プロが教えるわが家の防犯対策術!

いくら 世の中が悪くなったからと言って、悪者を簡単に
排除するような事をなさったのでしょう?
昔 学校で悪さをして授業中にもかかわらず、その子の
授業を受ける権利を無視し、゛廊下に立ってなさい゛
と 同じかな~なんて。
今だから 人間として生きる権利 は?
と 思うのかしら。
 
 クリスマスが近いので ふと 思っちゃいました。

A 回答 (15件中1~10件)

ノアの箱舟(方舟とも書きます)について、おもしろいご質問ですね。

天罰のイメージが先行していますが、物語の意図はむしろ後述するように歴史観であって、単なる勧善懲悪ではなさそうです。

◆旧約聖書『創世記』にみられるこの物語を、これだけ取り出して単独で考えるわけにはいきません。
 『創世記』にはいろーんなことが書かれていますが、ノアの方舟で関係してくるのは、
・天地創造の問題:世界の主宰者は神であること
   (進化論は科学的説明で、
      自然淘汰・適者生存が自然界の原理とした
    創世記は宗教的説明で、
      すべてに神の意志が働くとした)
・悪の問題、人間の罪の問題
   (罪の本質は、神に対する背反である)
という世界観です。
ノアの方舟の直接の原因は、人間が神を忘れて自己本位に生きたことであり、その罪がいかに大きかったかを示す物語なのです。神の罰を描くことが直接の目的ではないと思われます。
 昔起きた大洪水の言い伝えが、宗教的に昇華されたものかも知れませんね。

◆洪水のあと、虹が出るのを知っていますか?
 これは、天と地をむすぶもので、神と人との契約のしるしです。神は、もう二度とこのような形で人類を滅ぼさないと約束し、そのしるしとして虹を置いた、と書かれています。
 人間が神に背いたあと、再び契約を結びなおして、人類と神とは、もとの関係に戻ったわけです。

◆(旧約)聖書はユダヤ教の伝統で受け継がれてきたものです。キリスト教徒も、これを大切に受け継いでいます。
 キリスト教徒は、大洪水とノアの方舟を、「洗礼」の予型と考えています。
 初期のキリスト教会では、洗礼式といえば、水にざぶんと全身を浸すことでした。(現在でもやっている教派はありますが、現在の主流は額に水をちょっとずつ三度に分けて注ぐという形式です)
 洗礼によって、全ての罪が清められ、神と人との関係が新しく生まれると考えられ、ノアの洪水の直後のように、ゼロからのスタートを切るという意味がこめられています。(※洗礼は消えない契約のようなものなので、キリスト教徒がたとえキリスト教徒を辞めたとして、そのあと復帰するときも、前の洗礼が有効なので、洗礼を受けなおすことはありません)

◆……というわけで、
 ノアの方舟の物語、洪水はなぜあったのかを簡潔に言えば、
(1)神から離れていった人間の世界を、罪の世界と考える
(2)神はその関係を元に戻し、罪の意味をはっきり示すために、洪水を起こした
(3)神と人との関係が再び結びなおされたしるしとして虹を置いた
という歴史観だといえます。
 神が救いを目的としてこの世に介入しているという歴史観を、「救済史」(salvation history)または「救いの歴史」といいます。

この回答への補足

 そういえば 白い鳩(平和の象徴)がオリーブの枝を咥えて飛んでいった後に、虹がかかっていた絵がありました。
 みなさんにお伺いしてよかったです。
確かに色々な解釈があるが為に、キリスト教も
色々な宗派があるのですね。

補足日時:2004/11/26 22:47
    • good
    • 0

「ノアの箱舟」の大元の物語があって、それをユダヤ教が取り入れ、それをキリスト教が取り入れたのですね。


大元の話は、王様が船を作って人々を救ったという話
ユダヤ教は、人類は自分たちの祖先から始まったという話(それ以外は滅んだ)
キリスト教は、神による救済の話
それ以外の宗教にも違う話として、この大洪水のことが出てきます。
    • good
    • 0

 簡単に排除したわけではないようですよ。


 聖書をよんでみますと、アダムとエバが失敗してエデンの園を追放された時、無慈悲に追い出したのではなく裸の恥を表さなくてもいいように衣を与えられました。エジプトからカナンへの大移動の時、イスラエルの民は、神様を信頼せずに大きな不満(つまり民全体がそのような思いになった)を少なくとも八回はたらたらと述べ怒りを買いましたが、カナンへの道中も、また、その後も守られていました。バビロン捕囚のときも。

 (1)つまり、神様は聖であり、公平なお方であるので、罪(分かりやすく言うと悪いこと)を罰さないわけにはいかない…ん~、ちょっと難しいかな。つまり、だれかをヒイキするわけにはいかないんですね。ダメな事はダメだと。それはとても明瞭です。基準もはっきりと伝えていらっしゃいます(^^)ゞだから、洪水で悪い人を滅ぼしました…おしまいおしまい…、ということならば、とても分かりやすい。
 
 ですが、ここで、『箱舟』が出てきます。ノアさんという人が出てきます。ノアさんは、神様の言うとおり、箱舟を作りました。もし、神様の意図が滅ぼすだけなら、わざわざ箱舟なんぞ作らせません。助かるために、作らせました。(ノアの箱舟に関するHPありました。参考URLどうぞ)
 ノアさんもマジメです。言われる通り作りました。かなりかなり、デカイ船です。どのくらい大きいのか、聖書には単位まで記されています。この材料を揃えるのも大変だったでしょうし、かなり失笑も買ったと思われます…「なんだよ、あいつ。あんなにデカイ船なんか作って…」「多分いかれているんだよ。『神様がそう言った』なんて、信じられるか?」「そんなことより、今が楽しけりゃいいじゃん!」:まぁ想像ですけど(^_-)
 ただ『洪水前の日々は、ノアが箱舟にはいるその日まで、人々は、飲んだり、食べたり、めとったり、とついだりしていました。そして、洪水が来て、すべての物をさらってしまうまで、彼らはわからなかったのです。…(マタイ24:38-39)』とあるとおり、それが本当だとは思わず、気にもかけていなかったようです。目の前に、だんだんと箱舟が出来、動物たちも入り、ごくごく一部の人たちが、神様からの警告を無視せずに、生きる道を選んだのとは逆に・・・。

 そういうわけで、洪水前にも、神様は生きる道も用意されていました。どんなに失敗しても、回復する道を示しておられます。誰かが「神様、あんたが用意してくれなかったから、こんな風になっちまったんだ。」などと、決して非難できないほどまで、誰にでも助かる方法が示されていました。作るのが面倒!?なら、出来上がってから、「やっぱ、入れさせて~」とちゃっかり箱舟に入れさせてもらえばよかったのです。神様ご自身が、人が滅びるより、助かるようにと思っていらっしゃるのですから。

 (2)そういうわけで-ていうか、説明不足ですが-、神様は愛である方でもあります。永遠の愛をもって、人を愛していらっしゃる御方です。あの当時も助かる方法を示されましたし、今もその愛は変わりません。だから、人はそれを受け入れるか、それとも拒絶するかを選ぶことができます。

 だから、神様が人の生きる権利を無視したのではなく、人の方で生きる権利を放棄した、とも言えますね。

参考URL:http://plaza.across.or.jp/~sugino/syukai.html
    • good
    • 0

なんだか非常にあげ足取りで申し訳ないのですが、こういった質問は哲学のカテですべきじゃないのかな、と思います。


キリスト教を信仰する人にとってはキリストの復活等は歴史的事実なのかもしれませんが……。

私は小さい頃日曜学校にいっていましたが、その頃からたくさんの矛盾というか疑問を感じていました。
なのでわりと否定的な考えを持っているのですが、ノアの方舟の話等は「神様なんてそんなものさ」と思っています。
ソドムとゴモラだって滅ぼさなくて良かったと思いますし、振り返っただけで塩の柱にするなんてひどいじゃないですか?
(今そんなことがあったら同性愛者の権利向上団体とかから批難がすごそうです)

大洪水については、昔現実にあった大洪水が神話化された、もしくは他の神話等にも見られる「世界が一度滅んでまた新しい世界が出来た」という流れの一つではないかと思います。
    • good
    • 0

神は人や動物を洪水によって地から拭い去ると決めたとき悔やんだ、とあります。


それは人を滅ぼさねばならないことを残念に思ったという意味です。
ノアは義の伝道者とも呼ばれているので、箱舟を造りながら他の人々に滅びが迫っている事を伝えたのでしょう。ノアとその家族の合計8人で建造した訳ですから何十年間もかかったと思われます。
他の人々は悪い行いを悔い改める機会が十分に与えられた訳です。
滅ぼされた人々は自業自得と言えると思います。
    • good
    • 0

あの神様は結構人間臭いですよ。



こんな話も読んだことがあります。
ある男(名前忘れ)がいました。
一生懸命神を信じていたので神も目をかけていました。
ところがサタンが「今はあーやって信じてるけど、いざ不幸になったらどういう反応するか判らんですよ」と言ったため、「それなら試してみよう」ということになりました。
いじめ程度のものではなく、やれ病気だの天災だの結構ひどいことをしたような気がします。死人も出たかな。どうだったかな。
男が「神様、一生懸命信じてるのに何故こんなことをなさるのですか!」と言うと神様は「貴様わしに逆らうのか!」とキレて更にひどい仕打ち。
結局男がまた反省し、神が許すという展開に。
書いた人が悪いのかもしれませんが、これじゃ良い人間の方がましですよ。

権利ということについては、神は造物主ですから、人間を物扱いしているのでしょうね。
    • good
    • 0

旧約聖書を信ずるユダヤ教を初めとする、砂漠の宗教の神様は過激です。

 神の教えに背いたり、他の神を信ずる人間は滅んで当然という考えです。
    • good
    • 0

「ノアの箱舟」の話を考えた当時の人たちは、罪人は罰してよいという考え方をしていました。

「目には目を」といった報復の考え方も普通のことという考え方でした。
そして、当時は身体障害者や不治の病にかかっている人も罪人だという考え方が普通でした。
つまり、この話が作られた当時は、悪人は死んでもよいというのが普通の考え方でしたから、その人たちが考えた「神」にもその普通の考え方を当てはめたのだと思います。現代人がどう解釈するかは別ですが。

後に、キリストが悪人にも愛をと説いたのですね。
    • good
    • 0

つまらない事ですが、一言。


箱舟を作ったのはノアです。
神様は「作れ」とノアに啓示しただけです。

この質問文で
「そうか~、神様が作ったんだ~」と
思ってしまう人がいると困るので
敢えて書かせていただきます。

この回答への補足

 ごめんなさい。言葉が足りませんでした。
確かに ノアさんが神様に言われて 作り始めたのでしたね。で 出来上がった時にはノア一家(一族?)に
なっていたようですね。

補足日時:2004/11/26 22:55
    • good
    • 0

ノアズアークのビデオを見ると疑問がわかります。


良かったですよ。

ノアは神の言葉(お告げ)の通りの行動を素直に行った結果、ノアだけを助けてくれた。

神は絶対に偉いからという宗教的思想からきていると思います。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!