『存在と時間』の概説本を何冊か読みましたが、理解できない部分があります。例えば、それらの概説本の中には、「歴史的運命を自己のものとして担うことによって存在それみずからに立ち返る」という説明や、おそらく、それと同様のことを言っているのでしょうけれど、「自己が帰属する真の伝統、自己に固有の世界、自己を含めての共同体の運命―これを引き受け、受け取り直す」という説明がありました。存在と時間において、民族や伝統といったものが強調される理由がわかりません。概説本程度の知識を持ち合わせる人にも理解できるような説明をよろしくお願いします。
No.1ベストアンサー
- 回答日時:
ごくおおざっぱな回答をします。
時間性と歴史性の箇所などかなりあらっぽく書いていますので、あくまでもおおまかな見取り図を頭に入れておく程度の回答であると理解してください。まず、日々生きているわたしたちの現実のありようを考えてみるならば、わたしたちは「主体」として独立に存在しているわけではなく、まずなによりも、物質的世界、様々な道具や有用なものと密接な関係をもつなかに投げ込まれている、といえるでしょう。
しかも、わたしが「わたし」と意識することができるのは、他者がいるからでもあります。たとえひとりきりでいるとしても、たとえば言葉によって思考するということ自体が、それを聞かせ、話しかける他者の存在を前提としたものです。つまり、わたしたちの「生」は、そうした物質的世界や、共同体や、他者からできているといっていい。
そういうわたしたちが、「世界」から外に出て、客観的な対象として「世界」を眺めることもできないし、上から見下ろし、俯瞰することができるわけでもない。
わたしたちが「世界」を構成しているのではなく、「世界」というものは、独自の存在形態を有し、わたしたちはその一部として存在しているにすぎないのです。
そうして世界の中に生きるわたしたちは、すべての事物に意味づけをしながら生きています。個々のものごとは、その都度の現実のありかたを越えて、それらの可能性に向かって開かれている、そういうものとして意味づけをおこなっているのです。
たとえばわたしたちは椅子を、「そこにすわるもの」として理解しています。かなづちであれば、「それで釘を打つもの」として。
つまり、椅子を見ながら、そこにすわっている自分を思い描き、かなづちを見ながらそれで釘を打っている自分を思い描く。わたしたちは自分自身をたえず先方へと「企投する」ことによって、それを実現しながら生きる人間的営みをなしているわけです。
わたしたちが世界を俯瞰的に眺めるわけではなく、相互に関係づけられた事物のシステムとしてとらえていることを考えれば、あらゆるものごとの可能性を未来へと投げかける働きこそが理解と呼ばれるのです。
同時に、その椅子は、わたしたちがすわるために、過去に製作されたものです。
かなづちは、わたしたちが釘を叩くために、過去に製作されたものです。
過去に製作され、現在に届けられたものを目にしながら、それを使う可能性という未来を見る。つまり、人間の理解とは時間によって構成されるものといえる。
わたしたちはあたかも川の中を流れていく瓶のように、時間という媒体の中を動いているように感じていますが、実際にはそうではない。時間とは、人間の生それじたいの構造そのものであり、私が外側から測定しようとする以前に、すでに私を作り上げてしまったなにものかである。となると、理解する、とは、なにか特定のものを特定の時間的様相で切り取って眺めることではなく、本質的に、歴史的営為ということになります。
わたしたちが周囲にあるさまざまなものと関わり合うときであっても、そこには歴史的に形成されてきた意味や解釈が作用している。わたしたち自身の意識や行動も、歴史的に形成されている、といっていいでしょう。
「歴史的な私」が、世界との対話をしつつ、世界に耳を傾けることによって、自らの歴史的な生を自覚する。つまり、それはどういうことかというと、「私」のこれまでの来し方という個人の歴史を越えて、その「私」を包み込む、より包括的な歴史的生命との一体性を自覚することにほかなりません。それが民族であり、伝統ということなのだと。
> 「歴史的運命を自己のものとして担うことによって存在それみずからに立ち返る」
というのは、そういうものと理解して良いのではないかと思います。
回答ありがとうございます。分かりやすい説明でとても参考になりました。概説書や説明して頂いた内容を思い出しながら、原典の翻訳書を読もうと思います。
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