質問

かつてソ連のゴルバチョフ大統領が‘日本は世界で一番成功した社会主義国だ‘と発言したそうですが、確かに日本は表向きは資本主義国家ですが社会主義的要素が強いように思います。税金の累進性は欧米より強く高額所得者は税金をたくさんとられます。貧困層は福祉や公的補助、医療制度など優遇され高額所得者から巻き上げた税金が還元されます。サラリーマンは年功序列で能力で関係なく昇給しました。(以前は)
経済格差は‘悪‘と公言する政治家までいます。ソ連、旧東ドイツ、北朝鮮など社会主義国家はどこも貧困に喘ぎ崩壊しました。日本だけなぜこんなに発展できたのでしょう?またこれからも発展できますか?自分は経済学、政治学には疎いのでどなたかお教えください。

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回答 (9件)

ソ連時代に自由主義の要素を加えるために日本に来た学者も「これは社会主義だ、研究にならない」と言ったとか。「年功序列」「終身雇用」や規制等により新規参入を国家が調整することなどがそう見えたのでしょう。
 日本における「会社」とは人間関係そのものであり、西欧における地域共同体と同様の意味を持ったため、そういう「社会主義」的な環境であっても「滅私奉公」というような会社に対する忠誠心が保たれ、労働意欲の減少に繋がらなかったのではないでしょうか。ただこの企業共同体への忠誠心も薄れてきていますので、新たな展開が始まっている気がします。
 それと企業間の競争は保たれ、創意工夫、発想の自由が認められていること、企業内でもボトムアップ社会で個人の発想を企業が受け入れる柔軟性や向上心が個人でも企業でも保たれたことがあるでしょう。

私もあまり詳しくはないのですが、
「社会主義国家」ってのはちょっと言いすぎだと思います。スウェーデン・デンマーク・フィンランド・ノルウェー等は「社会主義国家」ですか?まず社会主義とは何かが問題になると思うのですが、社会主義かどうかというのは、生産手段の私有が(どの程度)認められるかどうかという問題で、税金が重いのか軽いのか/福祉が充実しているかそうでないのかという問題は、程度にもよるかもしれませんが直接は関係無いと思います。
日本や北欧では財産の私有がかなりの範囲で認められ、また保護(保障)されるので、「社会主義国」って程ではないでしょう。
税金が軽いか重いか/福祉が充実しているかそうでないかというのは夜警国家か、福祉国家かという範囲のことなんじゃないですか?日本は多分両者の中間くらいだと思います。日本だけでなくヨーロッパも税金が重く福祉を充実させる傾向があるのではないでしょうか。

まず社会主義=平等主義,資本主義=競争主義という色分けは適切ではありません。極端なリバタリアニズムでないかぎり最低限の福祉は経済体制を問わず要請されるところですし、福祉が経済効率を妨げるという一般論も一面的です(余談ですがこれからの福祉のありかたは政治経済のセクターではなく、柔軟で重層的な共同体という第3のセクターによってなされることが目指されています。国家による再分配という福祉の伝統的なあり方が変革されるのではと個人的に期待しています)。
日本の経済成長は1、戦前に蓄積された高い人的資本 2、日本人の貯蓄性向の高さ がよく言われます。こういう「どマクロ」的な回答は最近では評判が悪いですが、一要因であることは間違いないです。この2点から日本の今後の発展を推測すると、資本の限界生産性の低下(フル稼働によって以前ほど生産性の「伸び」が低下)と高齢化による貯蓄率の低下(切り崩し消費)で低成長が推測されます。

戦後復興政策 ヨーロッパ西も東も社会主義
 「資本主義経済では、政府はなるべく経済に介入せず、市場のメカニズムに委ねるべきだ。それなのに日本では政府がマネーゲームのプレーヤーになっている。これでは社会主義のようだ」との見方もあるでしょう。
 でも同時代の欧州先進国、フランス、イギリス、ドイツと比べると日本は「市場原理主義」とも言えるほど、政府の介入の少ない自由経済であった。
 フランス──戦後のフランスはジャン・モネの考えによる「フランスは未だ十分に市場が成熟していないので、市場に任せず、政府が責任をもって経済を運営すべきだ」との、社会主義と資本主義の折衷政策「混合経済」政策をとった。このため多くの企業が国有化された。フランス石炭公社、フランス電力会社、フランスガス会社、鉄道部門、エール・フランス、フランス銀行 と四大預金銀行 クレディ・リヨネ、ソシエテ・ジェネラル、全国割引銀行+全国商工銀行⇒パリ国立銀行、保険会社、ルノー公社、航空機エンジン開発製造公社が国有企業として活動し始めた。
 石炭・鉄鋼に関してはドイツとの国境周辺地域に「欧州石炭鉄鋼共同体」を設立し、ドイツなど欧州6ヶ国で、アメリカ政府の援助資金であるマーシャル資金によって運営された。これは一国社会主義ではなくインターナショナル社会主義であった。1983年、フランス企業の売り上げ上位20社の内13社が国有企業であった。
 政治を見れば、ドゴール派の保守政権と社会党とが政権交代を繰り返した。日本に置き換えてみれば、石炭・鉄鋼がアメリカ政府資金による韓国との合弁、トヨタ自動車が国有、自民党と社会党が政権交代を繰り返す、といった状況だ。フランスから見れば日本は「市場原理主義」「自由放任主義」であった。
 イギリス──労働党の「ベヴァリッジ報告」による「ゆりかごから墓場まで」の社会主義政策を戦後の経済方針としていた。鉄鋼は、国有⇒民営⇒国有⇒民営と政権交代毎に弄ばれた。石炭はアーサー・スカーギルが率いる全国鉱山労組が仕切っていた。つまりアナルコ・サンディカリズムをやっていた。戦前アメリカに次ぐ自動車産業国であったが、中小企業が多く、このため国有企業に集約したが成果が上がらずホンダの支援を受けたがダメだった。政権は保守党と労働党が競い合い、その勢力は均衡していた。イギリスから見れば日本は「自由奔放経済」で「保守党独裁の反社会主義国家」であった。
 西ドイツ──アメリカ政府のマーシャル・プランによる援助資金をもとに戦後復興政策を進めた。戦後復興の基幹産業である石炭・鉄鋼は「欧州石炭鉄鋼共同体」という多国家管理による非民間企業に頼った。エアハルトは社会主義と資本主義の良いところをとった「社会的市場経済」を目指した。フォルクスワーゲンは戦後再出発にあたり、その株式20%を連邦政府が、さらに20%を地方政府が保有した。こうした石炭・鉄鋼・自動車産業を日本に当てはめるとどうなるか?それに比べれば日本経済は民間主導の自由経済であった。
 仏・英・独とも戦後何度も左翼政党が政権を担当した。現在英・独が保守政党を破っている。それに比べいかに日本の左翼・社会主義が信頼されていないか、よくわかる。

 日本では行政指導という政府の関与が話題になる。しかしそれ以上に「官に逆らった経営者」がいた。
 (1)天皇とまで言われた日銀一万田総裁に「川崎製鉄が千葉工場建設を強行するならば、ペンペン草を生やしてみせる」とまで言われた、西山弥太郎の大胆な設備投資、それに刺激され他社も追従した。戦争で古い設備が使えなくなったのは仏・英・独も同じ。しかし欧州の官僚にはあれほど大胆な発想は出来なかった。
 (2)「井深さんはトランジスタを使って補聴器を作るのですか?」と皮肉られ、特許導入を1年間遅らされた東京通信工業(後のソニー)。その1年の間に世界初のトランジスタ・ラジオはアメリカにやられた。大宅壮一に「ソニー・モルモット論」と皮肉られたが、今日の電子産業、官に逆らってトランジスタ特許を導入したソニーに始まると言って良い。
 (3)政府が成長産業を育成しようとした特定産業振興法、それに逆らって通産省で大型政務次官と言われた佐橋滋と喧嘩した、本田宗一郎は1983年のテレビインタビューで、佐橋滋と会った時を振り返り、次のように語っている。 「どうにも納得できないということで、僕は暴れたわけで、特振法とは何事だ。おれはやる(自動車を作る)権利がある。既存のメーカーだけが自動車を作って、われわれがやってはいけないという法律をつくるとは何事だ。自由である。大きな物を、永久に大きいとだれが断言できる。歴史を見なさい。新興勢力が伸びるにに決まっている。そんなに合同(合併)させたかったら、通産省が株主になって、株主総会でものを言え!と怒ったのです。うちは株式会社であり、政府の命令で、おれは動かない」(1995年2月5日、NHKテレビ「戦後経済を築いた男たち」から)
 (4)「官と闘った経営者」ヤマト運輸社長・小倉昌男が始めた「宅急便」、この普及は日本の流通業を大きく変えた。郵政民営化が問題になるのも宅急便の普及があったからだ。
 日本が「官民一体」ならば、仏・英・独は「民なしの、官のみ」だ。官に逆らった経営者たちのハイリスクな事業計画、前例を尊ぶ官僚にはとてもできない。戦後の荒廃はどの国も同じ、日本は度胸のある経営者が力を発揮できる自由な経済体制だった。進化論に例えれば、突然変異が出やすく、育ちやすい環境だったと言える。
 はしょって書きました。「官に逆らった経営者たち」「戦後復興政策 ヨーロッパ西も東も社会主義」をキーワードに検索してください。詳しく書かれたサイトがあります。

ソ連・東ドイツ・北朝鮮などと比べたときの1つの考えですが・・・

1) 「差異性」を意識して成長してきたこと

生活水準的には開きの少ないといわれる国ではありますが、製品にしろサービスにしろ「差異性」というところを重視してきた部分はあると思います。
工業製品の性能が、先発してきた国のそれに追いつくor追い越すことが出来たのは、この「差異性」を意識しつつ、ビハインドから「差異性」を埋め、さらに「差異性」を生むことで追い越そうと考えてきたことではないかと思われます。

2) 水準の開きが少ないことによる「集団パワー」

人間は、共同作業(に基づく分業)のほうが、単独作業よりも生産効率を向上させやすいと考えられます。
そのときに、共同作業のメンバーのチカラに差があると、作業のボトルネックとなってしまうメンバーが出やすくなることが考えられます。
日本の場合、水準の開きの少なさによって、メンバーが協調してチカラを出しやすい環境が比較的整っていたのではないでしょうか?

3) 機械化への順応度

便利であればどんどん機械に置き換える、ということへの抵抗が比較的少ないのかもしれません。
また機械を入れた後のメンテナンスにも、コダワリが強そうです・・・。


だんだん内容がいい加減になってきたような気がしますが・・・1つの参考にいただければ幸いです。

あと、No.2さんらが仰っている「軍事経費抑制」というのは1つの大きな要素だと思います。

 政治学者のフランシス・フクヤマの著書に"Trust"(訳題「信頼」)という本があります。彼によれば、経済的発展は信頼という紐帯の太さによってある程度決定されるとされています。具体的には、アメリカ・日本・ドイツを高信頼の国々、中国・フランス・イタリアという低信頼の国々として捉えています。例えば、個人主義と言われるアメリカは、よく見ると無数のアソシエーションが作られている(作りやすい)こと、一方フランスでは官僚主義による公的組織が堅固なところでは、逆にアソシエーションを創造する力が弱いことなどに、信頼の高低が見出せるというわけです。

 また、信頼の高低をみるときには、血縁関係を超える関係性がどれだけ築くことが出来ているかもポイントであるとします。面白いのは日本で、江戸時代から「家」という意識が強かったにもかかわらず、実は血縁的関係はそれほど強くなかった(商家では出来の良い番頭などを「養子」という形で後継者にしていた)、という指摘です。それに対して、イタリアはマフィアや手工業に代表されるような血縁的ファミリーや小集団を重視し、それを発展する力に欠けているそうです。

 こうした「信頼」とは、すなわち「合意形成能力」と言い換えることも出来そうです。戦後日本の経済発展については、通産省の果たした役割がトピックとなります(有名なのは戦後直後の傾斜生産政策)。これには両論あり、政策的誘導が機能したという説と、設定した目標を上回るペースで成長したのだから意味はなかったという説があります。いずれにせよ肝心なのは、民間セクターが通産省の政策を軸として合意形成が行われた、ということです。つまり、最近までの日本社会は公的セクター、民間セクターをまたいだ合意形成能力に富んでいたのではないか、ということが考えられるわけです。

 さて、最後に今後の経済発展の展望についてですが、日本の合意形成能力は急速に低下していると言わざるを得ません。行政への過度の批判や「希望格差社会」などといった風潮がそれを示しています。アソシエーションの軸が官僚主導から移ることは構いませんが、しかしそれに変わる軸が現れているようには見えないのが現状ではないでしょうか。

[補足]
もちろん、上記の見方は分析の一つに過ぎません。しかし、マルクスのような上部下部構造(生産構造が社会構造を規定する)ではなく、逆にその社会が伝統的に持つ文化的要素が経済発展に大きな役割を果たす、という考え方はウェーバーの「プロ倫」(資本主義の発展は、プロテスタンティズムの質素倹約の精神から生み出されたとする考え方)を例に出すまでもなく、実感として理解できるのではないでしょうか。これらの分析を示されている人としては、佐伯啓思、松原隆一郎といった論者がいることを最後に付け加えておきます。

「日本が社会主義だ」という言葉は政治家のリップサービスとかジョークの類であり、経済学的な背景のある言葉ではありません。

累進課税、国家による福祉制度、年功序列制度などは別に社会主義国家の必要条件でも十分条件でもありません。これらは資本主義国家においても多く見られるものです。たとえば下記URLによれば、日本における所得税の税率や累進率は決して高くありません。
http://www.nta.go.jp/category/gakusyu/gakusy/02/ …

ということで、「社会主義国家は発展できない」という主張そのものが間違いであるというのが単純な答でしょう。社会主義を採用していない国でも、発展していない国はいくらでもあります。

ソ連を中心とする「共産圏」と呼ばれていた国家連合が(昨今は忘れられがちですが)1950年代までに急激な経済的発展を遂げ、その後は一転して行き詰まった理由については、たとえば参考URLなどいかがでしょうか。少なくとも、勤労意欲の差なんかでは説明しにくいと私は思います。

素人ですが、なんと言っても軍事に事実上人材を投入しないで済んだということではないでしょうか。勿論このことに問題がないわけではないでしょうが優秀な頭脳と勤勉な活力をいわゆる民生に振り向けた事だけがその理由ではないでしょうか。戦争をしないと成り立たない国というのはやはり限界があると思います。もうひとつは日本列島はと鎖国をしても十分やっていけるところだったことも大きいと思います。黒船がやってきてムリヤリ帝国主義の仲間にさせられてしまいましたが、日本列島は外を搾取しないでも大丈夫な所なのだと思います。

米ソの冷戦構造があったので、有事のときには
最前線になる日本は、アメリカから優遇
されていたんです。

 マッカーサーが日本を去るときに残した
と言われる、俗にM基金と呼ばれる多額の資金や、
1970年代までアメリカ政府から自民党が
受け取っていたといわれる政治資金の話など、アメリカ
から日本への闇の資金の話はあとをたちません。


>確かに日本は表向きは資本主義国家ですが社会主義的要素が強いように思います。

 1つ確かなのは1980年代までは
自由主義経済ではなく、計画経済だったと
いうことです。アメリカはその仕組みを
利用して、アメリカの特定企業の日本に
おけるシェアの拡大を、具体的なパーセンテージ
で示して日本政府に要求していました。
 そして、実際に約束の期限までにその
シェア拡大を日本政府は実施してきたのです。

 80年代のレーガン政権のとき、アメリカは
レーガノミックスと言われる政策を打ち出し
ました。規制緩和など政府の関与を小さくし、
中産階級以上の税率を大きく引き下げて
投資を中心とした民需指導型の経済構造に
切り替えようとしたわけで、これらの
結果が例えばITバブルです。
 アメリカ国内では、規制緩和でベンチャー
企業の活動が活発になりましたが
それらの企業が日本に進出しようとすると
日本政府の規制にかかり自由にビジネス
ができないという状態になりました。
 レーガン大統領から当時の中曽根総理
あたりが「日本の経済構造はおかしい」
と直に指摘を受けたと言われています。


 1990年くらいを堺にして、
アメリカの自由な経済活動に邪魔な
国家体制は崩壊しました。ベルリンの
壁、ソビエトの崩壊、天安門事件から
始まる中国の自由主義経済化・・・。
 日本のバブル経済崩壊もその1つ
です。


>またこれからも発展できますか?

 自由主義経済の仲間である限り
発展は約束されていると思いますが、
今の日本はまだまだ社会主義的
計画経済に戻そうという反発が
大きく、まだ当分大きな発展は
ない上、投資は中国からベトナム
方面へと日本を大きく離れる
傾向にあると思います。

この回答へのお礼

レスありがとうございます。
やはりアメリカが糸を引いてたんですね・・・。
日本と中国は立場が逆転しかけてるという方が
いますがやはりこれからは他のアジア各国が
リーダーになるのでしょうね。

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