プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

太郎君は農家の三男として生まれた。
家族は祖父母、両親、2人の兄がいた。

古い価値観における農家の三男には存在価値が無い。祖父母、両親の期待や関心は全て長男に向けられる。その傍らには次男がいて、目が向けられるのは次男までである。三男の太郎君はいつだって蚊帳の外。家族のおまけ。余りカスとして育てられた。

「弟は兄を立てなければならない」
「兄の言うことを絶対に聞かなければならない」
「弟はいつだって兄の下でなければならない」

長男と次男はいつも新品の服を着て、太郎君はそのおさがりを着る。同じ成績でも長男と次男は褒められ、太郎君には無関心だった。

明確な教育方針の中で太郎君ははっきりと認識した。これから先何をやっても褒められることは無いだろうと。兄よりも良い成績を取っても、兄達が出来ないことをやっても、兄達よりすごいと言われることは無いだろうと。太郎君が小学生の時である。

中学になると太郎君は悪いことで目立つようになる。夜な夜な悪友と出かけ、警察の厄介になることも度々あった。太郎君には居場所が必要だった。自分の存在を認めてくれる人が必要だった。理不尽に対する鬱憤を晴らす場所が必要だった。

祖父母は太郎君に冷たい目線を向けるようになる。両親は長男と次男に太郎君の教育を任せるようになった。教育と言ってもダメな弟として偉そうに説教をするだけである。

太郎君は高校生になった。兄二人はというと、長男は浪人生を経ても両親が行って欲しかった第一志望の大学に合格できず、第二志望の大学に進学した。次男も両親の希望する大学を目指したものの学力が足りず、結局推薦で中途半端な大学に進学した。

高校生の太郎君は家に寄り付かなくなっていた。社会から少しはみ出た者達とつるんでいた。友達というよりは利用価値を考えてつるんでいた。その中でとりわけバンドマン、パチプロ、ヤ〇ザの下っ端の3人と時間を過ごすことが多かった。寝泊りしたり、お金を稼いだりする上で必要だったからだ。

ヤ〇ザの下っ端は太郎君が通う高校の近くで一人暮らしをしていたため、普段はそこで寝泊まりしていた。バンドマンは音楽スタジオでの単発バイトを紹介してくれたり、ヤ〇ザの下っ端の家に人が来る場合には音楽スタジオに泊まれるように口利きをしてくれた。パチプロはお店の人と内通して設定を知っていたためイベント時には儲けさせてくれた。

乱れた生活の中でも太郎君は留年も退学も無く高校に通った。必要な出席日数もクリアし、成績もそこそこを維持した。高校の外で勉強する事は無かったが、高校にいる時間はちゃんと勉強した。授業進行を無視して授業の時間を自習時間として利用していた。授業時間の自習だけでそこそこの成績を維持できるくらい太郎君は勉強が出来たのである。

高校2年が終わる頃、高校内では大学受験の話題が多くなり、太郎君も進路について考えるようになる。頭をよぎったのは両親が希望し長男と次男が入れなかった大学のことだった。勉強時間をちゃんと作れば合格できるような気がした。

パチプロのおかげで手元に現金が70万円あった。それを使って進学塾に通うことにした。高校では強制的に進路相談会や三者面談などがあり、母親と会う機会があったが、母親には進学しようと思っていることは内緒にした。担任教師にも直前までは内緒にして就職希望と伝えていた。

内申書を作成する時期に進学希望と希望する大学名が両親にも知られ、三者面談では呆れた顔をされた。全く信じていなかったのだ。高校を卒業できる事にも驚いていた。両親の希望は犯罪者になって家に迷惑をかけないこと、ただそれだけだった。

結果から言うと、太郎君は合格した。両親が希望したものの長男も次男も合格できなかった大学に太郎君は合格した。両親は太郎君に相談することなく入学金と授業料を収めた。太郎君が入学金の金策をしている時にそれを知った。

学費を払ったからといって両親が太郎君を認めたわけでは無かった。それどころか両親の太郎君への態度はより硬化した。兄達が入れなかった大学に入ることが許せないようだった。祖父母はよそよそしくなっていた。余りカス、家の面汚しと罵り偉そうに説教をしていた二人の兄達は、それ以来太郎君に何も言えなくなった。

大学進学のために上京してからは家族と疎遠になった。大分後の話をすると、祖父母の葬式で会うことになるが、兄達の結婚式も連絡すら無かった。葬式の際に結婚した事実を知った。

大学で太郎君はいつも一人だった。一人で平気だった。自分は周りと違うと感じていた。自分の居場所に思えなかった。そのまま大学を卒業した。単位取得のために利用し合う関係の人間はいたが、友達と言える関係性の人間は出来なかった。アルバイトするだけの大学生活だった。

太郎君は就職した。大学の学生課に来ていた求人だった。倍率も低くすんなり就職できた。だが半年もせずに辞めた。どうやら太郎君には協調性が無いようだ。問題が重なり、最終的に上司から自主的に辞めることを促され、居づらくなったため辞めた。

太郎君は人間関係を構築するのが苦手なことに気付いた。そのため人とあまり関わらないで済むアルバイトを掛け持ちして生活費を稼いだ。

それから時間は流れ、太郎君は30代になっていた。その間に何人かと交際したが長続きしなかった。この頃には人間関係の構築への苦手意識を明確に自覚していた。

なぜ人と上手く付き合えないのか。太郎君は自分の生い立ちを回想して考えてみた。そして上手く人間関係を構築できた経験が無いことに気付いた。

普通は幼少期に家庭内で社会性が養われ、中学高校で協調性を学び、友達関係を通じて人との付き合い方を学んでいく。一方で太郎君は幼少期に家庭内で社会性が養われず、中学高校でも社会から少しはみ出た人間と軽薄な関係性を作っただけで、普通の人とはほとんど関わらなかった。社会性や協調性に問題があったから大学でも友達が出来ず、社会に出ても厄介者扱いされたのだ。太郎君なりに努力してみても上手くいかなかったのは、そもそも人と付き合うに当たっての土台が無いのだと知った。

太郎君はさらに回想してみた。他人と心の底から笑い合ったことがあっただろうか、他人と気持ちを共有し一体感を得たことがあっただろうか、他人と気持ちが通じ合えたと感じたことはあっただろうか。そして太郎君は今まで一人の世界の中で生きてきたことに気付いた。

しかし気付いたからといってどうすればいいのか太郎君には分からなかった。

太郎君はどうすればいいですか?
太郎君は人と心を通わすことができるようになりますか?
30代の太郎君がこれから社会性や協調性を学び直すことは可能ですか?
カウンセリングや心療内科は太郎君の役に立ちますか?
太郎君を助けてあげてください。

質問者からの補足コメント

  • へこむわー

    切実に助けを求める質問に回答が付かないこの場所に、存在意義はあるのだろうか。
    回答しないあなた、助けを求める人を助けようとしないあなた、そもそも質問文を読むことすら面倒だと思ったあなたは、軽薄で非情で心が無い偽善者だ。今後二度と良い人面はせず、自己紹介する機会があれば「自分さえよければ良いと思ってる薄情な自己中です」と名乗って生きてください。

      補足日時:2022/11/20 20:01

A 回答 (3件)

好きな人をみつけて幸せな家庭を築いたり、やりがいのある仕事をみつけたり


生きがいを探すことがいいのでは

わたしも探しているところ
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検討違いの回答だったらすみません。


内容を読んでも実際の人となりがわからないので、どうして厄介払いされるかが判断がつかずざっくりした回答になりますが…。

太郎くんは好きなこと、きらいなこと、趣味など自分自身について言葉にできますか?
自分の中で自分の存在がぼんやりしていると、どんな人と相性が良いのか、どんな人と一緒にいたいかもぼんやりして、「人自体が苦手」という結論に至ってしまう気がします。
まずは自分の気持ちと向き合ってみてはどうでしょう?

協調性・社会性を身につけるための方法として思いつくのは、やっぱり挨拶でしょうか。
近所の人と挨拶するとか、買い物する時にレジの人に「ありがとう」と声をかけるとか。
褒められて嫌な気持ちになる人はほとんどいないので、相手の持ち物とかファッションとから見えるところでいいなと思うことを褒めるのもおすすめです。私は接客業なのでお客さんを褒めることが多いですが、行ったお店の店員さんに声をかけることもあります。
自分から声をかけることができる回数が増えると、自己肯定感が増して人と関わる自信になるように思います。

カウンセリング・心療内科が役立つかどうかは人それぞれ、かかる先生にもよると思うので、本気で変わりたいと思うなら一度かかってみるのも手ではないでしょうか。
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「古い価値観」など他人に責任を転嫁している限り永久に無理だ

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この回答へのお礼

質問文を読んでください。

お礼日時:2022/11/20 19:45

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