質問

通常、「~ている」に対する否定形は「~ていない」という形式をとるが、「知っている」はなぜか「知らない」をとるのが普通のようです。さて、私が聞きたいことは、「知っていない」という日本語は存在しているかどうかです。もし「知っていない」はあったら、どんな場合に使われますか。
どうか教えてください。

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回答 (4件)

> 私が聞きたいことは、「知っていない」という日本語は存在している
> かどうかです。

文法的には問題なく存在可能ですし、現実に色んな場面で使われているのも事実です。
ただ‥

「知る」という動詞は、「知ろうとする姿勢」などの用例からも解るように、肯定形では動作ないし変化を表わしますが、否定形(「知らない」)になった途端に、完全に状態表現になってしまう奇妙な動詞です。
その結果「知っていない」という表現は、現実問題として “出る幕がない”(「知らない」で用が足りてしまう)のが実情です。
いわゆる “間違い” というのではなく、使用される機会が少ないため、結果として “耳に馴染み難い” 表現と言えそうです。

出番としては、
「知っているか、いないかに関わらず‥」
のように、肯定形と対比的に使う場面ぐらいでしょう。否定形を単体で用いる場合は、「知っていない」よりも「知らない」の方が響きが自然で、一般的に受入れられやすいと思います。

この件は、過去いろんな掲示板で度々議論されており、Oyanagiと言う人が、『新日本文法研究』の第7章「知ラナイ」と「知ッテイナイ」p.109-p.116大修館書店1983年を引用しながら詳しく説明しているサイトがあったので、下記にコピーします。


この章の最後にまとめがあるので、まずその部分を引用して、それぞれがどのようなものかについて、久野(「新日本文法研究」の著者)の説明に沿って(ところどころ個人的な解釈が入りますが)簡単に説明を付けておきます。
従って引用部分以外の記述についての文責はすべてOyanagiにあります。
注:引用(33)(34)は章の項目に付けられた通し番号
****引用(p.116)********
本章で観察した「知ラナイ」と「知ッテイナイ」の構文法的、意味的相違をまとめると、次の通りである。
(33)構文法的要因
    A. 「知ッテイル」と平地され、肯定・否定の対比を表わす時には、「知ッテイナイ」が用いられる。
    B. 活用変化語尾「・・・ケレバ」が附加された場合、「知ッテイナイ」パターンが義務的に用いられる。
      「知ラナケレバ」は、「知るようにならなければ」の意味しかない。
    C. 活用変化語尾「・・・クテハ」、「・・・クテモ」が附加される場合には、「知ラナ」と
      「知ッテイナイ」両パターンが用いられ得る。推量形「・・・カロウ」も同様である。
    D. 「知ッテイル」の否定形が、肯定の推量を表わす場合には、「知ッテイナイ」パターンも用いられ得る。
(34)意味的要因
    A. 「知ッテイナイ」は、動作・完了性に着目した表現であり、「知ラナイ」は、静的状態に着目した表現である。
    B. 従って、「・・・ヲ知ッタ」という表現が困難であればある程、「知ッテイナイ」を用いることが困難である。
    C. 「知ッテイナイ」は、それが表わす状態が非恒常的であることを示唆する。
    D. 「知ラナイ」は、知識の欠如を、その主体(主語)の内側から見て記述した表現であり、
      「知ッテイナイ」は知識の欠如を、外側から客観的に観察して記述した表現である。
***引用終了*************
(33)の構文法的要因というのは、特に説明は要らないと思われるが、「知っている」の否定の基本形は「知らない」であることを前提に、A~Dのような構文上の特徴があると、その特徴に影響されて、「知っていない」の形式が用いられるということである。
【構文的要因Aについて】
例)「~を知っていても、知っていなくても」
例)「~を知っていようが、知っていなかろうが」など
もちろん、この場合も「知らない」の形式も同様に使われるので、Aの記述は『「知ッテイナイ」も比較的よく用いられる』としたほうがいいかもしれない。
【構文的要因Bについて】
これはちょっと分かりにくいが、久野によれば、次のような文は『?』または不適格『*』がつくという。
例)??「この問題は、日本語を知らなければ答えられないでしょう」
例) *「この試験に合格するためには、日本語よく知らなければならない」
但し書きで、?や*となるのは「知らなければ」が現在の状態を表わす場合としている。つまり、「知識としてこの先得ることがなければ」という意味なら可としている。
【構文的要因Cについて】
これはその説明の通りである。
★★★Oyanagiの補足★★★
googleで「知っていない」を検索すると、8330件ヒットする。最初の100件ほどを眺めると、確かにAの要因で「知ッテイナイ」が使われているのだろうと思われるものがある。しかし、それよりも目につくのは、「~を知っていないと」のように「~と」条件文に接続する場合の多さである。試しに、再度googleで「知っていないと」を検索すると、4740件がヒットする。つまり、「知っていない」の使用例のうち、半分以上が「~と」という形式で使用しているということである。
これが何を意味しているのか。非常に興味深いことである。
ただし、同じ文脈でも「~知らないと」という形式は「~知っていないと」と比べてけた違いに多いこともまた事実である。(→152000件)
★★★★★★★★★★★★★
【構文的要因Dについて】
これは構文上の特徴だけでなく、意味的な要因がからんでいると思う。つまり、「知っていない」という形式が使われるが、意味的には「否定」を表わさず、「知っている」という肯定的な推量を表わす場合のことを指している。
例)「だれかこの問題の答えを知っていないだろうか」
以上が、構文的な特徴に影響されて、”本来は”「知らない」が使われるべきところを、「知っていない」が使われる場合である。ただ、A~Dの全てが、”単に”構文的な要因に影響されてのことなのかは疑問が残る。
次に、意味的な要因について簡単に説明を付けておく。
【意味的要因Aについて】
単文として「ドイツ語を知っていない」や「山田さんが知っていない人」のような文が不適格になる理由として、まず第一に「~ている」という形式が<完了>を前提にした表現であることを指摘している。従って、<完了性>が強くでる文脈では「知っていない」が使われ得るとしている。
例)「田中君はこのことについて、何か知っていたか」
  「いや、まだ何も知っていませんでした」
例)「このクラスの学生たちは、英語進行形の用法はまだ知っていないと思います」
【意味的要因Bについて】
これは非常に興味深い指摘である。まとめには書かれていないが、個人的に重要だと思われることは<知識の質>の問題である。つまり、「山田さんが来ること」とか「あの人の名前」とか、「(きのう)~を知った」と言えるようなものは『(容易に伝達が可能な)個別の情報』の部類であり、「(きのう)日本語を知った」と言えないように、「日本語」とか「自動車の運転」などは『個別の情報』ではなく、『ネットワーク化に組み込まれた知識』ということである。
このことから、『個別の情報』の類は「知っている」の否定「(まだ)知っていない」が用いられことがあるが、『ネットワーク化に組み込まれた知識』については、Aの要因と相まって、「知っていない」は用いられないということである。
注:括弧(<>、『』)内で示した用語は本書の説明から判断してOyanagiがつけたものである。
例)×「あいつは花子を知っていない」
  ◯「あいつは交通規則を何も知っていない」
例)「山田は、国会議員をだれも知らない」→『友人としてだれも知らない』という意味が優勢
  「山田は、国会議員をだれも知っていない」→『名前を知らない』という意味が優勢
★★★Oyanagiの補足★★★
実は先の投稿にある私の考察はこのBの部分にかなり負うところがある。<知識の質>として二種類を想定するということは
(1)完了性を意識した(:「~た」→「~ている」の流れの)情報
(2)完了性を意識しない(:静的な)情報 =<ネットワーク化に組み込まれた知識>
のふたつを私たちは区別しているということである。
私は自身の考察で<主体変化動詞>の意味特徴を示すイメージとして(ア)と(イ)を提示したが、「知る」という動詞はこれを別個に切り離して処理していることを示したが、この考え方が久野のいうBとある程度関係していると思っている。
★★★★★★★★★★★★★
【意味的要因Cについて】
これは「知る」に限らず「~ている/いない」一般について言えることで、本来「知らない」を使うべきところを、わざわざ「知っていない」を使うということは、非恒常性が強くでているということだろう。さらに、その非恒常性は「まもなくそれを知りことになる」ということを示唆していることになる。
例)「田中は、今のところ、まだこの秘密を知っていない」
  「この事件については、私は何も知っておりませんので、ご質問にはお答えすることはできません」
【意味的要因Dについて】
久野によれば、次の例文で「知っていない」を使ったほうは、話し手が花子をテストしたという印象を与えるとしている。
例)「花子は、アメリカ歴代大統領の名前を一人も知らない/知っていない」
久野の記述にはないが、この章で使われている意味的な要因で「知っていない」が適格になる文章においては、自分自身のことに言及するものがない。確かに、自分のことについて、「私は◯◯をまだ知っていない」ということはたとえ、<完了性>を意識しても、<(伝達可能な)個別の情報>について言うとしても不自然である。
★★★Oyanagiの補足★★★
以前、別な掲示板で「知っている」「知っていない」が議論になったときに、Shujiさん(バルセロナで日本語学校をやっている方です)が「知る」のもとの形が、古典語の「領る(しる)」であることを指摘されたが、今思うと、この元々の意味が「知る」の例外性を知る上でのガキになっているのではないかという気がする。

・知っていないと間違いなく読めない地名
・知っているか知っていないか教えてください
・知っていないとバカにされる
・知っていないと恥をかく
・~について知っていないからだと思う
・著作権やプライバシーのことをきちんと知っていないと,思わぬトラブルになってしまう
・知らなければならないほどのことすら、 まだ知っていない
・基本的なことを知っていないから仕方が無いのかもしれない
・知っているんだけど知っていないような
・確かな情報を知っていないと危険を招く

もっともっと用例あげられますが、いくらでも存在しています。

今どきの人たちは、知っているか知っていないかさえ自分で知らない人がいますね

自転車について、正しい交通ルールを知っていないのではないか

パソコンをやっていたら絶対このサイトは知っていないと損する

広い範囲のものごとについて、知っていないよりは知っているべきである

相手は、まだ知っていないと話し手のほうで思っていることを指すものであるからです
とかどうでしょう

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