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『あさきゆめみし』を読んでいて疑問に思ったのですが、当時の人々の名前はどうなっていたのでしょうか??
光源氏さん(?)の苗字は源氏ですが、では名前は??
他の方には源氏の大将とか官職名とかで呼ばれるけど名前って出てきませんよね。
他にも左右の大臣の家は藤原ですが、やはり官職名での呼び名しか出てこないのでどうなのでしょうか。
女性にいたっては六の君とかむしろ順番しかついていないのか。。。出仕したりすればやっぱり父さんとかの官職名で呼ばれるけど、あとは好き勝手に言い寄ってくる男性にあだ名(?)を付けられるだけなのでしょうか?

逆に下々は惟光とか名前だけなのでしょうね。

よろしくお願いしますっ

A 回答 (4件)

本名を名乗ること、知られることは相手に命を取られるのと同じくらいの重みのある事柄だったようです。

本名は親兄弟、配偶者くらいしか知りませんし、他人に聞かせないためにめったに本名を呼ぶこともありません。ですから、呼び名という御互い呼び合うための名や官職名で呼び合ったり書き記すことになります。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございますvv
初めて聞くことが回答されていて新鮮でした。
しかし物語にも本名を知られると魂抜かれるなどありますしね。
とても説得力がありましたvv
参考にさせていただきます!!

お礼日時:2006/01/22 21:31

平安期について言えば、姓で呼ぶ事はまず無かったと思います。

藤原さんなんぞ何人もいて、呼んだらみんな振り向く、とかいうことはおいておいて、皆さんがおっしゃるタブーや、少なくとも無礼である、ということはあったようで。
また、姓は基本的に天皇からもらうものなので、天皇家から呼ばれるためのものです。
さらに。文書に出てくるものを実際に口に出したか、という問題があります。つまり、呼びかけるときに源氏の大将、という呼び方はしなかっただろう、ということ。目の前にいるときは役職名で呼べば問題なかったと思われます。ところが文書の中だと大将とか左大将とかいっても何人もでてくることがありうるので、そういうときは姓や、あるいは住んでいた場所などをつけて書く、ということ六条の大臣、とかね。
「あさきゆめみし」の場合マンガだから会話の場面も描かないわけにはいかないのですが、実際にあのように会話していたかどうかはわかりません。音は残っていませんから、あくまで文書化されたものなどから推定するだけの事です。
なお、源氏も正式名はみなもとのなんたら、です。(なんたら、は不明。ひかるかもしれないが、光る君、というのは綽名)
惟光については姓は藤原です。ただ、呼びかけるのが主人の光源氏なので、呼び捨てにしているだけでしょう。(藤原氏といってもいろいろで、政・財ともに羽振りが良かったのは藤原北家だけ)

ま、いずれにせよ源氏物語を書いたのが紫式部(というのは実は確定していませんが。)ないしはそのぐらいの地位の人だとした場合、やはりそのあたりからの呼び名になっているように思います。

なお、姓の問題については「源氏と日本国王」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061496 …
また、平安時代史については「平安王朝」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4004304 …
また平安貴族の暮らしぶりについては「王朝貴族物語」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061492 …
あたりが読みやすくまた面白いです。ご参考に。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございましたvv
自分的に惟光の苗字は初出でうれしく思いますvv
そうですよね、いくら源氏の部下だっていっても大宮さまが源氏のめのとになるくらいの家なんですから普通の庶民とは違いますよねー。
苗字持っててなんか納得です。
呼び名と文書の違いも考えたことがなかったのでとても参考になりましたvv
URLも参考にさせていただきます。
回答ありがとうございましたvv

お礼日時:2006/01/22 21:41

当時も男性は名前が分かっている場合が多いようですね。


でも、源氏物語の世界では、名前の分かっている登場人物はほとんどいませんね。主人公からして「光」はあだ名で、本名は書かれていないですものね(^^ゞ

女性は、現実の世界ではよほど身分の高い人しか名前は分かっていないですね。貴族の姫君などは「三の君」のように順番で呼ばれるか、出仕すれば縁の地名や親兄弟の官職名で呼ばれていたみたいですね。
源氏物語の世界では、「空蝉」とか「葵上」とか出てきますが、これは章の名前であって、文中では「女君」とか「女」と出てくることが多いと思います。

惟光の苗字は?ということですが、今で言う「苗字」と当時の「姓」とは、意味合いが異なっていたようです。古代「姓」は天皇から賜るもので、「藤原」「源」もその一つでした。ところがだんだんその一族が増えて、一族の中でも色々な系統が出てくる中で、自分の“家系”を主張するために地名などをつけたのが「苗字」の始まりのようです。足利尊氏や新田義貞は、苗字はそれぞれ「足利」「新田」ですが、「姓」は「源」なのです。つまり、「足利氏」も「新田氏」も、元をたどれば「源」という「姓」を名乗る一族であった、ということになります。
天皇から賜る「姓」と違って、「苗字」は自由につけることができたので、古代でも出身の地名などを「苗字」とすることがあったようですが、江戸時代に「苗字」は武士の特権とされて庶民には「苗字」は無くなったのです。
今のように家系を表す「苗字」ではなくて、地名などを名前の前につける「苗字」なら、惟光にもあったかもしれませんね。
――古代の「姓」と今の「苗字」との違いはなかなか難しくて、自分はこのように理解しているのですが、あるいは誤って解釈している部分があるかもしれません。ご了承くださいませm(__)m――
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この回答へのお礼

回答・ご意見ありがとうございますvv
源氏物語の原書は読んだことないのですが、空蝉や葵上という名前で登場するわけではないのですね。。初めて知りました。
時間ができたら原書も読んでみたいものです。

庶民の苗字についてのご意見も参考にさせていただきます。
明治(?)以後にできた苗字意外はほとんど源と藤原が元のものですね。
とかいう私の苗字も藤原家ゆかりのものなのですよvv
回答ありがとうございましたvv

お礼日時:2006/01/22 21:37

こんにちは(^^)



少し質問内容に近いHPを見つけましたのでURL貼っておきます☆
私もあさきゆめみし大好きで、とても興味あるのですが‥難しいですねぇ(笑)

参考になれば幸いです。

参考URL:http://f31.aaa.livedoor.jp/~super/namae.html
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この回答へのお礼

早速回答ありがとうございますvv
うーん、URL参考にさせていただきましたが分からないようですねー。。

お礼日時:2006/01/22 21:29

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