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次のような伝説があるそうです。

小野小町は晩年各地を流浪していたが、瘡病をわずらった。
里人に「薬師を参拝すると、瘡病が治る」と聞かされ、
千日詣(あるいは百日詣)した。
満願の日、小町は次のような歌を詠んだ。

(1)南無薬師 まづは諸願の 叶はずば 身より仏の 名こそ惜しけれ

すると薬師が、

(2)むらさめは 唯一時の ものぞかし おのが身のかさ ここにぬぎおけ
と返した。

この(1)と(2)の歌を自分なりに訳してみたのですが

(1)南無薬師→薬師様に帰依します。
 まづは諸願の 叶はずば→いろいろな願いが叶うのならば?
 身より仏の 名こそ惜しけれ →私の身より御仏の名前がもったいない?(全く意味がわかりません)

(2)むらさめは→にわか雨は
 唯一時の ものぞかし→たった一時のものです。 
 おのが身のかさ ここにぬぎおけ →あなたの身につけている笠をここに脱いでおきなさい。
※笠に瘡(かさ)を掛けている。

と訳してみたのですが、間違いがありましたらご指摘いただきたいです。

また、「まづは諸願の 叶はずば 身より仏の 名こそ惜しけれ 」は
さっぱり何のことかわかりません。
意味を教えていただけると嬉しいです。

A 回答 (2件)

この歌は小野小町となっておりますが、日本各地の薬師さまに残っている話で、場所によっては和泉式部の歌となっております。



先ずは、和泉式部から:
彼女が癩病を患い、京都清水の観音に参籠したら、越後の米山、三河の鳳来山、日向の法華嶽寺の三薬師に祈れとの夢告を受けた。そこで米山鳳来寺に参籠したが、その験なし。そこで,わざわざ九州の日向の法華嶽寺まで来たが、またその験なし。そこで、「願を掛けたのに叶わなかった私の身はどうなっても大したことはないが、仏様の名に傷がつきますよ」と恨み節で詠ったのが、
 南無薬師諸病悉除の願立てて 身より仏の名こそ惜しけれ
そして合掌閉目して千尋の崖より飛び降りたら、薬師様に助けられ、また薬師様から返歌を賜ったのが、
 村雨はただひと時のものぞかし おのが蓑笠そこにぬぎおけ

次はの3つは小野小町の恨み節:
備中都窪郡清音村大字黒田の昼間薬師、
 南無薬師諸病悉除の願立てて 身より仏の名こそ惜しけれ
それに対する薬師様の返歌、
 村雨はただ一ときのものぞかし そこに脱ぎおけおのがみのかさ

美濃山県郡厳美村大字岩井の薬師堂、
 南無薬師諸病悉除の願しめて 仏を祈る身こそつらけれ
それに対する薬師様の返歌、
 村雨はしばしばかりのものなるに おのがみのかさそこに脱ぎおけ

上州甘楽郡小野村大字後賀の鹽薬師堂、
 南無薬師先づは諸願の叶わずば 身より仏の名こそ惜しけれ
それに対する薬師様の返歌、
 むらさめは只一時のものぞかし おのがみのかさここにぬぎおけ

また、記録に残る最も古い出典は、江戸前期の安楽庵策伝の笑話集『醒睡笑』巻六(岩波文庫):比叡山根本中堂へ山門北谷の児(ちご)、七日参籠すれども効無し。うち恨みて
 南無薬師諸病悉除の願ならば 身より仏の名こそ惜しけれ
と短冊に書いて内陣に投げ入れると、内より御声ありて、
 村雨の降るとは見えて晴れにけり そのみのかわをそこにぬぎおけ
本坊に還れば瘡みな痕無し。

柳田國男に言わせると、この歌は皆、「可なり近代式は俳諧であったが、其代わり之を聴いた人には、心持ちはよく解ったらう」とのことです。要するに、和泉式部の歌でもなく、小野小町の歌でもないそうです。

参照:定本柳田國男第八巻、『和泉式部の足袋』pp275-282、筑摩書房
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この回答へのお礼

ありがとうございます!
そうですか、和泉式部の歌だという伝説もあるのですね。

歌風から小町の歌ではないな、と思っていましたが
やはりそうでしたか。

私がこの歌を知ったのは次のページからです。
http://www.t-kita-jhs.gsn.ed.jp/tiikisyoukai/mei …

上野国甘良群小幡谷奥平里後賀村とありますから
上州甘楽郡小野村大字後賀の鹽薬師堂のことだと思われます。

今度から祈願が成就しなかったときには
「南無薬師(ここを観音とか阿弥陀仏とか変えて)
先づは諸願の叶わずば 身より仏の名こそ惜しけれ」
とグチることにします。

これからもよろしくお願いします。

お礼日時:2009/03/19 12:03

南無薬師まづは諸願の叶はずば身より仏の名こそ惜しけれ



小町伝説ということなので、和歌自体は中世のものでしょうか、あまり文法・語法にこだわらず、感じ取ったところを大まかに記してみます。「薬師(やくし)」は和語・訓読みでは「くすりし」、これは音便化で「くすし」つまり医者という言葉になります。「薬師如来」は「病気を直す仏様」です。

心よりおすがり申し上げます薬師如来様、今日で私の願行は満願でございます。この日にあたって、まず第一に申し上げておきたいのは次のことでございます。私がいろいろに願掛けをしてお頼み申し上げたことが、万一かなえられることなく、私の身が朽ち果てるようなことになりましても、私は口惜しくはございません。それよりは、私の病を治すことがおできにならなかったことで、「病気を治す仏様」というお名前をお汚し申し上げてしまうことの方が口惜しゅうございます。
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この回答へのお礼

おおっ!
すばらしい訳ですね。ありがとうございます!

薬師如来のご利益を考えることが、口語訳のポイントだったのですね。
やっと意味がわかって嬉しいです~

今日はぐっすり眠れそうです!

お礼日時:2009/03/17 23:55

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