アプリ版:「スタンプのみでお礼する」機能のリリースについて

Snow Leopard でクリエータコードが廃止された(あるいは無視される)ことへの不満の声をよく見かけますが、喜びの声を見たことがありません。デメリットははっきりと存在する一方で、メリットは何もない、かのように見えます。

TidBITS のこの記事
http://emperor.tidbits.com/TidBITS/Translations/ …
には、「Snow Leopard でクリエータコードの影響を一掃することは、はっきりと意図的に経営側から技術開発部署に対して申し渡されたことだったという。開発部の人たちの手はこうして縛られているので、彼らにバグ報告を送ったとしても、よくある『それは意図された通りの動作です』という素っ気ない返事が返ってくるだけだろう」とあります。

アップルの「経営側」は、いったいどういう考えでクリエータコードを廃止したのでしょうか(ひとつだけ私が思いつくのは「リソースフォークというような独自仕様は、クラウドコンピューティング実現の足枷となる」というような理屈です)。

A 回答 (2件)

クリエータコードは確かに使用するアプリを指定するのには必要な物と考えます。


OSXはPCと同じ様に『拡張子』でアプリを指定してますが、同じ物を開く複数のアプリには対応してませんので、
これに関する作成書類の問題が有ります。
例えば
EPSファイルの拡張子はepsですが此れを開くソフトは『フォトショップ、イラストレータ』どちらも開けます。
しかし表示される内容はフォトショップでは『画面表示用画像』、イラストレータは『画面表示用画像』+epsデータ。


OSXに成ってPCからの移行組が増えた関係で、『クリエータコード』を決めない様にしたと考えます。

『リソースフォーク』はアプリをメモリに展開する方法で必要なフォーク(コード)を必要に応じてストアーする物です。
PCはアプリ本体を一度全部HDに展開し、メモリコントローラーが必要に応じストアー、アンストアーをしています。

個人的にはMacでのコードを必要に応じてストアーするのがベターと考えます。

*リソースフォークで無くリソース(アイコン)データはPCにも存在します。
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この回答へのお礼

>OSXに成ってPCからの移行組が増えた関係で、
>クリエータコードを決めない様にしたと考えます。

うーん。「オレWindowsからの乗り換え組だけど、あの、クリエータっての? どうも馴染めなかったんだよなあ。廃止してもらってほっとしたよ」なんて意見は聞いたことないのですが、ほんとに多いんでしょうかそういう人。むしろ「おお? 右クリックから『このアプリケーションで開く』とか、やんなくていのか! 便利じゃん Macって」と、なってもよさそうですけど。

お礼日時:2011/01/06 17:42

 システムの安定化のため。


 オープンソースやクラウドへの接近が始まって以来、Macのもつシンプルさが失われているように思う。このシンプルさというのはユーザーに意識させずに、出来るだけ少ないの選択ルートだけで作業目的を達成させるということ。現在は、Winのファイルも扱えるようになり、逆に入り口での選択部分が増えて手間がかかるようになってきている。例えばiWorksのマニュアルなど読めたものではない。(たとえば「アルファ」という呼び方など、これまでのMac固有のソフトではほとんど見たことがない、従って分からない。)
 つまり、入り口での「if~」が多すぎて、次の作業へ進むのに時間がかかるようになってきている。漢字Talkの頃は、リソースフォークの存在さえ意識する必要がなかった。電源を入れれば何とかなった。話は変わるが、これまでの法律が、次々と新規の政策とそれに伴う新規の立法を重ねて言ったがために、内容の重複や矛盾で専門家さえ分からなくなってきている。これからは分かりやすいシンプルさを目指すのが当たり前だと思う。
 JobsがUnixやWinOSなどとくっつけてきたMacOSを、今はいよいよ一体的に使えるOSへ大きく舵を切ったのではないかと考えている。すでにSafariはFlashがいらないHTML5へ変わった。おそらくこれからもどんどん内容が変わっていくだろう。Jobsが現場にいられる時期もそう長くはない。Jobsと同年代(1歳違う)の私と同じく、次世代のことを念頭において動きを変えているのであろうと切に感じている。Lionが愉しみだ。

この回答への補足

「Mac OS 9までの旧Mac OSではファイルタイプとクリエータが絶対の存在であり、ファイルをダブルクリックするとそのファイルに記載されたクリエータに対応するアプリケーションが必ず起動された。このため、同じHTMLファイルでも、あるファイルはNetscape Navigatorで開き、別のファイルはInternet Explorerで、さらに自身の編集しているHTMLファイルはPageMillで開くといったように、ファイルごとにクリエータを変えていくことでそれぞれ別のアプリケーションを起動させることができたのだ。

 Mac OS Xになってからというもの、主に旧来の口のうるさいユーザーがそうしたささいな優位性からファイルタイプやクリエータを偏重し、ほかの情報を排除する意見が何度となく語られた。発想自体は時代錯誤だが、確かに特定ファイルだけはファイル形式で規定されるアプリケーションとは別のもので開きたいという要望には説得力がある。Appleの開発陣もそう考えたのか、usroリソースによる起動アプリケーションの制御の機能がひっそりと搭載された」
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/071 …

・・・と、白山貴之氏も「クリエータは時代錯誤(だが usroリソースはそうではない)」と述べていますが、そう言える理由を知りたいんだよなあ。まあ、知ったとしてもどうなるもんでもないのですが。

補足日時:2011/01/06 12:22
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この回答へのお礼

ありがとうございます。「クリエータコードを廃止する一方でリソースフォークに usro 情報を書き込み、さらに UTI(Uniform Type Indentifier)という仕組みを導入」って、シンプルですかね? なんか無用にぐちゃぐちゃになってるような。。。。
http://wakabamac.blog95.fc2.com/blog-entry-887.h …

お礼日時:2011/01/06 10:56

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