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過去の歴史本で見ると実際に忍者がいたのは分かるんですが、忍者ハットリ君みたいな事が出来た忍者は本当にいたのでしょうか。常識的に考えると容易に天井裏に隠れたり、2m超えのジャンプはまず無理かと思うのですが・・。

A 回答 (9件)

こんにちは。



>忍者ハットリ君みたいな事が出来た忍者は
>本当にいたのでしょうか。

忍術は、体術も勿論ですが頭脳を使った科学です。 起源については中国からの伝来等諸説あるそうですが、「修験道」や「陰陽道」や「密教」と深く関係があると言われており、山伏のゲリラ戦法が近いらしいです。
活躍した時代は、長享元年(1487)です。最も忍者が必要とされたのが戦国時代で、偵察や情報収集をしたそうです。江戸時代になると平和が続き、忍者の活躍の記録は島原の乱が最後になっています。

>常識的に考えると容易に天井裏に隠れたり、
>2m超えのジャンプはまず無理かと思うのですが・・。

忍び込んだり、逃げたり(遁法)隠れたり(隠業の術)するのは忍者の得意とする所でした。手裏剣や忍刀を使用して戦うのは、本当に最後の手段だったそうです。
忍び込む際には、開器と呼ばれる扉を開けたり鍵を壊したりする道具が使われます。また忍び込み方には決まり事(忍び込む時期や時間帯、多人数の場合はその順番、番犬対策等)が沢山あり、その準備にも用意周到でした。
2m越えのジャンプは、#5の方の仰っている2人1組でジャンプする方法があり(人馬)、より高い物を越えるには3人1組で行います。塀を越える場合等ですと、1人でも刀の鍔に足を掛け駆け上る方法があります。その際は下げ緒を口に咥え上ったら刀を引き上げます(つり刀)。

因みに実際に居た忍者は、服部半蔵正成、風魔小太郎、二曲輪猪助、百地丹波、伊賀崎道順、加藤段蔵、熊若…等が手元の書籍に載っています。
#4さんが『忍たま乱太郎』を掲げられてますが、アニメではなく原作である漫画の『落第忍者乱太郎』の原作者は史学科卒で忍者については勿論その時代背景や風俗等も史実に基づき描かれています。

後は、「忍者」をキーワードに検索すると結構面白いサイトさんがありますね。お時間があれば見てみるのも宜しいかと思います。
では。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=959254
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現在の常識は必ずしも当てはまらない、と考えます。

もちろん、超人的なことは無理でしょう。ですが、素質のある人を鍛錬することで今の人以上の運動能力を持っていたとしても不思議ではないと思います。
忍者ではない武士にしても、かなりの重さの刀剣を使っているようですから、相当の体力はあった可能性はあると思います。
今のオリンピック選手以上の体力と運動能力があっても不思議ではないでしょう。なにしろ命がけなのですから。

5mのジャンプは無理にしても2mなら十分可能ではないでしょうか? 走り高跳びの記録も2m以上ですし。

5m近い壁を大した道具なしで乗り越えたり、壁の角を腕と足を突っ張ることで上った脱獄犯もいるそうですから・・・。
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勝手な想像ですが。


超人的な行動ができるようにあえて見せかけていたのではないか?
というのはどうですかね。つまりトリック。
「あんな超人的な忍者集団を抱えている組織には歯向かわない方が
いいだろう」と思わせる効果が期待できるのでは?
水蜘蛛もそれっぽいアイテムを見せることによってあたかも技のみ
で水面を歩いていると思わせるには有効なものでしょう。
だから現存している。(本物だとしたらね)
だとしたら,あちこちでパフォーマンスを行っていたに違いない。
これほど世の中に情報が残っているのもそのためでは?
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こんにちは。



2m越えではないのですが、人の頭上を飛び越える技は古流武術のいくつかで実在しました。

現在はほとんど失伝してると思われますが、昭和初期までは実在が確認されています。

失伝した原因は、技術の発達による肉体労働の大幅な減少、生活様式、食生活の変化による筋力の衰えで、昔の人は今の人からみたら驚異的な筋力を持っていました。

飛脚や人力車を考えてみて下さい。
農家では米俵を二ついっぺんに担ぐ人は珍しくなかったです。

また、体力が落ちた割に背は高くなったので、建築物もそれに併せて背がのびました。

昔の日本人は小柄で体力があったので頭上を越える事は今よりよほど可能であったと思われます。

忍者の基本はサバイバル能力です。
今はいろんな機材がありますが、昔は今のように道具が溢れてるわけじゃないので、自然にある物をいかに応用して行動できるか、人混みのなかで目立たないようにする手段などが重要であったようです。

時代劇で出てくる忍者はやたらと沢山の手裏剣を投げまくりますが、あんな事したらすぐに使いはたしてしまいますよね。(笑)
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忍者の実像としてはスパイですから、驚くような超人芸が出来たかは疑問です。


先日「甲賀忍術村」へ行ってきましたが、人間の目の錯覚を利用するような仕掛けは多々ありました。
壁が回転して逃げる仕掛けも、半回転しかしないようになっていて、巧く逃げたが壁が1回転してネタばれしない工夫がありますし、水面を歩く水クモも、少年団が練習してましたが、かなり難しそうです。
水クモは馬車の車輪のような形で、その上に乗った方が水面に渡したロープを手繰りながら渡ってました。
実はこの時失敗して水に落ちた少年が、私がちょっとわき見をした瞬間に何事も無いかのように(勿論衣装もぬれずに)また渡っていたので、一瞬「本物の忍者」と思いました。
実は双子で、落ちた少年はずぶぬれで池から上がってきました。(名古屋の少年団の訓練のようでした)
昔は蛍光灯とかありませんから、薄暗い中でやられると人間が消えてしまったり、ムササビのように飛んだり、そんな風に見えるのでしょう。
2mのジャンプも、2人で組んで持ち上げてもらいながら飛べば可能ですし、天井の桟を掴んで張り付くのも、体操の得意な身軽な方なら、予め切れ込みを作って細工しておけば出来そうです。
幕末になると殆ど「小役人」になってしまったようですが、戦国時代はこうしたテクニックを使って、諜報活動をしていたのでしょう。
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何処まで出来たかは謎ですが


少数部族の為力では勝てないので情報を奪い
対立する組織に情報を渡して破壊してもらう。
って言うのがどうやら手のようです。
まさにスパイって奴ですね。
わかり易いのは忍玉らんたろう」あの程度
が現実かと 笑
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 まず、忍び装束で昼間から歩いてる忍者はいませんね。

2mジャンプは立てた刀を蹴って壁の上まで飛びあがるものはあったようです。天井裏に隠れる事は難しくないと思います。何日間も潜んでいることがあったと考えられているようです。水グモなんかは実際実物が残っているようですが、実験ではとてもあれを履いて水の上は歩けないとのことです。

 基本的にスパイであり暗殺者も兼ねる感じでしょうか。ちょうど伊賀、甲賀、(柳生)のような周囲を山で囲まれ、かつ強い豪族クラスに囲まれたことで、すばやく情報を得る必要性や突然の御隣さんの反旗に対応できるように一族が進化したようです。山岳奇襲戦術を基本にしていると言っている本もあります。
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中国雑技団ぐらいの動きはしてたかも。

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 忍者は超人ではありません(^^;


 実在の忍者は、ヨーロッパ圏でいう「スパイ」であり、当然、超人的な能力や不思議な武器なども持っていませんでした。

 現在のスーパーマンみたいなイメージは、明治に入ってから流行した数々の忍者物語の影響が大きく、それらの物語には本来の忍者の姿はほとんど描かれていないと言っても過言ではないでしょう。
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