No.3ベストアンサー
- 回答日時:
こんにちは。
差し当たり人工細胞とは、現在のところこのようなものです。
「アルコール脱水酵素」と「リンゴ酸脱水酵素」、これらふたつの触媒はお互いの間で「酸化型NAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレチド)」と「還元型NADH」をやり取りすることよって反応を連続させることができます。そのためには、これらを何処か狭い場所に閉じ込めてやらなければなりません。人工膜で作ったマイクロ・カプセルの中にこれを封入するという実験を行ったところ、膜の外から取り入れたエタノールをアセトアルデヒドに変え、オキサロ酢酸をリンゴ酸に変えて排出するというふたつの反応が、NADの媒介というサイクルを作って4時間ほど継続したそうです。質問者さんの考えておられるものにはほど遠いかも知れませんが、これだけでも立派な「人工細胞」です。
>人工的に細胞(ただの膜構造を持つものではなくて、生物の細胞と同じもの)を作り出すことは可能なんでしょうか?
不可能とは言いません。ですが、それは大変難しいことだと思います。何故ならば、理系の学生さんならば分かると思いますが、生体はエネルギーが供給されるか限りエントロピーの増大を抑制して機能を維持し続けるというサイクルが「自己組織化」によって行なわれ、尚且つそのメカニズムの元で自己再生まで行なうという究極のシステムだからです。ですから、細胞作るということは、生命の創造に匹敵する神業ということになります。
とはいえ、これだけでは面白くないので、質問者さんのために、以下に「人工細胞のレシピ」を考えてみました。人工細胞らしきものでしたら、やってできないこともありません。
細胞がその役割を果たすためには、まず「膜構造」と、酵素(触媒)としての機能を持った「機能高分子」、いわゆる「タンパク質」が必要です。
細胞は様々な仕事をしますが、膜構造がなければ何もできません。
光、音、化学物質など外界の情報の取り入れ、
電気信号による情報の伝達、
栄養分の吸収と排出、などなどです。
とはいえ、「情報の取り入れ」「物質の出し入れ」ですから、「中と外」というものがなければこれは成立しませんね。つまり、まず膜で囲うということが細胞の最低条件です。
基本的には、細胞の中と外に違う環境を作るというが膜の役割です。細胞の中と外ではイオン濃度が違います。そこにイオンチャンネルを開く、つまり穴を開けてやるとイオンがドッと流れ込んで情報伝達のための電位が発生するわけですね。
外の光や化学物質に反応したり、取り入れた物質の反応を触媒として促進させたりするのは酵素としてのタンパク質の役割です。濃度差を作るためにイオンを細胞の外に汲み出しているイオンポンプも、反応の刺激によって開いたり閉じたりするイオンチャンネルもタンパク質ですね。ですから、膜を作り、その中に機能を持つタンパク質を収納したり配置したりしたものが細胞ということになります。
遥か大昔、生命の誕生もまず膜を作ることから始まりました。それによって、必要、不用の物質をきちんと出し入れしたり、効率良く化学反応を行なったりすることができるようになります。つまり、「膜」と「機能」との共生、それが生命の始まりだったんですね。
細胞膜は「脂質二分子」によってできており、この分子は両端に、それぞれ水と馴染む「親水基」と、水を嫌って油を好む「疎水鎖(親油基)」を持っています。
洗濯に使う石鹸なども同様の分子でできています。洗剤の疎水鎖が油汚れを包むように結合すれば、必然的に反対側の親水基が全て周りの水の方に向いた膜構造が出来上がります。これによって、落とされた汚れは流されることはあっても二度と洗濯物にくっ付くことはありません。シャボン玉というのは、外側の空気に疎水鎖を向け、内側に水分子を抱えた二分子膜が、構造維持に最も労力の少ない表面張力によって整然と並んだものです。このように、脂質二分子は水さえあれば簡単に「構造」を作ってしまいます。ですから、細胞膜は生命の本質である自己組織化の典型的な例であると言えます。
脂質二分子を水溶液に入れると自然に膜構造を作ります。実は、100円寿司に使われる「人工いくら」もこの方法で作られています。ただ、それだけでは重複した多重層になってしまうのですが、超音波などで処理してやると数マイクロほどの大きさの単層構造ができるのだそうです。そして、それは円盤状で中央のくぼんだ、まるで赤血球と同じような形になるんだそうです。先に紹介した実験に使われたマイクロ・カプセルもこのようなものです。
さて、人工細胞を作るためには、このようにして出来上がった人工膜の中に必要な化学反応を促進させる触媒を幾つも詰め込んでやれば良いわけです。
生体エネルギーを作り出すATP(アデノシン三リン酸)を反応させる触媒を入れてやればミトコンドリアですし、光エネルギーによって水を分解する光触媒を使えば、それは人工光合成を用いた植物細胞の葉緑体の代わりになります。そして、先の実験のように、複数の触媒が協調したサイクルを作ることによって反応が連鎖的に継続するならば、めでたくそれで、人工細胞の出来上がりです。
また、そこに#2さんが紹介して下さったような、DNAやRNA情報に基づいてタンパク質を合成するという機能を持たせてやることができるならば更にベストですね。
ということで、人工細胞らしきものでしたら将来的には十分に可能だと思います。DNAを合成するなんて無理だというご意見が出ていますから、それは全くご尤もな話で、それはともかく、私は、近々試験管の中で産まれる人工細胞とは、このように生命をディフォルメした単純なものではないかと想像します。
触媒同士が上手く協調したサイクルを作ると一口で言っても、言うまでもなく、実際の細胞内のタンパク質同士のネットワークは極めて膨大で複雑です。現在「人工細胞の研究」として、それをコンピューター・シミュレーションで行なう、言わば「バーチャル細胞」というのが盛んに行なわれています。コンピューターの性能のおかげでそれなりの成果を上げているようですが、もちろん、それも細胞活動を模したほんの一部で、細胞たったひとつといえども、その全てを再現するには現在のスーパー・コンピューターを何台繋げてもちょっと無理だというのは簡単に創造の付くことだと思います。しかも、それは脳やCPUなどによる「集中制御」は全く異なり、全てが究極の秩序に基づく「自己組織化現象」なのです。
やがてはこのようなシミュレーションで得られた結果が実際にウェットな人工細胞の開発といったものに新たな道を開くことにもなるのでしょう。ですが、今回は人工細胞の作り方に就いて簡単に述べましたが、クローンなどとは違い、生命の単位である細胞を、人間の手でボトムアップに作り上げるということが、正に神の御技に等しいほど困難であるという辺りは重ねてご理解頂けるでしょうか。
分かりやすい回答をいただき非常に感謝しております。自分で本やインターネットを通じて人工細胞について調べたのですが、回答でおっしゃられている通り今のところ膜構造=人工細胞といわれているようですね。自分は、生命として機能を持ち合わせた膜構造はあるのか?ということに疑問があったので、回答で述べていただいた「人工細胞のレシピ」は大変興味深く拝見させていただきました。
専門的な内容を噛み砕いて丁寧に教えてくださって本当に感謝しております。ありがとうございました。
No.4
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