夏休みの宿題の歴史新聞で高杉晋作について調べることにしました。
ですが、実際書くとなると何を書いたらいいか分かりません。
年表っていうか生い立ち的なのでまとめちゃうと
見出しは1つになってしまい新聞が成り立たないし・・・
見出しをつくってひとつの記事のようなものが
かけるぐらいのボリュームがありそうな
高杉晋作のやったこと?みたいな感じのは
どういうものがあるんでしょうか???
調べるといっぱいドワーッて出てきて
どれが重要なのか全く分かりません。
後、なんか面白そうな逸話とかあったら教えてください。
A 回答 (3件)
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No.2
- 回答日時:
>実際書くとなると何を書いたらいいか分かりません。
歴史などはテストあたりで良い点を取ろうと思えば、記憶力が大事かもしれないが、それは本当の歴史の勉強ではない。
自分なりの歴史観を持つこと。つまり文化文明やものの考え方は変わったが、人間の本質は変わってはいないという事。それを現代と照らしあわせて帰納的に考えてみるのもひとつの方法であろう。
そういう事がないから書けないし、書いたとしても面白くもなんともない。
晋作は裕福な家に生まれ、唯一の男子(長男)として可愛がられ、わがままに育った。(父親は200石取りの上士であった。)
小さいころは体も弱く、10歳の時は天然痘に罹るも名医にかかり助かった。貧乏人の子であったら死んでいただろう。
体が弱かったせいもあるが、学校(藩校)の成績も悪く、落第もし、卒業までに9年もかかった。
しかし剣術には興味を持ち、柳生新陰流の内藤作兵衛に師事し、7年で免許皆伝となる。これで体も鍛えられたであろう。
晋作が変わったのは二つある。
ひとつは吉田松陰との出会いである。吉田松陰は表は穏、内には激、もしくは狂(※1)を持つ人である。その強い個性に惹かれ松下村塾の塾生となり、松蔭にも大いに目をかけられた。(塾生であったのは8ヶ月と短かった。)
しかし晋作の父親は松蔭とのつき合いを嫌い、叱られることもたびたびであった。夜になってからひっそりと通塾することが多かったらしい。
しかし松蔭の薫陶を受けたことが、晋作の向学心を目覚めさせたことは確かだろう。
江戸遊学中に、江戸に囚人として送られた松蔭にたびたび面会し、差し入れなどするが、このことを知った父親があわてて藩に掛け合い帰国させるように懇願する。そして帰国命令を受けた晋作であったが、やはり藩にも父親にも逆らえない。剣術修行の許可を得て、その帰途に水戸学の加藤有隣、洋学の佐久間象山、実学(重商主義に基づく富国強兵論)の横井小楠らに会い、その意見に耳を傾け時勢を論じた。
しかしながら晋作の性根(しょうね)が据(す)わったかといえば、そういう事はない。
再度の江戸遊学も海軍見習いが命令ではあったが、志願したにもかかわらず、直ぐに「自分には向いていない。」とケツを割る。
松下村塾の同窓生であった者が尊皇攘夷の志士として行動を起こすときも、晋作は傍観者であった。気が進まない、何か違うの優柔不断。
松蔭が教えた「狂」とはほど遠い。父親の監視もあったが、よほど頭が良すぎたらしい。この時期は晋作の過度期である。
ちなみに現代にも、こういった青少年、人間も多数いるだろう。
もう一つは、上海への渡航である。晋作が上海で見たものは何か。
アヘン戦争後の中国の貧しさ、堕落。外国(イギリス、フランス)の軍隊の力を借りて、太平天国の乱(同じ中国人どうし)を鎮圧する清朝政府。外国人にへつらい、使役される中国人。ふんぞり返る外国人。まさに植民地の姿であった。
「対岸の火事ではない。」、その頃は国家という概念は無かったが、まさに国家的危機感は、晋作にはよく理解できたし清朝政府が今の幕府とオーバーラップした。
これで晋作はようやく家や親の呪縛を断ち切って、過激な政治運動に投じていく覚悟を固めたのである。
これからの晋作はまるで義経の霊がのり移ったかのごとしである。奇襲、電光石火。
第1次長州征伐後における幕府恭順派(俗論党)が占める藩庁へのクーデターの成功。(三田尻の海軍局の制圧。大田、絵堂の戦役。)
第2次長州征伐における小倉口(北九州市)の戦いでは、幕軍2万、長州軍3500の兵力差にもかかわらず快勝。
しかしあまり知られていないが、明治に入って戊辰戦争後の奇兵隊の末路は悲惨であった。凱旋した(多くは)庶民兵であった奇兵隊は、突如解散命令を受けた。憤慨した兵士たちは反乱事件を起こしたが、徹底的に鎮圧され、首謀者たちは全員死罪、その他の者も罪の軽重によって遠島、投獄であった。
晋作はもうすでに結核で病死していたが、どう思ったことであろうか。
晋作の辞世の句とされる、「おもしろき、こともなき世を、おもしろく」という無常観。
新政府の考え方とのギャップを見越していたのであろうか。
※1。
「何を以って狂というか。狂とはその志が浩然として誇り高く語り得るものであり、言、行をかえりみず、行、言をかえりみないことである。」吉田松蔭。
なお晋作の西行をもじった「東行」の号は有名だが、その他にも「西海一狂生」というのもある。また自分の行動をあえて「狂挙」と称した。
また若き日の山縣有朋も、山縣狂介と称した。松蔭がとなえる「狂」の影響であろう。
No.1
- 回答日時:
奇兵隊は凄く斬新ですよね。
身分に捉われずに組織をした軍隊として。
そこには民衆と同じ目線のリーダーである彼が居る。
その彼をもっと等身大の目線でまとめていく形で攻めてみたら?
本を読むなり文献を当たるなり探していけば色々なエピソードに出会う筈ですから。
夏休みは長いからね☆
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