プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

火垂るの墓という映画の中で、貯金が7千円あるという発言があり、銀行から「残りの3千円」をおろす場面が出てきます。
この当時のレートははっきりしませんが、戦前戦後のレートでみると、
(昭和16年)
米 1斗 3.321円
鉄道 東京大阪間 6円35戦
(昭和21年)
米 1斗 2.011円
鉄道 東京大阪間 15円50銭(2月)
~いずれも「1億人の昭和史・15昭和史写真年表」毎日新聞社1977年より~
となっています。
確かに当時はほとんどの食料は配給制であり、そうでなくても生産量が追いつかずにお金があっても手に入らないものはあるとは思います。
とはいえ、米500俵、東京大阪間500往復もの大金がありながら、なぜ栄養失調になるのでしょうか?
やはり正当なルートでは手に入らないため、闇で10倍とも20倍とも言われる高額な食料を手に入れたのでしょうか?

A 回答 (6件)

うーん。

新聞社の本に出ているのはマルコウ、公定価格で
この価格では品物は手に入りません。
実際に手に入る闇価格だと昭和20年で米1升70円といいます。
ふかし芋とかすいとんで5円から10円。
3000円手元にあったとしますと。
米は40升ぐらいは買えますねー。
65キロですから、大人1人が平成のいま1年で消費する米の量は買えた計算になります。
なお原作では米1升40円という価格で出てます。
主人公は原作では妹のためにニワトリの肉150円なども買ってます。
あとこの主人公と妹は養家を逃げ出してますから配給のルートがないんですね。
マルコウでものを買う手段がないから、闇で食料を調達するか盗むかしかない。
3000円でしたら、そうですね。
いま私たちが普通に3度3度のご飯を食べる感覚で、当時なら1ヶ月で消えてしまうんではないでしょうか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
なるほど、野坂昭如さんの原作では価格も出ていたのですね。
それにしても米1升70円に鶏肉150円・・・。
戦前はアンパン1個がわずか2銭5厘だったことを考えるとにわかには信じがたいですね。
しかも養家を逃げ出したせいで配給が受けられない・・・。かなり悲惨ですね。なるほど盗むしかないのもうなずけます。

お礼日時:2005/08/07 20:05

親から聞いた話によると・・・



物資の流通量が少ない→お金があっても何も買えない→戦時中手に入らないような高価な物と物々交換

農家の方も現金をもらっても使い道が無い。お米にいたっては、米穀通帳を使っていました。それでも手に入れることが出来ずに、配給。それも滞るようになったと聞いています。(映画でも配給が滞っている様子が描かれていましたよね)

戦後は闇市などで現金で色々物を購入できたようですが、戦時中は現金は役に立たなかったと聞いています。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
なるほど・・・戦時中は闇市で買うことすらできない状態だったんですね。
つくづく、戦前生まれでなくて良かったなと思いました。

お礼日時:2005/08/07 19:49

*ただ単にお金はあってもモノがなかった。

そういう時代だった。
*身寄りをなくし親戚の家も出てしまったのでいくらお金があってもモノを入手できるコネがなかった。
ということなのではないですか。
大人になってから見ると清太の身勝手さに腹が立つというのはよく聞かれる感想ですが、清太もまだまだ子供だったっていうことです。考えてやりくりする知恵が及ばなかったんです。当時と現代との差はあるとは思いますが、質問者さんはご自分の14歳の頃は如何だったでしょうか?
また清太の父親はかなりの「お偉いさん」だったようですので、清太も実のところは「坊ちゃん育ちの、生活力の無い子供」だったということなのでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
確かに14歳、しかも疎開後はろくに教育も受けられず、おばさんも親代わりの役目を果たしていなかったことを考えると、冷静で現実的な判断をしろというほうが無理かもしれませんね。むしろ戦時中という厳しい環境の中であれだけ自分たちで身の回りのことをやって、妹の看病もしていたことを考えると、よく頑張ったのかもしれませんね。
「坊ちゃん育ち」・・・そうですね。将校の息子で、東京大空襲に襲われるような都会にある家にカルピスやドロップが日常的にあり、鉄道に乗り、皆保険でない時代に病院に行け、貯金が7千円もあり・・・と考えると、当時としてはかなり金持ちの部類に入るでしょうね。

お礼日時:2005/08/07 19:39

嫌でも我慢しておばちゃんの家で生活してたらセツコちゃんも栄養失調にならなかったと思います。

意地悪なおばちゃんに早く7000円渡してれば、おばちゃんの大人の知恵ですぐに生きる術に変わったていたと思います。幼い兄妹なので、当時生きるための知恵が不足してたわけです。大金であってもお金そのものは食べられませんので、食べられないお金は終戦直前直後の人が生きるためには無意味だったわけです。私もお兄ちゃんは闇で大金を払い、悪徳闇業者からセツコちゃんのためにスイカやお米や卵を買ってきたのだと思います。でも何度見てもカワイソウな物語でしたね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
私も、意地悪であってもおばさんと暮らした方が、少なくとも栄養失調で死ぬことはなかったと思います。もっとも、西宮も空襲でおばさんの家なども焼け野原となったことを考えれば戦死していた可能性はありますが。
カワイソウな物語ですね。

お礼日時:2005/08/07 18:57

いきなりの重複投稿ですみません…


すでに約4000円分は食べていたということになるんですよね(汗
うーん、よっぽど食べ物以外にお金を使った…んでしょうか…
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この回答へのお礼

重複投稿、いっこうにかまいません。
確かに同居していた頃から七輪からはじまって色々買い込みましたからね・・・。それだけでかなりの出費にはなったと思います。

お礼日時:2005/08/07 18:57

私もこの点は以前から気になっていて、主人公がこの大金を持っていながら


畑泥棒を繰り返すという点でどうしても同情できずに居ました。

まあ、父親が帰ってくるのを待っていた訳ですし、本当に最後の最後まで
とっておくべきお金だったのだとは思いますが、その「最後の最後」が
すでに来ていたことを主人公は解ってなかったんじゃないかと思います。


全然物価と関係ない、ただの感想ですみません(汗
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この回答へのお礼

いえいえ、気になっているのが私だけでないと分かっただけで安心しました。ありがとうございます。

お礼日時:2005/08/07 18:49

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