プロが教えるわが家の防犯対策術!

皆様、お世話になります。lin(_ _)imo

アニメの「サザエさん」をご存知かと想います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%B6% …

初回放送は1969年(昭和44年)10月5日から、途中火曜日の放送もあったようですが、日曜日の夕方6時30分からの放送は、私が小学生の頃からから視ている、まさに国民的な長寿番組です。もう放送開始から44年、幾つかの例外も有るようですが、サザエさん役の加藤みどりさんをはじめ、ご家族やとりまく人達を演じられる声優の方々もご健在、変わらぬ声で人々を魅了してらっしゃいます。いやはや、よくまぁ続くもんだなぁ、と、放送を視るたびにいつも感心するものです。(笑)

加藤みどりさんに限りませんが、ホント、このひと昔からいるなぁ~、ってかんじです。(笑)

皆様にとって、「このひと、昔からいる(以前から長くご活躍されている)なぁ~」と感じるかたはどなたでしょうか?よろしければ、この酔いどれにお教え下されば幸いです。(苦笑+汗;)

とりあえず、一番真っ先に思いついたかたをお一人のみご提示下さい。そのかたについての想いなどが有りましたら、併せてお書き下されば幸いです。

本人の生活都合上、9月9日よりお礼を書かせていただきます。また、大変遅筆ゆえ、お礼が遅れ気味になることを予めご了承願います。丁寧なお礼の見本には程遠い稚拙なものしか書けませんが、併せてご容赦いただければ幸いです。

それでは宜しくお願い致します。 lin(_ _)imo

A 回答 (14件中1~10件)

黒柳徹子さんですね



NHKおかあさんといっしょ の ブーフーウーが50年以上前

私の青春時代は、TBSのザ・ベストテン

世界不思議発見、更に徹子の部屋は言うに及ばず

私が産まれる前、産まれた直後、物心ついたころ、思春期青年期そして現在も、ご活躍されています

この回答への補足

この欄をお借りします。

拙い問いかけにもかかわらず、この愚問にお付き合いいただいた皆様に、改めて心よりお礼申し上げます。
いただいたご回答は、皆様の想い等、いずれも甲乙つけがたく、できれば全員のかたがたにポイントを進呈したいのですが、どうしてもシステムの都合上、お一人様にのみポイントを付与しなければなりません。どうか、悪しからずご容赦願います。また、質問文・お礼文・補足文等、本人の語彙・見識不足、文章作成能力の乏しさ等により、不愉快な思いをさせてしまったことがあるやもしれません。併せてお詫び致します。ご容赦いただきますようお願い申し上げます。

今回は息の長い活動をされている「黒柳徹子さん」を真っ先に挙げられた、このご回答にポイントを進呈したく想います。

皆様、どうも有り難うございました。 lin(_ _)imo

2013/08/28(水) 11:45

補足日時:2013/09/12 11:45
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この回答へのお礼

こんにちは。早々のご回答を有り難うございました。
お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo

黒柳徹子さん

おそらく、このかたをご存知ないかたはいらっしゃらないと想います。とにかくテレビの画面からいない日は無いくらい、非常に精力的なご活躍をされてらっしゃいます。

NHK放送劇団のご出身、テレビの誕生とともに生まれた日本初のテレビタレント、との形容も有るようですが、なにしろ50年以上にわたってテレビ番組のレギュラーを継続して持ち続けているのは彼女くらいのものでしょう。その持続力に改めて脱帽するのみです。(笑)

具体的に挙げていただいた「NHKおかあさんといっしょ」の「ブーフーウー」の「ウー」が50年以上前、実は、ちょっと記憶が定かではないんですが、テレビ黎明期の頃からあらゆる場面でご活躍されていたようです。私が記憶しているのは「サンダーバード」のレディ・ペネロープ役です。(笑)

「TBSのザ・ベストテン」は回答者様と同じくリアル・タイムで見ておりました。久米宏さんとの掛け合いも絶妙でしたね。(笑)
もちろん、おっしゃるとおり、「世界不思議発見」、「徹子の部屋」などで今なおご活躍を続けてらっしゃいます。

「徹子の部屋」でもそうですが、司会者としての黒柳さんは、巧みな話術でゲスト出演者のホンネを上手に引き出してらっしゃいます。相手にしゃべらせることの難しさをよくご理解しておいでです。また、彼女ならではキャラクターとも言うべき立ち居振る舞いが、出演者にある種の「安堵感」を与えているようにも見受けられます。

回答者様のおっしゃるとおり、自分が生まれる前から、生まれた直後、物心ついたころ、思春期青年期、そして現在、これからもなおご活躍されますことを願ってやみません。

なるほど、良くわかりました。
早々のご回答に感謝します。有り難うございました。lin(_ _)imo

2013/09/09 (月) 11:53

お礼日時:2013/09/09 11:53

ウルトラマン



劇中では、二万年前から地球を守ってくれていた話しもあります

物心つくと同時に観た、特撮ドラマです

その後も、他のウルトラシリーズ、近年および最新の作品にもゲスト出演
また、TVCMへの出演も多数

現在でも、ソフビ人形が売られ今の子供たちにも人気です

人間体を演じた黒部進さんも、ご健在ですが、ウルトラマンは今後もずっと地球を見守ってくれ続けると思います
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この回答へのお礼

こんにちは、ご回答を有り難うございました。
お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo

ウルトラマン

実在の人物ではありませんが、この名前だ挙がったことに、ある種の喜びを感じます。(笑)
回答者様とは同年代か、年が近いのだろう、と推察しますが、おっしゃるとおり、物心付いた着いた頃から心の中に刻まれた、我らがヒーローですね。銀色の巨人が悪の怪獣を倒す、そのシシチュエーションに子供ながら熱狂したものです。

回答者様のおっしゃる「二万年前から地球を守ってくれていた話し」は最終回の「ゾフィー」との「会話」のシーンによるものかと想われます。「私はもう2万年も生きたのだ」とのせりふが手持ちのDVDでも確認できました。(笑)

そういえば、最近、Blu-ray Discのセットも発売されるなど、まだまだ人気は衰えませんね。特集記事を掲載した雑誌で、主演の黒部進さんもご健在なお姿でインタビューに応じてらっしゃいましたが、こういったお姿が見れるのは、大変喜ばしいかぎりです。

ウルトラマンは今後ももずっと地球を見守ってくれ続ける・・・
今後もずっと我々の心の中に行き続ける我らが永遠のヒーロー・・・

語りだしたら止まらない・・・この辺で終わりにさせていただきます。(苦笑+汗;)

良くわかりました。ご回答を感謝します。
有り難うございました。 lin(_ _)imo

2013\09/12 (木) 11:34

お礼日時:2013/09/12 11:34

小林幸子ですかねえ


まあ、毎回派手だなあと
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この回答へのお礼

こんばんは。ご回答を有り難うございました。
お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo

小林幸子さん

このかたの活動歴の長さも、もはや「伝説」と言ってよいでしょう。(笑)

1964年、「ウソツキ鴎」でデビュー。僅か9歳でのデビュー曲がヒットしたため「天才少女歌手・ひばり二世」として華々しく活動を開始されました。1964年とは、奇しくも「東京オリンピック」が開催された年でもあります。

しかし、売れたのは極僅かな期間だけで、それからは長い下済み時代を過ごすことに、そして1979年に「おもいで酒」が大ヒットととなりました。それからの活動についてはご存知かと想います。

いま、気が付いたんですが、先ほど別のお礼で1979年を「たのきんトリオデビューの年」と記しましたが、なんとなく不思議な因縁めいたものを感じました。(笑)

昨年は、それまで33回連続出場を果たしてきた紅白歌合戦への出場もかないませんでしたね。彼女の巨大な舞台装置とも言うべき豪華衣装が見られないのは、個人的にも、なんとなく寂しい気もします。

まだまだ、これからもご活躍を願いたいですね。

良くわかりました。ご回答を感謝します。
有り難うございました。 lin(_ _)imo

2013/09/09 (月) 22:06

お礼日時:2013/09/09 22:06

えなりかずき



私より年下のはずですけど、雰囲気的にず~っと昔からいるような気がして。
もう何十年もあの姿のままでいたような気がして。。。
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この回答へのお礼

こんばんは。ご回答を有り難うございました。
お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo

えなりかずきさん

このかたも子役時代から、その存在は光っていましたね。
「渡る世間は鬼ばかり」に出演されたのが1990年から、5歳の頃から演技をされていたんですね。いやはや、スゴイ!(笑)

実年齢のわりに落ち着いた雰囲気がありますから、余計に昔から長く活動されているように感じてしまうのかも知れませんね。まだ28歳だそうですが、既に芸能生活が25年ってのもスゴイですが、風格さえ漂うように感じられるのはやはりタダモノではありません。(笑)

きっと、これからも、あの風貌、独特の雰囲気を活かして芸能活動をされてゆくことでしょう。ご活躍、さらなる飛躍を願わずにはいられません。

よくわかりました。ご回答を有り難うございました。lin(_ _)imo

2013/09/09 (月) 21:28

お礼日時:2013/09/09 21:28

こんにちは!



近藤マッチですね。
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この回答へのお礼

こんばんは。ご回答を有り難うございました。
お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo

マッチ、こと、近藤真彦さん

そうですね、このかたも活動歴は長いですね。(笑)

TBSのテレビドラマ「3年B組金八先生」の生徒役でデビューし、同じく生徒役だった田原俊彦さん、野村義男さんとともに「たのきんトリオ」として活躍されたのは1979年、そして80年代前半を代表する男性アイドル歌手として成功されました。

モータースポーツのレース活動にも打ち込まれたようですね。いまはチーム監督もつとめるとか、とにかく活動が多彩です。

いま、ウィキペディア等を眺めましたが、そんな近藤さんも来年で50歳を迎えられるんですねぇ~、いやはや、なんとも・・・

これからも範囲の広いご活動、ご活躍を願って止みません。

良くわかりました。参考にします。
ご回答を有り難うございました。lin(_ _)imo

2013/09/09 (月) 20:59

お礼日時:2013/09/09 20:59

漫画家の細川智栄子さん(「王家の紋章」の作者)



確か私が小学校低学年の頃に既に10巻ぐらい出ていて一時期すごくはまったのですが、まだ終わってないとか(確か連載開始は私が生まれる前で、私が読み始めた頃に既に中年ぐらいのお年だったと記憶しています)

30巻ぐらいまで読んでギブアップしましたが、ご本人がご健在なうちに完結するのかどうか他人事ながら心配になります…
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この回答へのお礼

こんばんは。ご回答を有り難うございました。
お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo

細川智栄子さん(漫画家)

不勉強なもので、このかた、この作品の知識を持ち合わせませんで、大変失礼をしました。

いま、ウィキペディア等で確認しました。

「王家の紋章」

エジプトに留学中の主人公キャロル・リードが、古代エジプトにタイムスリップしてしまう物語だそうですね。テーマも荘厳なれば、物語の展開も波乱万丈のようですね。

なによりスゴイのが、物語が連続している、ということですね。
長く続いているコミックとして有名なのが、さいとう・たかをさんの「ゴルゴ13」に秋本治さんの「こちら葛飾区亀有公園前派出所」ですが、これらは一話完結です。これは単純に考えても「スゴイ」と感じます。傍観者の立場なれば、よくまぁアイデアが続くなぁ、と感心せざるを得ません。

作者の細川さんも既に70歳を超えてらっしゃるようですし、ファンとしては、物語の完結が気になるところでしょうね。お察し致します。それにしても1976年10月から連載開始って・・・スゴイなぁ・・・

こういった質問でもしなければ、こんな作品があることも、作者のこともわからないでいたことでしょう。お教えいただいたことに、改めて感謝申し上げます。

ご回答を有り難うございました。lin(_ _)imo

2013/09/09 (月)20:34

お礼日時:2013/09/09 20:34

ソフィー・マルソー。



中高校生の頃スクリーンとロードショーを愛読してました。すごく可愛くて東洋のハーフのような柔らかい雰囲気で売れていました。

が、アイドル歌手も廃れて時代がも平成に向かってブレーブハートの王女役で出てきてたまげました。全くあの頃と変わらず初々しい若さ。

その後007でボディコンを着こなし、これで二人の子持ち、すっげえ、と思いましたねー。
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この回答へのお礼

こんばんは。ご回答を有り難うございました。
お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo

ソフィー・マルソーさん

このかたも、たしか13歳で映画『ラ・ブーム』の主役デビューを果たしてから、長いこと経ちますね。1980年のことだそうですから、もう33年ですか・・・

回答者様がおっしゃるとおり、どこと無くアジア系の雰囲気を持つソフトな顔立ちで、当時日本でも話題になりましたね。よく憶えています。(笑)
飲料メーカーやカセット・テープのCMにも出演したりして、とにかく大人気でしたね。

でも、やっぱり日本での人気は長続きしなかったように想います。メディアでの露出もだんだん少なくなって行きました。
まっ、これは、ある意味、仕方の無いところもあるのかも知れません。なんといっても「あどけない少女」から「オトナの女性」への脱皮過程でしたからね。フランス本国では、それなりに活躍されて人気も高かったようですが、所詮この極東の島国では、仕方のないところ・・・だったのかも知れません。

しばらくして、俳優のメル・ギブソンが主演・監督した映画「ブレイブハート」で話題になったのが1995年でしたね。私も回答者様と同じく、日本で初めて紹介された頃にも通じる若々しさに驚いたことを憶えています。いやぁ、ほんとにトシ取らないヒトだなぁ、ってカンジでした。(笑)

そして、極め付きは、おっしゃるとおり、007の「ワールド・イズ・ノット・イナフ」で魅せたボディコン姿、もう、目がテンになったのを鮮明に憶えています。(苦笑+汗;)
あれから、もう14年経つんですねぇ~・・・

彼女のフランス本国での人気ぶりは絶大なものだ、と、聞いた憶えもあります。まだまだ若いですし、監督をこなすなど、才能にも恵まれていますから、これからも活躍の場を広げていってほしいですね。

良くわかりました。早朝からのご回答に感謝します。
ありがとうございました。 lin(_ _)imo

2009/09/09 (月) 19:51

お礼日時:2013/09/09 19:51

声優さんの池田昌子さん。


子供の頃テレビで観た「ローマの休日」の吹き替えが
池田さんでした。
そのイメージが定着しています。
今でもテレビのバラエティー番組などで池田さんの声が聞こえてくると
「オードリー・ヘップバーンだ」って思います。
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この回答へのお礼

こんばんは。ご回答を有り難うございました。
お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo

池田昌子さん(声優)

1953年製作のアメリカ映画「ローマの休日」主演のオードリー・ヘップバーンの吹き替えご担当として、あまりに有名、他にも声優としての活動歴は長く、アニメから映画まで、数多くの作品に出てらっしゃる、声優界の大御所的存在のおかたです。

私も成人してから、この映画のよさがわかったクチですが、回答者様と同じく、もう、ヘップバーンなら池田さん、ってなイメージが染み付いています。(笑)
そういえば、近年ヘップバーン主演の映画の吹き替えが録音しなおされたことがあったそうですが、70歳を超えた池田さんは、見事に当時と寸分たがわぬ美声をご披露なさったとか、改めて感心させられるのみです。

あと、私が印象深いのは「銀河鉄道999」の「メーテル」役ですね。ちょうど、高校生の頃でした。どこと無くかげりのある謎の美女、メーテルの声を見事に演じてらっしゃいました。あの美声に魅了された方々も多いのではないでしょうか。

最近、あの番組を見ましたが、池田さんがいかにも不自然な関西弁を使うのが結構ウケテいるらしいですね。(笑)

なるほど、良くわかりました。
早朝からのご回答に改めて感謝します。
ありがとうございました。 lin(_ _)imo

2009/09/09 (月) 18:06

お礼日時:2013/09/09 18:06

中日ドラゴンズの山本昌投手


私が小学生の頃から活躍してしますね^^
当時今中、山本で中日二枚看板なんて言われていました
現在48歳でなお現役!

工藤公康投手も引退されてしまいましたが
この方も私が小学生の頃から活躍していた選手ですでした。
自身の200勝がかかった試合を自身のプロ入り初ホームラン(当時41歳)
で決めた試合。球場でみていましたが涙が止まりませんでした^^

・・・う~ん年がばれる(笑)
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この回答へのお礼

こんにちは。早々のご回答を有り難うございました。
お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo
(お久しぶりでございます 笑 )

中日ドラゴンズの山本昌投手

この地方の人間として、この名前には、やっぱり愛着や想い入れもありますね。(笑)

ドラフトは1983年、一軍での実質的な活動は1986年から、頭角を現したのが1990年ごろ、もう48歳ですか、それにしても息の長い活動をされていますね。不謹慎な言い方で申し訳ありませんが、数々の最年長記録も、工藤公康投手の引退によるところもあるのかも知れません。ただ、ここまでしぶとく生き残るには、それなりの技術も必要ですからね。ここは大いに賞賛したいです。

ご本人のゲン担ぎから、いまだに登録名を本名の「山本昌広」にせず、姓と名の区別がない表記の「山本昌」としていますが、彼なりのプライドの表れなんでしょうね。相手を惑わすスローボールで、これからも中日投手陣を支え、しぶとく生き残ってほしいです。

なるほど、良くわかりました。早々のご回答に感謝します。
有り難うございました。lin(_ _)imo

2013/09/09 (月) 15:38

お礼日時:2013/09/09 15:38

昔通っていた耳鼻科の先生



子供のとき(約30年前)、中耳炎をよく患って夏休みの耳鼻科は恒例行事でした

そのとき爺ちゃんだった院長先生、まだ現役です

何歳かは知りませんが、もう老後に備えた方がよいのでは?
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この回答へのお礼

こんにちは。早々のご回答を有り難うございました。
お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo

今回もご回答を有り難うございます。(笑)
(アイコンが変わったようで・・・)

昔通っていた耳鼻科の先生

なるほど、回答者様がお子さんの頃から通ってらした耳鼻科の先生が、そのときからずっと現役・・・
しかも、そこそこの年齢に達しているであろう、ということですね・・・

これはこれで素晴しいことだと感じます。まぁ、回答者様がお感じになるように「もう老後に備えたほうがよい」とするか、「生涯現役」かは、ご本人が決めることでしょうけども・・・

医者も人間ですから、ある程度の年齢になれば、当然判断力等は鈍ってきます。たしかに、あまりに年齢が高くなった医者に診てもらうのはどうも、と言った考え方を否定はしませんが、こういったお医者さんが街にいてもよろしいような気もしなくは無いです。あとは、患者さん次第、ってところでしょうかね。(苦笑+汗;)

なるほど、良くわかりました。貴重な御意見、真摯に受け止めさせていただきます。ご回答有り難うございました。lin(_ _)imo

2013/09/09 (月) 15:08

お礼日時:2013/09/09 15:08

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