出会うべくして出会った、とか、いつかどこかで会ったような気がするとか、小説とかで時々聞く台詞。
一生の中で出会う人は、既に決まっている、と言った人もいました。

「めぐりあわせ」というのはあるのでしょうか。

「めぐりあわせ」というのは、どういう意味なのでしょうか。

A 回答 (3件)

「めぐりあわせ」があるか、ということで私の経験を(不思議な)お話させてもらいますね。

(意味に関しての回答にはならないかもしれない...)
実は私は約10年位前に不思議な霊能者の方に私の未来に関しての映像をいくつかの絵にしてもらいました。人や建物や風景という感じの何枚かの絵(筆ぺんで書いてました)でした。いちお、よく覚えてないのですが、絵一枚一枚に関して「これは相性のいい人でイニシャルが○○で普段は掛けて無いけどメガネをかけているかも」とか色んな細かいことまで言って書いたりしてくれました。その後、私は絵とは全く違った人と付き合ったり、しまいには結婚までして子供も儲けたので、「全然当たってないじゃない、うそつき霊能者!」なんて思ってその絵を捨ててしまいました。
が、その後とても運命的な出会いをしてとんとんと再婚をしたのです。(自分のことなのですが、こんなふうになったのがあまりにも不思議でこんな書き方になってしまいまいした)そして、その再婚相手のイニシャル、自宅の風景、職場の外観など全てが一致していたんです!これはホントにホントの話なんですよ。「めぐりあわせ」という言葉と、私の偶然というか、運命というか、あまりにも自分の主体的な意識だけでない何かに動かされた経験がそういう意味なのではないかと思い、投稿しましたが、こういうのをめぐりあわせというんですよね?
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この回答へのお礼

こういう不思議なことって本当にあるのですね。
小説などの中だけの話だと思っていました。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/03/28 12:05

 


  「占い」のカテゴリーで質問されていますので、そのカテゴリーで答えます。
 
  「めぐりあわせ」というのは、いわば、「同じ星のもとにある」ということです。「同じ星」というのは何かというと、これは「星の配置」のことになりますね。それは、生まれた時の星座とか、上昇星座(アセンダント)とか、ホロスコープとか、色々ありますが、真の「星の配置」は人間には普通見えません。
 
  この宇宙には、必然と偶然と、自由な意志と、もう一つ、必然・偶然・自由意志のあいだにあるような、「星の定め=めぐりあわせ」があるのです。これは必然でないので実は「運命・宿命」ではありません。それが成立すると、「運命だった」と思いますが、成立していない場合、また成立しなかった場合、運命にはならないのです。
 
  貴方が日本人に生まれた、アメリカ人に生まれたは、変えることができません。これは必然です。また運命でしょう。あるいは、クレディット・カードで買い物をしまくり、支払うお金がないと、破産になります。これは「目に見える必然」です。誰かが助けてくれるとかない場合は、必ずそうなります。一方、明日、貴方が交通事故に会うかどうか、これは「偶然」に支配されています。交通事故に遭わないように日頃から注意している人でも会うことがあり、そんなことはまったく気にしていない人が、まったく安全だということもあります。しかし、明日のことは分かりません。偶然があるからです。
 
  他方、人間には、自由意志があります。例えば、嫌いな人がプロポーズしてきても、何かよほどの事情がなければ、断るでしょう。断るのは、「貴方の自由意志」です。しかし、貴方の両親とかが、縁談を持ってくるかとかいうのは、貴方の意志の問題でなく、ご両親の意志か、偶然か必然か何か分かりませんが、ともかく、貴方の意志ではありません。
 
  この宇宙には、認識できないし、把握できないことが色々とあります。その一つというか、代表的なことが、「未来のできごと」です。未来は、偶然と必然と自由意志で決まって来るとも云えます。しかし、もう一つあるのです。それが「星の配置」というものです。
 
  これは、そうなってしまうと「必然・運命」のように感じられますが、起こる時は、偶然のようにも思え、また自由な意志で選択したのだと思えることもあります。しかし、何かが起こり、それが、偶然のようにも思え、意志の選択のようにも思え、しかし、「運命・必然」とどうしても感じられる場合、これは、「星の巡り合わせ」「星の配置」ということになります。
 
  何が「星の配置」であったのか、それを感じない人は、一生感じることはありません。しかし、それを感応できる人は、本当に「星の配置」だったと感じます。それは、人間の目に見えない、おそらく、永遠の神秘世界における「配置=Constellation」だと思える時、それが「巡り合わせ」です。
 
  目に見えない次元・世界で、人と人の関係や、人の一生は、或る程度定まっているのです。無論、それは、この世の必然や偶然や自由意志などを前提にして、それでは説明できない、不思議な感動がある時、それは「星の配置」「星の巡り合わせ」というのです。そう感じざるを得ないものがあるのです。
 
  貴方の感受性の問題にもよります。一生「星のめぐりあわせ」を待って、何もなく、どうしたのだろうか、と思っていると、まさに、死の間際になって、そのことの「意味」が分かる場合もあります。
 
  この世界は、目に見える以上に、神秘で不思議があり、意識が思ってもみなかったことが起こるということです。(「星のめぐりあわせ」は、出会った瞬間、そうだ、と思う場合と、後になって、そうだったのだ、と思う場合がありますが、いずれにしても、「日常的な出来事」ではなかったという「感動・感銘・驚き」や「喜びや神秘感」などがあります)。
 
  貴方にも「良き星のめぐり合わせ」があり、それに何時か、出会えるといいですね。……「悪い星のめぐり合わせ」もあります。これは解決しようとして、どうもしようがないものです。しかし、そういう「悪いめぐり合わせ」のなかにも、努力したり、期待して待っていれば、再び「良いめぐり合わせ」に出会うことがあります。このように、人の思惑を越えて、訪れる「星のチャンス」の「時」を、ギリシア語で「カイロス」と言います。これは普通の時間(クロノス)とは別の特別な時間です。
 
  『新約聖書』で、イエズス・キリストが、「時は訪れた。悔い改めよ」と言ったのは有名ですが、この言葉の原文の「時」が実は「カイロス」の時です。また、この「カイロス」は、動詞の形になり、「カイレ」という表現があります。これは、天使ガブリエルが、聖マリアに「受胎告知」に訪れて、最初に述べた言葉です。
 
  ガブリエルは、乙女聖マリアに向け、「カイレ、ケカリトーメネー、ホ・キュリオス・メタ・スウ」と言ったと、『新約聖書』に書かれています(ギリシア語での原文の話です)。これは、「幸いあれ、祝福を受けた女の方、主が貴女と共におられます」という意味です。
 
  ガブリエルと乙女聖マリアの出会いは、必然でもあり、まためぐり合わせでもあったのです。「カイロス」が、星の時間なのです。貴方にも、カイロスが訪れることがあるかも知れません。人間の一生には、幾つものカイロスがあり、それにうまく応えることができた時、様々な「星の未来」が開けるとも云えます。
   
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この回答へのお礼

とても丁寧な説明、ありがとうございました。参考になりました。

お礼日時:2002/03/28 12:06

 「縁(えん)」ということでしょう。

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この回答へのお礼

そうなのでしょうね。でも、「縁」って不思議だなと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/03/28 12:07

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