戦国時代の権力者の尊称
戦国時代に地縁血縁を中心とした氏族が武力を持ち、地方の権力者となりましたね。いわゆる戦国大名ですが、彼らは身内からなんと呼称されましたか?
また彼らに忠誠を誓う武将はどのように呼称されたでしょうか?
藩主では違うし、殿様も違うと思います。
大殿、大将、頭目、長老、領主、城主、首領、これらも違うような気がします。
使い方は「○○家御定め書き」のような文体で
一族の(長老?領主?)にたいして部下の(武将?旗本?)は忠誠を誓い・・というような文を書きたいのですが。
回答(4件)
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No.4ベストアンサー10pt
武士同士が呼び合うときは「受領名」を使うのが一般的と思います。
例えば織田家では秀吉(豊臣秀吉)を呼ぶ場合は「筑前殿(当然、目上からは呼び捨てにされますが)」、柴田勝家は「修理亮」、明智光秀は「日向守」信長自体は「右府さま」とか「上総介」と呼ばれたかと。
また住んでる場所で呼ばれることもあり「古渡の若君」とか「清洲の殿」とか。
藩と言う概念は自分たちでは持っておらず、江戸期でも「尾張藩士」という言葉は使いません。
こういう場合「尾張家中の何の何がし」とか「牧野家家中の某」と名乗ります。
この回答へのお礼
ありがとうございます
藩と言う概念が無かったというのは驚きでした。
戦国大名のうち幕府(この場合は足利氏)から「屋形号」を許された有力大名は「御屋形様」と呼ばれます。
そして妻は御簾中。
但し、これは自分の領内で使う言葉であり、他人の領内では失礼にあたりますから、他家の家臣の前で「うちの御屋形様は・・・」という敬称は使いません。
屋形号を許された大名の家臣は直垂に烏帽子の着用が許されました。
足利一門の有力大名は「御所様」と呼ばれます。
関東の「古河公方」など。
将軍家に対しては「上様」。
織田信長も晩年は「上様」と称されましたが。
この回答へのお礼
ありがとうございます。
参考になりました
戦国大名の尊称としてはよく「お屋形様」(おやかたさま)が使われているのを見ます。「お館様」とも書くそうですが。
また、戦国大名に忠誠を誓う武将たちの呼称としては、「家臣」(かしん)・「郎党」(ろうとう)などではないでしょうか。
この回答へのお礼
ありがとうございます。参考になりました
No.1ベストアンサー20pt
こんにちは。
テレビの時代劇を見ていると、戦国大名は「親方様」と呼ばれていますね。時代考証はしているでしょうから、そうなんでしょうか?(俗称かもしれませんが)
部下は、下記のサイトによりますと、色々な序列があって一言ではいえないようですね
http://homepage3.nifty.com/shingen-1103~han/my_h …
この回答へのお礼
ありがとうございます。紹介のサイトはおもしろいですね。
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