準・究極の選択

不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています。

この質問について:

この質問の目的は,日本社会における「マイノリティの問題」にかんする質問です。また,マイノリティ事情を理解するためには,ひとりひとりの個人の経験を理解する必要があるため,わたし自身の「経験」について言及されている部分があります。

質問:

どのようなことをすれば,マイノリティも「日本が好き」であり,「日本社会とともに活きている」ことを,マジョリティである「いわゆる純日本人」は理解しますか?




参考までに:

マイノリティの社会的包摂の問題について考えたとき,わたしが考えたことは,マイノリティのもつ「日本社会にたいする考え方」をひとつひとつ,マジョリティである「いわゆる純日本人」に「紹介」することでした。とても地道な作業ではありますが,こういったことをとおして,マイノリティの「日本社会にたいする考え方」が理解されれば幸いです。

わたし自身は台湾系日本人であり,「日本のアイデンティティ」を分かちあっています。言葉は少々悪いのですが,いわゆる「半分だけの日本人」ではあるもの,日本にたいしては,日本社会にたいしては,「特別な愛着」をもっています。さらには,「日本のアイデンティティ」を分かちあっていることから,日本教育時代には,日本史を勉強しました。受験のための日本史の勉強ではなく,「日本のアイデンティティを分かちあっている人間として,やらねばならないこと」として,日本史の勉強をしました。

わたし自身はマイノリティという立場ではありますが,日本が好きですし,日本の文化も好きです。マイノリティの人々にとっても,そのあり方や方向性に「違い」がみられたとしても,日本にたいして「特別な思い」をもっていることは,確かなことです。

近年,マイノリティにたいするヘイト・スピーチの問題がさけばれていますが,マイノリティの「ほんとうの姿」を理解してもらいたいために,今回の質問を用意しました。

A 回答 (12件中1~10件)

再度回答します。



> 「そこに台湾系の人は絶対的に含まれません(台湾系の人々の間で生活保護の不正受給が
> 団体的に活用されているのであれば話しは別ですが)。」
> それは,100%,保障できることでしょうか? 日本社会においては,「他者にたいす
> るまなざし」は,非常に流動的なものです。多くの人々が「同情」してしまうときがあれ
> ば,「敵意」をもつことも,考えられます。
現在での日本における「ヘイトスピーチ」なる言葉は、前にも書きました通り、日本に
おいてはここ最近の社会的ムーブメントであります。だからと言って、過去において日本に
おける諸外国人への差別的意識が全く無かったという訳ではありません。
但し何度も書きますが、最近のヘイトスピーチにおける「○○人は○○へ帰れ! 」という
主張は台湾人、台湾系日本人が対象ではありません。
なぜかというと、こちらも繰り返しになりますが、外国人排斥運動への根幹原因意識として
外国人の生活保護の不正受給があるからです。
日本人が頑張って、欝になって倒れて、過労死をして収めた税金が、なぜ労働をしていない
人に使われるのか・・・。そうした不公平感があるのです。
それとも、achievecharityさんを含む台湾系の人たちは生活保護の不正受給をしているので
しょうか? 私はそのようなことは無いと思っているのですが・・・。

> しかしながら,その「特殊な心理構造」があるがゆえに,わたしは,日本人を「警戒」す
> るときがあります。「台湾系の人は絶対的に含まれません」とあなたは書きましたが,そ
> れが,たとえば日台間の領有権争いなどを理由に,「台湾は敵」,「台湾が特定アジア入
> り」などと「レッテル」をはられる「可能性」も,否定できません。
深いところまで行ってしまったので、こちらも深い回答をしたいと思います。
私は外国人の生活保護の不正受給などの生活モラルを中心に今回の運動を観察している為、
台湾系の人はこれに含まれないと考えています。そもそもヘイトスピーチが国内生活での
不平等を根源としているのに、領土問題などのナショナリズムと結合するのはスジが違います。
(ですが、悲しいかな、こうした排斥運動は熱狂的ナショナリズムと容易に結合しやすいのですが・・・)

これはこれできちんと回答しておこうと思います。
そもそも民族、国民、国家とは何であるか、ということを言わねばなりません。
国家とは何でしょうか。この説明をする時に私は「国家とは富の再配分の決定機関とその
範囲のことである」と言っています。これは私が独自に編み出した言葉ではなく、他の人が
言っていたことに私のアレンジを加えたものです。
日本からすれば、敵対するか否かというのはこの決定に対して他国が反発干渉するか、
同調干渉するか、あるいは干渉しないかの違いだけです。
台湾は李登輝氏が親日だったおかげで日本人は敵対心などを持つに至りませんでしたが、
現在は馬英九氏の親中路線に基づく政策の為に尖閣諸島(釣魚島)を奪回すると称して
その獲得に向かっていますね。いくら馬英九氏が大陸系台湾人、いわゆる外省人であろう
とも、それは台湾人が選んだことですので、台湾の決定と見ていいでしょう。
民族とは「言語的同一性」「生活習慣的同一性」「血縁的同一性」「宗教的同一性」があり
それが政治決定集団となったのが国民、それによって形成されるのが国家です。
そうした決定権の衝突が起こっているのが尖閣諸島(釣魚島)になります。
この意味において、台湾は交渉すべき「相手」でしょう。
時には意見や利害の対立から「敵」へと転ずるかもしれません。
しかしそれは国家同士の政治的な敵なのであって、個人的な心情の敵ではないのです。
しかしそこに国家の決定権を持ち出すようなのであれば、日本から疎外されてしまうことになります。

仮に「あなたの家の庭の一部は、昔は私の家のものだったのだから私の家の一部なんだ! 」
とお隣さんが言い出して、その上で尚且つ「あなたとは仲良くしたい」と言い出したら
それは変ではありませんか? これは誰でも不信感を持ちます。
そもそも日本のお隣さんである台湾とは元々仲が良かったので、
私はこうした不信感が転じて完全な敵になってしまう事を恐れています。

そして日本の文化・生活面での疎外に立脚して回答をしていたのですが、
国内外の領土決定など国際政治をも含む疎外を論じたいのですか? 
それであれば私は別に回答をしなければなりません。

> さらには,わたし自身は,蓮舫を評価していません。彼女は,タレントであれば,高く評
> 価されたのかもしれません。しかしながら,これは,日本の政治の特徴なのかもしれませ
> ん。一部の政党のリーダーとよばれる人々によって,この国の「舵取り」がおこなわれて
> いるため,「リーダー」とされる国会議員以外の人々は,事実上の,いわゆる「おかざり
> 的存在」になっているからです。日本は,表向きには民主主義ですが,その実態はという
> と,オリガーキーなのです。民主主義の皮をかぶった日本。多くの日本人にとっては,こ
> のことを指摘すると,烈火のごとく怒りだすでしょう。しかしながら,そういう面におい
> ては,日本はいまだに「13歳」なのかもしれないと,そのように思ってしまうことがあ
> ります。
まあ耳が痛いですがその通りかもしれません。
民主主義によるリーダーの選出と対比し、既得権益を握る寡頭制を考えればその通りであっ
たと思います。民主党政権時代は実質小沢一郎さんに全てを動かされていましたね。
現在は小泉進次郎さんがその基盤を固めつつあります。
これは残念ながらどの国も一緒です。
最初から選挙資金力が必要である為、結果としてブッシュ家やケネディ家、
クリントン家などの世襲議員が自然に形成されるアメリカもそうです。
中国も言わずもがな。
議席は公共のものであるので世襲はやめるべきと思っているのはロシアくらいじゃない
でしょうか(それでもプーチン氏は帝国主義的覇権に応ずる形で長らくその頂点にいますが)。
しかし寡頭制とは言っても、無能な人が集合する世襲的な寡頭制ではなく、大阪市長の橋下
さんがいる通り、それは一部の人間が既得権益として世襲で握っているわけではありません。
日本には奴隷同然で売り払われてその後首相になった高橋是清なんて人もいます。
でもまあこれで上手く回っているならこれでいいと思います。
逆に13歳以上の国を教えて戴ければと思います。
少し非難しますが、そこに台湾や中国は入っていますか? 

> 「日本に住む権利を得るのであれば、日本に住む義務を果たしてくれる人を受け入れたい
> のです。コミュニティを破壊せず、そして社会を構成する一人として仕事を果たしてくれ
> る人を。」この意見にたいしては,日本人が,いわゆる純日本人が,どれだけ外国出身者
> にたいして「心を開けるか」がカギになると思います。
> このようなケースにおいては,とくに,マジョリティである,いわゆる純日本人の,いわ
> ゆる「器の大きさ」が試されてしまいがちです。
・・・。
書き方の違い、文化的差異なのでしょうが、少し引っかかったので書きます。
例えば日本に来られる外国人に対しては、別にこちらが頭を下げて「お願いしますから来て
下さい」と言っている訳ではありません。別にいたいならいてもいいんじゃないかな、くら
いのスタンスなのですが、人として対等であるはずの我々において、なぜ日本人の一方だけ
が「心を開く」という労力を使わなければならないのでしょうか? 
家にお客さんが来た時に、お客さんは「まあお気遣い無く」と謙遜してサービスを受け取る
のを拒否するのが日本においての普通であり、礼儀なのですが、それを「さあもてなせ」と
言わんばかりのお客さんは逆に追い出されます。追い出されなくとも嫌がられます。
「「心を開けるか」がカギになると思います。」というのは飽くまで要人に来て欲しい場合
のみに日本人が実施するサービスになります。それを上から目線で強要しているような文章に
なっておりますので、強要している訳ではない、という前提で話しを進めます。

> このような「経験」を語るにあたっては,それが「ほんとうに起きたこと」であることを
> ,そのままのかたちで,理解してもらいたいのです。「ウソだろう!」などということを
> ,言わないでほしいのです。
了解しました。
> 「台湾人は台湾に帰れなどと日本人に言われましたか? 私には信じられません。」とい
> う,あなたのコメントにたいしては,
> (1)「お前が日本人ならば,その日本人の「血」,ここで俺に見せろ!」
> (2)「あいつの親って,どっか,おかしいよね?」
> (3)「(アフリカの先住民族の写真をわたしに見せて)お前の親って,こういうヤツだ
> ろ!」
> わたし自身,そのほかにも,いろいろと,「悪いイメージ」をふっかけられたのですが,
> それであっても,できるだけ,台湾系のアイデンティティは壊さないように,心がけたも
> のです。しかしながら,「言葉」を失くしたことは,日本教育時代の「怨み」でもありま
> すが。
そうだったのですね。デリカシーの無いことを聞いてしまったのかもしれません。
お詫び申し上げます。
台湾系であるあなたがそうした体験をしてきたことについては、その主張において私はそのようなことがあることを理解しました。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

再度のコメント,ありがとうございます。

あなたは,現在の台湾社会が「中国大陸寄り」であるという指摘をされましたが,日本社会においても,長らく,「中国大陸寄り」の姿勢がみられます。たとえば,経済活動における「中国大陸重視。」これについては,台湾についても,同様の「状況」がみられるほか,西洋史においては,長らく,中国大陸が「経済的なチャンスの場」であるとされたことと同様に,日本と台湾,両国も,中国大陸において,何らかの「経済的なチャンス」をうかがっていることは,確かなことです。その「証左」とでもいうべきことでしょうか,先日まで,在北京の日本大使に就任した人物が,中国大陸との「つながり」の強い商社の経営でした。(現在はその職をまっとうしましたが。)つまり,あなたが「指摘」されたところの,いわゆる「経済的な面における親中路線」については,日本においても,台湾においても,同様の傾向がみられます。

そして,日本社会においては,「マスコミ」の「中国大陸にたいする特殊な態度」が存在します。いくつかの,いわゆる大新聞とされるマスコミのなかには,やたらと中国大陸のことを「ヨイショ」する傾向にあります。経済的な利益などとの関係がありますので,「日本人の言い分」,「日本の事情」は,わたし自身は,わたしなりの「理解」をしています。しかしながら,ひとりの台湾系日本人として,このような傾向は「過剰である」と言わざるをえません。いったい,日本人,とりわけ,いわゆる純日本人は,台湾人,そして,台湾に「つながり」をもつ人々を「真の友達」として認識しているのでしょうか?

また,わたし自身の「国家観」ではありますが,「富の分配」という点においては,わたしは,あなたの考えに異論はありません。

しかしながら,国家というものは「劇薬のようなもの」であり,言葉は悪いのですが,ある国会議員の発言のとおり,「暴力装置」的な存在であると,わたしは受けとめています。そして,市民は国家を厳しい眼で監視することが,市民の責務であると,わたしはそのように認識しています。国家とは,ある種の「必要悪」のようなものである,なぜならば,国家の「特権」には,「不誠実さ」が存在するからです。日本のケースでいえば,水俣病問題,ハンセン病問題,東京大空襲訴訟などの社会の諸問題にたいする,日本政府の「不誠実さ」がわかりやすい例だと思います。(それが,アメリカにおいては,1970年代後半におこなわれた,日系人の強制収容にたいする,集団国家賠償請求訴訟が良い例です。)ただし,わたし自身,国民国家というシステムについては,「否定」しません。それに代わるシステムが見つかるまでは,国民国家という「ルール」を,一応,守っておきましょう,という認識をもっています。

今回のわたし自身の「質問」にかんしては,政治や経済のこととは,強い関係にあるわけではありませんので,本題にうつります。

「例えば日本に来られる外国人に対しては、別にこちらが頭を下げて「お願いしますから来て下さい」と言っている訳ではありません。別にいたいならいてもいいんじゃないかな、くらいのスタンスなのですが、人として対等であるはずの我々において、なぜ日本人の一方だけが「心を開く」という労力を使わなければならないのでしょうか? 」

わたし自身は,親が国際結婚をしたということもあって,日本社会において多くの外国出身者が来日したことの,ひとつの主たる理由には,「いわゆる純日本人男性の国際結婚」があると考えています。「いわゆる純日本人男性の国際結婚」については,その理由を論じることが,長らく,「タブーのようなもの」とされました。

ひとつの社会的な背景には,「いわゆる純日本人女性の,いわゆる純日本人男性にたいする期待の高さ」があったことが指摘されています。そのため,いわゆる婚期をのがしてしまった,いわゆる純日本人男性にとっては,いわゆる純日本人との結婚が「不可能」であるとされた,とも論じられました。

「結婚がしたい!」

そういった社会的な事情があったので,いわゆる純日本人の男性の多くが,台湾,朝鮮半島,中国大陸,フィリピン,タイなど,東アジア,東南アジアの諸国に足を運び,「お嫁さん」を見つけました。このような国際結婚の形態は,いわゆる「ジャパン・マネー」を使ったものであり,日本非難の種にもなりました。しかしながら,結婚をしたいという人々にとっては,「切実な問題」でした。外国の人々でもよいから,結婚をして,家族をもちたい。これは,誰もが理解できることです。

いわゆる純日本人男性が結婚できるようにするためにも,日本社会が外国出身者を受けいれる必要があったこと,そして,日本のほうから,「結婚相手を探しているので,日本に来てください」ということになったと,わたしは受けとめています。ですから,日本人のほうが,彼ら,彼女らを「受けいれる」ための「努力」が必要であると,わたしはつねに主張しているのです。

もちろん,わたしのように,外国につながるという立場としての「責務」なり,「努力」は存在します。それが,わたし自身のケースにおいては,「日本史の勉強」,「日本語の理解」,さらには,わたし自身のことですが,それが「飛躍」して,「日系人の歴史の勉強」も,わたしは積極的にとりくんでいます。「日本のアイデンティティ」を分かちあっているという立場としての「責務―積極的な日本理解と,日本人の,日本社会の味方(あるいは,代弁者)になること(わたしなりの解釈ですが)」を,わたしは果たしていると,そのように受けとめています。

なぜ,わたし自身が,みずからの「日本のアイデンティティ」を「強調」するのか,それは,わたし自身が,家庭のなかでは「水餃子」,「台湾風ちまき」,「炒めたビーフン」を口にしているけれども,メインストリームの日本社会のなかでは,日本人とともに働き,日本人とともに活きて,日本語を話し,炊きたてのご飯とお味噌汁に舌鼓を打ち,日本の習慣や風習を実践しているからです。

いわゆる「内―日台が混合した空間」と「外―ホスト社会であり,メインストリームの日本社会」では,ちょっとした「違い」があるけれども,それでも,わたしは「日本のアイデンティティを大切にしている」,そして,このようなことは,ほかの,マイノリティの人々にも当てはまるんだということを,わたしは「伝えたい」のです。

お礼日時:2013/05/26 19:56

普通に働いて普通に納税してれば、日本社会と共に生きていると感じます。


神社仏閣や武士道といった解り易い日本文化、四季による豊かな自然環境
日本食、現代日本の文化に強く興味を示せば親日家なんだなと感じます。

日本が好きか嫌いかを判断するのは、あくまでも個人ベースでの判断であり
マイノリティという属性での判断ではありません。
傾向値を出すにしても「韓国人」「中国人」ぐらいのくくりで判断しますので
そもそもマイノリティってくくりは属性判断上多くの日本人が用いないくくりです。

多くの純日本人にマイノリティの本当の姿を知ってもらおうとしても
受け手がそのくくりを求めていない。
マイノリティとはってくくりがそもそも受け手にとって不親切なんですよ。

解ってもらおうとするなら、相手が解り易い説明をするって姿勢が質問者様に無い
(ように見える)から、多くの人にとってはメンドクサイ長文になってるように思えます。

この回答への補足

「神社仏閣や武士道といった解り易い日本文化、四季による豊かな自然環境日本食、現代日本の文化に強く興味を示せば親日家なんだなと感じます」

「親日家」という表現があるということについては,わたし自身にとっては,日本国籍をもっていたとしても,外国との「つながり」があることで,「日本人」ということではなく,「親日家」であるという「見解」があると,わたしはそのように受けとめます。

「傾向値を出すにしても「韓国人」「中国人」ぐらいのくくりで判断します」

このようなコメントからうかがえることは,日本社会においては,「韓国人はやっかい者」,「中国人はやっかい者」という「認識」があると,わたしは考えます。あなた自身,「個人ベースでの判断」ということを主張されましたが,あなたのそのような「主張」の一方で,「韓国人」,「中国人」などの「くくり」が存在しています。

「そもそもマイノリティってくくりは属性判断上多くの日本人が用いないくくりです。」

このようなコメントについては,いわゆる純日本人は,「意識をしないで」,マジョリティ,マイノリティなどの「くくり」をつくっています。

「両親が,いわゆる純日本人の日本人」,「地区につながりをもつ日本人」,「外国につながりをもつ日本人」など,いわゆる純日本人は,「言語」というかたちにはしないものの,「グループ化」をやっています。

わたし自身,日本教育を受けていた当時,「越えてはいけないライン」の存在を感じていました。それは,「親がガイジン」という立場から,「やってはいけないこと」があると感じていました。いわゆる純日本人の子供であれば,「やれること」が色々とあったでしょう。しかしながら,「親がガイジン」という立場から,マジョリティである,いわゆる純日本人の子供がやれることを,いわゆる「ハーフ(マジョリティが使う言語)の日本人」がやることで,何かしらの「顰蹙」をかうことも考えられました。

「多くの純日本人にマイノリティの本当の姿を知ってもらおうとしても受け手がそのくくりを求めていない。マイノリティとはってくくりがそもそも受け手にとって不親切なんですよ。」

この点については,マジョリティのマイノリティにたいする「理解のなさ」,いわゆる「上から目線の態度」のあらわれであると,わたしは受けとめています。

「メンドクサイ長文」

これは,非常に不適切な指摘です。マイノリティ事情を理解することは,容易なことではなく,その背景にある「複雑な事情」を理解することが重要とされます。「わたしはマイノリティだけど日本が好き!」とでも説明すれば良いのでしょうか?

物事を簡単に理解したい,シンプルに理解したいという「欲」は誰にでもあるのでしょう。しかしながら,人間は単純ではありません。

補足日時:2013/05/27 15:12
    • good
    • 0

私はマイノリティの「ほんとうの姿」を、普通の日本人ならちゃんと理解できると考えますし、その為に貴方は堂々と「正直に」自分について語ることが良い結果を産むと考えます。



貴方のマイノリティへの危惧は、私から見れば全く違う側面を持ち、その元凶は「本来の日本人の気質を受け継がない」処に理由があると考えます。

その排他性を産む元凶については、以下の様に私は考えています。

日本で少数派(外国人に限らず)が多数派から排他される理由は、まず日本人の【集団主義】に根拠を求めますが、その【集団主義】の排他性の元凶は【儒教】だと考えます。

【儒教】を元凶だと指摘する理由は、【儒教】が身内の愛情を強要し、身内に属するさまざまな形式を強要し、それから外れることを否定する思想体系だからです。

日本で良く『和』を口にするときにある十七条憲法もまた、【儒教】を日本に導入する意味で書かれたもので、それまでの古代日本人とは違う思想体系でした。

古代日本人の思想は『神道』であり、『神道』は明確な教義や教典は無く、森羅万象に神が宿ると考え、現世主義的な思考体型で、【儒教】に比べて明らかに『自由』『寛容』です。

だから『神道』から見た古代日本人は、少数派に対し決して排他的では有りません。

例えば『古事記』では最初に生まれる神は「ヒルコ」(少数派)であり、「ヒルコ」は流される事で他の土地に流れ着いて「えびす」神となる。

「えびす」様は七福神の一柱で「大漁」「渡来」を意味する神であり、しかも七福神で唯一日本が由来(他の六柱は他国から来た神)の神です。

つまり古代日本人は少数派(渡来人も含めて)を素直に受け入れていて、戦前の【国家神道】が掲げる単一価値観とは全く相容れない『自由』『寛容』を得ていた。

事実、新撰姓氏録には諸藩(つまり渡来人)の本氏が記載され、その数の多さは326氏(新撰姓氏録は全部で1182氏、諸藩は全体の27.6%)に登り、それだけ多くの渡来人を日本人として受け入れている。

ところが大陸から入ってきた【儒教】が、そうした古代日本人にある多様性を受け入れる『自由』『寛容』さを破壊してしまうのです。

良く戦前の日本に対する批判で【国家神道】の否定が在りますが、まさにこれは【儒教】が元凶で、【国家神道】とは『神道』の『自由』『寛容』を【儒教】で否定したものなのです。

『神道』が【国家神道】に変る時、その概念に導入されたのが【儒教】であり、『神道』が【儒教】思想を取り入れ為に本質が変貌し、『神道』の『自由』『寛容』が失われ【国家神道】に変った。

儒教と神道(新熊野神社)
http://www.imakumanojinja.or.jp/media/myweb10140 …

だからこそ【国家神道】に被れた【国粋主義】者どもは、あれほどの排他性に凶暴性を伴ったのです。

明らかに貴方が危惧する少数派を否定する思想の元凶は、間違いなく【儒教】だと考えます。

従って【儒教】を否定し、古代日本人の持っていた『自由』『寛容』さを備えた、「本来の日本人の気質を受け継ぐ」者であれば、必ずマイノリティの「ほんとうの姿」を理解できますので、貴方は堂々とご自分を語ってください。

私は多くの人が貴方に共感し、貴方を支持すると思います。

話は変りますが、私は『墨攻』のアンディ・ラウさんが好きですが、以前、「日本嫌い」だとネットのデマで叩かれた様ですね。

そういう排他的思考の【反自由】【反寛容】思想には、デマを生み出す土壌となるので、その手の話しは眉唾で聞かないとダメですね。

それに私の好きな映画俳優の金城武さんは台湾人とのハーフですし、幽幻道士のテンテンさんのことを覚えている日本人は多勢いると思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

国家神道という側面において,日本社会の「キャラクター」を論じたという点は,とても良いとおもいます。

また,儒教にかんしては,わたし自身,基本的には,「反儒教」です。「日本的集団主義」の「元凶」であるということと同時に,わたし自身にとっては,親が年下という立場から,親類からはつねに「子供」,あるいは,いわゆる「発展途上国」,「二等国」,「二級市民的」という扱いを受けるからです。「長幼の序」ほど,嫌なものはありません。

個人的な「バックグラウンド」はここまでにして,わたし自身は,台湾にたいして「親しい」という思いをもってくださる日本人がいることは,歓迎すべきことだと受けとめています。ただし,「対等な立場」,「対等な関係」があることが,望ましいとも,考えています。

コメントありがとうございます。

お礼日時:2013/05/26 19:15

こんにちは。



前回のQAに引き続きこちらも回答・・・の前に質問させて下さい。

achievecharityさんの好きな日本と嫌いな日本は、
日本の文化が好きだけれども、その同質性、排他性が嫌いだ、というように見受けられます。
そしてその欠点をこのQAによって喚起しようという意図があるように見えますがいかがですか? 
すなわち、好きな日本に欠点があるので直して欲しい、と。日本から現在疎外されているので、それを日本人自身によって何とかして欲しい、と。

前の回答に書いた通り、プロ野球の王貞治さんは、台湾系であるにも関わらずその存在が完全に日本人と同化した良例です。これは日本人と同じ苦楽を味わった、と前の回答にも書きましたが、もう一つ重要なのが、そのコミュニティに対し同じ方向を向いて集団の一員として組織の利益を出そうとしたことです。なので、ここまで受け入れられたのです。

また、日本のとある村に朝鮮人の陶工達の集落があり、そこの子孫の方から日本の外務大臣が出ております。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E9%83%B7% …

更に、朝鮮系では洪思翊という日本人から見ても立派な人がいます。
http://210.135.99.89/a/%E6%B4%AA%E6%80%9D%E7%BF%8A

日本ではどんなマイノリティーであろうが、立派な人は立派だと認めるのです。
逆にズルをしたり、イカサマをするのは日本人であろうが外国人であろうがそれは強い不平等感となって世論に現れます。
前の回答にも書きましたが、ヘイトスピーチの根幹原因は生活保護の不正受給です。
一般の日本人たちが過労死したり、欝になったり、自殺したりしながら、特定の団体の人たちはその一方で普通に生きながらえている。これは奴隷と王族です。不平等です。
そしてマイノリティであることがヘイトスピーチに直結するわけではありません。社会的な不平等を悪用している問題が特定の社会集団にあり、それが日本の特定団体と、在日外国人の特定団体だったので、それがそれぞれに糾弾されているのです。
何度も繰り返しますが、そこに台湾系の人は絶対的に含まれません(台湾系の人々の間で生活保護の不正受給が団体的に活用されているのであれば話しは別ですが)。

逆に失礼ながら台湾系日本人でダメだった例もきちんと言っておきますと、日本国会における参議院議員の蓮舫さんです。
2010年5月8日の夜のテレビニュースだったと思います。
この日のテレビにおいて、この人が主導して日本における塩の事業仕分けをやるとのニュースがありました。
この時、私は憤慨しました。塩事業センターの職員は何も言い返さなかったのかと。と同時に、「ああ、やはり外国機関に取り込まれた人や、外国から来られた人は日本のことをそもそも何にも考えてくれていないんだな、下手すると日本を破壊する為に来ているんじゃないか」と悪い印象を持ったのも事実です。外国の人は我々のことなんて本当はどうでもいいんだな、と。
塩というものは重要物資です。
災害やあるいは有事が起こりうる日本という国においては特にそうです。
そうした塩という社会的重要物資を財政削減と民業圧迫軽減の観点からのみによって仕分けするというパフォーマンスを、我々のコミュニティが断絶するような決定を、そのようなことをする人間を、外部から迎え入れる訳にはいかないのです。
これは我々の死活問題に関することなのです。

そして案の定、その10ヶ月後に震災は起きてしまいました。
=======================================
東日本大震災:事業者向けに塩を供給…財務省発表

 財務省は17日、東日本大震災で被害を受けた製塩工場の操業停止で、塩の供給が不足することを防ぐため、
財団法人塩事業センターの備蓄塩を大口事業者向けに緊急供給すると発表した。国内塩の2割弱を生産する
福島県いわき市小名浜の製塩工場の製造が停止したことで、大口事業者の使う食品加工用の塩が供給不足に
なっていた。当初、900トンを供給。追加も検討する。

=======================================
実質、当時の塩の事業仕分けでものすごく焦っていたのは私の周囲では私だけだったのですが、見事に嫌な予感が的中してしまいました・・・。
2010年5月8日の夜のテレビニュースでレポーターが塩事業センターに行き、「見て下さい、これが全て塩なんです」と塩の山を踏みながら塩の不必要性をコメントしていましたが、できるならこのレポーターをぶっとばしたいくらいです。

身内であればぶっとばすことでぶっとばされた相手は納得するでしょうが、外国人はそもそも最初はその枠の外にいますので、そのような手段を使わずとも、「私たちのコミュニティを死滅させうるような人はお断りです」と最初から断りたいのです。このような権利は我々にはありませんか? 無論、人種がどうだからと言って日本に入国できなくしたり、日本国籍を取得できなくしたり、我々の友人になる権利は無いなどという考えは毛頭ありません。このような難しいことは考えなくとも、普通に日本のコミュニティに入るには、「ご飯おいしい」とか「アニメ面白い」「ドラマ面白くない」「でも家政婦のミタは面白い」とか「AKBはもう聴く曲が無い」とか文化的なことを賛否両論含めて言ってくれるだけでいいのです。日本人としての感覚を共有するだけでよいのです。それだけで日本の入り口に入ることはできます。ただ、数学の解答のように、これをやればOK、なんていう答えは社会にありませんので、その後は徐々に手探りで進むしかありません。
そして、もしできれば、のお話ですが、日本に住む権利を得るのであれば、日本に住む義務を果たしてくれる人を受け入れたいのです。コミュニティを破壊せず、そして社会を構成する一人として仕事を果たしてくれる人を・・・。

=======================================
また、ヘイトスピーチについても私の見解を書いておきます。
人種的差別の一つのターニングポイントにパリ講和会議での人種的差別撤廃提案があります。1919年に提案されたこの提案は、驚くことに、それまで国際会議で提案すらなされていなかったという、人種差別は国際的社会的容認を伴うものだったのです。
ということで、ヘイトスピーチにおける国際的認識は100年前それ前後の言葉であり、それくらい古い考えだと私は捉えていますが、こと、新聞で目だって取り上げられるようになったのは、私の観察でここ半年くらいです。即ち報道におけるヘイトスピーチはここ数年の準備期間を置いて造り上げられた、ある種のムーブメントだというのが私の見解です。
そして一般的な日本人の認識としては、ここに台湾人の人たちは全く入っていない、というのも申し添えておきます。むしろ報道側が色々な外国人を味方につけて巻き込みたいのでしょう。

むしろ台湾系のachievecharityさんは直接的にヘイトスピーチを受ける機会があったのでしょうか? 台湾人は台湾に帰れなどと日本人に言われましたか? 私には信じられません。というかそのような事実は無いと思っているのですがいかがでしょうか? 台湾人が日本を気に入ってくれたなら、いつまでもいたっていいんだよ(でも自分の出自も大事だろうから、お墓参りとかの時はちゃんと帰った方がいいよ)、というのが多くの日本人の考えだと思います。
日本にいたなら日本へのなじみづらさや、完全にコミュニティに一体化できていないという焦燥感を感じることがあるかもしれません。ただ、それをして、生活保護の不正受給に根幹する排外意識、不平等感に根ざす排斥意識と混同していませんか? 両者は全くの別物です。
そしてそれは日本における諸外国系の人間がヘイトスピーチによって攻撃を受けているという伝聞を受けて危機感を持ったのではありませんか? 状況を詳しく教えて下さい。

この回答への補足

「そこに台湾系の人は絶対的に含まれません(台湾系の人々の間で生活保護の不正受給が団体的に活用されているのであれば話しは別ですが)。」

それは,100%,保障できることでしょうか? 日本社会においては,「他者にたいするまなざし」は,非常に流動的なものです。多くの人々が「同情」してしまうときがあれば,「敵意」をもつことも,考えられます。

わたし自身は,日本人,いわゆる純日本人は正直というイメージがある一方で,他人に流れやすいというイメージ,口がかたくない,というイメージをもっています。まじめ,ハードワーキング,高い遵法意識,それらは,良いアスペクトですし,ほかの人々も見習うべきところです。

しかしながら,その「特殊な心理構造」があるがゆえに,わたしは,日本人を「警戒」するときがあります。「台湾系の人は絶対的に含まれません」とあなたは書きましたが,それが,たとえば日台間の領有権争いなどを理由に,「台湾は敵」,「台湾が特定アジア入り」などと「レッテル」をはられる「可能性」も,否定できません。

さらには,わたし自身は,蓮舫を評価していません。彼女は,タレントであれば,高く評価されたのかもしれません。しかしながら,これは,日本の政治の特徴なのかもしれません。一部の政党のリーダーとよばれる人々によって,この国の「舵取り」がおこなわれているため,「リーダー」とされる国会議員以外の人々は,事実上の,いわゆる「おかざり的存在」になっているからです。日本は,表向きには民主主義ですが,その実態はというと,オリガーキーなのです。民主主義の皮をかぶった日本。多くの日本人にとっては,このことを指摘すると,烈火のごとく怒りだすでしょう。しかしながら,そういう面においては,日本はいまだに「13歳」なのかもしれないと,そのように思ってしまうことがあります。

日系社会における,日系人の議会議員にたいする「評価」と,台湾系日本人の蓮舫にたいする「評価」。これらは,評価してみると,面白い結果がでてきそうです。おそらくは,蓮舫は,「お金」しか,考えられるものがなかったのでしょう。国家を運営するにあたっては,「お金以上に大切なもの」も存在するわけですから。蓮舫にも,彼女なりの国家観があったことでしょう。しかしながら,頭のなかが「¥¥¥」になっていたことで,国家の役目のいくつかを「抹殺」したことについては,わたし自身は,ほかの日本人の方々も「協力」して,厳しく批判すべきだと,考えています。

「日本に住む権利を得るのであれば、日本に住む義務を果たしてくれる人を受け入れたいのです。コミュニティを破壊せず、そして社会を構成する一人として仕事を果たしてくれる人を。」この意見にたいしては,日本人が,いわゆる純日本人が,どれだけ外国出身者にたいして「心を開けるか」がカギになると思います。

このようなケースにおいては,とくに,マジョリティである,いわゆる純日本人の,いわゆる「器の大きさ」が試されてしまいがちです。しかしながら,外国から人々を受けいれるという「歴史的な背景」においては,それが現代日本社会においては,外国の人々を「必要としていた」という,「日本側の事情」があることを理解しなければなりません。

たとえば,わたし自身の親は国際結婚をしたのですが,なぜ,日本人が外国出身者と結婚したのでしょうか? そのひとつの理由は,日本国内にパートナーがいなかったからです。多くの,いわゆる純日本人にとっては,いわゆる純日本人同士の結婚が,いろいろな意味において,重要だったのかもしれません。しかしながら,「3高」などという言説があったりと,いわゆる純日本人女性の,いわゆる純日本人男性にたいする「期待の高さ」などから,いわゆる純日本人の男性にとっては,結婚がしたくても,結婚ができないという「事情」がありました。そのための「解決策」として,国際結婚が導入されました。

ほかにも,日本が外国出身者を受けいれたという「出来事」は存在します。日本人が「必要」だと判断したので,外国から人々を受けいれたのですから,彼ら,彼女らが,日本社会のなかで,健康で文化的な最低限度の生活を営む能力を有するためには,マジョリティである,いわゆる純日本人の「支援」,「理解」が必要になります。

いつも日本人ばかりが…,などと思う,思ってしまう人々もいることでしょう。


最後に,わたし自身の「個人的な経験」になるのですが,わたし自身も,「ガイジンの子供」ということで,日本教育時代には,「嫌な思い」をたくさんしました。

このような「経験」を語るにあたっては,それが「ほんとうに起きたこと」であることを,そのままのかたちで,理解してもらいたいのです。「ウソだろう!」などということを,言わないでほしいのです。

このような「経験」を語れるようになるまでは,わたし自身も,色々と悩みました。しかしながら,幸いなことにも,それが,アメリカの大学において,大学の授業の一環として,みずからの「経験」を語る場が提供されたことで,わたし自身は,ポジティヴな姿勢をもちつつ,みずからの,台湾系日本人としての「経験」を語ることができるようになりました。日本社会においては,このようなことは,「難しいもの」であったと,わたしは思います。

「台湾人は台湾に帰れなどと日本人に言われましたか? 私には信じられません。」という,あなたのコメントにたいしては,

(1)「お前が日本人ならば,その日本人の「血」,ここで俺に見せろ!」

(2)「あいつの親って,どっか,おかしいよね?」

(3)「(アフリカの先住民族の写真をわたしに見せて)お前の親って,こういうヤツだろ!」

わたし自身,そのほかにも,いろいろと,「悪いイメージ」をふっかけられたのですが,それであっても,できるだけ,台湾系のアイデンティティは壊さないように,心がけたものです。しかしながら,「言葉」を失くしたことは,日本教育時代の「怨み」でもありますが。

「台湾人が日本を気に入ってくれたなら、いつまでもいたっていいんだよ(でも自分の出自も大事だろうから、お墓参りとかの時はちゃんと帰った方がいいよ)、というのが多くの日本人の考えだと思います。」

そのように考える日本人がいるのは,ここ数年になってから,いわゆる「多文化共生」という考え方が,批判や非難をあびながらも,「浸透」していったからです。わたし自身は,それが起こる,ずっと前の時代に,日本教育を受けたことから,いまだに,日本教育には「怨み」をもっています。だからといって,それが,「日本が大嫌い!」ということにはなりません。

補足日時:2013/05/26 05:32
    • good
    • 0

ここは議論する場でないと思うのですが、あなたは本当にマイノリティなのでしょうか?


日本人ということですから、国籍に関しては圧倒的なマジョリティじゃないんですか?
わざわざ出自を持ちだして自らをマイノリティに押し込める必要はないと思うのですが。
いわゆる在日、日本国籍を取得せずに永住権を行使している人から見ても、あなたは立派なマジョリティの一員ですよ。

この回答への補足

「表面上」では,わたしはマジョリティなのかもしれません。しかしながら,わたし自身は,いままでの人生経験から,マイノリティであると受けとめています。ほかの人々と「比較」をしたとき,その「内容」には,いろいろな「違い」はあるでしょう。しかしながら,「親がガイジン」という時点で,わたしは,日本社会においては,マイノリティであると,受けとめています。

補足日時:2013/05/26 05:04
    • good
    • 0

> マイノリティにたいするヘイト・スピーチの問題がさけばれていますが



現在起きているのは長期滞在韓国籍(朝鮮籍)にたいするヘイト・スピーチです

在日コリアンは日本人(台湾系日本人なあなたは日本人ですが、在日コリアンは日本国籍取得を拒否した方々です)ではありません。彼らは日本人マイノリティを攻撃しているのではないという事を理解すべきです。

日本は嫌いだけどお金になるから長期滞在している外国人が攻撃対象になっています。仕事でフランスに5年間往復してますが、フランスでも不逞外国人へのヘイトスピーチは普通に起きていますし、問題にはなっていません。

あなたは以前の質問でジャパニーズアメリカンズの勉強したと言われました。
この二つの質問はご存知ですよね
質問27:貴方は命令を受けたら、如何なる地域であれ合衆国軍隊の戦闘任務に服しますか?
質問28:貴方は合衆国に忠誠を誓い、国内外における如何なる攻撃に対しても合衆国を忠実に守り、且つ日本国天皇、外国政府・団体への忠節・従順を誓って否定しますか?

以前の質問で私はこの事に触れたら反発して質問を終了されましたよね。
ちなみに日本人が以下の質問にノーを言った場合、状況によっては死刑になります。意外と知られていませんが、憲法がどうであろうと以下の問題に反発すると有事では死刑が適用される場合があります(外患罪)。
質問27:貴方は命令を受けたら、国防のため戦闘任務に服しますか?
質問28:貴方は日本国に忠誠を誓い、国内外における如何なる攻撃に対しても日本国を忠実に守り、且つ日本国を攻撃する、外国政府・団体への忠節・従順・支援を誓って否定しますか?
私は何れの質問もイエスで答えます。日本人ですから。

この回答への補足

「長期滞在韓国籍(朝鮮籍)」という指摘ですが,あなたは彼ら,彼女らの「歴史的な背景」を理解したうえで,このような「コメント」を書いているのでしょうか?

さらには,「日系人の歴史」を,あたかも「伝家の宝刀」のように扱うことに,あなたは「違和感」を感じていないようです。ちなみに,わたしは台湾系日本人ですが,「事情」によっては,「台湾の味方」になります。そして,「日本の敵」になることもできます。

では,あなたは「アメリカに対して不忠誠を貫いた日系人」のことを,どれだけ「理解」していますか? 当事者の「意見」を,生で聞いたことはありましたか? 「伝家の宝刀」のように,日系人の歴史を
「例」として挙げているのですから,そこまでの「理解」があって,27番と28番の「踏み絵」を示したのですから,それだけのことは「理解」しているのでしょう…

しかしながら,それは「ウソ」だと思います。27番と28番の質問に「ノー」と答えた人々のなかには,第2次世界大戦後,あるいは,朝鮮戦争のさいに従軍した人々がいます。彼らにとっては,戦争中に人権が奪われているのだから,義務を行使する必要は無いという,「アメリカの精神」にのっとった行為をとったのです。そのことを「理解」もせずに,ただ単に27番と28番の「踏み絵」を「例」として挙げたということは,あなたなりの「日系人にたいする理解」が非常に狭い,浅いものなのでしょう。そういった人々が日系人の歴史を「語ること」,「論じる」ことは,非常に「怖いこと」ですね。あなた自身の「歴史観」,「マイノリティ観」がどのようなものなのか,わかっていまいそうですね。

さらには,日本人だからという理由で,「日本にたいする絶対的な服従」も,問題があるでしょう。日本人なのであれば,「日本のためになる選択肢」を選ぶべきです。それは,単に,27番と28番の質問だけでは,わかることはありません。

補足日時:2013/05/25 15:15
    • good
    • 0

ザイトク関係のことをおっしゃっているのであれば、「マイノリティにたいするヘイト・スピーチの問題」というよりは、日本で不埒を働く外国人に対して反撃しているように見えます。



外国人は、日本で犯罪を犯しても、こっそり帰国して平気な人たちもいます。(犯罪引渡し条約を結んでいない国で、居場所がわかっているのに捕まえることができません)

また、その国と日本が戦争になった時、日本にいるその国の人達は、日本人に対して銃を向けるでしょう(あたり前のことです)。

私自身は、平穏に暮らしている限りにおいては、なんの問題もないと思いますし、日本がすきでいてくれる外国人に対しては、素直にありがたいと思います。

この回答への補足

「特定の人々」が「日本で不埒を働く外国人」になるのでしょうか?

また,犯罪引渡し条約という指摘については,「政府の努力」が必要になりますので,国民が政府に陳情するなどの,「市民の努力」が必要になります。

さらには,あなたは「戦争」についても触れていますが,現代日本社会,いまの日本政府の「状況」を考えると,日本政府が戦争を起こすことは,ありえないことです。「法的な事情」を考えずに,「戦争」という「事例」を出すことで,マイノリティにたいして「踏み絵」をしていることは,マイノリティにたいする「イグノランス」です。たとえば,わたしは台湾系日本人ですが,「日本と台湾が戦争になったら,どこの軍隊にはいるんだ!」ということを,わたしに質問をした,「愚かな純日本人」がいました。

「平穏に暮らしている限り」という指摘ですが,ここであなたが指摘された「平穏」とは,どのような意味をもつのでしょうか? マイノリティが不正義に「耐えがたきに耐え,忍びがたきを忍び」ということが「平穏」になるのでしょうか? あるいは,マジョリティにとって「都合の良い存在」になるのでしょうか?

「日本がすきでいてくれる外国人に対しては、素直にありがたいと思います」という指摘は,良いとおもいます。今回のコメントに関しては,この部分「だけ」を強調してくださると幸いでした。

補足日時:2013/05/25 14:11
    • good
    • 0

>どのようなことをすれば,マイノリティも「日本が好き」であり,「日本社会とともに活きている」ことを,マジョリティである「いわゆる純日本人」は理解しますか?



私の周りにはマイノリティがいません。
というか、いても知らないということでしょうか。

なので、マイノリティの何をどう理解すればいいのかさっぱりわかりません。

在日外国人、、アイヌ、沖縄・・・みんないますけど、マイノリティがいるとは感じていません。

この回答への補足

マイノリティは,さまざまなところにいます。もしかしたら,あなた自身が,いままでの人生経験のなかで意識していなかったのか,あるいは,ほんとうに,出会ったことがなかったから,なのかもしれません。

色々な事情が考えられますが,マイノリティは,どこにでもいます。たとえば,わたしは台湾系日本人で,マイノリティです。

もう少し,日本社会の「多様性」に関心をもってくださると幸いです。

補足日時:2013/05/25 14:04
    • good
    • 0

わたくしはマイノリティーを歓迎しています。



それが証拠に、次の戦争では絶対に米英には負けないように協力して頑張ろうと流暢な日本語で言っていたハンガリー人のオヤジや、
笑顔が素敵で思わず見とれてしまうルーマニア人の女性と個人的な友達です。

マイノリティーであろうがマジョリティーであろうが、日本に来て、日本のインフラと日本の治安を享受しながら、日本や日本人の悪口を言って何とも思わない品性の卑しい人間は嫌いです。

そのような品性の卑しい人間は、日本から出て行ってください。

この回答への補足

「品性の卑しい人間」という指摘ですが,そのような人々はいますか? 具体的に,そのような人々がいるのでしょうか?

「日本に来て、日本のインフラと日本の治安を享受しながら、日本や日本人の悪口を言って何とも思わない」ともありますが,これは,日本社会にたいする「批判」ではありませんか? もしも,マイノリティの人々が日本社会のことを「批判」しているようであれば,それに耳をかたむける必要があります。(単なる,文句たれ,であれば,話は別でしょう。)

マイノリティの「批判」を,「日本の悪口」というかたちで受けとめるのではなく,「真摯な態度」で「批判」を受けとめて,よりよい日本社会をつくるための「努力」が必要であると,わたしはつねに考えています。

補足日時:2013/05/25 14:02
    • good
    • 0

日本人はマイノリティーを歓迎します。


我々の友達です。
ただ・・・
日本に住みながら反日を叫ぶマイノリティーについては帰国を勧告します。当然です。
私はブラジルに住みましたがブラジル人は大らかな国民で外国人を歓迎していました。しかし、その大らかなブラジル人もブラジルの悪口を言う外国人には「じゃあ、お国へ帰れ」と言っていました。
どこの国もそうだと思います。

この回答への補足

「日本に住みながら反日を叫ぶマイノリティー」という指摘がありましたが,そのような人々はいますか? そして,もしも,そういった存在がいるのであれば,その「原因」とは何ですか? このような「指摘」にかんしては,「原因」について考える必要があると,わたしは思います。

「日本人はマイノリティーを歓迎します」。この部分は,あなた自身の考えだと思います。しかしながら,「日本人」という言葉のつかい方にかんしては,マイノリティが日本社会のなかで歓迎されているということは,必ずしも,日本人の総意,あるいは,日本社会に活きる人々の総意,にはなっていないので,少々違和感を感じました。

「WAになって踊ろう」という曲があるのですけれども,日本社会にいる皆が,「WAになって踊れる社会」には,まだまだ,程遠いです。

補足日時:2013/05/25 14:14
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!