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アルマが、神を謁見した日、聖なる死者が鏡の奥で最後の審判を待つところだった。鏡に、アルマは映らなかった。それは何を現すかもわからない。死も生も駆け抜けた、あの鮮やかな夜を、アルマは今も覚えている。
 アルマの部屋に陽が差し込み、アルマはそれをもとに今日も目覚めた。ダレかが死に、ダレかが生きて、そしてダレかを愛でた希望の朝に、死者はいつまでも天国への旅を待つこともなかった。
 アルマが街に出て、外を歩いた。外にはいろんな建築物があった。ことごとく神は瀕死の重病人の最期を、見ようとはしないのだ。そして神は人の死を待った。太陽が降りたのと同時に重病人は死者の書に名を書かれて弔いを待つことになった。行旅死亡人の集まりだった。それはダレを宥めるのかもわからない。まだ朝は夢を壊すことがなかった。
 アルマは空を見た。空は紺碧にくれない、そして朱い夜の訪れをもう少しの楽で音を切るのだろう。
「いつくしみには正義に新しい内容をもたせる力があります。それは、ゆるしとなって表現されます」
 という、教皇ヨハネ・パウロ2世の祈りが空からささやかれた。
 世界が壊れるにはまだ時間が足りない。アルマは世界を修復する係りを名乗り出た。それは死を知る人間が最後まで待ち望んだマボロシなのかもしれない。
 アルマが謁見した鏡の奥に神が存在した。そして神に仕えるトマス・アクィナスが神の存在証明を神学の文書として信者に配っていた。それから少ししてある修道士によりヴィッテンベルク城の教会の扉に提題が張り付けられた。宗教改革の始まりだった。帝国議会もその修道士を呼び、修道士は「ドイツ国のキリスト教を信ずる貴族へ」という演説を帝国議会で行った。修道士は「魂は贖宥状では救われない」と演説した。少しして神聖ローマ皇帝カール5世が現れた。「1415年にフスが火刑に処されたことは知っているだろう。主張を取り消しなさい」と修道士に勧めたが、修道士は拒否した。次には教皇レオ10世が出て修道士に破門を言い渡した。最後には煉獄で魂の浄化を待つ最後の東ローマ皇帝コンスタンティヌス11世が夢から覚めてアルマを修道士に導いた。アルマは薔薇を修道士に渡した。その瞬間讃美歌が鳴り響いた。清らかな国で熾天使が斉唱した神の歌を、まだアルマは聴いたことがなかった。
 こうしてアルマは初めての神の国の訪問を日記に記載した。

鏡の奥から戻ったアルマはベッドに横たわった。横たわり、天井を見た。白く、何かに吸い込まれるような、そんな白だった。そろそろソラから陽が昇りそうなころだった。青白い光がまだ朝の音を知らしめるには時間が足りないのだろう。アルマは鏡に向かって朝を映した。朝はまだ世界が始まりを告げた人間の希望を以って死者を弔うのだろう。

 アルマの両親はすでに死んでいる。アルマは高校を卒業して大学に進学せずに家で暮らしていた。そして死の天使と契約を結んだあの朝を、アルマはいまでも覚えている。死の天使から「あなたが願うならあなたの希望を与えよう。ただしそれには一つだけ条件がある。今ある名前を捨てることなのだ」と、死の天使から説明があった。あの朝にアルマは手首を切って危うく死にそうだった。死の寸前に冥府を訪れた死者の国にソクラテスから始まってプラトン、アリストテレスと哲学のフィロソフィアがいた。アルマは少しでも近づきたかった。そこに死の天使が現れた。正式名をアズラーイールという。イスラム教神学に出てくる天使でアルマがその姿を見たのはそれが初めてだった。死の天使はアルマを気に入り、もう一度だけ生きることのできる契約を結ぶことにした。そしてその条件は今まであった彼の名前を捨ててアルマという名を名乗ることだった。
 アルマは了承を出した。
 死の天使は「私はアルマの願いを1つ叶えてあげます。そしてそれが終わった瞬間、あなたは時計の針が落ちたファウストの如く、私に仕えるのだ」とアルマに告げた。
 メフィストフェレスの止まった時が終わりをそろそろ告げそうだった。まだ夢はローマ帝国の始まりの皇帝アウグストゥスが民衆に共和制を返した紀元前27年で止まっていた。そこでは火の戦車がタタールの砂漠を信仰していた。
 始まりの地にアルマはいた。アルマという女性名を名乗らせた理由は死の天使は説明をするつもりはないようだった。

 始まりの地で3年がたち、アルマは死の天使に名前を付けようと考えた。死の天使はアズラーイールというから略してアイル、とアルマは名付けた。アイルの特技はなめらかなテノールの声だった。その声は人を魅了するには十分だった。アイルは始まりの地で始まったことを語ろうともしなかったし、始まらなかったことも語ろうとはしなかった。ただ、始まりの地で天地創造は終わり、神が存在した証拠は消えたのだ。神は存在しない! なにもかも我々が死を弔う朝は朝陽の前になく、ただ神に仕える教皇にアルマは人差し指で一つ指を指した。その指は神に仕える清い過去を願うには時間が足りなかった。人々は生きているために、そして人々は死んでいくために、人生というただひとつの物語を紡ぐ。その物語は希望で奏でられた朝をまだ時間で句切るには早かったのかもしれない。
 アルマはその日も朝を迎えた。世界が始まってから何度目の朝かもわからない。ただ一つ言えるのは、朝が始まったその日に夜が訪れることもなかった。
 アルマは町をさまよった。そしてアイルも一緒に街並みを歩んだ。町は革命の跡に満ちていた。1974年の革命だった。ほとんど無血で終わった革命だった。そして軍事政権は崩壊した。街を歩き、老婆とすれ違い、若者が笑い、そして死を待つのだろう。海上帝国の帝国議会は神学者を召喚した。過去、現在、未来。そして今も尚、いつまでも夢は始まりの地にいらっしゃる。固まった泥に刻まれた聖なる夢を洩って、まだ世界は始まったばかりなのだろう。
 始まりの地には何もなくあったのは希望だけだった。

 聖書暗唱が特技だった。特技と言っていいのか疑問と言えるようなものだったが、アイルはコーランを暗唱するのに対して、アルマは聖書を暗唱した。
 アイルの願いで皇帝の間に立ち入った日を、アルマは今でも覚えている。人よ、地の子よ、精霊たちがハープを奏でてアルマは夢と希望を知ったのだ。アルマは聖書を読んで礼拝堂に行っては司教から祈りを授けられた。エノク書を持って行ったことがあるが、司教は「偽の聖典は読まないように」とだけ言っていた。パウロのように祈り働く、それを知る古代ローマの神々がSPQRという標語を掲げていた。そこにはウェルギリウスが案内してきた冥府の音が死者を弔うのだろう。
 アイルはアルマをベツレヘムの神学書院に案内した。
 アルマが取ったのは一冊の手帳だった。始まりの地を記載したひとつの本。それを知ることがない、アルマの夢はいつまで経っても死を知った朝に来た花嫁がアルマに従うのだろうか?

 アイルは手帳を知った。その手帳は決して拾ってはいけないものだったから始まりの地がガタつき始めた。聖書を書き換えることのできる権限を持ったアルマは、もう、何に縛られることのない存在だった。アダムとイヴが存在することもしなかった。新約聖書に収められているヨハネの黙示録の最後の文字から消えいき、旧約聖書の創世記まで達したとき、アルマはようやくアルマ(Alma)という名の意味を気付いた。オーケストラではチューニングはオーボエのAラから始まる。そしてそれが永遠に繰り返されるのだ。精神空間は完全に壊れた瞬間、美しいソプラノの音が聴こえたのだった。アイルが願ったのは過去を知ることだった。そしてアルマが願ったのは未来を知ることだった。もう、現実と架空の区別がつかなくなった。それはいま生きている人間が誰もが知った朝かもしれない。メンデルスゾーンが死後の世界で完成させたオラトリオ「キリスト」が演奏されていた。神学書院が完全に崩壊した瞬間だった。アイルはあと少しで完全に崩れるだろう。そしてアイルに仕えることのないアルマは帰天することが定まったのだ。そこにはソクラテス、プラトン、アリストテレス、マルクス=アウレリウス、ボダン、ビトリア、グロチウス、カルヴァン、ツウィングリ、キケロ、トマス・アクィナス、セネカ、アウグスティヌスと言った神学者、法学者、哲学者がせいぞろいして「世界はいつ始まったのか」を議論していた。彼らの答えは難解だったが、アルマにとって世界が始まったのは名士が議論しなくても自己に完結したものだった。アイルが完全に壊れるまえにアルマが言った。
「生きた。斯かく在あれかし」
 そしてアルマは手帳にアルマと名前を書いた。それがアルマの願いだった。書いた瞬間にアルマは血を吐き世界を代表した孤独と向き合い、死をためらうことがなかった。まだ死を知るには少しかかりそうだった。だが心配しないでくれ、それは死の蔭におびえることもないのだ
 アルマが何者か、神学者たちもわからなかった。その残酷な賛歌はあと少しで終わるのだろう。もう少しなのだ。アルマも異端審問に掛けられ火刑に処され、中世最後の皇帝と言われたカール5世、中世最後の騎士と言われたマクシミリアン1世と対峙し、神聖な海辺にいるのだろう。

A 回答 (2件)

辛口になります。

ご容赦ください。

単に難解な文字を自己満足のためにつなげているようにしか思いません。
それにこれってショートストーリーであって詩ではないです。
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あなたの中では物語の登場人物も背景も最後まで見ているからまとまっているように感じるのかもしれんけど、こっちはそうじゃないわけでして



難解というより、いきなり階段の踊り場に放り出されて、材料の分からない料理を食えって口に押し付けられているように感じる
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