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社会に出てから、「頭のよさ」とははたしてなんなんだろうか、と思うことがあります。

学生の頃は、回転が速い、記憶力が良い、理解力がある、といった所ばかりに焦点を当てていましたが、社会に出てみると、そういった素養的な能力にはそれほど大差なく(高度な情報処理能力が求められる職業を除き)、むしろ本人の意思も含めた「学ぶ姿勢」の差によるのではないかと考えるようになりました。

元々生まれた時点で、頭の中に知識はゼロなので、新たな知識を獲得して実社会に適用しても、また、答案用紙に記入しても、必ずどこかで過ちを犯すことがあると思います(常にすべてで100点満点取れる人などいないので)。

ここで、同じ過ちを何度も繰り返す人と、過ちから多くを学びとり、その過ちを繰り返すことをせず、より成功に近い選択肢や行動を選べる人間が「頭がいい人間」で、過ちから学ばず、何度も同じ間違いを繰り返し、何年たっても成長しない人間が「頭が悪い人間」といえるのではないかという気がします。

その意味で、幅広く「学ぶ」という観点では、自らを過大評価しないという意味での謙虚さ、些細なことにも気を配る着眼点・集中力、過ちを記憶にとどめておく記憶力、物事の理解力・論理的思考力など総合的に求められるのではないか、と思いました(とりわけ社会において)。

「人生一生が学び」とは言いますが、これはただ単に好奇心という意味ではなく、世の中を生き抜く上でも、柔軟に何事からも学び取れる人間こそが最も成功に近づけるのではないかと思い、最近その言葉の深みを感じています。

ご本人が優秀であったり、優秀な方に囲まれている方に質問させていただきたいのですが、そういった方々に「頭のよさ」を感じるのはどのようなときでしょうか?また、それをやや後天的な、「学ぶ姿勢」とつなげてしまうのは、やや論理的に飛躍しすぎているでしょうか?

(つまり、すごく性格と意地が悪くて他人の意見を無視しながら頭のいい人は少数で、常に回りの意見を聞いて学ぼうという姿勢でいる人のほうが長い目で圧倒的に「頭がいい」といえるのではないかという点なのですが・・・)

このあたりにお詳しい方がいらっしゃいましたら、ぜひアドバイスをいただければ幸いです。

A 回答 (11件中1~10件)

某有名国立大出て、大手企業(研究・開発)で働くものです。


営業経験等、外部の人との交渉などの部署ではないので、そういう人との交渉などでの「頭の良さ」ではありませんが・・・

私が感じる頭のいい人とは・・・
・視野が広い。全体像をとらえる力が優れている人だと思います。
・そして、常に謙虚である。

全体をきちんととらえるから、物事のの本質が分かる。
自分の能力の足りないところや、自分の立ち位置、そして他人の優れていることが分かり、そして、柔軟にいろんな意見も取り入れる。
つまり、あなたがいってる「学ぶ姿勢がある」人と一致すると思います。


社会人になって15年あまり経ちますが、頭のいい人、仕事のできる人はホント謙虚です。紳士です。
おごることはなく、常に、下々の意見も平等に聞いてくれて、取り入れ、自分に非がある時は謝ったり、修正したりします。
地位や立場で物事を判断しません。
要するに、常にひとりの人間として、「学ぶ姿勢がある」人です。
だから、さらに新しい能力や知識を習得して、その人が大きくなるんでしょうね。
物事の本質を見ているというか、何が大事か、真実をきちんと受け止め行動します。

逆に、仕事ができない人は、とにかく威張る。自分ができていないことを、顧みようとせず、プライドだけは高い。
思いこみが激しく、自分の考え以外、受け入れない。
何が大事か、根本が見えてないことが多い。

ほんと、できない人ほど威張ります。


で、これが学生時代の学力と、私は関係あると思います。
よく、「今日のテストはよくできた!」という子ほど、実際はテストの点が悪い事が多く、「今日はできなかった」という子ほど、実際のテストの点がいいと聞いたことがあります。

頭のいい人は自分ができないこと、分からないことが分かるのです。
テストでできなかったことも、謙虚に受け止めるのだと思います。
だから、それを克服しようと勉強するし、勉強しなければいけない所も分かっている。だから、学力がさらにアップする。
頭の悪い人は「分からないことが分からない」「どこを勉強していいのか、分からない」。だから、学力が伸びないのです。

あなたの言うとおりです。

>すごく性格と意地が悪くて他人の意見を無視 → 結果、能力はのびません。

>常に回りの意見を聞いて学ぼうという姿勢でいる人 → 結果、能力がのびて、さらに「頭のよい人」になる。


ノーベル賞をとったiPS細胞の山中教授と妹がお話したことがあるそうですが、本当に、下々の妹なんかにも丁寧にお話してくださり、本当に謙虚な人格者だったと、言ってました。
私は、この話を聞いた時、やっぱりな~と思った次第です。

追記
あと、要領のよさ=頭の良さ →仕事ができる ですね。
要領がいいというのは、大事なことをおさえて、極力無駄なことはしないということです。
つまり、何が一番大事か、何をすべきか、全体像をとらえて分かってないとできないことですもんね。
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この回答へのお礼

有難うございます。正に感じていたことです。やはり、社会に出てから、人の意見を情報源として活用できる人と、他人を軽視して情報をうまく自分の中に取り込めない人とは、かなり大きな差が開いていきそうですね・・。
自省も込めて、しっかりと身の回りから学んでいくことをしなければ社会的な意味で「頭の悪い」人間になってしまうので、そうならないように努力したいと思います。日本のものづくりを支える方からの貴重なコメント、有難うございました。

お礼日時:2013/08/22 18:25

あなたは質問をしながら,既に気付いたのではないでしょうか.


頭の良さ,という尺度は,個人ではなく,環境が決めることを.

あなたは書きました.学生時代は,優れた記憶力や理解力を持った学生が,良い頭の持ち主であったと.
又,社会に出てからは論理的思考,さらには謙虚さをも兼ね備えた総合的な力が,頭の良さの尺度であると.

求められるものは,時期によって,個人を取り囲む社会によって変化します.
それに応えられない者は周囲から悪く思われ,応える者は良く思われます.

次に,井の中の蛙,という言葉があります.
一見高評価である個体に見えても,さらなる上を基準にすれば,どん底であり得ることを意味します.

ゆえに,頭の良し悪しは,
・評価項目によって変化し,その評価項目は周囲,すなわち環境が私たちに求める能力の種類で決まる.
・評価基準によって変動し,その評価基準は主に相対評価,すなわち周囲,環境にある複数の個体群で決まる.
といった二点の特徴を持つと言えます.

あなたが「お人好し」を高めに評価するのは,上記一点目の特徴に基づき,あなたの置かれた環境が,お人好しを必要としているからであると推測できます.
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この回答へのお礼

的確なコメント有難うございます。評価基準が変われば、それによって目指す姿も変わってくるということですね。確かに自分の身の周りは「人間性」が評価される職場です。非常に参考になりました。有難うございました。

お礼日時:2013/08/22 18:32

質問者さんの意見には感銘を覚えました。


おおむね賛成です。

ただ頭が良いから成功するとは限りません。

頭の善し悪し
能力の有る無し(出世するかどうか)
ユニークさ

これらは分けて考えるべきだと思います。

・頭の善し悪しというのは、おそらく理解力、記憶力
 などが優れている、というのが本来の意味でしょう。
 しかし、質問者さんの意見の方が良いと思います。

・能力のある無しは、頭の善し悪しとは別な問題だと
 思います。
 又、能力の有無と出世が出来るかも、別問題です。
 頭が良くても、出世しないひとはいくらもいます。
 頭が悪くても、出世するひとも沢山います。
 能力があっても出世できないひともいます。 
 能力があるひとが出世する会社が良い会社で
 業績を上げる会社でしょう。

・有名になるようなひとは、ユニークなひとが多いです。
 頭がよければ有利かもしれませんが、上の方にいけば
 行くほど、良し悪しに大差は無くなります。
 ノーベル賞などは、頭の良し悪しよりも、ユニークさ
 の方が重要ではないかと思っています。
 

「頭のよさ」を感じるのはどのようなときでしょうか?”
          ↑
ユニークな考えを耳にした時です。

”それをやや後天的な、「学ぶ姿勢」とつなげてしまうのは、
 やや論理的に飛躍しすぎているでしょうか?”
     ↑
はい、飛躍しています。
ただ、私は質問者さんの考えが良いと思っています。
ちなみに、頭の良し悪しは遺伝に負うところが多いのですが、
学力は本人の努力に負うことが大きいことが判っています。
遺伝じゃ救いようがないですが、頑張れば、というところで
元気が出ます。
質問者さんの考えは、皆に頑張る力を与えるので
非常に良いと思います。
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この回答へのお礼

貴重なご意見有難うございます。やはり「頭の良さ」というくくりで人間性を含めてしまうのは、少し拡大解釈してしまっていたな・・と反省しております。純粋な頭の良さを「地頭の良さ」、社会に出てから活躍する能力を、「社会で成功する力」と再定義させて頂きます。

お礼日時:2013/08/22 18:31

どうなんでしょうね。

定義がある訳ではないですし。
質問者の定義は、私からすると、「意欲」とすべき部分まで含んでいます
(勿論、それが悪い訳でも間違っている訳でもないです)。
No.6の方の定義は、「性格」までも含むと感じますし
(頭の良い人が謙虚だというより、謙虚さも頭の良さの一条件と考えていると理解すべきでしょう)。

私は、「頭が良い」は、頭の働きに限定したいです。
質問者が「素養的な」と形容した点と、あとは抽象的思考能力と「複雑さに耐える」力ですね。
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この回答へのお礼

「頭の働き」という意味では、確かに、情報処理能力中心になりますね。その意味で、「頭の良さ」という形で拡大解釈するよりは、「社会で生き抜く力(世の中で成功する力)」と「頭の良さ」という区分の仕方にした方が良かったのかもしれません。

お礼日時:2013/08/22 18:29

おっしゃる通りだと思います。


昔の漢文に、こんなのがあります。

ダイジェストですが
(智恵者の管仲とシュウホウの二人が、戦いから戻る帰り道での話)
「二人、迷いて道を失う。管仲曰く「老馬の智用うべし」と。乃ち老馬を放ちてこれに随い、遂に道を得たり。山中を行きて水無し。シュウホウ曰く、蟻は、冬の山の南に居り、夏は山の北に居る。蟻は下に水がある場所に陣を張る」と。乃ち蟻塚の下を掘り、遂に水を得たり。
管仲の聖(かしこさ)、シュウホウの智を持ってするも、その知らざるところに至りては、老馬と蟻とを師とするをはばからず」

私は「本当に頭の良い人」って、無駄なプライドを持たず、だれの意見からも上手に経験を引き出す人だと思います。私も自然すべてを師と仰げる人間になりたく思っております。
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この回答へのお礼

有難うございます。色々な物事を吸収したいです。ただ、最近は昔と違って、あまり質の良い情報が出回っていない(低俗なネット情報の氾濫等)ことがあるので、必要に応じて良質な情報を取り込めるように心掛けたいと考えております。

お礼日時:2013/08/22 18:27

学ぼうっていう気持ちです。



ご飯食べていても、ゲームしていても、
「あっ、人生ってこういうものかも」って、
常に考えるクセをつけることです。

苫米地英人さんは、頭がいい人のことを、
「抽象度が高い人」っておっしゃってました。

なにをしていても、人生に結び付けられるのは、
頭がいいってことかもしれません。
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この回答へのお礼

確かに、抽象度が高いと、直接身に関わりのないものでも、色々な所から学ぶことができますね。非常に参考になります!

お礼日時:2013/08/22 18:26

簡単に言えば 社会に出てからというのであれば 


・要領が良いか
・相手が何を必要としているかを読む力
(行動・言葉等)
が全てだと思う。

難しく考えれば 他の方が回答されているような事なのかな。
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この回答へのお礼

社会的には、そうかもしれないですね。学問の世界とはかなり基準が異なりますね。有難うございます。

お礼日時:2013/08/22 18:23

私は頭の良さは聡明性と思います。


例え東大をトップで卒業して公務員上級試験合格してキャリアだか何だか知りませんがで贈賄受けたり、ノーパンシャブシャブでうつつをぬかしてたり外務省の出先機関職員が日本人旅行者が困って窓口に行ってもロクな仕事しないとか国内では3.11の復興予算を何の関係も無い所に予算付けるとか復興予算が3割位消化されてないとか、こんな馬鹿やってるのは頭が良いと言われてキャリア役人に成った連中と大學出の政治屋との二人三脚で毎日頑張ってる御蔭ですからーこれが日本の頭が良いと言われてて聡明性が無い日本人の代表ですからー。

古代ギリシャの哲学者じゃ有りませんが健康な肉体に聡明な知能が宿るで頭でっかちは只の知識馬鹿に過ぎませんー机上の空論だけで-結果を出さないと、日本キャリア官僚もー。
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この回答へのお礼

確かに、日本は大学教育が「机の上の勉強」に終始してしまい、「社会に出てからすること」がかけ離れていて、ちゃんと学習が人間的な成長に繋がっていないがゆえに、情報処理だけ長けて、中長期的な視野では役に立たない役人が増えてしまっているように思えます。欧米の教育体系にも倣って、改めて個人主義と教養主義の再構築が必要な時代に入りつつあるのかもしれませんね。

お礼日時:2013/08/22 18:22

論理観を抱いて物事を考えられる人。


 つまり、X(未知)を求める場合、a,b,c,d,e,f,,,と様々に条件があります。
 最初の a のみが強く印象にあり結論を見出す者は最低。
 そのほか、a,の条件に対する他の条件 b,c,dをあわせると、aを超えてしまうことが判らないのは頭が悪い。

 例えば、尖閣諸島を Xと考えれば
 その条件は様々に有ります。
 a, 編入した条件
 b, 登録条件(誰が管理しているのかそして力は)
 c, 日本国民の感情
 d, 日本国民の人口
 e, 中国の経緯
 f, 国民感情及び人口
 ,,, その他もろもろ
  この中に、石原氏は、裕次郎と一緒に尖閣諸島を再三訪問した条件が強く現れていましたね。
 彼の頭はバカとは云えないが良いとはいえない。
  

 これらを総合的に組み合わせ、回避できる政策を考慮できるものを、頭が良いと云えるでしょう。科学も同じ、計算も同様。
 暗記して東大を受かって卒業しても頭が良いということには絶対にならない。

  人間の知能は学歴のみでは無い、全ての人達に頭の良さ(知能)を得る条件は同じと思います。

 誰がバカであるとは云えない。

 参考になりませんかな
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この回答へのお礼

有難うございます。社会に出ると、複合的に物事を考える力(複雑性をひも解くことのできる力)が必要になりそうですね。学校で学んだことを、実際に社会に生かしていくことも必要になりそうです。日本・中国のニュースを見ていると、どちらも複合的に捕えることができず、非常にレベルが低いと感じます。欧米が正しいとは思いませんが、政治・社会分野であっても、常に客観的な視点を持つようにしたいですね。

お礼日時:2013/08/22 18:20

テクニカルスキルとヒューマンスキルがありますね。


前者は、計算とか記憶、何かの技術や技量に長けていることを意味し、後者はコミュニケーション、相手の話を理解して自分の考えを的確に述べたり表現したり、それを企画や提案にもっていく能力に長けていたり・・・そういうことを意味します。

一般的に頭がいいとは前者を指しがちですが、実のところ社会に出て役立つのは、テクニカルスキルよりもヒューマンスキルの方が大きいです。
テクニカルの部分は、ヒューマンスキルを具現化するための土台です。
テクニカルスキルばかり目立っていたら、頭でっかちな人になります。
東大生が社会に出て使い物にならない話を聞きますが、これはまさに頭でっかちの弊害です。

頭がいいとは、テクニカルスキルとヒューマンスキルのバランスがいいということです。
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この回答へのお礼

有難うございます。少なくとも社会に出てからは、ヒューマンスキルも頭の良さに含まれるとすると、ガリ勉君は、「頭が悪い」となってしまいますね・・・。

お礼日時:2013/08/22 18:18

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