日本に貢献した外国人
日本に貢献した外国人を十人程度挙げるなら誰でしょうか?
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回答(13件中1~10件)
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ピーター・ドラッカー。
先日、亡くなりましたが、戦後日本の経営者に多大な影響を及ぼしました。
「経営学の父」という感じです。
この回答へのお礼
御回答ありがとうございます。
ピーター・ドラッカーは知りませんでした。
経営学の父なのですね。
明治初期、急速な近代化・西洋化をめざし、政府は欧米の知識・技術を導入する為の人的配置を行いました。官費による留学、政府高官の外遊(今と違ってちゃんと勉強しにいった)、そして「お雇い外国人」の招聘です。
そのお雇い外国人のうち有名なもののリストが下記URLにあります。
十人程度挙げる、また歴史全体から見てどうこう、というのに対して少々ずれた回答ですが、こういう人たちもまた重要かな、と思ったので。
この回答へのお礼
御回答ありがとうございます。
拝見させていただきます。
外遊もちゃんと勉強しに行っていたのですね。
No.9の方が紹介されたアメリカ人技術者はよく知りませんが、太平洋戦争時にはアメリカ人技術者が日本で働く事は不可能でした。
例外として、アメリカ人のエンジン技術者に「ウイリアム・ゴーハム」という方がいました。
飛行機のエンジンの技術者として来日し、戦前戦中は日産自動車の技師長として働きます。1941年に日本に帰化して、「合波武克人(ゴーハム・カツンド)」と名乗ります。
戦後は、キヤノンや日立精機の技術指導をして1949年に日本で亡くなりました。
この回答へのお礼
御回答ありがとうございます。
戦時中でも例外的な人だったのですね。
なぜ祖国と戦っている日本にい続けたのでしょうか…
No.10ベストアンサー20pt
1)AE、ベーリング(1854~1917:「破傷風の血清療法」を北里柴三郎と共に確立した医(細菌学)者でノーベル賞受賞者)
2)エマニエル、メッテル(1884~1941:「関西音楽界の父」と称される指揮者で、彼の門下生的人物に、服部良一や朝比奈隆etcが含まれる)
3)ウォルター・ランバス(1854~1921:関西学院大学の礎を築く。ここのOBに高島忠夫、(オリックスのオーナーの)宮内義彦etcがいる)
4)オーガスト・K・ライシャワー(1879~1971:東京女子大学の常務理事として、新渡戸稲造を補佐。NO5さんが挙げられたEO、ライシャワーは彼の次男です。)
5)ヘレン、ライシャワー(彼女の夫が、4)のオーガスト・K・ライシャワーで、聴力障害者教育への足跡有)
6)エドウィン・ダン(1848~1931:「酪農の父」と称され、後に米国公使等も務める)
7)ホーレンス・ケプロン(1804~1885:開拓使顧問&農政家)
8)ベンジャミン・ライマン(1835~1920:鉱山技師で、鉱山開発に尽力)
9)カルロス・ゴーン(1954~:ミシュラン(タイヤ)とルノーを経て、(ルノーが資本参加している)日産の社長兼CEOの任にある)
10)渡辺大五郎(1944~:東関親方:帰化前の名=ジェシー・クハウルア:外国人力士の草分け。最高位関脇で1972年の名古屋場所で優勝)
11)CK、ドージャー(1879~1933:宣教師で、西南学院を設立者。尚、西南学院に大学が設置されたのは1946年の事で、出身者には米倉斉加年がいる)
12)ドナルド・キーン(1922~:日本文学研究家)
13)安藤百福(1910~:台湾生れ。(旧姓)呉百福:立命館大専門部を卒業後、日清食品を創業)
14)重光武雄(=辛格浩:1922~ロッテ創業者)
と言った処でしょうか?
「NO6さんの1)の選定基準に、大方当て嵌まっている」とは思いますが、全員がとなると、??でしょうね。
この回答へのお礼
御回答ありがとうございます。
知らない人物がたくさんいて、勉強になりました。
安藤百福は台湾人だったのですね。
名前を失念してしまったのですが…
戦前にクボタが雇ったアメリカ人技術者です。名も無き技術者ですが、彼は日本に品質維持の大事さを教え、戦時中は日本人の職人が鬼畜米英と叫んでこの技術者にも八つ当たりをしたりしたのに、「喧嘩してるヒマがあるなら零戦のエンジンを作って米軍機を1機でも落とせ!」と必死にエンジン作りに燃えたそうです。
その技術者の教え子が戦後、耕運機・バインダー・コンバイン・自動販売機を発明し、日本中に水道を敷いた(クボタは水道管のメーカーだったりします)のです。まさに戦後復興はこの一技術者の力と言えます。
この回答へのお礼
御回答ありがとうございます。
根っからの技術者だったのですね。
でもどういう想いで祖国の敵・日本にい続けてエンジン作りに燃えていたのか気になるところです。
#2です。
>ボアソナードなどはどうでしょう?
そうなんです。法関係でフルベッキとどうしようかと悩んだのですが、法関係+ドイツ医学進言などで最後に入れ替えたものなのです。しかし、今考えるとボアソナードの方が法関係では貢献度大かもしれませんね。
この回答へのお礼
御回答ありがとうございます。
法政大学の高層タワーの名前になっているみたいです。>ボアソナード氏
日本の鉄道の作り方を指導したのは、イギリスのお雇い外国人です。
その中でも、「エドモンド・モレル」を取り上げるべきでしょう。
この人が、日本の鉄道の建設技術を指導した人で、残念ながら来日して2年目に日本でなくなっています。
でも、この人が今の日本の鉄道の礎を作ったと言えます。
この回答へのお礼
御回答ありがとうございます。
こうしてみるとお雇い外国人あっての今の日本なのですね。
No.6ベストアンサー10pt
私も参加します・・・って、よく考えたら、日本史に残る外国人を10人ちょっとしか
知らないことに気付き、愕然としました。
で、選定基準ですが
(1)日本に来たことがあること(いかに影響を与えても、日本の土を踏んでなかったらダメ)
(2)業績よりもなによりも、「私が知っている」ということを重視
王仁博士(千字文)
鑑真和上(仏教)
ルイス・フロイス(安土桃山時代を記録)
カール・ツンベルク(博物学の父)
ポンペ・フォン・メールテルフォールト(日本近代医学の精神的基礎を築いた?)
アーネスト・フェノロサ(日本美術の再発見)
ギュスターヴ・エミール・ボアソナード(日本近代法の父・拷問の廃止)
ウイリアム・スミス・クラーク(カレーライスの父?!)
クレメンス・ウィルヘルム・ヤコブ・メッケル(軍隊の近代化)
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(数々の名建築とメンソレータム)
ふう。やっと10人です。
やっぱり、条件(1)をはずしてマルコ・ポーロを入れたいですね。
この回答へのお礼
御回答ありがとうございます。
確かに日本の土を踏んでいるというのは大きな要素ですね。
クラーク博士とカレーライスの関係については知りませんでした。
鑑真(仏教)
フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(医学)
トーマス・グラバー(産業)
ウイリアム・スミス・クラーク(教育)
フランク・ロイド・ライト(建築)
アントン・ヨハネス・コルネリス・ゲールツ(薬学)
ラフカディオ・ハーン=小泉八雲(文化・語学教育)
アーネスト・F・フェノロサ(文化・美術)
クレメンス・メッケル(軍事)
ギュスターヴ・エミール・ボアソナード(法律学)
エドウィン・O・ライシャワー(駐日大使)
この回答へのお礼
御回答ありがとうございます。
ライシャワーも貢献してますね。
私も江戸時代の外国人といえばシーボルト・鳴滝塾がまず浮かびました。
王さんは帰化してませんよ。
ただ、日本の高校出身なので外国人枠ではなかったですけど。
先ほどの中で帰化してるのはスタルヒンです。
この回答へのお礼
御回答ありがとうございます。
王さんは帰化されてないのですね。
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