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高校受験の娘から整数問題の質問をされ、答えたついでに類題を
出してやろうとあれこれ考えていたところ、以下のような規則を
みつけました。

n^(4m+1)≡n (mod 10) : n,mは 整数

恥ずかしながら自分で証明できなかったので、娘に出題することは
やめましたが、それ以前この式は本当に正しいのだろうかという疑問が
あります。
フェルマー小定理の特殊形のような、そうでないような・・・。

●すでに知られた一般的な規則で、正しいものでしょうか?
●証明はかなり難しいものでしょうか?
 (中学レベル、高校レベル、それ以上、程度で結構です)

注)私自身は数学に興味はもっていますがほとんど素人の人間です。
  あまり難しい説明は理解の範囲を超えると思いますが、この規則の
  原型となる公式や、成立する範囲、条件などについてお教えいただ
  ければ幸いです。
  (もし証明可能であればヒントをいただければ一度チャレンジして
   みようかなとも考えております)

  よろしくお願いします。

A 回答 (5件)

これは正しいですね。

一の位を見れば小学生向けに説明できると思いますよ。要するに0~9の自然数の累乗の一の位はどのような周期になっているかを調べてみるとよいでしょう。

この回答への補足

ありがとうございます。
ringohatimituさんが「正しい」とおっしゃるのですから、一般的に成立する、と考えて良いようですね。
ただ、1の位にのみ注目すればよいのも理解できるし、各自然数における周期がわかればそれらの最小公倍数で同一パターンが出現し、その中の1つが上記式の、nとあまりが一致する、というパターンだというのは小学生にも説明できる範囲だと思うのですが、「累乗の1の桁がなぜその周期で同じになるのか」という説明がむつかしく、昨日回答を頂いてから考えておりました。
(小学生対象に考えるから難しいのではなく、私の能力を総動員しても難しいという意味で、要するに分からない、ということです。)
べき乗でなければ、例えば「3+40nの形に表せるから40の周期であまり3が出来る」というような説明になると思うのですが、べき乗だと、例えば、2^3に 2^4をかけることがなぜ、2^3と同じあまりを作る操作になるのかうまく説明できません。 「2^4をかけることは時計の針を360m度回転(mod 10の場合は当然10mの意味)させることに等しい」というように説明してやろうと方針を立ててみたのですが・・・・。
方針が間違っていますかねえ?
「小学生向けに説明できる」と言われてちょっとへこみながら考えています。

補足日時:2008/11/23 16:19
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 フェルマーの小定理の一般形であるオイラーの定理


  a^φ(K)≡1 (mod K)  (aとKは互いに素)
があります。
ここで、φ(K)は、K 未満の K と互いに素な自然数の個数(オイラー関数)です。
 K=10の場合、φ(10)=4なので
  a^4≡1 (mod 10)  (aと10は互いに素)
が成り立っています。このことに注意すると、ご質問の、
  n^(4m+1)≡n (mod 10) : n,mは 整数
が成立するかは、自然数nを素因数に分解し、n=2^x・5^y・aと表してみると、
考えやすいと思います。
ご自身で考える楽しみをうばうといけませんので。この辺でやめときます。

この回答への補足

回答ありがとうございます。
やはりオイラーの定理がベースになっているんですね。
最初フェルマーの小定理やオイラーの定理は素数の時、だとか互いに素の時だとか制限があったので、私の規則とは違うものかと考えましたが、ご指摘の「自然数nを素因数に分解して・・・」というのをみて、なるほど、結局私の規則がこれらの定理に帰納されていくんだなと感じました。
文中にも書きましたように私は数学は素人ですし、なにより整数論の部分は一番性に合ってない部分ですので、まだ成立するかどうかの詳しい検証はできていませんが仕事の合間を見ながら少しずつ考えてみようと思います。
今はまだ#1様の宿題(?)にてこずっています。

補足日時:2008/11/23 16:27
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> 「2^4をかけることは時計の針を360m度回転(mod 10の場合は当然10mの意味)させることに等しい」というように説明してやろうと



足し算の剰余ならよいのですが、掛け算の剰余は法10の時計では説明しにくいかもしれません。というのは、法10の累乗の世界では、0から9までの数が、{3, 9, 7, 1}と、{2, 4, 8, 6}と、{5}と, {0}の4つの世界に分類されていて、法4の時計が2個、法1の時計2個の計4つが、別々に存在しているという状況だからです。

 オイラーの定理の証明や、拡張ユークリッドの互除法の説明がしてあるサイトをみつけました。ご参考までに。
http://www2.cc.niigata-u.ac.jp/~takeuchi/tbasic/ …


>「累乗の1の桁がなぜその周期で同じになるのか」という説明

オイラーの定理の証明の中に、その辺のからくりが書いてあります。ポイントは2つあります。まず、10と互いに素な数(たとえば3)が、
3^1≡3, 3^2≡9, 3^3≡7, 3^4≡3^0≡1 ,
というように、累乗が閉じたループを作っていることです。

もう一つは、10と素な数には、乗法の逆元がとれることです。その逆元の存在は、拡張されたユークリッド互除法「a,bの最大公約数がgであるとき、ax+by=gとなるように整数xとyを決めることができる」ことからの帰結です。
b=10とするとax+10y=gですから、整数aに対して、
 ax≡g (mod 10)
となるようなxが存在することを言っています。aと10が互いに素ならg=1だから、xはaの逆元になっています。(もちろん、通常の割り算とは、全然違うものです)

以上のことを使って推論していくと、10と素な数を累乗したものは{3,9,7,2}の4個すべてを巡回しなければならず、したがって、ループの周期は必ず4(または4の約数)になるというのがオイラーの定理の内容です。

ご質問の式では、nが10と互いに素でない場合にどうなるかを問題にしています。
ご推察の通り、この場合もオイラーの定理に帰着されます。
nと10の最大公約数が2の場合は、n/2=cとおくと、cと5は互いに素なので、
 c^4≡1 (mod 5)
(この4は、φ(5)=4ということであり、φ(10)=4とたまたま同じになりました)
よって、
c^4=1+5m
 n^4=(2c)^4=2^4+10(2^3)m
 n^4≡2^4 (mod 10)
∴n^5≡2^5≡2≡n (mod 10)
nと10の最大公約数が5の場合は、同様にして、n^2≡5^2≡5≡n (mod 10)
ここから、ご質問の式を導くのは容易でしょう。

ただ、証明はできたとしてもわかりやすく説明するのは難しいかもしれませんね。

参考URL:http://www2.cc.niigata-u.ac.jp/~takeuchi/tbasic/ …

この回答への補足

夜遅くまでの修正含め、丁寧に解説して頂きありがとうございます。
まだ自分での証明は完全にはできていませんが、方針はなんとなくわかった気がします。
教えを頂きながら、こういう規則というのは無条件に拡張して考えるのではなく(私は私の規則がすべての法数について適用できるような規則はないかと考えていました)、素の数という基本的な数に対して考えることがより根源的な思考なのだなとわかりました。
また、少なくともこの説明が小学生にはむつかしそうだ、ということで、私の最初に質問、どのレベルか? もある程度推察できたのですっきりしております。
昨夜は娘と一緒にこのページを見ながら話をしました。
理解はできないまでも数学の面白さは十分に感じ取ってくれたようです。

補足日時:2008/11/25 07:43
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この回答へのお礼

この数日間、楽しく過ごすことができました。
もう少しの間、ゆっくり楽しみたいと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2008/11/25 23:51

ごめんなさい。

間違えました。

誤>以上のことを使って推論していくと、10と素な数を累乗したものは{3,9,7,2}の4個すべてを巡回しなければならず、

正>以上のことを使って推論していくと、10と素な数を累乗したものは{3,9,7,1}の中を巡回しなければならず、

誤>∴n^5≡2^5≡2≡n (mod 10)
正>∴n^5≡(2^5)c≡2c=n (mod 10)

誤>同様にして、n^2≡5^2≡5≡n (mod 10)
正>同様にして、n^2≡(5^2)c≡5c=n (mod 10)
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#1です。

まさにその考え方ですね。ただ質問者さんは「累乗の1の桁がなぜその周期で同じになるのか」ということの説明(小学生向け?)で悩んでおられるようですが普通は実験的に示せばそれでよいと思います。すなわち0から9まで各々累乗を計算しそれぞれ高々周期4であることを見る。これは質問者さんから見れば「非常に発見的でありカラクリが説明出来てない」のかもしれません。この現象についての説明は#3さんが最初の部分で示してくれてますが「数の表現が10進法によっているため」がいいところのような気がします。なぜ3の周期が4なのか、これは「足し算」をしてみて分かるものでしょう。足し算をしない状況では足し算の定義が使えませんからね。根本に何があるか、考えれば考えるほど混乱してきますがこの場合は「足し算を行うことで発見する」ことが唯一できる証明ではないでしょうか?

#3さんの説明のように根本を探ってその結果「法」という概念に気が付きそれによって数の表現を多様に拡張できることが分かるというのは非常に大切な姿勢です。しかしまた同時に数学は発見的なものでもあり得られた事実のカラクリが実はそれそのものであったなんていうこともありえます。結局人間の脳で考えてる以上どこで妥協するか(発見的でもそれは立派な証明です)に尽きるかなと思ってます。
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この回答へのお礼

ご丁寧な追加回答、ありがとうございました。
「発見的でも立派な証明だ」というのはまだ正確には理解できていない部分ですが、少なくとも数学を楽しむ上では重要な要素なのだろうと思います。
どこまで突っ込むかは別問題としても、この規則の発見は私にとっては知的好奇心を刺激してくれる楽しい出来事でしたので、素直に受け取っておこうと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2008/11/25 23:47

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