登場人物の名前
もの申したいことがあります。
小説の中で名前の読めない登場人物がいるとその名前がでてくるたびにいらいらすることありませんか?
難しい漢字とかなら辞書で調べればいいからルビを振る必要はないと思いますが、どうして名前にルビを振らないことがあるんでしょうか?
名前なんか調べようがないじゃないですか!(そんな辞書ももっていないし)
どういうことなんでしょうか?
回答(4件)
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No.4ベストアンサー20pt
名前は一種の記号です。
記号でも、実在する特定の人につけられたものは、勝手に変えるわけにはいきません。失礼でもあり、間違いのもとにもなるからです。
しかし、小説の登場人物なら、そこにそういう人がいると思って貰えば、それだけでよいのです。
昔話のように「おじいさん、おばあさん」でもよいのですが、もう少しはっきりさせた方が小説らしくなるから、あるいは名前から人物の性格などを連想して貰う効果を期待して記号をつけているだけだと思ってはいかがでしょう。
ルビがなければ、kirara_pikaさんのおっしゃるように、自由に読んでくださいということでしょう。
書いた人が、読者の困惑を愉しんでいるということもあります。 読む方は「いらいら」書いた方は「にやにや」、そんなことで、あまり性格ののよくない作家の思う壺にはまらないようにしましょう。
以前、私も同じような疑問を抱いたことがありました。その時、知人の編集者に訊ねたところ、小説の場合は、おおかたは作者側の意図であり、元原稿にルビが振られていない場合はそのままらしいです。中には、名前に限らず、ルビ振りを極端に嫌がる作家さんもおられるそうです。その編集者いわくですが、「好きに読んでいいよ」タイプと、「これくらい誰でも読めるだろう」タイプと、まったくの「無頓着」タイプの作家さんがいるからね~、とのことでした。
同じ固有名詞でも地方によって読み方が違うことがあります。
(特に地名とか人名とかは)
どちらの読み方でも間違っているわけではないのですが、
その地域や人に関係している人たちには、よその人はこういっているが、我々はこういうんだというこだわりがあります。
ある一定のよみのルビをふると、
「私がいままでそう思ってた読み方は間違いだったのか。」
「昔、恩師がいっていた読み方と違う。」
と逆に混乱するのではないかと思います。
自分が思った読み方で自由に読んでくださいって感じでしょう。
この回答への補足
本来読書とは自分で自由に想像して読むものというのは良くわかるのですが
何となく名前がわからないと想像が膨らまないというか
これはたぶん個人差のあるものなのでしょかね。
iモードサイトで、分かりにくい人名集みたいな所があったと思います。
GPS携帯のCMでも鏑木ビルとか出てきますよね?
因みに上のは“かぶらぎ”と読みます。
知識はあるに越した事はないので、是非探してみては?
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