【大喜利】【投稿~9/18】 おとぎ話『桃太郎』の知られざるエピソード

1・薩長を中心とする新政府軍は、会津藩に対し、具体的にどんな条件を送りつけたのですか?周辺の藩が同情するほど過酷なもので戊辰・会津戦争にまで至ったのですか?
2.幕府もオランダやフランスと貿易があった様ですが、西洋の武器は手に入れることは無かったのですか?蒸気の軍艦は保有していたようですが・・
3・会津・米沢・仙台藩等、降伏した藩は戊辰戦争後、どうゆう扱いをうけましたか?バルトの楽園の映画のように仕官に成る人もいるようですが・・・

A 回答 (3件)

1.(1)松平容保の首を送れ(2)会津松平家は断絶(3)家臣全員の処分は後で言う、という厳しい条件でした。

この条件では会津の武士が大反発するとして、容保は戦争を避けるために最大限努力していました。しかし、仙台に船で来ていた西軍の参謀である、世良修蔵という人も過激で「会津は絶対滅ぼす、味方する奥羽列藩も滅ぼせ!」と言ったので、奥羽の列藩の武士たちも激怒して彼を暗殺してしまいました。これで、西と東の関係は悪化してしまい、戦争は避けられなくなってしまったのです。

2.当時の横浜に武器商人スネールという人物がいていて、そこから武器等を購入していました。長岡藩が購入して西軍を恐れさせた機関銃・ガドリング砲は有名ですね。

3.命を許された容保はそのまま東京に連れて行かれました、領地は当然没収で西軍の支配に入りました。攻められた藩の街は戦火で破壊されて、廃墟なみに悲惨でした。戦死した武士の墓をつくるなとか、生き残った武士は北海道の開拓民として島流しをするなど「いじめ」をやっていました。(会津の人達が山口県や鹿児島県の人達と仲が悪いといわれるのは、その理由)。
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この回答へのお礼

返事有難うございます。1.なんだか現代のアメリカがイラクに送った条件に似てますね。国や時代が変わっても、やる事は変らないのですね!もっと歴史を勉強<勝者と敗者の両方の意見を参考に・・>します。2.どの国も最新の武器の購入を急いでいたのですね。薩摩は何を担保ににして大量の武器を手にしたかも今度調べて見ます。3.容保は命を許されたのは以外ですた。

お礼日時:2007/04/16 22:36

2.


幕府軍にはフランス陸海軍の軍事顧問団が付いて
戦術、使用火器等についてもアドヴァイス(及び武器売却の営業活動)を
していた模様で
蝦夷地(北海道)の土地を担保にした最新武器の購入や戦闘継続のための
資金援助を考慮していたはずです
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この回答へのお礼

返事有難うございます。なるほど幕府も武器の重要性を認識していたのですね!蝦夷を担保にしてまでしたのに大量の武器を手に出来かったのは、幕府の商談が下手だったのか、フランスがケチだったのかわかりませんが、幕府が負けたのだから、結局、フランスは不渡りになるんですゆね!薩摩は何を担保に大量の武器を・・・蝦夷よりいいものが・・・・・?

お礼日時:2007/04/16 22:46

2.


薩長が米国南北戦争使用の元込め式最新式小銃を大量に購入、戦勝に直接
結び付けたのに対して
幕府軍は先込め式の旧式小銃を、フランスからそれほど大量には入手せず
戦機を決し得なかった そういう感じかと思いましたが・・・
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この回答へのお礼

幕府も武器の重要性を認識していたのですね!薩摩は何を担保に大量の武器を購入したか分かりませんが、幕府は商談が下手だったんですね!

お礼日時:2007/04/16 22:39

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