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電場は、クーロンの法則にしたがって、空間に薄まっていきます。そして、障害物に遮られません。しかし、光子は粒子なので希釈されずに進み、反射や吸収などで、進路を変えます。この性質が全く異なる両者が、何故同一の存在であると言えるのでしょうか。
光子は、スピンのようなものを持ち、波長のようなものを持っているそうですね。「ようなもの」では、意味がわかりません。スリットを通過する瞬間だけ、光子は波に姿を変えるという解釈も、苦しい言い訳に聞こえます。それは、光子が波束であると言う説明にも矛盾しています。実験結果は、波と光子が明らかに別の存在であることを、証明していませんか。
宜しくお願いします。

A 回答 (2件)

光子は、古典的な意味での粒子でも波でもありません。

ですから、「粒子のようなもの」、「波のようなもの」と表現しているのです。光子は「粒子としての性質・粒子性」と「波としての性質・波動性」を有していると言った方が正確な表現なのでしょう。
そして、
スリットなどを通すと、光子の持つ「波動性」が強く現われるだけです。
状況によって人の持つ性質のどれかが強く現われるのと同じことで、
矛盾していません。


☆光子が波束である
◇ここで言っている《波束》は、量子力学の波動関数の《波束》のことであって、電磁波の《波束》ではないと思います。
この両者は違うものです。

電子などのミクロの世界には、古典的な粒子、波は適用できません。
なのに、古典的な粒子、波の考え方を量子的な現象に適用しよう、こうした考え方で理解しようとするから、矛盾しているように思えるのです。
まず、こうした考え方を捨て去ってみては如何ですか。
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この回答へのお礼

回答、有難うございます。議論禁止の規則があるので、改めて質問をすることにします。

お礼日時:2015/02/06 03:38

よく間違えるところなのですが、”波か粒子か”ではなく”波かつ粒子”が正解だったということです。



光が電磁波の一種(一部の波長のもの)であることは良いでしょうが、この電磁波は波の性質を持ったれっきとした波なのです。波なのですが、光電効果というので分かったように、粒子としての性質も持っているのです。

ですから電磁波は”波かつ粒子”であって、波だったり粒子だったりする、というわけではないのです。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

お礼日時:2015/02/06 03:39

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