内田裕也に続いての連続で失礼します

これも黒柳さんをけなす意図はありません

黒柳徹子さんがテレビの創世記からの人だということは知っています。

しかし創世記の頃から現在に至るまでの間にどのような功績があって、現在のような「大物」になったのでしょうか?

特に大作の映画やテレビに出たような実績もないような気がします
しいて言えば「窓際のトットちゃん」という「出版」におけるヒットだけで、芸能ではなにかあったのでしょうか?

たしかに「ザ・ベストテン」の司会や「徹子の部屋」のようにコンスタントに芸能活動をされていたとはおもうのですが、私に国連関係(WWF?)とかのなんとか大使になるというような「大物」にいつの間にかなってしまったような印象しかありません

話を聞くと「徹子の部屋」の自前の衣装は一度として、同じ衣装を2回着た事はないというほど収入もあるとか??

いったい氏は何をもって現在のような大物になったのでしょうか?

A 回答 (6件)

女優として30年間マルチな活躍をされ、大人から子供まで知られた黒柳さんは紛れもなく大物です。


フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、「1953年のテレビ放送開始以来、テレビレギュラーを途切れる事無く持っている唯一の芸能人でもある。」というところから見ても長年使って貰えると言うのは大物の証です。

テレビ創世記はどちらか言うと子供番組に出ていることが多かったみたいです。
「チロリン村とくるみの木」や「ブーフーウー」などの人形劇の声など、「魔法のじゅうたん」では司会など、結構お若いときから幅広い活躍をされ、今で言うマルチタレントの走りだったかもしれませんね。

ドラマではどちらかと言うと主役を張る女優ではありませんでしたが、脇役でも存在感のあるいい役をされていました。
途中、アメリカへ留学され、帰国後たまねぎ頭で「徹子の部屋」の司会での活躍ぶりはあなたもご存知だと思います。

最近はテレビドラマの出演は見られませんが、舞台では数々の主演をされています。(下記URL参照)
森光子さんのように「放浪記」のようなロングランになるような作品は残念ながらありませんが、70歳を過ぎた現在でも女優として立派に舞台に立っておられます。
http://www.inv.co.jp/~tagawa/totto/theater.html

芸能活動以外にも「窓際のトットちゃん」を始めとして本の執筆をしたり、有名なのはユニセフの親善大使に任命されました。
任命される自体大物の所以ではないでしょうか?
知名度の高い黒柳さんが親善大使として活動されたほうが、いくら志し高い一般人がやるより影響力は百人力のはずです。
黒柳さんも発展途上国をまわり、貧しい子どもたちのためや内戦の犠牲になった子供たちを視察して支援の手助けの活動を精力的に行っています。
黒柳さんが出ることで、テレビ局も番組に大きく扱って支援の募金活動の呼びかけを担ってくれます。


> いったい氏は何をもって現在のような大物になったのでしょうか?

女優として代表作と言うものは無くとも、黒柳さんは女優一筋でなく、長年の幅広いマルチな活躍の一つ一つが多くの方から認められてきたからだと思います。
お歳からいったら、引退している方が多い中、尚も活躍できると言うのは まだまだ黒柳さんの才能を支持され続けている大物の証拠です。
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この回答へのお礼

う~ん、なるほど。

黒柳さんの偉大さが理解できてきました

私にとっては、いつも「ふしぎ発見」で魅力的なお姿を見せてくれる、芸能歴の長いオバサンに過ぎなかったのが「いやいや、やっぱ凄い人なんだ」と思えてきました

あなたのお答えのおかげでだいぶ理解できてきたつもりではいますが、念のため質問を閉めるのをもう少し待ってみます

ありがとうございました

お礼日時:2006/08/01 17:40

特に黒柳さんを支持する者でもないのですが、


一般的な観点から拝見させていただくと、
けなす意図がないと記載していても、
内容を読むと、けなすようにしか見て取れませんね。

大物とか小物とか、そういう観点で見ない方がいいのではないでしょうか?
ベストセラーがあるだけで、充分大きな功績と呼べませんか?

それから、同じ番組を30年も続けられるというのは凄いことですよ。
それだけ支持されているということではないでしょうか?
司会やテレビに出る能力のない人間なら、すぐに降板もしくは
番組打ち切りになることでしょう。
また、テレビなどの表にでない裏側の姿、人間性もよくなければ
現在に至ることはないでしょう。

芸能界で長く露出しつづけることが、どれだけ難しいか理解しましょう。
そんな中で芸暦が長い人物は、若い人から先輩と呼ばれ
中堅からは大先輩と呼ばれ慕われるわけです。

地道に積み重ねてきたことが、そうやって評価され今に至っていると思います。
継続は力なりといいます。

また、大ヒットした映画役者じゃなければ大物と呼べないのでしょうか?
そのような定義こそ、あなたの個人的観点などではないでしょうか?
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この回答へのお礼

たぶんあるだろうな~って回答(批判)が来てしまいましたね(苦笑)

いくら「批判のつもりはない」って言っても誤解する人はいるもんですから。

あのですね、私は芸能界についてド素人なんですよ。
その素人の私から見て黒柳さんの凄さがわからない、しかし、いわば芸能のプロ集団である芸能人やメディア人がこぞって大物として扱ってる
だから、きっと自分なんかにはわからない凄いことがあるのかな?ってこのカテで「質問」をしたのです。

「おれは偉いと思わないけど皆さんどうですか?」って内容ならこのカテで「質問」せずにアンケートカテで出すんです。

そうでなく「偉さが分からないから教えてください」って聞いてるのです。

よろしければ、ひとつ前に出した内田裕也氏についての質問を閲覧してください。

ちゃんと質問の趣旨を理解して回答を下さってる方がいて、それに対し私が納得してるのをご理解いただけると思います。

お礼日時:2006/08/01 17:35

No.2です。

客観的かつ具体的な功績なのですね。失礼しました。私の書いたのは「読み飛ばし」てください。私も、あなたの知っている、彼女の功績(ベストテンとか「窓ぎわのトットちゃんとか)しか知りません。
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この回答へのお礼

いえいえわざわざ再回答ありがとうございます

お礼日時:2006/08/01 17:24

NHK放送劇団、文学座を経て女優デビュー。

日本初のテレビタレントとしてテレビ黎明期から活躍する。1953年のテレビ放送開始以来、73歳の今日までテレビレギュラーを途切れる事無く持っている唯一の芸能人でもある。
父は音楽家で、NHK交響楽団のコンサートマスターも務めたヴァイオリニストの黒柳守綱(旧姓田口)、母はエッセイストの黒柳朝。弟はヴァイオリニストの黒柳紀明、妹はバレリーナでエッセイストの黒柳眞理、伯父には日本ニュースのニューヨーク支社長やアメリカ・メトロニュースの極東代表を務めた田口修治がいる。

芸能活動以外にも、国際連合傘下のUNICEF(国際連合児童基金)親善大使としての活動が特に知られる。その他、社会福祉法人「トット基金」理事長、社会福祉法人「あゆみの箱」理事、日本ペンクラブ会員、世界自然保護基金日本理事、ちひろ美術館館長、東京フィルハーモニー交響楽団副理事長、日本チャップリン協会名誉会長としても活躍している。ポーランド政府からコルチャック賞を贈られた。
エピソード
日本で初めてテレビ放送に顔が映った人物ともいわれる。本人の談によると、NHKの試験放送で顔の左右を青白に塗り分けて撮影されたという。その様子は斉藤由貴主演の映画「トットチャンネル」(1987年)でも再現された。
舞台女優としても活躍しているが、海外の喜劇が多く、テレビドラマ出演はここ二十数年無い。『徹子の部屋』のホステスとして、彼女自身のイメージを壊さないための配慮である。
元NHKアナウンサーで女優の野際陽子とは、NHK専属女優時代からの40年来の友人。
直木賞作家の向田邦子(故人)とも親交が深かったことで知られる。
出演作品
『ヤン坊ニン坊トン坊』(NHK、声優、トン坊役)共演の里見京子、横山道代と共に、子供の声として大人の女性が起用された、日本では最初の例。脚本家の飯沢匡の発案。
『チロリン村とくるみの木』(NHK、1956.4~1964.3、声優、ピーナッツのピー子役)
『ブーフーウー』(NHK、1960.9~1967.3、声優、ウー役)
『サンダーバード』(NHK、レディ・ペネロープ役声優)
『徹子の部屋』(NET→テレビ朝日、1976.2~、司会)
『ザ・ベストテン』(TBS、1978.1~1989.9、司会)
『音楽派トゥギャザー』(TBS、1989.10~12、司会)
『世界・ふしぎ発見!』(TBS、1986.4~レギュラー解答者)
『夢であいましょう』(NHK、1961.4~1966.3、1965.4より結婚した中嶋弘子に代わりホステス役(司会)を担当)
『チョッちゃん』(NHK、1987.4~9、朝の連続テレビ小説、母・黒柳朝の半生をドラマ化したもの)
『13時ショー』(NET、1972~1976.1、「徹子の部屋」の前身番組、司会)
『繭子ひとり』(NHK、1971.4~1972.3 朝の連続テレビ小説、牟田梯三と夫婦役を演じた)
『火曜歌謡ビッグマッチ』(TBS、1973.4~1974.3、司会)
『輝く!日本レコード大賞』(TBS系、1977年度、1978年度、1991年度、1992年度司会)
『日本歌謡大賞』(TBSを除く民放各社持ち回り、1974年度司会)
『NHK紅白歌合戦』(NHK、1958年(第9回)、1980~1983年(第31~34回)、紅組司会)
『ステージ101』(NHK、1970~1971年、司会)
『音楽の広場』(NHK、1977年(昭和52年)~1984年(昭和59年)、芥川也寸志とともに司会)
『徹子のきまぐれコンチェルト』(NHK、司会)
『魔法のじゅうたん』(NHK、1961年(昭和36年)4月~1963年(昭和38年)10月、司会)
『若い季節』(NHK、1961年(昭和36年)4月9日~1964年(昭和39年)12月28日、出演者)
『お気に召すまま! おしゃべり春一番!!』(ニッポン放送、2006年(平成18年)2月21日)
『ドリーム・プレス社』(TBS、2006.5~、司会)

大物かどうかはわからないが一般人でないことだけは確かである。
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この回答へのお礼

いやいや、私も決して一般人だなどとは思ってません

非常に詳しい履歴をお教えいただき参考になりました

やはり「草創期の先駆者」としての実績には目をみはるものがあるとは思いますが、いわゆる大女優や往年の大ヒット歌手のような芸能歴ではないと感じます。

と言うか、私はユニセフ大使や紅白司会などの「大物としての仕事」を過去にしていることは認知しているのですが、「なぜ大物になったのか」がよくわからないのです。

だいたいあのクラスの超大物って言うのは、若い頃に大ヒット作や、大作での主演等があるものなのですが、それがありません。

いわば、大滝秀治さんのように「名俳優」としての経歴を歩むような路線だったのが、いつのまにかオードリー・ヘップバーンの扱いになってるのが不思議な気がしてしまうのです

お礼日時:2006/07/31 14:15

いい意味で「皇室ゆかり」の方々とも親交があり、かつ共産党の議員だった、松本善明氏の奥さんの、「いわさきちひろ」さんとも親交があって、付き合いに偏りがないことでしょうか・・・・。

「思想」を超えた「付き合い」ができる人なのかな?と、個人的には思います。
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この回答へのお礼

朝早くからありがとうございます

よろしければ、あなたの「黒柳徹子評」ではなく、彼女の客観的な功績をお教えいただければと思います

お礼日時:2006/07/31 06:10

やはり、NHKの専属女優第一号というのが


大きいのではないでしょうか?

また、徹子の部屋は、日本で初めての
トーク番組ですし、
「初めにする」人間という観点での功績は
どの世界でも大きなことなのでしょう。

それに、彼女の資産は、
30年も続く「徹子の部屋」などのテレビ出演や、
約700万部の大ベストセラーであるトットちゃんなども
十二分にありますが、
元々、資産家の生まれのはずです。

お父さまはN響のバイオリニストでコンサートマスター。
お母さまはエッセイストですから。

ユニセフ大使は、お金・謝礼等が一切、出ませんので、
ほとんど個人の持ち出しとなります。

ですから、資産が無いと選ばれませんから、
有名で かつ、資産があり、
やはり身元、家柄等もあるのではないでしょうか?

トット基金などを行っていることも要因のひとつでしょうか?
(これは大使に選ばれる前からかどうか不明瞭なので推測です)
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この回答へのお礼

NHKの専属第一号ってのは知りませんでした

ご回答の内容を拝見すると、なんだかあの人の功績っていうより、家柄とかそういうもので、やはり芸能関係での顕著なものは感じません

回答ありがとうございました

お礼日時:2006/07/31 06:08

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