源義経、源頼朝、平清盛、大江広元などには、北条時政たちのように苗字はなかったのでしょうか?

       苗字  氏   諱
北条時政  北条  平   時政
安達泰盛  安達  藤原  泰盛
源 義経  ?    源   義経
平 清盛  ?    平   清盛

A 回答 (4件)

ANo.2 です。

少し気になったもので、補足しておきます。

本家か否かは苗字とは関係ありません。

藤原氏の本家は摂関家で、鎌倉時代に5摂家に分かれますが、筆頭(総本家)には「近衛」の苗字がちゃんとあります。

また、源氏の本家(氏長者)は村上源氏の久我家(及びその分家)であり、清和源氏の鎌倉将軍家ではありません。但し、源氏長者は後に足利・徳川将軍家により簒奪されますが。

平氏の場合は嫡流がどの系統か判然としません。ただ、平清盛が目立ちすぎて平清盛一族が平氏の代表のように思われがちですが、平清盛の先祖は平氏の中でも目立たない傍流です。むしろ、平清盛の妻の時子の実家の平氏(堂上平氏)の方が正統でしょう。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

名字を名乗るか否かというのは嫡流かどうかということではなく
もっと他の基準があったということなんでしょうか?
それともとくに基準はなく
状況に応じ名乗った方が都合が良い場合は名乗ったという程度のものなんでしょうか?

お礼日時:2008/06/15 22:41

本家だから名字を名乗る必要が無かったと思われます。


天皇には名字も氏も姓も無いのと似ているかもしれません。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

なるほど
たしかに本家であれば名乗る必要なんてないのかもしれませんね
ありがとうございます

お礼日時:2008/06/15 22:41

苗字(名字)は所領や屋敷の場所などを自称するうちに家名として定着したものですから、法律や権力者の命令によって全国一斉に名乗るのが義務付けられた、というようなものではありません。

苗字が定着しても、明治5年までは公式な名称は氏であり、苗字は通称にすぎません。

また、本人が名乗ったかどうかは定かではありませんが、歴史学者の角田文衛は、源頼朝の一族を鎌倉家、平清盛の一族を六波羅家と称した上て、源平合戦という表現は誤解を招くと力説しています。

蛇足ですが、大江広元の子の季光が毛利入道と号し、その孫の時親が安芸国吉田に所領を得たのが毛利家の始まりです。
    • good
    • 0

「源」は皇族が臣籍降下の際に名乗った姓です。

「平」も同様です。

清盛は伊勢平氏で「平家」と呼ばれる家系です。
義経の河内源氏も古くは「源家」と呼ばれていました。

それに対し、例えば時政ら北条家は「坂東平氏の枝族」に過ぎません。
(坂東平氏の枝族にあたるとされる 程度の信憑性です)

ですので、素性がかなり異なります。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

義経たち氏の本筋?は苗字を名乗る必要はなかったということですね。
ありがとうございます。

お礼日時:2008/06/15 22:38

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

今、見られている記事はコレ!

おしトピ編集部からのゆる~い質問を出題中

お題をもっとみる

このQ&Aを見た人が検索しているワード


このカテゴリの人気Q&Aランキング

おすすめ情報

カテゴリ