No.13ベストアンサー
- 回答日時:
>「全力で物事に取り組むのは格好悪い」
そうですね、「格好悪い」が「醜い」に通じることがあるのは確かにその通りですね。
そういった何が格好よくて、何が格好悪いのかということはその時々のファッションのようなものにも拠りますから、一人の人間が生涯を通じてつねに格好よく見られて生きるということは、その時々の時流にうまく乗っているというだけのことに過ぎないとも思われ、本来の美しさ、醜さとは関係ないのではと思います。
あらゆるひとから喝采を浴びるという不可能に近いことに懸命になる(かなりの人々がそれを目指していることは認めますが)ということは、また、八方美人というそれ自身が醜い行為と見られる危険性も出てきます。
要はそのひと自身は何を良しと考えているかということに尽きるのであって、生涯を通じてひとつの筋を通して生きれば、あとでそのひとは「格好よかったね、」という評価を受けることになるでしょう。
「他者は、どう評価するか」を常に意識することは、ですから私は大層格好悪いことだと思います。
>野球で大差が付いたときに、日本ではそれでも全力のプレーが求められがちと思うのに対し、アメリカでは「もうそんなに大差が付いて(勝負の帰趨は既に明らかなのだから?)、そこまでする必要は無い」という考え方があるそうです。
>とすると、「ウソ」であったり「虚」であったりが醜さの源でしょうか。
しかし「どこまでも全力プレー」を以って良しとする考え方もあるのでしょうね。
「過ぎたるは及ばざるが如し」でしょうか。
ちょっと意味の分かり難いところも在りますが、美意識というのは文化のひとつですから民族によっても異なります。アメリカが合理性を追求するのに対して、日本人は、むしろその時々に(気を抜かず)いかに懸命に生きるかということを重視するのだろと思います。
ご参考まで。
ご回答、ありがとうございます。
>要はそのひと自身は何を良しと考えているかということに尽きる
・・・そうすると、そして、「(より?)多くの人が良しと考える事が(より?)良しである可能性が高い」ということになってくるのでしょうか。
それは、「それは、そもそも、人それぞれ違うんだけれども」という前提があってのこと、ということですね。
>アメリカが合理性を追求する
「AチームとBチームと対戦したら、結果は~だった」というのをデジタルで考えたら、「選手は、いつ如何なる場合でも全力プレーをする」ということを前提とすると思うのですよね。
しかし、そこで「弱者へのいたわり」というようなことが出てくるというのが、とても意外でした。
No.15
- 回答日時:
>試合中、「(もう)大差なのに、全力」というプレーに対して、観客席からブーイングが起こる」というのですね。
いや、全く逆ですよ。勝負の世界では相手が弱くても強い方は手加減することは許されません。手を抜いた試合にはブーイングが起こっても仕方ないでしょう。
「弱者へのいたわり」というのは勝負の最中ではルール違反だと思います。
戦前のウィンブルドンで日本人選手が見せた相手への緩いボールは、たまたま彼が足を滑らせたからで、本来ルール違反だし、見方が分かれるところです。
フェア・プレィというのは、お互いにルールの範囲で精一杯力を尽くすことでしょう。
>私も僅かながら野球の経験があるのですが、コールドゲームほど口惜しいものはありませんでした。負けた上に「もう敵わないのはあきらかなのだから、止めておきなさい」と言われるという。「ルールだから仕方ない」という見方もあるといえ、((中には「いきなりコールドと言われて、わけが判らない」と思ってしまうほど)年齢が下であればあるほど)やはり相当口惜しかったですね。実際問題としては、そこから逆転できる可能性というのは、ほとんど無いわけなのですが。
ここには美醜の問題はないように思います。
>「野球はツーアウトから」という表現もあり、「最後まで諦めるな」という意味と思いますが、しかし「勝(ち)負(け)への拘り」というのも、また醜いとされてしまう可能性も、また、ありますね。そう考えると、「小学校に入学したて、という頃から「勝ち」ということを意識させられ続ける」というのも、いかがなものかと、少し思ってしまいました。
私は勝ち負けを争う世界は本来が醜いものだと思っています。必ず勝者があり敗者が出来て、誰であっても当事者になったら必然的に阿修羅になって勝ちを狙い死に物狂いになる。結果どちらに属したってむなしいのです。そこには美というものは存在しません。少なくとも別の次元の世界だと思います。
ご回答、ありがとうございます。
>要はそのひと自身は何を良しと考えているかということに尽きる
・・・ということに尽きるようです。
そのうえで、maggaさんにご教示頂いた「正精進」というものにも興味が湧いて参りました。
No.14
- 回答日時:
>・・・そうすると、そして、「(より?)多くの人が良しと考える事が(より?)良しである可能性が高い」ということになってくるのでしょうか。
それは、「それは、そもそも、人それぞれ違うんだけれども」という前提があってのこと、ということですね
前回の説明を整理します。
ある人間の生涯で、彼はAという一貫した美意識を守って生きました。それは彼が生きた初期に流行った美意識だったとします。彼の全生涯の期間には、Bという美意識が多数を占めた時期があり、Cという流行の時期もありました。それらに対してAを守りきったその人間は、Bの時期、Cの時期には醜いと思われたこともありましたが、死んだ後彼の生涯全体を評価した場合、Aという美の権化として全生涯が美しかったと再評価される可能性が高いだろうということを言いたかったのです。
世間に評価される価値観というものは、当然一定の量の賛同者を必要とします。しかし、必ずしも最大多数であることは要しないでしょう。何が本当に良くて、何が悪いかという絶対の尺度は存在しません。貴方の自己責任で決めてください。
つまり、時間軸でその時々に他人から「おまえは醜い」といわれる危険を完全に避けることは不可能であるということになるかもしれませんね。
それから、弱者をいたわるという感情は、”おまえは醜い”と口外する行為と紙一重だと思います。
蛇足ながら。
>弱者をいたわるという感情は、”おまえは醜い”と口外する行為と紙一重
「試合中、「(もう)大差なのに、全力」というプレーに対して、観客席からブーイングが起こる」というのですね。
・・・すみません、それを「弱者へのいたわり」だろうというのは、一つの解釈に過ぎませんでした。
私も僅かながら野球の経験があるのですが、コールドゲームほど口惜しいものはありませんでした。負けた上に「もう敵わないのはあきらかなのだから、止めておきなさい」と言われるという。「ルールだから仕方ない」という見方もあるといえ、((中には「いきなりコールドと言われて、わけが判らない」と思ってしまうほど)年齢が下であればあるほど)やはり相当口惜しかったですね。実際問題としては、そこから逆転できる可能性というのは、ほとんど無いわけなのですが。
「野球はツーアウトから」という表現もあり、「最後まで諦めるな」という意味と思いますが、しかし「勝(ち)負(け)への拘り」というのも、また醜いとされてしまう可能性も、また、ありますね。そう考えると、「小学校に入学したて、という頃から「勝ち」ということを意識させられ続ける」というのも、いかがなものかと、少し思ってしまいました。
・・・コールドゲームには「早く終わってしまって、つまらない」という意味もありましたが。
No.12
- 回答日時:
醜いというのは美しいという語の反対語だと思います。
動物などもある種の美醜を感じ、性の対象とする相手の選択理由にしているという話もあります。
ですから人間がこしらえた高尚な価値観だとばかりもいえないのでしょう。
ごく抽象的な意味も含んでいますが、基本的な生命力にもかかわっているということです。
表面的な美しさもあながち無意味ではないということだと思います。
それを大枠で承認しつつ、当然ながらわれわれは人間だという誇りも捨てられません。
表面的には誰が見ても醜いとしか思えないものにも、内面の美というものが存在する(ことがしばしばある)ということは疑えないと思いますし、それを見ることが出来る人間という高級ないきものは(外面の美を認めはしても)やはりそれに向かって努力するべきだろうと思います。
その努力が「なるべく醜くないようにして生きる、可能な限り美に近づいていく」という生き方につながるのではないかと思います。
ご参考まで。
ご回答、ありがとうございます。
「全力で物事に取り組むのは格好悪い」という考え方もあるようですが、それは、「「余裕綽々」ということが、より望ましい」ということからではないかと思います。
しかし、maggaさんが最初に仰ったように「「事実を認めない」ことが醜い」とすれば、「「(本当はそれほど余裕綽々でもない、という場合には)余裕綽々だ」というのは(かえって)醜い」ということになります。
また、感情だから、ということからすると、「他者は、どう評価するか」というのもまた別の問題としてありそうです。
野球で大差が付いたときに、日本ではそれでも全力のプレーが求められがちと思うのに対し、アメリカでは「もうそんなに大差が付いて(勝負の帰趨は既に明らかなのだから?)、そこまでする必要は無い」という考え方があるそうです。
とすると、「ウソ」であったり「虚」であったりが醜さの源でしょうか。
しかし「どこまでも全力プレー」を以って良しとする考え方もあるのでしょうね。
「過ぎたるは及ばざるが如し」でしょうか。
No.11
- 回答日時:
<<「精進」ということを考えると、・・・「精進する」って、醜いんじゃない?と、問い得るのではないでしょうか?>>
僕としては、醜い(考えが)から、無知だから精進するのだとおもいます。
正精進と言ったほうがいいでしょうか。
正精進自体が醜いものとは思わないのです^^;
しかし、気負いがありすぎるとそれ自体怒りが入っている可能性がありますね。
その怒りのことを醜いと言っているのでしょうか?
それは正精進とはいえないのではないかなぁと言うのが僕の感想です。
弦楽器の弦のように、張りすぎても、緩みすぎてもいけないと、
御釈迦様はおっしゃっていると思います^^v
<<偉大なモチベーションというものが、あったのでしょうか。>>
やると決めたら成功させると言う性格だったみたいですからね^^b
「正精進」という、絶対的に醜くない、努力のありかた、が、存在する、ということですね。
・・・しかし、「精進」≠努力、なのでしょうか。
>張りすぎても、緩みすぎてもいけない
それがつまり「正精進」なのですね。
>気負いがありすぎるとそれ自体怒りが入っている
まさに、今回ご質問の私が、そうだったように思います。
>(それを)醜いと言っているのでしょうか?
そのとおりです。「張りすぎ」だったのでしょうね。
「料理が上手になりたい!」が「正精進」であるわけはない、という感じです。
>正精進とはいえないのではないかぁ
それで、「精進、精進」と仰られるわけが判ったような気がします。
No.10
- 回答日時:
<<・・・心外である、ということであれば、別にそれでも構いません。
>>いやいや^^;
そういう風に捉えたのですかw
似てるんだぁ~と思っただけですよ^^v
<<「検証的立場」というのが、判りません。>>
物事を見る場合、
信仰によってその信仰を真とするときという見方と
今ある見解を、常に柔軟により信頼の置ける根拠を求め、再構築していく
この二つの立場があるように思ったので後者を「検証的立場」と呼んでみました。
<<・・・が、全てを不可逆的(元に戻れない)及び運命的(人間には、どうにもならない)に捉えるのであれば、「ああだったら、こうだったら」という、いわゆる「たら、れば」は、妄想である、と言えるのかもしれないですね。>>
そう思います。
<<ですが、「自由意思」という問題について、回答を出せるレベルにあるとは、自分自身、とても思えません。>>
完全な自由意志ということが成り立つということを私は知りません^^
全ては限定された自由のように感じるからです。
今ここにある選択肢は幅が決まっているように思います。
今までの物理的条件、精神的条件の流れ、これらによって
条件付けされた範囲でのみ、考え、行為、言葉の選択肢の幅が制限されるとかんじます^^b
そのように感じています。
当初のお題と少し離れてきてしまいましたが、
「精進」というと、
・・・私は「双方向」という表現をしましたが、
「万能?へ近づく」という方向と、「何もしない」という方向と、二つの方向があるように思われ、それで、「双方向から引っ張られる(ような気がする)」となるわけです。
そこで、お題に戻り、かつ、「精進」ということを考えると、・・・「精進する」って、醜いんじゃない?と、問い得るのではないでしょうか?
「その醜さを了解しつつ、精進する」ということを私は否定しませんし、否定できませんが、
それでもなお突き進む、ということになると、・・・ブッダというのは、やはり凄かったのかなと、思い至りました。
「それは醜いから止めとく」とか、そういうことではないのかもしれないのですね。
・・・ということは、そこには偉大なモチベーションというものが、あったのでしょうか。
「たとえ、それが醜いことであっても、「精進」する」という可能性について、考えさせられました。
ありがとうございます。
No.9
- 回答日時:
<<maggaさんと私とは、似た土台を持っていると思うのですが>>
検証的立場ということですかね^^b
<<「妄想付け」とか「妄想概念」といった表現なのですが、「意味づけ」といったことでしょうか?「こんなに偉くなったんだ」みたいには思わないように、ということなら、判る気がします。>>
そういうことだと思います^^
過去の自分と今を比べて、「こうあるべきだったのになのになんで・・・」
などという思考は入っていなかったでしょうか?
過去自分と今自分を比べて自分をバカにする・・・
もしくは後悔のような感情もあるかもしれませんね。。。
それって妄想だと思いませんか?
<<ちょっと調べてみたところでは、ヴィパッサナー修習のほうが興味深い内容と思われました。>>
慈悲の冥想はヴィパッサナーの準備的な位置にもある冥想です^^b
書籍は「現代人のための瞑想法」がお勧めです。
DVDは「心を清らかにする気づきの瞑想法」「ヴィパッサナー実践&慈悲の瞑想」というのもあります。
お互い精進いたしましょう^^v
>>似た土台を持っている
・・・心外である、ということであれば、別にそれでも構いません。
というか、「検証的立場」というのが、判りません。
>それって、妄想だと思いませんか?
>精進いたしましょう
途中、「双方向に引っ張られる感じ」という表現をさせていただきました。
・・・が、全てを不可逆的(元に戻れない)及び運命的(人間には、どうにもならない)に捉えるのであれば、「ああだったら、こうだったら」という、いわゆる「たら、れば」は、妄想である、と言えるのかもしれないですね。
ですが、「自由意思」という問題について、回答を出せるレベルにあるとは、自分自身、とても思えません。
「妄想」という単語は、西洋(精神)医学でも用いられるようなので、ちょっと気になったのです。
No.8
- 回答日時:
このサイトの回答者を例に挙げれば、
「犠牲(嫌々でなければ、つまり喜んで犠牲になるのは犠牲とは言わず献身である)になる者がいなければ次に進めず(生命を繋ぐことができず)そしてそれは私ではない他の誰かであり、親ではなく子である」
と考えている、古くからここに巣食っているキグルイの常連さんは醜いと想いました。
質問に対しての直接の答えとしては
真(正)>善>美
偽(不正)>悪>醜
真の範疇に美は含まれるのであろうから、真でなければ美ではないということになります。
また、恐れや不安からの怒りでない怒りが美を備えているということもあるでしょうね。
ENERGAIA007
この回答への補足
私は、今年になってから、こちらにお邪魔するようになりましたので、あまり古い話は判りません。
また(勿論ですが)、全部を読んで把握しているわけでもありません。
ご回答、ありがとうございます。
真(正)>善>美
偽(不正)>悪>醜
んー、ちょっと難しく感じてしまいました。
maggaさんとは、また違った「確固たる土台」を感じました。
No.7
- 回答日時:
<<「(以前の自分を)醜いと感じ、怖れ、怒りを感じることも、また醜い」>>
ほんと「醜い」=「バカなことしてたなぁw」
でストップしたほうがいいですよね^^b
そこで妄想付けしてしまったがゆえに怖れ、怒りを感じてしまったと憶測いたします^^
<<「料理が上手になった」と言って喜んでいるのですから、生臭坊主も呆れ返るでしょうか。>>
自分の成功を喜ばすして、どうして他人の成功を喜べましょう^^
小さな成功でも喜びましょうよb
舞い上がってはいけないでしょうけどね^^;
<<それは「出来た」のでしょうか、それとも「出来ちゃった」のでしょうか。あるいは、「(自分は)料理が上手になった」も、妄想なのでしょうか。>>
そう思うなら、「このような経験があって、このように成長したように感じている。」
でストップしておけば問題ないでしょう^^v
このようになせば、お釈迦様がおっしゃる、真理を愛するもの、真理の護持をなすものとしてふさわしい理性的な態度かと思いますよ^^
>慈悲の瞑想
>ヴィパッサナー修習
<<ありがとうございます。>>
実験してみてくださいね^^b
ご回答、ありがとうございます。
maggaさんと私とは、似た土台を持っていると思うのですが、私の知識不足からか、判らない用語があります。
それは「妄想付け」とか「妄想概念」といった表現なのですが、「意味づけ」といったことでしょうか?
「こんなに偉くなったんだ」みたいには思わないように、ということなら、判る気がします。
>「このような経験があって、このように成長したように感じている。」でストップ
なるほど。私は(かつて)「成長するぞ」という気持ちが強過ぎたので、(それを、後から)醜く感じてしまったのかもしれないと思います。
瞑想等については、本なども読んでみたいと思います。ちょっと調べてみたところでは、ヴィパッサナー修習のほうが興味深い内容と思われました。
No.6
- 回答日時:
<<私は仏教徒なのかな、と思っています。
宗派といったことには、ほとんど関心がありません。その教義を聞いて「へー」と思う事はありますが。>>自分の中のある範囲で根拠のある信(信頼・確信)を
外の情報や、内なる洞察によって
更なる根拠を求め、柔軟に更新していく・・・
それは、すばらしい態度かと思います^^b
パーリ語の仏陀の教えの勧める理性的実証的な態度だと感じます。
<<スマナサーラ長老の説くところでは、そうなるのでしょうか。>>
少なくとも僕の見解です^^;
「これは長老の説くところだ!!」
なんていえるほど理解しきっているわけでもないでしょうし
いえませんww
<<「成長を実感」した、というときに、それまでとは違った自分というのを感じた時に、それまでの自分に対して感じてしまった嫌悪感、とでもいうのでしょうか、そんな感覚です。それは、成長することを目指して、成長を達成して実感したからこそ、得られた感覚なんですよね。>>
そうかもしれませんね^^b
心が落ち着くと、自分の馬鹿さ加減がよく見えてくると思います^^
その見えたものに妄想付けしてしまわぬように注意が必要かもしれません。
<<「それまでの自分」をそんなに「醜い」と思ってしまうことに、違和感もあったのです。・・・いったい、これはどういうことか、と。双方向に引っ張られるような感じです。>>
僕の憶測ですが、今抱く理想の「こうあるべきだった自分」を過去の自分に重ねてしまっているのかも。
そんなことは置いておいて、成長したことを喜びましょう^^v
<<そして、なるべく醜くないようにするには、どうしたら良いでしょうか。よろしくお願いします>>
とのことですので、
優しい心をはぐくみ、心に慣れさせ、怒りを減らし、エゴを減らし、集中力と心の落ち着きを保つために役立つであろう、慈悲の瞑想をお勧めします^^
そして、妄想概念にとらわれず、今に気づきく訓練であるであろう、ヴィパッサナー(明確に気づく)修習もお勧めです^^v
>成長したことを喜びましょう
>心が落ち着くと、自分の馬鹿さ加減が良く見えてくる
「成長するぞ、成長するぞ」と思っていた期間がわりと長かったこともあってか、成長を実感した途端に起きた、
「それまでの自分が馬鹿らしく感じられるような気持ち」をそのまま受け取ることに違和感を感じたのです。
それはおそらく、成長を確実なものとしたい、以前の自分に戻りたくない、といった気持ちから来る怖れや怒りの感情でもあったでしょう。
なので、「(以前の自分を)醜いと感じ、怖れ、怒りを感じることも、また醜い」と理解したのです。
また、成長したことが事実であるならば、それを認めないことも、また醜いのでしょう。
>妄想付けしてしまわぬよう
今回、実感した成長は、端的に言えば「料理が上手になった」ということです。・・・そんなに大それたことは、考えておりません。「料理が上手になった」と言って喜んでいるのですから、生臭坊主も呆れ返るでしょうか。
それは「出来た」のでしょうか、それとも「出来ちゃった」のでしょうか。
>慈悲の瞑想
>ヴィパッサナー修習
ありがとうございます。
あるいは、「(自分は)料理が上手になった」も、妄想なのでしょうか。
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