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はじめまして。現在32歳、一児の母親です。
今年8月に初めての出産を経験し、現在生後2ヶ月半の息子がおります。
初孫の誕生を家族皆で楽しみにしておりましたが、臨月に入った頃、最愛の母が末期のすい臓がんであることが判明しました。手術、化学療法が出来る段階ではなく、現在緩和ケア病棟に入院しております。食べ物を口にすることが出来ないので、日に日に衰弱しており、現在は言葉を発することも困難になってきました。
母から電話で病気のことを聞いたあの日から今日まで、気の休まらない毎日が続いています。今後、母とのお別れをした後、どのように生きていったらよいのか途方にくれています。子供のために、支えてくれる夫のためにもしっかり生きていかなくては、と自分に言い聞かせていますが、母のいない寂しさに自分は耐えることができるのかとても不安です。

同じような経験をされた方、肉親との別れをどのように乗り越えられましたか?アドバイスを宜しくお願いいたします。

A 回答 (7件)

こんばんは


私は37歳、2才児の母です。
つい先日すい臓がんで60歳の母を亡くしました。
母と私は本当に仲がよく、今回病気が発覚するずっと前から
いずれ母が亡くなったとき、自分は正気でいられるだろうか
と不安に思うことがありました。
今、現実に母がいなくなって思うのは
自分(と家族)は最善を尽くした。母が以前から私に言っていたように
いつでも、そして最期まで綺麗にスマートでいたい、という願いをかなえてあげられた、ということです。
すい臓がんという恐ろしい病に襲われてしまったとき、
のこされた家族にできることは、自分たちが疲労で倒れそうになっても
患者本人のために全力でがんばることだと思います。
不思議なことに母が亡くなった今、私と弟はある種の達成感すら感じています。もちろん悲しみや喪失感が軽減されるわけではありませんが、
母がなくなった日以降、何ヶ月ぶりかに夜中の電話を気にせずに
ぐっすり眠ることができました
今私を支えているのは、家族皆で戦った経験と夫の気遣い、母が本当に可愛がっていた息子をきちんと育て上げるという責任感です。
文章でお伝えするのはなかなか難しいのですが、母がなくなったら生きていけないと思っていた私も何とか前を向いて歩いています。
母は強し!ですよ。お互いがんばりましょう。
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この回答へのお礼

madotaさん。つい先日ということで、まだまだお辛い中励ましのお言葉をありがとうございます。数日前、母は旅立ちました。夜中の電話を気にせずに、、というお話、とてもよくわかります。私は、産後間もない状態でしたので看病は父や兄妹に任せていたのですが出来る限り顔を見に行けたと思います。子育てに奮闘している私を、病床の母はジェスチャーでほめてくれました。madotaさんは達成感を感じられているということですが、本当にすばらしいことだと思います。いつも励ましてくれる夫、無垢な笑顔を見せてくれるわが子のためにも、私も前を向いて歩いてゆきたいです。お互いがんばりましょうね。ありがとうございました。

お礼日時:2007/11/17 22:23

お母様のご病気に対してお見舞いを申し上げます。


ご本人、ご家族とも、お辛いですね。心中お察しいたします。

私の経験をお話させていただきます。

私は、母方の祖母を、すい臓がんで亡くしています。
母は、社会人と学生の子供ふたりを家に残し、遠く離れた実家へ看病に行きました。
半年くらい帰ってこなかったと思います。
やがて亡くなったという知らせが入り、私たちも出かけていったのですが、
そのときの母の様子は、悲しみと同時に落ち着いてもいました。
「祖母のために、自分たちにできるだけのことはした」という気持ちだったのだと思います。

実は、祖母を亡くす数年前に、私の父親も他界しています。
脳内出血で倒れ、以後は一言も言葉を交わすことができないまま(意思の疎通はできましたが)1年半の闘病を経て還らぬ人となりました。
葬儀の際、お坊さんにこんなことを言われました。

『倒れてから亡くなるまでの1年半は、喪失の悲しみに耐えられるように心の準備をするための期間であった。父は1年半頑張って、家族にその猶予を与えてくれたのだ』

いちばんつらい立場にあるはずの病人でも、周囲に対してできること(してあげられること)があるのだ、と気付かされました。
いつまでも悲しんでいることのほうが、精神的にはどれだけ楽か知れません。しかし、それでは父の思いを無にすることになるのだ、と思ったとき、「すぐには無理だけど早く元気にならなければ」という気持ちになりました。

健康そのものだと思っていた父が、突然激しい嘔吐とともに意識不明となったあの日、家には私ひとりしかおらず、あまりのことで半狂乱になりながら救急車を呼んで病院まで付き添いました。
そのときのことは一生忘れないと思います。当時18歳だった私には衝撃的過ぎる出来事でした。はっきり言ってトラウマに近いものがあります。
しかし、十数年経ったいまでは、それも父が私にさせてくれた良い経験だと思えるようになりました。時間が癒してくれるって本当ですよ。
家族の会話でも、父のことが普通に話題にのぼります。何かにつけてひきあいにだされるので、おちおち成仏もしていられないんじゃないかと思ってしまいますが、ずっと存在を忘れないでいることも供養のひとつだそうです。これからも父にはばんばん登場してもらおうと思います。

もっと親孝行をしてあげればよかった、とおっしゃっていますが、まだまだ遅くありませんよ。
今できることを精一杯してあげてくださいね。
できるだけ、お母様のおそばにいてあげてください。お孫さんとの時間を、たくさん作ってあげてください。
お母様のため、何よりご自身のためにも…

これからの時間を実り多きものにできますよう、心から願っています。
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この回答へのお礼

milkcocoa7さん。どうもありがとうございます。つい先日、母は旅立ちました。milkcocoa7さんのお話の中の、お坊さんが言われたこと、とてもよく理解できます。18歳という若さでそのような辛い経験をされたこと、本当にお辛かったと思います。告知からあっという間の数ヶ月間でしたが、母に孫の顔を見せれたことは本当に幸せなことであると思います。今はまだ辛いですが、母が命をもって教えてくれたことを無駄にしないように明るく生きていきたいです。ありがとうございました。

お礼日時:2007/11/17 22:16

お母さんはたとえ亡くなっても今後も身近で見守って行って下さるはずです。


もしmomo_1975さんが途方にくれて今後の生活を家族の為にしっかり出来ないようでは、お母さんも心配でおちおち浄化できません。
後は心配しないで、立派に生きていく事が供養にもなります。
時々思い出して、好きだった物などをお供えしてあげたら、いいです。

たとえ口がきけなくても感謝されて、いるはずですし、その気持ちは精一杯伝わっていると思います。

まだ亡くなってもいないのにこんな内容になってしまいましたが、
肉体は無くても魂は側にいますから、いわゆるスターウォーズの
肉体が滅びた後のオビワンのような存在です。
霊能者でなければ言葉は聞けませんから、
仕方の無い事ですが、守るパワーは現時点よりあるはずです。

できれば今の内に言っておきたい事を聞いておいたほうがいいかもしれません。紙に書いてもらってもいいですね。

実は人が亡くなると後の事務処理がいろいろあって、身内は結構忙しくて悲しみにくれている暇もありません。
いろんな処理が終わってからじわじわ思い出して、寂しくなる感じです。生きてきた証、思い出話をたくさんしてあげるとうれしいと思いますよ。
何年かして寂しくなったら、たまには夢に出て来てとお願いしてみたら、頑張って出てくれると思いますよ。
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この回答へのお礼

chupakuさん。ありがとうございます。そうですよね、立派に生きていくことが一番なのですよね。。日々前向きな気持ちと途方にくれる気持ちとの繰り返しです。母は身近に居てくれるでしょうか。もっと親孝行しておけばよかったと思わずにはいられません。でも、、しっかりしなくてはいけませんね。

お礼日時:2007/11/07 19:57

お気持ち、お察しします。



私は、ずっと一緒に暮らしていた祖母・祖父が他界した時、海外在住のため最期を看取ることができませんでした。特に祖母は、脳梗塞で突然逝ってしまったため、全く心の準備がないままの別れとなってしまいました。もう10年経ちますが、今でも、倒れたと聞いてからすぐに飛んでいけなかった悔しさを思い出すと涙がこぼれます。

どんな人ともいつかは必ず別れの日がやってくる、というのは、頭ではわかっていても、心で受けとめるのはなかなか難しいことです。大切だった人に対する喪失感は、長い年月をかけても簡単には消えません。思い出して悲しい時は、感情に逆らわずに思いっきり涙を流した方が良いと思います。そうしているうちに、毎日の生活の中で、時間が少しずつ(でも確実に)寂しさを和らげてくれるはずです。

momo_1975さんの場合、お母様の病状が日に日に悪化していくのを目の当たりにされている分、別の辛さがあると思います。でも、お孫さんに会わせてあげられたというのは、最大の親孝行だと思います。

「オーラの泉」ではありませんが、私は、祖母も祖父もきっと見守っていてくれていると思うようにしています。おそらく、momo_1975さんのお母様も、我が子が頑張って育児をしている姿を、今もこれからもずっと見守っていって下さるのではないでしょうか。

お子さんには、おばあちゃんのことをたくさん話してあげて下さい。思い出を共有できる人がいると、かなり救われます。

最後に、お母様が心穏やかに過ごせるよう、できるだけ痛みのないケアとなることをお祈りします。
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この回答へのお礼

kaoruinnycさん。ありがとうございます。おじい様、おばあ様の最期に立ち会えなかったことはとても辛い思い出なのでしょうね。。海外在住だったら簡単には帰国できませんものね。孫の顔を見せれただけでも、私は恵まれているのかもしれません。「オーラの泉」の世界、私も信じたいです。どこかでつながっているのだという感覚を得ることができれば、辛くても生きていけそうに思えます。息子がもう少し大きくなったら、母の話をしたいですね。ありがとうございました。

お礼日時:2007/11/07 16:08

辛いお気持ち、お察しします。



私も約10年前実母を亡くしました。
私の場合上の子どもが2歳、下の子はお腹の中(4ヶ月)でした。
実家との距離が離れており、簡単に帰省できる場所ではなかったため
父と妹に全てを託し、しかも5年という長い期間でしたので、グッと具合が悪くなったときは、抑えようも無い寂しさや言葉に出来ないような気持ちになりました。この後どうしたら良いのか、不安になるのは良く分かります。

結局私の場合は、子供達が支えになってくれました。私も2児の母なんだ、もう誰にも頼れない、と(主人もいますが・・・笑)

どう言う訳か、母が亡くなった後、泣き虫でメソメソしていた自分がいなくなっていました。今から思えば、母が私の弱さを持って逝ってくれたように思えます。奇跡が起きてくれる、と期待していた自分にもさよならできたからなのかも知れないですが。

私の友人ですが、ご主人を亡くされていることを知らずに「ご主人は?」と尋ねたところ、上に指を差し「単身赴任」と答えました。なんでもその方曰く「いつかまた逢えるのだから」とのこと。そうなのかも知れない・・・今でも私には(子供たちにも)母の存在をかすかに感じるのですから。

まだ、momo_1975さんはお母様が生きていらっしゃるじゃないですか?
ぜひ、生きている間、精一杯の感謝をお話されたらいかがですか?

気が楽になれるような話しじゃなくてごめんなさい。
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この回答へのお礼

deep_red77さん。ありがとうございます。妊娠中にお母様をなくされ、本当にお辛かったでしょうね。お母様が弱さを持って逝ってくれたというお話ですが、私も甘えたの弱虫でよくメソメソする人間です。自分も母親になったのに毎日泣いてばかりで。。ご友人のお話もご紹介いただきありがとうございます。deep_red77さんは今でもお母様の存在を感じられる時があるのですね。私もそうであって欲しいと願っています。母と過ごせる時間は限られていますが、感謝してもしきれない気持ちを伝えたいです。

お礼日時:2007/11/07 16:02

「会話」しか、ありませんでしたね・・・。


乗り越えられた、「原動力」って・・・。

病床にいる母は、もちろん「声で返事などしてくれなかった」けど、終始「やわらかな笑顔」でいてくれました。
「耳」だけは、最後まで聞こえますから、しっかりと「お別れ」しましたよ。「お疲れさま・・・」って。

亡くなってからは、「妻との会話」でしたね。
母とは同居してましたから、妻と「母の思い出」を、なにかにつけて「語り合い」ましたよ。嫌がらずに聞いてくれた妻のおかげですね。

残念ながら、うちには子供がいませんが、あなたにはいるじゃないですか。会話の相手が。

支えてくれる人もいるのだから、「泣きたい時は、泣けばいい。」
笑って、泣いて、他人への思いやりを忘れずに、平凡な日常を繰り返してください。
それが、一番です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。お母様、笑顔でいてくれたなんて、素晴らしいですね。母の「生きたい」という思いを感じるたびに、どんな言葉をかけてよいのか思い悩みます。でも、本当の最後は、ちゃんとお別れしたいと思っています。平凡な日常を繰り返す、、そうですよね。そうやって生きていくんですよね。

お礼日時:2007/11/07 14:14

末期がんと診断された70歳代の実母をもつ者です。


私の母の場合も診断が付いた時にはレベル5の段階で
唯一可能性のあるかも知れない治療を今受けています。
母親も70歳を過ぎ、
貴女とは違って、年齢的にはある程度は諦めも付くのですが、
本人にも告知されており、
今は医者に任せるしか方法が無い状態です。

親に限らず、身内の死のリミットを知らされていることは
本当につらいものです。
私自身も、告知を受けてからは
精神的ストレスから体調を崩してしまいました。

でも、事故や脳出血などの突然死とは違い
癌告知の場合は
本人を含め、家族が死というものを受け止め、
どのようにすればいいのかを考えられる時間があるんですよね。
ある患者さんの言葉に
「いかにその時を迎えるか。自分らしい生き方ができるのか、を考える時間をもらった。その意味では癌という病気で良かった」というのがありました。
私はそれを読んで、
この考えは、残されていく家族にも当てはまるんだな、と思いました。

日に日に体調が悪化されていくお母さんを見ることは
つらいものだと思います。
子供さんの育児もたいへんでしょう。
でも、できる限りお見舞いに行ってあげて下さい。
ご本人に意識はなくとも、病院でお顔を見ることが
貴女自身の心の整理になります。
これが先の不安を取り除くのに大事だと
私は勝手に思っています。
何もしなくてもいいんだと思います。

私も貴女と同じように
これからの事を考えると不安にもなり
自分がそろそろ孫を持つかも知れない年齢になっても
やはり実母の存在は大きいものだと実感しています。
でも、やはり、
今、母にしてあげれる事を出来る限りすることが
自分自身のこれからにも意義があるんだと思っています。

お互い、頑張りましょうね。
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この回答へのお礼

ご丁寧なアドバイスをありがとうございます。
お母様も末期がんということで、お互いに辛い状況ですね。
私自身の心の整理、、。そうですね、お見舞いにいっても、付き添いをしても会話も上手くできなくなった最近では「いったい自分は母の役にたっているのだろうか」と思うことが多かったのですが、このことばを読んでとても癒されました。実母の存在は本当に大きいですね。ありがとうございます。

お礼日時:2007/11/07 13:47

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