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様々な業界で価格崩壊が進んでいます。
競争は激化していて、客の取り合いとしています。
ジーユー(ユニクロの子会社)ではジーパン1本990円、
パソコンも値崩れしビックリするくらい安い商品が出ています。
原宿では様々な外国のファッションブランド店が
進出し競争をしています。
最近思うのですが、こんなことをして
何になるのだろうか???と思うことがあります。
競争をして何になるのだろう??? 
この競争の行き着く先はどこなんだろうか?? 
金を稼いで何になるのだろうか??  
なんか自分でもよく分からない気持ちになることがあります。。。
他者とケンカをして多額の利益を得て、
さらに会社を大きくして何になるのだろう??? 
と感じてしまいます。。。 皆さんどう考えますか???

A 回答 (12件中1~10件)

>最近思うのですが、こんなことをして何になるのだろうか???


それによって消費者は満足を享受します。そうなることで企業は潤うことができる。企業が利益を上げるということは、どこかで消費者が満足することに繋がっています。
ユニクロが安いということは、巷の他のアパレルと同じ土俵条件で闘ったのでは生き残れないということで、独自の手法で躍進してきました。これはある意味「競争」です。
不況の中でも、競争に勝ったいわゆる「勝ち組」ですね。
お客がユニクロで買える、着ているものに満足する、ということはそういう競争にユニクロが勝っているからです。
競争というと、他を出し抜くというようなイメージがありますが、出し抜かされた方はまた躍起になって頑張る・・・
そうすることでお互いが切磋琢磨されていって、経済社会が成り立っているのだと思います。
そこで切磋琢磨せずに埋没していくのは、競争のせいではなくて、その企業の「やる気」です。
競争の究極の目的は何か?
それは企業の躍進とともに、関わっている消費者にも満足してもらえること、それに尽きると思います。
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 私は専門分野でもなく、日々の感覚的な話しか出来ないので再投稿しようか悩んだのですが・・・


 「資本主義はそういうものだから」「それが資本主義だから」→OKである。って問題じゃないと思うんですよねー。
 
 生産者を含む一人一人の人間にとって良いか悪いかは、それが資本主義か社会主義かじゃなくて、それぞれの質によるでしょうに。悪質な資本主義と良質な社会主義なら良質な社会主義の方が良いと思う。悪質な社会主義に比べれば良質な資本主義の方が良いと思う。他国の悪質な社会主義の例など出されてもなぁ・・・。

 競争原理についても然り。「それが競争原理だから(OK)」「一円でも安いものを売ってくれれば消費者は満足するからOK」というのも、ちょっと違うと思うんです。
 だってそれが本当なら今の社会ってもっと良くなってる筈だと思うんですよね。(私的には諸々の原因のうちに資本主義や競争原理の質が落ちたという原因もあると思うのですが)

 話はズレますが、例えば1090円のジーンズに比べて990円のジーンズが売られていた所で、消費者ってその100円が本当に欲しいんですか?本当にその100円を大事に使ってますか?といつも思うんです。
 「1円でも安い方が良い」と言っても、それは「ちょっとでも安いものを買う」という手段でしかなくて、実は目的がなかったりして。
 対して生産者からすれば、その100円は生活に直結している切実な100円なんですよね。
 競争競争って言っても、いつまで、どこまで競争するつもりなのかなぁって。たとえば後進国の人件費の安い人たちを使いまくって、社員にムリを言いまくって作った安いジーンズなんて、私は買っても嬉しくない。
 それで例えばジーンズが500円になったとしても、そんな重いジーンズは私は要らない。
 その安くなった分の重い重い490円、それに見合う使い方なんか出来ないと思うんですよ。
 上記は個人的な感覚ですが、うーん、消費者の立場で対岸の火事として見てちゃいけないんじゃないかなぁ。いつかは回り回って「10円でも安い方が良い!」と言っている皆さんの給料が「10円でも安い人員の方が」になってしまう可能性も高いでしょうに。
 正当な企業努力で出来る値下げの幅ってある程度決まっていて、最近はソレを越えてると思うんですよね。
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No.4ですが再投稿します。


現在の競争状態を是とする意見もうなずける部分は多いのですが、
こういったご意見では環境問題や労働者の健康、家庭への影響などが触れられていないなあ…といつも思います。

「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」という言葉があるようですが、
バランスを取るのは至難の業かもしれません。
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私は質問者様と同じような考えです。

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その競争を社会の運用に利用しているからです。



ちなみにそうした競争が無い社会を運営していたソ連はというと・・・

・朝10時に出勤。
 と言っても、朝10時に会社に着くという訳ではなく、
 朝10時に「家を出る」。
・個人商店は夕方4時に閉店。
・ノルマを達成すれば良いので、スーパーに売っている牛乳は
 売れなくても置いておく。
 パックが膨らんでパンパンになっている(中身が腐っている)。
 そしてそれを返品するが、更に数量調整の為にそれが戻ってくる。
 そして店頭に並ぶ。
・通勤途中に事故とか見た場合には、証言者になるので、
 二日ほど休める。
・物資が無くなり、半日行列に並ばなければならず、更にトイレット
 ペーパーなどは購入制限がかかりごく普通の日用品の購入だけで
 数日かかる。こういった形で物資が不足するので、購入できるものは
 できるだけ購入して、あとで困っている親戚に配るんだそうです。

まあ、資本主義も功罪両方ありますが、それ以外になってもね・・・と言った感じですね。
ちなみに資本主義に転換した後は、どこにこんなモノが隠れていたんだというくらいわらわらとモノが溢れてきて、物資購入に困らなくなったそうな。
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昨夜のどこだったか忘れたけどテレビですよね?


私も何故か虚しいものを感じました。
   
あまりにも過激な、それも値段だけの競争で消耗戦ですよね。
結果として開発途上国で思いっきり買い叩いて・・・・・
対極の方法として「フェアトレード」という言葉がありますよね。
   
資本主義だから、自由競争だからと、ひたすら開発途上国に無理難題を押し付けて行く今のやり方には少なからず疑問を持つのは私だけではないと思います。
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> 消費者が無茶な価格を要求するんだから仕方ない



マスコミが社会主義者に向けて好んで言いそうな理論ですよね。
つまり「競争社会の弊害」だったり「儲け主義の弊害」だったりです。

資本主義に大切な理論、そして日本に欠落している理論として「リスク管理」があります。
つまり、もしこんな嘘がバレたらばそれで会社がどうなるかを予測する力です。

あの雪印もあったわけですから「バレなければいい」なんて経営者は失格でもあり、また当然自然淘汰されるでしょう。
つまり、逆に不正が許されない社会は正常と言えるでしょう。

もちろん、同情の余地はありません。
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製造業の会社を例に取りますが、



自社の良い製品が多くの人に使って貰え、
みんなの生活が快適になってほしいという理想があります。
それに挑戦していくのが、企業の原動力であり、目的でもあります。

会社を大きくするのは、研究費や生産効率にメリットがあります。
より安価で良い物を提供するためにも企業は競争しています。
それがお金のためだけと思われたら、ちょっとかわいそうな気がします。

他社でシェアを争っていても、意外と相手憎しではやってません。
スポーツでの競争の感覚と似て、評価を受けたものがシェアを得るのは
当然だろうという認識がありますので。

そういう意味でも、安易な価格破壊はドーピングみたいなもので、健全な競争を阻むので賛成しませんが。
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私もよくそういうことを考えています。


ただ、儲けのためだけではなく、他者に敗れて潰れることを恐れて過当競争している部分も大きいのではないかと思います。
マスコミによる偏向報道なども、批判している人は多く、私も問題視してますが、
同じ根源で過当競争してるためにやめられないのではないかと思っています。

消費者の側も、食の偽装や中国産食品の事件が起こったときは一時的には気をつけてたかもしれませんが、
今は大喜びで値下げ品を買い、1000円の高速道路で遠出します。

あるいは、どうにもならないところまで行き着いてからでないと改善できないのかも…
そうならないように、自分からだけでも努力していきたいです。小さな一歩でも。
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 もう機械やコンピューターもいい加減普及して海外からの安い労働力もあり、価格自由競争というと行き着く先は「少数のエリートと、後進国価格で働いてくれる、その他大勢の使い捨ての労働者で構成される社会」なんでしょうね。

安い商品に甘んじる人たちがそれで構わないのなら別に良いのかも知れないですけど、私は文化や技術をすり減らすみたいでイヤだな。

 自由競争なのだから、安い方が良い!・・・確かにそうなんですが、ミートホープの社長が食品偽造で捕まった時の逆ギレ発言にも頷けるんですよ。
「消費者が無茶な価格を要求するんだから仕方ない(意訳)」って。

 その価格が適正なのか?それは作ってる人をちゃんと支えられる商品なのか?

 自分の財布にゆとりがあるうちに、そういった事を考えて適正な消費を重ねる事で社会に還元していかないと、痩せ細った経済になり自分の首も絞める事になるんじゃないかな?と思ってます。
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