戦国時代と室町時代の違い
戦国時代と室町時代とは何が違うのでしょうか?
室町:戦争少ない 戦国:戦争多い
室町:幕府が強大 戦国:幕府が弱い
室町:守護大名 戦国:戦国大名
というように単純な図式で区別できるようにも思えません。
二つの時代は何が違うのでしょうか、何を持って異なる時代として区分しているのでしょうか。
回答(6件)
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他の方の回答にもありますが、異なる時代として区分していないのが一般的だと思います。室町時代の後半の一部を俗に「戦国時代」と呼ぶことはありますが・・。私が歴史を習った時は、1573年が室町幕府の滅亡(室町時代の終焉)と習った記憶があります。
ちなみに戦国時代の最大の特徴は、下克上の一般化だと思います。その意味では、戦国時代の開始は、北条早雲による堀越公方攻撃(通説では1493年)だと考えています。
この回答へのお礼
なるほど。
たしかに教科書等でも戦国時代は室町時代の一部であり、完全に別々の時代としては扱われていませんでした。
室町時代の一部が戦国時代かと。室町幕府は最初から基盤が強くなくそういった状態にはいったのかと。
この回答へのお礼
戦国時代とは、中央政権の影響力が低下した時代として位置づけられるているのですね。
ありがとうございます。
No.3ベストアンサー10pt
時代区分というのは政治の中心地のあった場所によって呼ばれているものだと
思います。
だから300年近くも都があった京都(平安時代)とわずか75年しかなかった
奈良の都(奈良時代)が同列に扱われたりするんです。
室町時代は足利幕府が支配的に政治を行った時期を指していますから、
その前後に足利幕府が支配できていないという見方をする人は
南北朝時代と安土桃山時代を挿入しますね。
戦国時代はおなじ「時代」という言葉を使っていますが、
政治の中心地で分けた時代区分とは発想がちがいますから、
室町時代と安土桃山時代の間に戦国時代があったという考え方では
無いのではと思いますが。
No.2ベストアンサー20pt
「本日を持って、元号を平成とします」
とか、
「たえがたきをたえ」と、玉音放送があって、戦後になった。
というのが、足利将軍時代にあるわけない。
後世の人間が定義しました。
明治時代の歴史家が、「現代に繋がっているのは、いつからだろう?」という疑問設定から『うーん 信長や 東山文化あたりからだと、なんか つながっているっぽ』というので、現代史の切れ目をどこでするのか?というのが、室町と戦国を分ける切れ目となりました。
ということで、モノの考えが、現代人(ただし、明治の人)と、あい通じるモノがあるかないかで、決められています。
政治権力史的には1493年の明応の変ではないかと思います。
将軍の首のすげ替えが起こったという意味で。
一般的には、応仁の乱の勃発を以って、戦国時代としている書籍をよく見かけます。
ただ、室町幕府最後の将軍・足利義昭が出家して将軍職を返還するのが、天正十六年(1588年)ですから、厳密には、ここまで室町幕府が存在していた事になるので、ここまでが室町時代かも知れません。
でも、この頃はすでに豊臣秀吉が関白になちゃってますから、群雄割拠していた、いわゆる戦国時代はすでに終わりに近い物に・・・
個人的には、室町幕府が関東支配のために派遣していた鎌倉公方が事実上機能しなくなった時ではないかと思いますので、北条早雲が堀越公方の足利茶々丸を破った延徳三年(1491年)の伊豆討ち入りが戦国の始まりではないか?と思います。
「将軍家の支族が、一武将によって滅亡させられる」という事件が、まさに戦国ではないのか?と・・・
この回答へのお礼
やはり戦国時代とは下克上によって象徴される時代なんですね。
そういう意味では、明応の政変と連動しているという説もある「早雲の堀越公方襲撃」はひとつの区分点だと思います。
ありがとうございました。
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