No.3ベストアンサー
- 回答日時:
余計なことかもしれないけど「プロイセン」は「そういう名前の地域」と「その地域に由来する名称の『国家』」のどっちを指してるんだろう.
プロイセン地域はドイツ騎士団が支配していたんだけど (もとはもっと広い地域を支配していた) ホーエンツォレルン家のもとで世俗化して「プロイセン公国」となり, 直系血族が絶えると本家のブランデンブルク選帝侯がプロイセン公を兼ねて「ブランデンブルク=プロイセン」と呼ばれるようになる. その後プロイセンでの王位を得て (プロイセンでは) 「プロイセン王」となり, 神聖ローマ帝国が消滅するとブランデンブルクを含めて「プロイセン王国」と呼ばれるようになる. んで普墺戦争の結果「ドイツ」からオーストリアが排除され, プロイセン王国を中核として「ドイツ帝国」が成立する (プロイセン王国を含めその他の構成諸侯は存在したまま).
という経緯はあるわけだけど, プロイセン地域は 2度の世界大戦の結果ドイツからは切り離され, 北は (ソ連→) ロシア連邦, 南はポーランドの領地となったため現在のドイツ (の領土) とは全く関係なかったりもする.
あと「ハプスブルク帝国」っていうとスペイン系を含む場合もある. オーストリアとスペインがわかれたあと, スペイン系は断絶して (スペイン継承戦争の結果) フランスのブルボン家 (スペインでは「ボルボン家」) が王家となり, 数次の中断はありつつ現在までつながる.
No.2
- 回答日時:
少なくとも、分類学上は下記のような感じです。
・オーストリア帝国 = ハプスブルク帝国 (ハプスブルク家が歴代のオーストリア皇帝なのでこうも呼ばれる、ということ)
現在のオーストリア、ハンガリー、ボヘミア(チェコ、スロヴァキア)、ユーゴスラヴィアの一部を含む。これらがそれぞれ独立したのは第一次大戦後。
・プロイセン:ドイツの地域・国のひとつ。
・神聖ローマ帝国:オーストリア、ドイツ地方の「国」の連合体。「オーストリア帝国」も「プロイセン」もその構成国。
「神聖ローマ帝国」は、後にヴォルテールによって「神聖でも、ローマでもなく、ましてや帝国でもない」と揶揄されたようなあいまいな存在です。ヨーロッパでは、「国」の起源は古代ローマであり、どこの国の支配者も「我こそがローマの継承者である」という「正統性」を持ちたがりました。しかもキリスト教国なので「ローマ教皇に戴冠された」ということが大いなる「権威付け」になったのです。(日本で、武士がみんな「源氏の末裔である」と名乗るのと同じです)
「神聖ローマ帝国」では、構成体の国王・領主による選挙で「皇帝」が選ばれますが、オーストリアのハプスブルク家がほぼ独占する時代もありました。オーストリアの女帝マリア・テレジアの時代には、「神聖ローマ帝国の皇帝は男でなければならない」という決まりから、オーストリア皇帝はマリア・テレジア、神聖ローマ帝国皇帝にはその夫のフランツ1世が就くという奇妙な事態も出現しました。
当時は、「国」といっても「領主が支配する地域」であり、その地域を軍事的に支配する領主が「国、国王」であったので、小さな「国」が林立する状態が続いていました。日本の江戸時代の「幕藩体制」を考えればよいです。
現在でいう「国民国家」が誕生したのは、フランス革命とその後のナポレオン以降のことです。
No.1
- 回答日時:
神聖ローマ帝国は元々は東フランク王国です。
ローマ・カトリック教会が東ローマ帝国の支配を受ける東方教会と決別して自立する過程で、ローマ・カトリック教会を軍事的に守護する立場として神聖ローマ皇帝という冠をフランク王国の国王に与えたことに由来します。フランク王国の分裂によって神聖ローマ皇帝を体感する権利が東フランク王国に継承されることになったのです。神聖ローマ皇帝に服属するドイツ諸侯・自由都市などの集合体が神聖ローマ帝国であります。ハプスブルク家は元々スイスに領地を持つドイツ諸侯に過ぎませんでしたが、婚姻政策で領地を拡大し、神聖ローマ皇帝を世襲する強大な貴族に成長します。そうしてオスマン帝国と抗争して現在のチェコ・スロバキア・ハンガリーといった東フランク王国に源流を持たない非ドイツ人地域も領地に加えていきます。そのハプスブルク家の領地をハプスブルク帝国というのです。非ドイツ人地域は神聖ローマ皇帝とは無関係で、ボヘミア王・ハンガリー王といった称号で統治されました。ところで神聖ローマ帝国は、フランス革命後のナポレオンの強大化でドイツ諸侯が神聖ローマ皇帝ことハプスブルク家の支配から離脱してしまったことで瓦解してしまいます。その時からハプスブルク帝国をオーストリア帝国ともいうのです。神聖ローマ皇帝の位は手放したが、元々の領地は手放さず神聖ローマ帝国内の領地、非ドイツ人地域の領地を合わせてオーストリアと命名し、オーストリア皇帝と名乗ったのです。ホーエンツォレルン家もドイツ諸侯の一人でした。ホーエンツォレルン家も東フランク王国に源流を持たないプロイセン公国と神聖ローマ帝国の一部であるブランデンブルク選帝侯の領地を相続して強大化しました。プロイセンはドイツ騎士団に征服されドイツ人に同化したプルーセン人に由来する名称であります。ちなみにプロイセンを統治したホーエンツォレルン家は、スペイン継承戦争の時に神聖ローマ皇帝から軍事力を頼りにされて、その見返りに王号を名乗ることを許され、プロイセン王国となりドイツ統一の時にはハプスブルク家を排除してドイツ統一の中心となったのです。詳しく説明するなら十字軍、宗教改革、フランス革命にも触れる必要があるかもしれないが、とりあえずこんなところでどうでしょう。お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!
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回答して下さった方、ありがとうございます!まだまだ初学者なので時間はかかりそうですがじっくり拝読させていただきます!
ありがとうございます!