No.4ベストアンサー
- 回答日時:
#3です。
1.往時での意味合いと「~つ、~つつ」での対比性
この文句は、当時の一般的な夫婦であれば「夫唱婦随」であるべき関係を、あえてロジカルに逆転させたかのような聞き手をハッとさせる惹句を狙ってはいるでしょう。言い方があべこべで、こりゃ間違っているんじゃないかと。
ところが、その「夫をいたはりつ」と「妻に慕ひつつ」に込められた裏の意味を対比的に味わうことで、聞き手になるほどと納得させるあたり、実に良くできた「きっかけ」として一世を風靡するまでに至ったほどでした。
まず、「いたはる」の意味が、「労(いた)づく」であり、ひいては「搏(かしづ)く」に通じる意味に用いられていることです。
「いたはる(労)(他動詞)(傷(イタ)ハシクスル意)傷ハシク思ヒテアツカフ。イタヅク。「イタハリ、カシヅク」撫恤。」
いたはる(自動詞)(病を撫(イタ)ハルヨリ転ズ)病ム。」
「いたづく(恤))(他動詞)(労(イタヅ)キテ恤(メグ)ム意)懇ニアツカフ。イタハル。」(大槻文彦「言海」)
ですから、妻は視力を病んでいる夫の養生を図り、懇(ねんご)ろに扱い、大切に世話し搏(かしず)いていたのだと。
このようなニュアンスが前提にあったればこそ、後段の「~に慕ふ」の意味もまたそれに呼応するものであることが分かります。
「したふ(慕)(他動詞)(一)懐カシク思フ。恋ヒ思ウ。(二)追ヒツカント行ク。「後を慕フ」追蹤。」(大槻文彦「言海」)
「したふ(慕)(他動詞四段)(二)後を追う。後を追随す。」(落合直文「日本大辞典」)
つまり、この場合の「慕う」は、「妻を恋思う」よりは「妻から離れがたい」であり、ひいては「妻の後を追う」であり「妻に付き従う」ニュアンスなのでしょう。
このように、前段の「夫を懇ろに扱い大切に世話し搏(かしず)く」と対比すれならば、自発的・能動的に「妻<を>慕う」それではなく、そのような甲斐甲斐しい妻の為すがままになっている境遇下の夫が「妻<に>追随する」という構図が浮かび上がって来ます。「夫唱婦随」を反転させた「婦唱夫随」のアベコベ構図下での、実は「婦搏夫髄」であり「婦労夫慕」の関係なのだと。
2.相手との関係性動詞における依拠格のニュアンス
一般に、日本語では機械的に他動詞と自動詞が分類される、また取るべき格が自動的に割り振られるといったものではなく、もっと意味深い表現が多々あります。
このように相手が有っての他動詞においては、相手への傾斜が大きくなり、相手への依存性が増すにつれ、他動詞でも「ヲ」格を取らず、依拠格としての「ニ」格を用いるようになります。それはまた、事実上自動詞の用法とも重なっていくことでもあります。
例えば、「頼る」も他動詞ですが、対格か依拠格かでニュアンスが異なっています。
「友を頼る。」…本人の自発的判断、能動的行為として、友達を当てにし、友達との繋がりを求める。
「兄に頼る。」…弟が自力での能動的行為に行き詰まり、兄に助けを求めて、兄によりかかろうとする。
ご回答ありがとうございます。
頼る、の例を挙げていただき納得できました。
「~に慕う」という自動詞的用法をわたしが知らなかっただけですね。
No.3
- 回答日時:
大正末期に流行した浪曲の「きっかけ」文句ですが、その前段「妻は夫をいたわりつ」は他動詞ですが、後段の「夫は妻に慕いつつ」は「を」ではなく「に」を取った自動詞扱いと見える形になっています。
これはよくできた文句でして、「労(いたは)る」の方が、本来は「いた(痛)し」と同根で、本来自動詞として「~に努力する」意味合いでしょうが、一般には転じて他動詞として「~をねんごろに世話する」「~の面倒をみる」「~を介抱する」意味に使われています。
一方、「慕(した)ふ」の方は、他動詞での原義は「~のあとを追う」「~にしたがう」「~についていく」なので、対格「を」を取りもしますが、もともと依拠格「に」であったりもします。
妻(お里)は夫(沢一)をねんごろに世話し、夫は妻について行きつつ…。
参考:「古語大辞典」小学館
ご回答ありがとうございます。
>「慕(した)ふ」の方は、他動詞での原義は「~のあとを追う」「~にしたがう」「~についていく」なので、
:
「彼のあとを追う」
「彼に従う」
「彼についていく」
は全て自動詞のように思うのですが、それが他動詞の原義というのは、ちょっと理屈がよくわかりませんでした。
>「を」ではなく「に」を取った自動詞扱い
:
となる他動詞は、他にもあるでしょうか。
それがわかると若干、わたしの固い頭もほぐれそうな気はするのですが。
No.2
- 回答日時:
おはようございます。
件の言葉(慕ふ)は大野晋氏『古典基礎語辞典』に依りますと、以下の記述を覧ることができます。シタはシタ(下)で、シタガフ(従ふ)と同根。「上」に対する「下」から語義が広がり主たる者の力に引かれ支配される行動や心情をいう。
つまり、お里に手を引かれて沢市は………との意味に解釈することができます。蓋し、ここに記されている「主たる者の力に引かれ支配され」を杓子定規に解釈してしまいますと、この物語はあらぬ印象をもたらしかねませんので、慎ましやかに暮らしている夫婦の情愛を綴ったものと理解すればよいのではありませんか?
ご回答ありがとうございます。
> シタはシタ(下)で、シタガフ(従ふ)と同根。
:
興味深い情報です。
そうしますと、「王に従いなさい」の代わりに「王に慕いなさい」などという表現も可能になるのですかね。
ピンと来ないのは古語だからでしょうか。
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