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宮城谷昌光の著書にて「武田信玄の書状でも漢文は文法的に間違ってる事が多い」のような事が書かれておりました。
勿論祐筆もいたでしょうし、祐筆が間違っていた可能性もあります。
秀吉のように祐筆がいるからこそ「自分に敬語を使う現象」という説も生まれます。

が、本人や受け取り手が読む事もありますよね。
それも信玄が読むくらいで文法がそうであれば、日本は独自の文法で漢文を使っていたのでしょうか?

A 回答 (4件)

日本の漢文というのはもともと中国の先進文化を取り入れるため


中国語を習わずとも中国の文語文を読むために発達したものです。
つまり、書くことには重点を置いてなかったのです。
武田信玄の書状をここに示していただければアドバイスできると思いますが、
それが無いので、論語、郷党編の一節で説明します。

原文に「唯酒無量 不及亂」とありますが

「ただ酒は量なく乱に及ばず」と読むのか「ただ酒は量なし、及ばざれば乱す」とでは
全く意味が違ってきますが、中国語を解する方であれば後者はあり得ないと判ります。
これが漢文を読むだけの方ですと、どちらが正しいのかわかりません。

漢文もよく勉強すれば、正しい文章が否かがわかってきますが、そこまで達するのは至難の業です。
遣唐使で極めて立派な漢文をかけるのに、中国語は全くできない僧侶がいて、現地で驚かれたというエピソードも
ありますが、それは例外でしょう。

日本人相手の漢文の手紙ですと「俺は教養がある」というところを見せつけたくて書く場合も多かったようです。
当然、文法無視の漢文もザラにありました。
それでも、読む方も日本人ですので、前後の文脈から、言いたいことは判ったようです。
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そもそも文法体系という考え方がなかったのではないかと思います。


 先の答えにもありますように、中国語が日本に入った時に読み書くために、白文やらレ点などを開発して理解(しようと)したわけです。つまり、いまでいうハウツウみたいなもので、”いろいろやってみたら、こうするのがよさそうなので”文法という名のルールにしました、というだけのようです。

 本来、体系化された文法であれば、元の文章の読解だけではなく、逆に文法のルールから言葉を抽き出すことができるはずですが、日本語の文法ではあいまいで、識者とかいう連中がいっているのはみんなそろって解釈のみ。

 本来的にも日本語文法ではなく、国語などと称していたわけですから、結局(漢文もふくめて)文法を体系化できなかったということでしょう。
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No.1です。



>申し訳ないのですが、英語には疎いので日本人の書く英文という例えがよく分かりません…申し訳ない…。

文法ではありませんが。

某大学の学生食堂では、最近留学生も多いので食券の自販機に「英語」タイトルを追加しました。

「うどん」は「 Noodle 」です。
その横の「トッピング」の「きつね」のボタンには「Fox」と書かれていました・・・。
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独自の文法というより、「日本人が書く中国語文章」だったのでしょう。



今だって、日本人の書く「英文」はそんなものでしょう?
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
申し訳ないのですが、英語には疎いので日本人の書く英文という例えがよく分かりません…申し訳ない…。

お礼日時:2017/06/15 13:26

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