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こんばんは。この前大学の国際政治史という授業の期末テストで、こんな問題が出ました。 「ヨーロッパにおける勢力均衡システムは、なぜ行き詰まったのかを、できるだけ多面的に説明してください」 それに対し、私の答えは、要約すると、「第1次世界大戦後のベルサイユ条約で、ドイツをコテンパンにし、共産主義のソ連も参加できなかった。また、国際連盟には、上院の反対でアメリカは不参加、同じく共産主義のソ連も国連を赤化するとして参加を認められず、敗戦国のドイツも参加できなかった→つまり、勢力均衡には不可欠な大国が参加できなかったため、勢力均衡は行き詰まった→その結果第二次世界大戦になった」というかんじです。ちなみに友達二人は、第一次世界大戦前(ヴィルヘルム2世率いるドイツが肥大化して勢力均衡をぐちゃぐちゃにし、結果第一次世界大戦になった)について書いたとのことです。ちなみに授業の進度は、ウェストファリア条約から第二次世界大戦までです。ただ、ウェストファリア条約で勢力均衡という言葉は扱われず、第一次世界大戦前・ベルサイユ条約あたりで少し触れた程度です。私としては、授業でやったことを、自分で分析しつつそのまま書いたのですが、この解答はまちがっているでしょうか・・・? 気になります・・・

A 回答 (4件)

>私としては、授業でやったことを、自分で分析しつつそのまま書いたのですが


なら問題無いのではないでしょうか。
冗談でも何でもなく、私はそう思います。


>同じく共産主義のソ連も国連を赤化するとして参加を認められず、敗戦国のドイツも参加できなかった
ソ連もドイツも国際連盟に加盟しています。
単に発足当初居なかったに過ぎません。
しかもソ連もドイツもただ参加しただけでなく、参加即常任理事国入りだったりします。
ナチスの政権掌握後にドイツ自らが脱退、ソ連はポーランド・フィンランド侵攻の措置として除名されたに過ぎません。
尤も、どうでもいい事と言えばどうでもいい事なんですが。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。 ご指摘のとおり、確かに私の解答はつっこみどころ満載ですね(^_^;)

お礼日時:2011/09/08 11:52

二度目ですよね。



質問は、
ヨーロッパにおける勢力均衡システムは、なぜ行き詰まったのかを、できるだけ多面的に説明してください。

であり、
第二次大戦までのプロローグをミリヲタ講釈しても何の解決にもなりません。



占領下の日本で勢力均衡を唱えるのははなはだ危険を伴うと考えて下さい。


ブロック経済や世界恐慌は完璧にスルー。
ドイツの34%と言う高い失業率も華麗にスルーして

自己の世界観で講釈するのは危険です。
できるだけ多面的に物事を判断すべきです。
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この回答へのお礼

すみませんが・・・ 貴方のレスポンスは質問に対する回答になっていないと思います・・・

お礼日時:2011/09/08 11:53

通常、勢力均衡政策は普仏戦争後、第一次世界大戦以前の国際政治システムを指します。



私が教授でしたらあなたの回答はDです。質問に対する回答になっていません。
友人二人はCです。

ドイツの3B政策
英国の3C政策
バルカン半島を巡る問題
英仏の友好
露仏の友好
独墺の同盟
露セルビアの友好
イタリアと南チロル問題
これらを検索してみてください

この回答への補足

ただ、授業では、ベルサイユ条約は勢力均衡の破壊 だというふうに習ったのですが・・・

補足日時:2011/09/06 10:28
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設問への解答とは若干ずれていますね。



「勢力均衡システムはなぜ行き詰ったのか」という設問ですので、このシステムの構造的欠陥について論じた上でその具体例を示せばベターだったのではないでしょうか。
 第一次世界大戦前の勢力均衡システムと第二次世界大戦前の勢力均衡システムには若干の差異がありますので、そのあたりも含めて整理してみましょう。

○勢力均衡システムとは何か。
 勢力均衡とは集団安全保障のひとつの考え方です。集団安全保障とは武力行使をしない約束をし、この約束に反した国に他国が協力して対抗することで自国の安全を相互に保障しようという戦略ですね。
 このシステムの特徴は軍事同盟によって他勢力との軍事的な均衡状態を保ち自国の安全を保とうとした点にあります。

○第一次世界大戦と勢力均衡システム
 このような軍事的な結びつきによって安全を確保しようとした集団同士は、その同盟の性質上軍拡や勢力の拡大に注力せざるを得ないわけです。つまり、構造的に戦争状態を引き起こしやすく、さらに、ひとたび戦争が始まれば各勢力の同盟の約束に基づいて戦火が拡大してしまうという側面があります。サラエボ事件をきっかけに連合国と中央同盟国の全面戦争に発展した経過がこれにあたります。

○第二次世界大戦と勢力均衡システム
 一方、第二次世界大戦前のシステムはどうでしょうか。基本的な集団安全保障戦略は第一次大戦前と同じ勢力均衡システムをとっていますが、このシステムを制度化したという点に違いがあります。
 国際連盟規約によって一定の戦争の禁止と違反に対する経済的・軍事的な制裁措置を取り決めたわけです。しかし、「何をもって違反とするのか」、「何をもって違反に対する措置を決定するのか」の二点の判断は各加盟国の判断に委ねられました。このような分権的なシステムであったがゆえに勢力均衡システムは崩壊してしまいました。ドイツのポーランド侵攻に対し英仏が独自に軍事制裁路線をとったことがいい例でしょう。

 文字数にもよりますが、このような視点に加えて具体的な出来事を絡めて再度解答を練ってみてはいかがでしょうか。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。 ご指摘の通りです・・・ 私自身も書きながら若干解答がずれているなと感じておりました。  ちなみに成績表が送付され、この授業は華麗に落としました。

お礼日時:2011/09/12 11:40

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