今思えば、子どもの頃は随分と「危険な遊び」をしていたんだなぁ…

今は、ジャングルジムやシーソーなども危険だということで姿を消しているようですね。
私が子どもの頃(大昔)は、皆が「わんぱく坊主」「やんちゃ小僧」「おてんばっ子」でした。
随分と危険な遊びをしていたと思います。

確か、小学生の時(大昔)ですが…、
指を開いた片手を机の上に乗せ…、
その指の間を「コンパスの針」で順番に突いて行き…、
その速さを競うような遊び(?)が男子の間で流行りました。
今なら絶対に禁止になっていますよね。

さて…
皆さんが子どもの頃に流行った「危険な遊び」はありますか?
思い出話も添えて教えていただけませんか?
よろしくお願いします。

A 回答 (10件)

昭和の時代。


公園とかに時々落ちているウィスキーの小さい空き瓶を見つけると拾ってきて、それに爆竹を入れ火をつけ、直ぐに蓋をする。
結果はもちろん大爆発で硝子の破片がそこらに飛び散ります。(大瓶はダメね)
「誰が一番最後まで逃げないか」が勝負。


あと、犬の糞に爆竹を差して火をつける。やはり「誰が一番最後まで逃げないか」が勝負。


今、考えると気違い沙汰です。
子供は恐ろしい。何事もなく生きているのが奇跡ですよ。

今はウィスキーの空き瓶も犬の糞も落ちていませんので安心です。

この回答への補足

皆様からのご回答を拝見して、とにかく仰天しています。
私の予想を遥かに上回る過激な内容ばかりで、度肝を抜かれました。
驚愕ではありましたが、皆様のヤンチャ振りが可笑しくて…
声を出して大爆笑をしながら読ませていただきました。

それにしても、皆様…
とてつもない「危険な遊び」をしていたのですね~!
今の子育て世代の皆さんが読んだら、卒倒するのではないでしょうか…。

天才的な閃きと創造力に加え、旺盛な好奇心と探究心…。
皆様の子供時代の思い出は燦然と輝いていますね。
大切な宝石箱の中を特別に見せて頂いたような気分です。
遠い昔の子どもの頃を、とても懐かしく思い出しています。
感謝しています。
ありがとうございました。

後ほど、ゆっくりとお礼を書かせて頂きます。
お礼が遅くなっていることをお詫びします。
よろしくお願いします。

補足日時:2010/11/08 20:55
    • good
    • 0
この回答へのお礼

>ウィスキーの小さい空き瓶を見つけると拾ってきて、
>それに爆竹を入れ火をつけ、直ぐに蓋をする。
>結果はもちろん大爆発で硝子の破片がそこらに飛び散ります。
>「誰が一番最後まで逃げないか」が勝負。
一歩間違ったら破片が目に入ったりして大変なことになっていたと思います。
めちゃくちゃ危険な遊びです!

>あと、犬の糞に爆竹を差して火をつける。
>やはり「誰が一番最後まで逃げないか」が勝負。
こんなこと、誰が考えたのでしょうね。
しかし、凄いものですね。

>今、考えると気違い沙汰です。
>子供は恐ろしい。何事もなく生きているのが奇跡ですよ。
本当ですね。
ちびっ子ギャングですね。
誰も怪我をしなかったのですか?
ご無事で何よりです。

今は、ガラスや犬猫の糞が入らないように、
公園の砂場に囲いがしてあるところも増えてきました。
回答者様が子どもの頃の遊びを見たら、今の親御さんたちは気絶すると思います。

回答を頂き、ありがとうございました。
お礼が遅れてしまったことをお詫びします。
申し訳ありませんでした。

お礼日時:2010/11/12 02:51

ロケット遊びです、小学校で禁止令が出ました、アルミ製鉛筆のキャップにセルロイドの下敷きを削って入れて、口を小さな穴を開けてペンチで

塞いで、水道管に入れて、ローソクの火であぶると、「シューン」という煙を出して10mくらい飛行します、これはクラス中の男子にはやりました、「俺は6m飛んだぞ」、なにしろ材料は、机の上にあるし、しかし、段々エスカレートして、花火を詰めて爆発したり、校長先生から、ロケットの材料となる、アルミ製の鉛筆キャップが禁止となり、プラスチック製の鉛筆キャップしかつかえないようになりました、ロケット花火がない時代です、

この回答への補足

皆様からのご回答を拝見して、とにかく仰天しています。
私の予想を遥かに上回る過激な内容ばかりで、度肝を抜かれました。
驚愕ではありましたが、皆様のヤンチャ振りが可笑しくて…
声を出して大爆笑をしながら読ませていただきました。

それにしても、皆様…
とてつもない「危険な遊び」をしていたのですね~!
今の子育て世代の皆さんが読んだら、卒倒するのではないでしょうか…。

天才的な閃きと創造力に加え、旺盛な好奇心と探究心…。
皆様の子供時代の思い出は燦然と輝いていますね。
大切な宝石箱の中を特別に見せて頂いたような気分です。
遠い昔の子どもの頃を、とても懐かしく思い出しています。
感謝しています。
ありがとうございました。

後ほど、ゆっくりとお礼を書かせて頂きます。
お礼が遅くなっていることをお詫びします。
よろしくお願いします。

補足日時:2010/11/08 20:54
    • good
    • 0
この回答へのお礼

>ロケット遊び
>アルミ製の鉛筆キャップにセルロイドの下敷きを削って入れて、
>口を小さな穴を開けてペンチで塞いで、水道管に入れて、ローソクの火であぶる
もう、驚いて何も言えません…。
私の子どもの頃には見たことがありません。
そんな発想ができるような頭の良い子はいなかった、と言うことかも知れません。

>段々エスカレートして、花火を詰めて爆発したり、
>校長先生から、ロケットの材料となる、アルミ製の鉛筆キャップが禁止となり
>プラスチック製の鉛筆キャップしかつかえないようになりました
しかしまあ、凄い細工をして危険な遊びを作り出していたものですねー!
花火が入ったロケットですので、どこに飛んで行くかわからない訳でしょうし、
おまけに爆発するのですからたまったもんじゃありません!

下手すりゃ、目などに当たったりする危険もあったでしょうし。
油断も隙もない子どもたちだったのですね!
とにかく、そのスケールの凄さに驚くばかりですよ~!
いやはや、恐れ入りました!

回答を頂き、ありがとうございました。
お礼が遅れてしまったことをお詫びします。
申し訳ありませんでした。

お礼日時:2010/11/12 02:40

30代男です。

「危険な遊び」結構やってました。

以下は小学生の時にやっていた遊びです。

・三輪車がゴミ捨て場にあったので持って帰ろうと思ったのですが、後輪の片側がありませんでした。なので坂道を片輪走行してました。車道です。小学2年くらいのときです。

・新築の家の工事で、まだ外側部分に足場を組んでいる時は大抵のぼってました。滑車があったのでつかまって下に下りようとしましたが、そのまま下に転落しました。下に砂が積んであったので怪我はありませんでしたが、これはさすがに二度とやろうとは思いませんでした。

・家の裏に崖がありましたので、毎日くらい登ったり降りたりしてました。一度だけ兄が転落しましたが大きな怪我はありませんでした。

・かくれんぼは自分の家の屋根もつかってました。

※あとこれは兄しか出来なかったのですが、野外のアスレチック施設で良くあるようなもので、丸太(直径15cmくらい)をチェーンで吊って、それぞれが独立しているようなものが小学校にあったのですが、手を使わずに走り抜けることをやってました。さすがにこれは怖くて出来ませんでした。高さが2mくらいあったので。

今の子供がこれをやったら多分滅茶苦茶怒られるでしょうね。

この回答への補足

皆様からのご回答を拝見して、とにかく仰天しています。
私の予想を遥かに上回る過激な内容ばかりで、度肝を抜かれました。
驚愕ではありましたが、皆様のヤンチャ振りが可笑しくて…
声を出して大爆笑をしながら読ませていただきました。

それにしても、皆様…
とてつもない「危険な遊び」をしていたのですね~!
今の子育て世代の皆さんが読んだら、卒倒するのではないでしょうか…。

天才的な閃きと創造力に加え、旺盛な好奇心と探究心…。
皆様の子供時代の思い出は燦然と輝いていますね。
大切な宝石箱の中を特別に見せて頂いたような気分です。
遠い昔の子どもの頃を、とても懐かしく思い出しています。
感謝しています。
ありがとうございました。

後ほど、ゆっくりとお礼を書かせて頂きます。
お礼が遅くなっていることをお詫びします。
よろしくお願いします。

補足日時:2010/11/08 20:53
    • good
    • 0
この回答へのお礼

30代と言うとお若い世代に入るかと思います。
しかし!
まるで、昔のヤンチャ坊主のような危険な遊びをしていたようですね!

>三輪車がゴミ捨て場にあったので持って帰ろうと思った…
はい、アウト!
もう、この時点でかなりヤバイです…。

>坂道を片輪走行してました。車道です。
もう、めちゃくちゃ危険です!
50代の私が子どもだった頃から考えると、回答者様が小学2年生の時には、
交通量はもちろん、道路状況も全然違っていますので、危険度も倍増しているはず…。
私たちの世代よりも遥かに危険な遊びだと思います。
しかしまぁ…
後輪の片輪がない三輪車を持って帰ろうなんて…随分とヤンチャな発想をしたものですね!

>新築の家の工事で、まだ外側部分に足場を組んでいる時は大抵のぼってました。
>滑車があったのでつかまって下に下りようとしましたが、そのまま下に転落しました。
大爆笑です!
滑車は、反対にも重りがなければなりませんからね…。
怪我がなくて何よりでしたよね~。
それにしても、子どもの頃って、高い所にのぼりたくなるものなんですよね!

>家の裏に崖がありましたので、毎日くらい登ったり降りたりしてました。
これはもう、危険な遊びの誘惑には勝てませんね。
特に男子にとっては、冒険心・征服欲が駆り立てられる場所ですもんね。

>かくれんぼは自分の家の屋根もつかってました。
これにも大爆笑です!
なかなか見つけられそうにもありませんね。
しかしまぁ、家の屋根にまで登るとは…!

>丸太(直径15cmくらい)をチェーンで吊って、それぞれが独立しているようなもの…
>手を使わずに走り抜けることをやってました。
どんな遊具か何となくわかります。
高さが2mと言うことは、本来はぶら下がったりして遊ぶ物ではないのですか…?
そんな高い所を…そんな細い丸太の上を走り抜けるなんて!
怪我が無かったのが不思議なくらい危険ですよね。

今の子供がやったら、こっぴどく怒られるでしょうし、
ご近所からも苦情が来ると思います。
その前に、親は卒倒するかも知れませんよね。

ご兄弟揃って危険な遊びをしていたのですね!
でも、発想力があって楽しい子ども時代をすごされていたのがわかりました。

回答を頂き、ありがとうございました。
お礼が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

お礼日時:2010/11/09 00:39

40代後半女ですが、小学生の頃「コンパス遊び」みんなやりましたね。



秘密基地作ったりして男女一緒にいろいろとしました。
2~3m位(平屋の屋根位かな?)の高さの石垣登っては飛び降りる競争とか、ターザンのように川に張り出し垂れ下がっている蔓等で向こう岸に渡ったりとかですね。
確かに中には、足ひねったり川に落ちたり怪我する子も多くいましたが今の様に禁止される事はありませんでしたね。

そう言えば、線路に入ってどの位近くまで来るのに耐えられるかなんて、恐ろしい事をやっていた記憶も・・・。流石にこれは怒られましたがね(苦笑)

この回答への補足

皆様からのご回答を拝見して、とにかく仰天しています。
私の予想を遥かに上回る過激な内容ばかりで、度肝を抜かれました。
驚愕ではありましたが、皆様のヤンチャ振りが可笑しくて…
声を出して大爆笑をしながら読ませていただきました。

それにしても、皆様…
とてつもない「危険な遊び」をしていたのですね~!
今の子育て世代の皆さんが読んだら、卒倒するのではないでしょうか…。

天才的な閃きと創造力に加え、旺盛な好奇心と探究心…。
皆様の子供時代の思い出は燦然と輝いていますね。
大切な宝石箱の中を特別に見せて頂いたような気分です。
遠い昔の子どもの頃を、とても懐かしく思い出しています。
感謝しています。
ありがとうございました。

後ほど、ゆっくりとお礼を書かせて頂きます。
よろしくお願いします。

補足日時:2010/11/05 02:19
    • good
    • 0
この回答へのお礼

女子でも「コンパス遊び」をやっていましたか!
私は、てっきり男子の間での遊びだと思っていたのですが…。
いやはや、恐れ入りました…

>秘密基地作ったりして男女一緒にいろいろとしました。
やはり、秘密基地は当時の子どもたちには欠かせない空間でしたよね。
これと言って何をする訳でもないのですが、秘密基地に集まるだけでも十分に楽しかったです。

>2~3m位(平屋の屋根位かな?)の高さの石垣登っては飛び降りる競争
そうです、そうです!
とにかく高い所に登っていました。
そして、飛び降りていました。
私は下がコンクリートの所でやっていて、踵にヒビが入ったこともあります…。(恥)

>ターザンのように川に張り出し垂れ下がっている蔓等で向こう岸に渡ったり
やりました、やりました!
反動が足りなくて川の真ん中辺りで宙吊りになったり、ブッツリ切れて川に落ちたり…。
結構、流れの速い川でも遊んでいました。
今なら絶対に立ち入り禁止のような場所だったと思います…。

>線路に入ってどの位近くまで来るのに耐えられるか…
ぎぇーっ!
おっ恐ろしい!
度肝を抜かれました!
よくぞ、ご無事で…。
こりゃ、怒られても仕方ありませんね。

そう言えば…
昔は、危険な場所などは、チクチクした針金…「有刺鉄線」で囲ってありましたね。
私たちは「バラ線」と呼んでいましたが、その「バラ線」を乗り越えて危険箇所に入っていました。
乗り越える時に失敗して、足が血だらけになったりもしました…。

それにしても…
女子なのに、ホント凄いことやっていたのですね!
でも、とにかく楽しい子ども時代を過ごされたのが良くわかります。

回答を頂き、ありがとうございました。
お礼が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

お礼日時:2010/11/08 23:14

コンパス刺しやってました。



私は女性ですが、女子の間でも流行ってて、そのうち怪我した子が出て禁止になりましたが、その後、転校した学校でも流行ってましたのでやってました。

名称はよくわからないけど、ブランコジャンプ、思いっきりブランコをこいで、ポーンと飛んでその距離を競うというもの。

階段の手すりの滑り降りもやったし、一度は、近くのお寺の階段を板に乗って滑るというのをやって、一枚の板に5人ぐらい乗って、階段を滑り降りて、お寺の和尚様に見つかって、大目玉でした。

細い場所、ちょっと高台になっていて、その細いところを渡り歩くようなこともやってました。

防空壕探検とか、その防空壕を女子だけの秘密場所とかって言って、そこで女子だけ集まってそんな所で他愛もない話したりもしました。

廃屋探検やりました。それも崩れかかって崩壊寸前の建物で、上にあがる階段見つけたよ、って上がったところで、床が所々抜けてたりしてて、でも結構スリルあって楽しかったですね。

春や秋になると熊が出るっていう山に湧水があるところがあるから行こうって子供たちだけ登ったり、その湧水のところにオタマジャクシがたくさんいるからオタマジャクシ取りに行こうって行ったりしてました。

オタマジャクシをバケツ一杯取って帰ってきたら、こんなもん家で飼えるかって怒られたりもしました。
そのオタマジャクシはどこの家でも怒られたらしく、結局、学校の池に放流しました。

今の子供たちは、そういう事しないのでしょうね。第一、防空壕跡というのも見なくなりましたから。

この回答への補足

皆様からのご回答を拝見して、とにかく仰天しています。
私の予想を遥かに上回る過激な内容ばかりで、度肝を抜かれました。
驚愕ではありましたが、皆様のヤンチャ振りが可笑しくて…
声を出して大爆笑をしながら読ませていただきました。

それにしても、皆様…
とてつもない「危険な遊び」をしていたのですね~!
今の子育て世代の皆さんが読んだら、卒倒するのではないでしょうか…。

天才的な閃きと創造力に加え、旺盛な好奇心と探究心…。
皆様の子供時代の思い出は燦然と輝いていますね。
大切な宝石箱の中を特別に見せて頂いたような気分です。
遠い昔の子どもの頃を、とても懐かしく思い出しています。
感謝しています。
ありがとうございました。

後ほど、ゆっくりとお礼を書かせて頂きます。
よろしくお願いします。

補足日時:2010/11/05 02:18
    • good
    • 0
この回答へのお礼

女子でもコンパス刺し、やっていましたか!
私は恐ろしくてできませんでした…。
男子の間では、段々エスカレートして…
そのうち「彫刻刀」でもやり始めて…
結構、血を流している子もいて…
見ているだけでも具合が悪くなりました。

>ブランコジャンプ
これは私もやりました!
あと、以前このカテで質問したのですが、
昔はどこの校庭にもあった「回旋塔」という傘のような形の遊具でもぶら下がって遊びました。
回答者様、お時間があったら、こちらのページにも目を通してくださいませ。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6121659.html

>近くのお寺の階段を板に乗って滑るというのをやって、一枚の板に5人ぐらい乗って…
ギャーッ!!
めちゃくちゃ危険です!
よくもまぁ、こんな遊びを思いついたものです…。
もう、「やりたい放題」ですね!

>細い場所、ちょっと高台になっていて、その細いところを渡り歩くようなこともやってました。
目に浮かぶようです。
私も、他人様の塀の上を渡り歩きながら登下校していました…。
とにかく、高い所には登っていましたよね。

>防空壕探検とか、その防空壕を女子だけの秘密場所とかって言って、そこで女子だけ集まって
防空壕跡ですか!
秘密基地には最高の場所ですね。
私も、基地の中に座布団やらミカン箱やら…いろんな物を持ち込んで快適な空間を作っていました。
何をする訳でもないのですが、基地に集まっているだけでも楽しかったですよね。

>廃屋探検やりました。それも崩れかかって崩壊寸前の建物で、
>上にあがる階段見つけたよ、って上がったところで、床が所々抜けてたりしてて、
>でも結構スリルあって楽しかったですね。
これも危険ですよね~。
でも、ワクワク・スリリングで楽しかったでしょう!

>オタマジャクシをバケツ一杯取って帰ってきたら、こんなもん家で飼えるかって怒られたりもしました。
大爆笑ですよ~!
もしも…、バケツ一杯のオタマジャクシが孵ったら…ちょっと鳥肌が立ってきました…。
今は、オタマジャクシも見なくなりましたよね…。

女子なのに…
はちゃめちゃ!
爆笑・驚愕です!

とっても楽しい子ども時代を過ごされたのですね。
今の子どもたちはこんな体験はしないし(させてもらえない)、発想力もないのかも知れませんね。

回答を頂き、ありがとうございました。
お礼が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

お礼日時:2010/11/08 22:21

コンパス刺し、やりましたね!


もしかしたら、「こっくりさん」も危ない遊びだったのかも知れませんね。
爆竹を手に持って導火線に火をつけて、半分くらい燃えたあたりで空中に放り投げることもしました。タイミングがずれると手で爆発します。
ブランコも、クサリが地面と水平になるくらいこぎました。
竹ひごの先に針をつけて、ゴムで飛ばすこともしました。
自転車のタイヤのゴムをわざと外して、鉄のワッカだけで“スピンだ”とか言って、カーブを曲がってました。
牛乳瓶のフタについていたビニールに、画鋲を刺して重りにして壁に投げて遊ぶこともしました。
学校の4階5階あたりから、階段の手すりにお尻の割れ目を乗せて滑り降りることもしました。
とにかく危ない遊びを考えて工夫する子供ほど英雄でした。
バカやってましたねぇー

この回答への補足

皆様からのご回答を拝見して、とにかく仰天しています。
私の予想を遥かに上回る過激な内容ばかりで、度肝を抜かれました。
驚愕ではありましたが、皆様のヤンチャ振りが可笑しくて…
声を出して大爆笑をしながら読ませていただきました。

それにしても、皆様…
とてつもない「危険な遊び」をしていたのですね~!
今の子育て世代の皆さんが読んだら、卒倒するのではないでしょうか…。

天才的な閃きと創造力に加え、旺盛な好奇心と探究心…。
皆様の子供時代の思い出は燦然と輝いていますね。
大切な宝石箱の中を特別に見せて頂いたような気分です。
遠い昔の子どもの頃を、とても懐かしく思い出しています。
感謝しています。
ありがとうございました。

後ほど、ゆっくりとお礼を書かせて頂きます。
よろしくお願いします。

補足日時:2010/11/05 02:18
    • good
    • 0
この回答へのお礼

やっぱり、コンパス刺し、やってましたか~!
そう言えば、「こっくりさん」も流行りましたね。
でも、学校や親から禁止されましたよ。

爆竹…
>タイミングがずれると手で爆発します。
そんなことやってたのですか!
めちゃくちゃ「危険な遊び」ですね。
他の方のご回答の中でも爆竹が登場します。
女子でも「ダイナマイト並みの爆破」をしていた方がいらして、腰を抜かしたところです。
私は爆竹はやったことがないので、とにかく仰天です。

ブランコは私も思いっきり漕ぎました!
頂点に達した時はフワッと、魂が空中に置き去りになるようなスリルがありました。

>自転車のタイヤのゴムをわざと外して、鉄のワッカだけで“スピンだ”とか言って、カーブを曲がってました。
もう、ハチャメチャなことやってたのですね~。

>竹ひごの先に針をつけて、ゴムで飛ばす
>牛乳瓶のフタについていたビニールに、画鋲を刺して重りにして壁に投げて
一歩間違えば、誰かの目に当たったりすることもあるし「超・危険な遊び」です。
今の時代だったら、PTAが黙っていませんね。絶対に即刻禁止ですね。

>学校の4階5階あたりから、階段の手すりにお尻の割れ目を乗せて滑り降りる
私はせいぜい、2階あたりの階段で滑っていました。
これも今なら絶対に禁止でしょうね。

どれをとっても、今の時代では有り得ない「危険な遊び」ですが、
私たちが子どもの頃は「危険」という認識はなかったですよね。

>とにかく危ない遊びを考えて工夫する子供ほど英雄でした。
そうでしたね。
危ないことを率先してやる子はボスのような感じで、みんな群れて遊んでいましたね。
ほとんどの子は膝やら肘やらにスリ傷があって赤チンを塗っていました。
お風呂に入るとき、しみて痛いんですよね~。
カサブタを剥がして、ケロイド状の跡が残っている子がたくさんいました。

それにしても
回答者様も、相当「危険な遊び」をやっていたのですね!
今思うと、よく大ケガをしないで済んだものと、ヒヤッとしますね。

回答を頂き、ありがとうございました。

お礼日時:2010/11/08 00:55

「コンパスの針で・・」、思い出しますね、よく刺してしまったこともありましたが平気でしたね、


小学校高学年では近くの山に掘られていた旧陸軍の地下壕(防空壕跡)探検でした。
探検グループを作ってあちこち近所の山中を飛び回っていたのですが、大きな洞穴を発見しましてね、その前に基地を作って、土曜の放課後におにぎり持参で集合、懐中電灯で照らしながら坑木が折れて崩れかかった坑内を探検してました。半分以上が土砂で埋まったところも這って奥まで行ってましたよ、今考えると危険なことを平気でしていたものです。女の子も居たのですが、あまりに帰りが遅いので親が学校に通報しましてね、問題になり、以降は近辺での活動禁止になりました。
当地では唯一の軍が作ったもので、かなり入り組んでいて大規模な地下壕でしたよ。今も痕跡はあります。
山中で折れかかった木にぶら下がってのターザンごっこや崖登り、熊出没地域での山葡萄狩り・こくわ採りなども平気でやっていたような・・。

当時は今でいう「校区」なんて無かった(?)ですからね、「トンネルをくぐって山の向こうの堰堤へ山椒魚採りに」とか「市電で街中まで進出して植物園へ」なんぞあたりまえでしたからね。

確かに時代は変わったのでしょうけれど、昔に比べると今の子はなんか自由が無いように感じてかわいそうなような気はしてしまいます。

この回答への補足

皆様からのご回答を拝見して、とにかく仰天しています。
私の予想を遥かに上回る過激な内容ばかりで、度肝を抜かれました。
驚愕ではありましたが、皆様のヤンチャ振りが可笑しくて…
声を出して大爆笑をしながら読ませていただきました。

それにしても、皆様…
とてつもない「危険な遊び」をしていたのですね~!
今の子育て世代の皆さんが読んだら、卒倒するのではないでしょうか…。

天才的な閃きと創造力に加え、旺盛な好奇心と探究心…。
皆様の子供時代の思い出は燦然と輝いていますね。
大切な宝石箱の中を特別に見せて頂いたような気分です。
遠い昔の子どもの頃を、とても懐かしく思い出しています。
感謝しています。
ありがとうございました。

後ほど、ゆっくりとお礼を書かせて頂きます。
よろしくお願いします。

補足日時:2010/11/05 02:17
    • good
    • 0
この回答へのお礼

「コンパスの針で…」刺してしまっても平気でやっていたんですか!
速さを競ってやっていたので、刺してしまって血を流している男子もいました…。

>旧陸軍の地下壕(防空壕跡)探検でした。
>その前に基地を作って、土曜の放課後におにぎり持参で集合、懐中電灯で照らしながら…
>土砂で埋まったところも這って奥まで行ってましたよ。
「基地」は、私たちの子どもの頃には無くてはならない場でしたよね。
なんてったって、軍が作った地下壕跡なんですから、
臨場感はあるし探検の醍醐味は抜群だったことでしょう。
探検には最適の場所を見つけたのですね!
でも、もしも土砂が崩れ落ちてきたりしていたら大変なことになっていました…。
親も学校も、そんな場所に入って遊んでいたとは…さぞかしビックリしたことでしょう。

>山中で折れかかった木にぶら下がってのターザンごっこや崖登り
>熊出没地域での山葡萄狩り・こくわ採りなども平気でやっていたような・・。
>「トンネルをくぐって山の向こうの堰堤へ山椒魚採りに」
>「市電で街中まで進出して植物園へ」なんぞあたりまえでしたからね。
よく熊と遭遇しなかったのものだと思いますが、
ワンパク小僧たちの賑やかな声が「熊除けの鈴」の代わりになっていたのでしょうね。
木の実はなんでも採って口に入れていたような気がします。
驚くほど遠くまで足を伸ばして遊んでいたのですね。

それにしても…
今だったら、全部が禁止されてしまうような遊びばかりですね!
今になって考えると、よく大事にいたらなかったものだ…と思うようなことばかりです。
かなり危険なことを「遊び」にして駆け回っていたのですね…。
いろんな物を工夫して道具にしてしまうような発想力や創造力がありましたよね。

今の子どもにはそんな体験の場はないのでしょうね。
大人の側が心配し過ぎていろいろな機会や場を排除してしまっていると思います。
私もかわいそうな気がしています。

回答を頂き、ありがとうございました。

お礼日時:2010/11/07 22:56

私は女子でしたが、コンパスで指の間を突いていく遊びやりましたね。



そして近所の子ども達がハマっていたのは「爆竹」です。
残酷ですが、蟻の巣から始まって色々なものを爆破してきました。

お祭りで大量に買いみんなで遊んでいましたが、爆破もし尽くした頃、ふっと「でっかいバクチク作ろう!!」ということになり爆竹をバラし1つにまとめ始めました。

フイルムケースのような物に集めていたと思います。
みんな夢中でしたね。
でっかいバクチクにウキウキしていましたが、それが「小型のダイナマイト」という発想は無かったです(汗)

どこで習ったか、火薬をキチンと上から押して固め、導火線を繋いでいき…数日掛かりましたが出来上がりました。

私の庭にドラム缶をセットし、その中で爆破することに決定。
3人が見守る中、私が着火しました。

結果は想像できると思いますが、ものっっ凄い爆発音!!(煙も)
即効で家の人が出てきて、エライ勢いで怒られました(泣)

思ったより導火線が短く、火が回るのが早かったため私は逃げ遅れてしまい、今でも右耳はバカなままです。

ロクなことしないなぁとつくづく思いますが、楽しかったんです。
久々に思い出しました。

この回答への補足

皆様からのご回答を拝見して、とにかく仰天しています。
私の予想を遥かに上回る過激な内容ばかりで、度肝を抜かれました。
驚愕ではありましたが、皆様のヤンチャ振りが可笑しくて…
声を出して大爆笑をしながら読ませていただきました。

それにしても、皆様…
とてつもない「危険な遊び」をしていたのですね~!
今の子育て世代の皆さんが読んだら、卒倒するのではないでしょうか…。

天才的な閃きと創造力に加え、旺盛な好奇心と探究心…。
皆様の子供時代の思い出は燦然と輝いていますね。
大切な宝石箱の中を特別に見せて頂いたような気分です。
遠い昔の子どもの頃を、とても懐かしく思い出しています。
感謝しています。
ありがとうございました。

後ほど、ゆっくりとお礼を書かせて頂きます。
よろしくお願いします。

補足日時:2010/11/05 02:16
    • good
    • 0
この回答へのお礼

女子でもコンパスの遊び(?)やりましたか~!
私は恐ろしくて出来ませんでした…(弱)

>「爆竹」
いやはや、とにかく、ぶったまげましたよ!
いろんな物を「爆破」したんですね~。

>「でっかいバクチク作ろう!!」ということになり爆竹をバラし1つにまとめ始めました。
数日かけて「小型ダイナマイト」を作っちゃう子ども…
凄過ぎます!

圧巻なのは…
>私の庭にドラム缶をセットし、その中で爆破することに決定。
>3人が見守る中、私が着火しました。
>ものっっ凄い爆発音!!(煙も)
おっ恐ろしいことをやったもんですね~。
もう、爆弾テロみたいじゃないですか~!
そりゃ、親にドエライ勢いで怒られても仕方ありませんよね…。
それにしても、大事に至らず何よりでした…。
今の時代ならニュースになっていたかも知れませんよね~。

女の子でありながら…
あまりの凄さに驚きつつ、その破天荒振りに、最初から最後まで大爆笑していました!

でも、楽しい子供時代を過ごされたんだなぁ、と思いました。

回答を頂き、ありがとうございました。

お礼日時:2010/11/06 03:12

ああ、そのコンパスの「遊び」は私もよくやってました。


元ネタは「エイリアン2」のアンドロイド、ビショップの特技ですね。
地上波放映の次の日にはみんなやってましたよ(笑)。

危険な遊び…
度胸試しみたいなものですが、「どれだけ高い場所から飛び降りられるか?」を競う遊びとかやってましたね。平気で身長の2倍以上の場所から飛び降りてました。
最終的に幼稚園だか小学1年だかの子が着地失敗し骨折して親たちに偉い怒られてやめましたけどね。

まあとにかく高いところに上るのが好きで、鬼ごっこ(ただし地面は禁止)とかもやってました。これは自転車置き場の屋根からスタートし、金網やら車のボンネットなどに飛び移って逃げ回るわけです。地面に落ちたらそいつが鬼。舞台を裏山に移して木の上限定鬼ごっことかもやってました。

あとこれは結果的に危険だっただけですが、幼稚園ぐらいの頃、真冬に凧揚げをやってまして。結構凧揚げが得意だった我々は、付属の糸だけでは物足りず長い凧糸を沢山買って大幅に距離を延ばしていたんですね。するとどんどん凧は上空高く舞い上がり、ある時何をどうしても下ろせなくなってしまったんです。で、多分上空で突風が吹いたんでしょうね。
凧を持ってた子がいきなりずさーっと引きずられ始めまして。若干浮いてるぐらいなんです。我々は揚げやすくするために高台の公園でやってたのですが、下のグラウンドにつながる100段以上の長い階段の方へ一気に持っていかれ、ついには階段に飛び出しちゃったんですよ。
パニックになってるそいつに、みんなで「手を離せー!」と叫んぶとようやく我に返って手を離し、そのまま5~6段階段を転げて終了。凧はどこかへ飛んで行ってしまいました。
あのまま行った場合、果たしてそのまま浮いたのか、よたよたと階段を降りる事になったのか分かりませんが、かなりひやっとした事件でした。

この回答への補足

皆様からのご回答を拝見して、とにかく仰天しています。
私の予想を遥かに上回る過激な内容ばかりで、度肝を抜かれました。
驚愕ではありましたが、皆様のヤンチャ振りが可笑しくて…
声を出して大爆笑をしながら読ませていただきました。

それにしても、皆様…
とてつもない「危険な遊び」をしていたのですね~!
今の子育て世代の皆さんが読んだら、卒倒するのではないでしょうか…。

天才的な閃きと創造力に加え、旺盛な好奇心と探究心…。
皆様の子供時代の思い出は燦然と輝いていますね。
大切な宝石箱の中を特別に見せて頂いたような気分です。
遠い昔の子どもの頃を、とても懐かしく思い出しています。
感謝しています。
ありがとうございました。

補足日時:2010/11/05 02:12
    • good
    • 0
この回答へのお礼

コンパスの遊び(?)は「エイリアン2」が元ネタだったのですか?
私が小学生の頃ですので、
多分、1960年代の半ばには男子の間で流行っていました。
手の甲を刺してしまって、血を出している子もいました…。

>「どれだけ高い場所から飛び降りられるか?」
やりました、やりました~!
私は、下がコンクリートの場所でやって、踵の骨にヒビが入りました…。
松葉杖で学校に通った時期があります…(恥)

>鬼ごっこ(ただし地面は禁止)とかもやってました。
>これは自転車置き場の屋根からスタートし、
>金網やら車のボンネットなどに飛び移って逃げ回るわけです。
車のボンネット…大爆笑です!
もうメチャクチャですよね。
今なら大変ですよ。
間違いなく修理代は請求されますし、親にシコタマ叱られますよね~。

>舞台を裏山に移して木の上限定鬼ごっことかもやってました。
昔の子どもは「木登り」が出来なきゃ話しになりませんでしたよね。
今の子どもたちは「木登り」なんで出来るのでしょうか…。

>まあとにかく高いところに上るのが好きで、
本当ですね!
言われて考えてみると、私もいつも高いところに上っていたような気がします。

>幼稚園ぐらいの頃、真冬に凧揚げをやってまして。
危なかったですね。
そのまま手を離さずにいたら…、
一度は体が浮いてある程度の高さまで持って行かれたと思いますよ。
その後は力尽きて手を離しちゃって地面に叩き落ちるでしょうが、
100段もの階段に叩き落ちたら大ケガどころでは済まなかったと思います。

昔は、随分と「危険な遊び」をしていましたよね~。

回答を頂き、ありがとうございました。

お礼日時:2010/11/05 02:14

>さて…


皆さんが子どもの頃に流行った「危険な遊び」はありますか?
思い出話も添えて教えていただけませんか?

    ↓
モノが無かった時代、子供だけは多かったベビーブーム世代(団塊の世代)ですが・・・
そこらのガラクタや草木を使って、ガキ大将を中心に縦社会でボスの下に群れあって日が暮れるまで遊んでました。

◇少年消防団ごっこ

江戸川乱歩の怪人20面相の中の少年探偵団(貸本漫画や紙芝居で人気スターだった)をもじった、空き地(空襲の跡地や工場後)で、年長者が所々に火を付けて回り、年下の者が5~7人位で、「ぼ・ぼ・僕らは少年消防団、勇気凛々・・・」と大声で歌いながら、夾竹桃の枝や柳の枝とか笹で火消しに回る。

一度、火を消せずに、隣接するお寺の塀を焦がして、住職さんに大目玉を食らいましたが、一歩間違えば大火事になりかねない危険な火遊びでした。


◇戦争ごっこ

村の鎮守の森にある小さな祠を守備隊と進駐軍に別れ戦争していた。
パチンコ(弓矢隊)・杉鉄砲(石つぶて部隊)・2B弾を塩ビ管に入れその上にビー玉(鉄砲隊)で攻防・降参の白旗または声で勝敗、最後に祠を落としたり守り抜いた方が勝利。

眼に石やビー玉が当たったりしたら大変、大ケガでしたが、今、考えると恐ろしいが、当時は皆んな頭にコブや身体にアザだらけだったが、不思議&幸いにして大ケガには至らなかった。

懐かしいが、本当にモノが無くて、時間と子供だけはタップリの時、何でも遊びに道具にして、日が暮れるまで遊んでいた時代だった・・・。

この回答への補足

皆様からのご回答を拝見して、とにかく仰天しています。
私の予想を遥かに上回る過激な内容ばかりで、度肝を抜かれました。
驚愕ではありましたが、皆様のヤンチャ振りが可笑しくて…
声を出して大爆笑をしながら読ませていただきました。

それにしても、皆様…
とてつもない「危険な遊び」をしていたのですね~!
今の子育て世代の皆さんが読んだら、卒倒するのではないでしょうか…。

天才的な閃きと創造力に加え、旺盛な好奇心と探究心…。
皆様の子供時代の思い出は燦然と輝いていますね。
大切な宝石箱の中を特別に見せて頂いたような気分です。
遠い昔の子どもの頃を、とても懐かしく思い出しています。
感謝しています。
ありがとうございました。

補足日時:2010/11/05 02:07
    • good
    • 1
この回答へのお礼

>◇少年消防団ごっこ
>年長者が所々に火を付けて回り、年下の者が5~7人位で
>「ぼ・ぼ・僕らは少年消防団、勇気凛々・・・」と大声で歌いながら
大爆笑しちゃいました!
まるで、私もその場にいたかのように、光景が想像できちゃいました。
今の時代では考えられないような「危険な(火)遊び」ですね。
今なら、もしかしたら補導されちゃうかも知れませんよね。

>◇戦争ごっこ
>守備隊と進駐軍に別れ
>パチンコ(弓矢隊)・杉鉄砲(石つぶて部隊)・2B弾を塩ビ管に入れその上にビー玉(鉄砲隊)
これまた、大爆笑です!
大ケガをしなかったのが不思議でもありますが、
いろんな「危険な遊び」を通して「転び方や避け方」を覚えたからこそ、
コブやアザ程度で済んでいたのでしょうね。

>ガキ大将を中心に縦社会でボスの下に群れあって日が暮れるまで遊んでました。
この体験はとても大きな意味があったのだと、改めて感じました。
私たちの世代は、子どもの頃から「社会」「組織」の仕組みを学んで来たのだと思いました。
その体験は、大人になってからも役に立っているのだと思いました。
今の若い方たち、子どもたちにも、こんな体験の場があれば良いのに…と思いました。

私たちは、本当に良い時代に「子ども時代」を過ごせたのだなぁ、とつくづく感じました。

回答を頂き、ありがとうございました。

お礼日時:2010/11/05 02:11

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

今、見られている記事はコレ!

おしトピ編集部からのゆる~い質問を出題中

お題をもっとみる

このQ&Aを見た人が検索しているワード


このカテゴリの人気Q&Aランキング

おすすめ情報

カテゴリ