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Cultural Violence
Cultural Violence legitimizes direct and structural violence by convincing people that, in the name of God or of histry, they are not only justified but also duty bound to harm or even kill others.

Some relilgions, political ideologies and nationalisms are moderate and tolerant. Others however, place so high a premium on the self and so thoroughly dehumanize the other that, in the eyes of their adherents, massacre of the other seems an acceptable option.

Passive Violence

We must begin to understand the extent of violence that each of us practice ourselves consciously or unconsciously in our daily lives.
Passive violence is indirect. It can be very subtle forms of pressure, discrimination, coercion or disrespect.

Passive violence causes anger and anger causes physical violence. The relationship between passive violence and physical violence is the same as the relationship between gasoline and fire.

Passive violence fuels the fire of physical violence, which means if we want to put out the fire of physical violence we have to cut off the fuel supply.

The fuel supply is us.

The very spaciousness of the American continent has given rise to what is called the frontier spirit, which was originally a challenge to the natural regors of an uncultivated terrain, seems to overlook the existence of other peoples.
When the Americans are forced to deal with other nations and peoples, the frontier spirit asserts itself in the form of attempts to bring bear the immense power of the United States.

A 回答 (2件)

翻訳ソフトで翻訳したところ以下のようになりました。


文化的な暴力
それらは正当であるだけではなく, 神かhistryの名前において他のものを害を及ぼすか, または殺してさえいることにおいて義務があると人々に納得させることによって, 文化的なViolenceがダイレクトで構造的な暴力を合法化する.

いくつかのrelilgions, 政治上のイデオロギーおよび愛国心は適度で, 許容性がある. そして…しかしながら…他のもの…場所…自己の上のとても高いプレミアム…もう片方にあまりに徹底的に人間性を失わせさせなさい…それ…それらの支持者の目…もう片方の大虐殺は許容できるオプションに見える.

受け身の暴力

我々は意識か無意識に自分達で我々各人が練習する暴力の範囲を日常生活で理解し始めなければならない.
受け身の暴力は間接的である. それは非常に微妙なフォームの圧力, 区別, 強制または軽蔑かもしれない.

受け身の暴力は怒りを引き起こす,そして,怒りは物理的な暴力を引き起こす. 受け身の暴力と物理的な暴力との関係はガソリンと炎との関係と同じである.

受け身の暴力は物理的な暴力の炎を煽る.(それは, 物理的な暴力の炎を消したいならば我々が燃料供給を断ち切らなければならないということを意味する).

燃料供給は我々である.

アメリカの大陸のまさしくその広々には, いわゆるフロンティア精神への上昇が他の民族の存在を見落とすように思えるという当然のことがある.元々, フロンティア精神は未耕作の地勢の自然なregorsへの挑戦だった.
アメリカ人がやむを得ず他の国家と民族を扱うとき, フロンティア精神は合衆国の莫大なパワーをクマに持って来る試みのフォームでそれ自体について断言する.

つまり暴力についての文と思われます。なんの参考になって無くてすいません。
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この回答へのお礼

本当にありがとうございました。
意味はだいたい把握していたのですが、きれいな日本語にできず、苦労していました。
助かりました。またよろしくおねがいします。

お礼日時:2001/06/09 22:19

Cultural Violence 他文化の侵入


その土地の文化を否定、自分の文化を広めるのみでなく、暴力や殺人も自身が信仰する神の名において正当化する、できる直接的な侵略。控えめで主張を強くしない宗教、政策やイデオロギーもあるが(一部の仏教などもそうでしょ、やおよろずの神とかっつってあまりこだわらない)、自国の文化や考えに固執するあまり他文化の人間に選択の余地を与えない文化もある(キリスト教とか一神教はそーでしょ)

で話は変わって

Passive Violence
水面下の侵略とでもいいましょうか。まず、この侵略行為は普段何気なく生活しているうちにも進行しているもので、上記の直接的な侵略に対してこちらは間接的。ささいにみえる圧力, 差別, 強制または軽蔑の形であったりします。このような形の(精神の)侵略行為は人々に怒りの感情を与え、またその感情は実際の暴力をもたらします。この精神的な侵略行為と実際の暴力はまさに火と油の関係です。
精神の侵略行為(精神を痛めつけるような暴力)は実際の暴力、暴動をおこす火種・油です。つまり火となる暴力・暴動を抑制するには油を作り出す供給源ー人間をどうにかしなくてはならないのです。
広大なアメリカの土地は~まるで原住民がいないように見える自然の大地や未開拓地へのフロンティア精神をかき起すものかもしれません。
最後の文ですが。。。多分~
アメリカ人が他の国や外国人と相対しなくてはならないとき、フロンティアスピリットを剥き出しにする(熊を相手にするかのように か、熊=強大な力をもってして屈服させようとする)態度になるようです。
まぁ 推測ですが。多分南アメリカの歴史を例にしてのアメリカ人の侵略行為を批判するってことだと思いますが~ この分野で勉強を続けるなら、自分でも辞書をひきひきやったほうが為になるかと思いますよ...
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この回答へのお礼

本当にありがとうございました。
わかりやすく、きれいな日本語をつかっていたので、
たすかりました。

お礼日時:2001/06/09 22:23

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