も、すべてとは言いませんが、聴いています。

ベームは、私も好きです。 ただし、モーツァルトの演奏は除く、というのが私の考えです。 悪いということは、全然ありません。 多くのCDも、持っています。 ただベームの演奏は、モーツァルトには生真面目すぎるように感じてしまいます。 ベームは、私のイメージでは、職人肌の指揮者です。

一方、モーツァルトは、本当の意味での天才でしょう。他の芸術分野を見回しても、これほど天才ということばが当てはまる人を、私は知りません。  

私自身は、モーツァルトの演奏に、今生まれたような、閃きに満ちた瞬間をつなぎ合わせたような演奏を求めているのかもしれません。  

お礼日時:2008/12/15 21:07

モーツァルト好きです。


しかし、どういう風に不満なんでしょうか。
と言いつつも、そう言われてみると、そういえば、モーツァルトで、こりゃすごい!と思った演奏は少ないですね。
何年か前、シャルル・デュトワがNHK交響楽団を指揮していた頃、その「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」をラジオで聴きました。
一言で言えば「爆発的」な演奏。モーツァルトの超有名曲で僕も好きだし、デュトワも好きなので、楽しみにして聴いたのですが、第1楽章:アレグロが鳴り出した瞬間まったく眼が覚めたように、引き込まれました。
ふつうモーツァルトの曲じゃあそこまでやらないし、出来ないだろうというくらい、迫力があったのです。「ああこれが本当のモーツァルトだ!」と思いました。
たまたま、MDに録音していたので、非常に気に入っていて今でもよく聞きます。

あとは、名ピアニスト、ホロヴィッツの晩年に弾いたモーツァルトのソナタは非常にいいです。
音が、生きている感じ(意思を持ってこちらに話しかけてくる感じ?)がして、これもとても好きです。

マリナーなどの指揮のものをよく聴いていて、それもそれなりに気に入っていますが、言われてみると、なにか足りない気がします。

そもそも、質問者さんは、モーツァルトのどういう点が不満なのでしょうかねえ。
もしかしたら、僕と逆で、もっと繊細な表現を求めている人もいるかもしれませんね。

まあ、とにかく僕の場合こんな感じです。
カザルスのバッハや、ラフマニノフの自演ほどの衝撃は、確かにモーツァルトの演奏で得たことはないですね。
モーツァルト自演、たしかに聴いてみたいですね!
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

>カザルスのバッハや、ラフマニノフの自演ほどの衝撃は、確かにモーツァルトの演奏で得たことはないですね。

そうなんです。他の作曲家には、この演奏、この演奏家だ! と言える録音なり、演奏家がいるのですが(私の個人的感想)、モーツァルトには、いないんです。 そう、ホロヴィッツのラフマニノフ、スクリャービンのような。

お礼日時:2008/12/15 21:19

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