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結構みんな疑問に思ってると思うんですけど、探したけど無かったので質問します。
アメリカ大陸やアフリカ大陸、アジアの他の国って、
国交樹立もクソもなく問答無用で植民地にされたと思うんですけど、
日本って、不平等ではあるけれど条約結んで、割と対等に近い関係で独立を保ちましたよね。
例えばイギリスは、鹿児島だけ攻撃とかまどろっこしいことをせずに、一気に日本全土制圧とか何故しなかったんでしょう?

A 回答 (13件中11~13件)

補足しますと、インドや中国の植民地化の事例は幕府や西南雄藩の指導層は知っており、彼らの手口も学習していました。


彼らもアフリカなどは別にして、インドや中国などを一気に植民地化できたわけではなく、少しずつ既得権や既成事実ををつみかさねて支配領域を拡大していったのです。
そのため日本の指導層は、植民地化の端緒になるようなことは注意深く避けるようにしていました。
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それなりに確立された中央集権の政権があったことが理由でしょう。


他の、アフリカやアジア諸国は国という概念すらなかったところが大半で、
欧米列強が植民地の境界線を引いたのが今の国境になっています。

曲がりなりにも国として抵抗するすべを持っていたと言うのが大きいと思われます。


また、日本国内にキリスト教がほとんど広まらなかった事も原因の一つでしょう。
大航海時代イエズス会がキリスト教を世界に広めていきましたが、
その目的は価値観を欧米化させ植民地支配することでした。
幸い豊臣秀吉がキリスト教を嫌い、江戸幕府も弾圧したのでキリスト教が広まるのを抑え植民地支配を逃れたと考えられます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。何故、キリスト教が広まると植民地化するのですか?良かったらそれもお願いします。

お礼日時:2005/10/12 20:16

日本はヨーロッパやアメリカ大陸からは遠く、日本を制圧・支配できるだけの兵力を日本に送ることができなかったからです。


薩英戦争でもイギリスが勝ったことにはなっていますが、損害もかなりのものでした。
そのため、無理をしても制圧できないので通商だけですんだわけです。
ただ、イギリスの場合はシーパーヒー(インドの傭兵)が日本に派遣できたら話は違っていたかもしれませんが、ヒンドゥー教徒のシーパーヒーはインド亜大陸から出ることは宗教上の制約があってできなかったので日本に派遣することができませんでした。
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この回答へのお礼

早速のご返事、ありがとうございます。
損害がかなりあったのですか?
今まで惨敗だったとばかり思っていたから驚きです。
どのくらいの結果だったのでしょう?

お礼日時:2005/10/12 20:14

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