【あるあるbot連動企画】あるあるbotに投稿したけど採用されなかったあるある募集

お世話になります。

先日、ふと日本の凶悪少年犯罪を調べてました。
有名なので女子高生コンクリート事件、
あるいは名古屋アベックリンチ事件。
これらの犯罪を犯した少年たちは歳どうこうの前に
人間として軽蔑どころか憎しみすら湧きます。
刑が軽いなどの問題もありますが、
それ以前に気になったことをアンケートしたいと思います。

自分がもし将来子供ができ、同じぐらいの年頃の娘になってこういう
事件に巻き込まれて一生立ち直れない心の傷をおう、
あるいは残酷に殺されることを想像してしまいました。

まず、犯人は生かしておかないでしょう。
きっと残りの人生を棒にふっても全員苦しめて復讐すると
思います。そう考えてしまいます。
ただ、なぜこの事件の被害者の家族はそうしなかったのでしょうか!?
自分の娘を殺されても親の気持ちとして
”まだ生きたいのでしょうか!?”

皆様はどちらの考えをお持ちか!?
復讐はいけないことですか?
そんなことは人間が勝手に作ったルール(法律)であり
自分の信念がたとえ法に触れていても、もはやこの世に
未練なく犯人を殺して自分も死ぬと思います。
軽率な質問ですが、皆様の考えをお答えください。

宜しくお願いします。


女子高生コンクリート詰め殺人事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E5%AD%90% …

名古屋アベック殺人事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%8F%A4% …

A 回答 (14件中1~10件)

1.時間の経過により冷静さをとりもどす。


2.殺人は殺人、今度は自分が罰を受ける。
3.遺された家族の生活・名誉のこと。
4.加害者と同じレベルに堕ちてしまう。

亡くなった被害者が家族が残りの人生を棒に振ってまで
の復讐を望むかを考えてみれば自明でしょう。

ネットでは勇ましいこと言ってるのが多いが、実行
した人間はいない。一般人の加害者にたいする復讐
は仇討ちの名残があった明治初期のが最後です。
海外では法廷で遺族が加害者を殺した等の例はあるよう
です。
    • good
    • 0

心情的にはあなたと同じでしょうが、昨今のマスゴミは常識がないですからね。


遠縁の者や勤務先、出身校にまで取材して面白おかしく報道するでしょう。

遺族が天涯孤独なら復讐できるでしょうが、必ず周りに迷惑をかけますからね。
完全犯罪は難しいし、真っ先に目をつけられます。
「しない」のではなく「出来ない」のですよ。
    • good
    • 0

理性で抑える


(嫁とか親とか兄弟がいるから)

心情的には一族全てに報復

もし迷惑をかける人が居なければ

間違いなくそれ以上の苦しみを与える
    • good
    • 0

想像でしか答えられないけど、


私は自分の子供が殺されてしまっても、
犯人に復讐したいとは思いません。
あまり憎いとも思いません。

理由としては、
私自身、人情に欠ける部分が多いのがひとつと、
とりかえしのつかない事は、
そこで終わってしまっていると考えているのがひとつです。

もし、復讐する事で子供が生き返ると言うのなら、
復讐する可能性はあります。

自分の子供の事では、こう淡白な感じですが、
もし自分自身に災いがある場合は、
こうではないだろうなあ、と思っています。
    • good
    • 0

私もどちらかと言えばまだ子どもの立場ですので、想像するしかありませんが。



ドラマでよく「(復讐をすることで)死んだその人は喜ぶのか。」の一言で、手が止まるシーンがありますが、あれってどうなんですかね。感情に対して冷静でいてくれる人は、救いなんだかどうだか。理性があればもちろん、死んだ子どもを考えられると思いますが、もし目の前にいたら、そんなの吹っ飛ぶかもしれません。

ただ、自分の生活という意味でなく、守るものがあるのなら、止まるかもしれません。同じだけ愛していても、優先されるのはやはり死んだものより、今生きているものです。

あと、加害者をさっさと殺してしまうと、逆に虚無感や不安に襲われる気がしてなりません。実際に生きていることを確認できているからこそ、憎しみは絶えない。でも、死んでしまったら、それをどこへやればいい。だからと言って、自殺は考えられません。それはやはり、守るものがあると思うから。なければ可能性はありますね。

天国地獄があるのか知りませんが、死んだ子どものいる世界に、そんなに早く加害者の魂を近づけたくない。自分の手で、できるだけとどまらせたい。そういう意味では生かしておきたいです。私の中では、あの世より、この世の方が穏やかではないですから。


なんかいろんな想いが詰まった結論ですが、私が被害者の親で、守るものが自分の生活しか残っていなければ、やって、自分の人生を終わらせます。
    • good
    • 0

この地球上で法律という取り決めを持って生きているのは人間だけです。


人間がその規則に準じたロボットのようになれば、そのシステムに準拠した生活ができるでしょうし、またそのようにすり込みがされていれば、むしろ犯罪も起きないことでしょう。
しかし人間も他の動物と同じ生き物です。
殴られれば殴り返すという気持ちが働きます。
これを感情論で物を語ってはならないという人もいますが、では感情というものはいったい何なのでしょう?
私は本能だと思います。
肉食動物の餌食になる草食動物でさえ、捕獲された我が子の命を守るために突進していくヌーなどもいます。ここに法律など介在しません。
人間にだって同様のことがいえると思います。
法律という後付けされたプログラムより、感情という元来備わっているプログラムのほうが勝ります。
私も愛する者が不当な死を遂げたなら、自分の人生を終わらせてでも復讐することでしょう。
ただ他にも守らなければならないものがある場合、社会生活を営む上で支障をきたさない状態で存在し続けなくてはなりません。
そういうときは復讐をしたくてもできないでしょうね。
    • good
    • 0

あまりにも「理不尽」だが・・・、



私たちは、「悲しみ・怒り・絶望」といった「生き地獄」から、這い上がるための「心」を養っておかなければいけないと思う。

いつ、「生き地獄に落とされるか」わからない世の中・・・

あらゆる面で「思いやり」という、助け合いの精神を忘れかけているらしい。

どんなことがあっても「命を奪ってはならない」。
「自殺」まで、自分を追い詰めてはならない。
という、私の信念を曲げない努力をしたい。

あなたも、自分の信念の通りに、後悔の無いように・・・。
    • good
    • 0

殺したくても殺せないんじゃないですか?


檻の中にいる間は手は出せないし、出所してからも遺族に居場所は教えないでしょう。(ご質問のように復習される恐れがありますからね。)
    • good
    • 0

解決する方法はあります。


復讐はいけない。だが、裁判も可哀想だ。
犯人も被害者も救える方法は2つ。

それを被害者は望んだのでしょうが、実現しなかったので本村さんのようにするしかなくなったのでは?
    • good
    • 0

復讐としては光市母子殺害事件の本村さんのようなやり方が最善だと思います。

自分で手を下した場合、それは自分だけの独りよがりな正義ですが、本村さんの場合は法律にのっとった正義なので、完全な勝利(復讐)といえると思います。だから結果としては復讐であっても、本村さんは多くの人から尊敬されているのだと思います。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!