海外旅行から帰ってきたら、まず何を食べる?

私が以前囲碁の手解きを受けたお年寄りに、ものすごい方がおられました。




この方は太平洋戦争でフィリピンへ出征、辛くも昭和20年初旬に生きて帰られましたが、今度は福井空襲にあい、ここでも何とか生き残られました。フィリピンから復員される際も魚雷で輸送船が沈められ、その時の状況を思い出すとどうして自分が生き長らえているのか不思議でしょうがないとよくお話されていました。次は昭和23年の「福井地震」に遭遇、家屋は全焼、弟さんが焼死という憂き目に合われながらもご本人はご無事でした。
ところが悪いことは続くもので、今度は昭和47年の「北陸トンネル火災事故」に見舞われ、火災の起きた食堂車の隣の車両にいて生還されたとの事です。この方は現役時代に高校の教員だったとの事ですが、事故後2日目にもう教壇に立っていたと仰るからなんともタフな方です。





ここまでで十分凄惨な経験なんですが、この方がすごいのはこれで終わりじゃないことです。なんとこの方、「阪神淡路大震災」にも遭われているんです。
お孫さんの女の子が神戸で挙式されるとの事で、かの地にたまたま出かけられ被災されたとの事。幸い宿泊していたホテルなどたいした事がなく、ご本人も怪我なく無事に帰途につかれたんですが、この時の経験を「戦争中と変わらない衝撃だった」と仰ってたのを聞き、ものすごい災害だったんだなあと痛感しました。
また平成16年には福井県は「福井豪雨」に見舞われ、この時は人的被害こそ大した事なかったものの、この方のお宅も水に浸かり片付けは私もお手伝いしましたが、相当難航しました。
これで「東日本大震災」まで遭遇されていたら神や仏は本当にいるのかと疑いたくなる人生だったと思いますが、この方は一昨年92歳で亡くなられました。私は最期は立ち会えませんでしたが亡くなる際は家族、親戚縁者に囲まれ、それは幸福そうな死に顔だったとの事です。




さて皆さんの周りには「命を落としてもおかしくない状況」に何度も陥りながら無事に生還された方はおられますか?その方は例えばどういうご経験をなさったんでしょうか。

A 回答 (2件)

バイク乗りなのでよくあるレベルですが先月、肩甲骨を骨折した時に数えてみたら過去に折った骨が軽く20本超えていました。

(笑)

覚えている範囲で経験を挙げれば

・4歳で仮面の忍者赤影ゴッコ中に塀から落ちて左肘粉砕骨折

・8歳、暖房に使っていた七輪が原因の一酸化炭素中毒で意識不明
(今だと「七輪」って自殺の道具みたいに言われてますが。)

・校庭にあった校舎4階と同じくらいの高さの杉の木から落下(笑)
 枝をバウンドしながら落ちたのでこの時は珍しく骨折無し

・小~高校、喧嘩やふざけていて鼻骨、前歯、鎖骨、膝の皿折っちゃいました。^^;

・18歳~19歳、峠やサーキットで細々と鎖骨、肋骨、指骨など数本骨折

・19歳、友人のバイクの後ろに乗っていて乗用車と正面衝突
 右足大腿骨骨折だけで済みました。(^^)v

・20歳ころバイクで走行中に大型ダンプと正面衝突。
 タイヤに巻き込まれた右足切断、右手の手首より先の骨を一本残らず骨折(火暴)

・30代で肝硬変と診断されて胃の静脈瘤破裂で一般的に言われる致死量以上の吐血が3回

まあ、ほとんど自業自得ばっかりですね。

次やるとしたらまたバイクのような気がしています。
「災厄に好かれてしまった人」の回答画像2
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この回答へのお礼

回答有難うございました。


何と申しましょうか、回答者様の壮絶な生き様に言葉のかけようがありません。私は今回この「幾度の災厄に見舞われ都度生き残ったご老人」が今までの私の人生で会った人の中でMAXだったんですが、回答者様はお怪我をされている分「それ以上」ですね。本当に御同情以外の言葉を私は持ち合わせていません。



御礼の趣旨が変わって恐縮ですが、今後の人生、どうぞ御自愛ください。
蔭ながら応援致します。

お礼日時:2011/11/25 10:12

>これで「東日本大震災」まで遭遇されていたら神や仏は本当にいるのかと疑いたくなる人生だった・・・


それが上昇志向か自滅志向かの違いでしょうね。逆に考えれば、それだけの災難に遭っていても救って頂いているとも言えます。
だから亡くなるに際しては安らかな顔でいられたのではと私は思いますけど。

私はそんなに重大な災難には遭っていませんけど、
脇から余所見で出てきた車と衝突をしそうになって、併走するトレーラーの下にもぐって避けたり、
未舗装の道路の穴にはまって宙をとび、あわや川に転落という所で後輪がガードレースに引っかかったり、
自ら死を選んで三日後に凍死も免れて生き残ったり、
心筋梗塞で詰まったままの血管で、たまたまその血管に沿うようにあった僅かな細い一本の奇形の血管で一区画を歩き、3時間後に漸く手術して「意識がなくなっていたらダメだったろう」と医者に言われたり。

でも身体にガタは来ているものの、一応生きています。
私は守られていると考えています。今生きているのはその務めを全うするためです。
それが何かは判りませんが、私は今、私が成そうとする事を成しているだけです。
そして務めが終われば、引き上げてくれるでしょう。
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この回答へのお礼

回答恐れ入ります。


仰るとおり都度生き残るというのは「使命があるから生かされている」と言えるかもしれません。仏教の説法にもこれについて触れている部分が非常に多いですが、考えるにつけ納得することがあります。


私のご質問の文面にある「幾多の修羅場から生還されたご老人」ですが、この方も教職を定年で辞められた後いろんな子供に勉強を教えたり、素行が悪い少年を更正させたり、幼稚園で園児教育を熱心に努められる等幅広い御活躍をなさいました。そこから巣立った人の中には警察官になったり、学校の先生になった人もいて、光が当たらない事とはいえこのご老人が残した功績というのは絶大と感じています。
回答者様が仰る「努めを全うする」というのは、このご老人の場合上記のような事だったんでしょう。人それぞれに与えられた天の使命というのは、己が必要を感じ絶対成しえなきゃならないと頑張ったことが全て天命だといえるでしょうね。


有難うございました。

お礼日時:2011/11/25 10:31

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